三遊亭圓生音源データ

三人旅−1

※放送の演題は「押しくら」

1.TS-02518D2

2.(1977.4.3),TBS,池袋演芸場

3.26:10

4.無し

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、只今のこの旅行と、昔の旅と言うものは、ァーこらァもう偉い違いでございまして。えぇー今ではもう一寸、ォッお出かけになるにも、汽車はもうォッ遅くていかんから飛行機に限るなんてぇ事をおっしゃいますが。えーっ第一この江戸っ子が旅をするなんてぇと、大変、ェッ威勢がいい様でどうも土地が離れてしまいますと、江戸っ子なんてぇものは割合にだらしのないもん。箱根山を見て驚いて帰って来た人があったそうで…………<段々上に登る山だ>…………なんて当たり前な話で、山を登って不思議な訳はありませんがまァこういう、エッヘ、江戸っ子にはまァ随分その、えーっ向こう張りは強(つお)いが意気地の無い者がありましたもので。(白湯を啜る)まァその時分に旅をして乗物と言えば、馬の背を借りたりしたり何か致しまして「なァオーオー、馬子さん」「はい」「お前(めぇ)なんぞは何だなァ見た所もう頭の方もだいぶてかりと来ているが、……

6.馬子の道中から押しくらを演じている。

7.TBS R 放送録音 1977.4.3

8.放送としては珍しい池袋演芸場の録音である。

三人旅−2

1.TS-02833B1

2.1964.5.31,人形町末広,独演会

3.38:06

4.AP.KSZ-2038(CT)

5.出囃子 正札附(別録音がつないである)

えー、ェーッ、御用多の中を、御贔屓を頂きまして有難く、ァーッ御礼を申し上げまして。えー、『三人旅』と言う。えー、ェッ昔のまァ、ァーッお噺でございますがまァ、当節は、乗物と言う物が大変便利になりましたので、ま御不自由と言う物がいずれへ参りましても、ォーッございませんが、以前はなかなか大変なもので十里踏み出そうにも、足拵えから厳重にしてお出掛けンなると言う訳で。江戸っ子が旅をするてぇと大変威勢がいい様で、割合にどうもこの江戸っ子てぇ奴が、土地が離れてしまいますてぇとだらしが無いもんで、箱根山を見て驚いて帰ったなんてぇ人があったそうで…………<段々上に登る山だ>…………なんて当たり前な話で、山を登るのが別に何も不思議だ、てぇ訳ではございませんが、こういうだらしの無い奴が幾らもあったてぇ「おいおいおい、速く歩けおう、や、速く歩けてんだよ」「歩いてるよ」「何」「歩いてるよ」……

6.道行きから馬子の道中、押しくらを演じている。出囃子は本篇とは異なる音がつないである。人形町末広の独演会の録音で、この日は「三人旅」の他に「松葉屋瀬川」と「芝居風呂」を演じており、全てアポロンより市販されている。

7.AP.KSZ-2038 CT COPY

8.

三人旅−3

1.TS-02917C1

2.1974.10.24,CBS・ソニー,スタジオ,「圓生百席第三席」

3.49:09

4.CS.SOGZ-103,SKJB-22(CT),SR.SRCL-3841(CD)

5.出囃子 伊勢は津でもつ 受囃子 喜撰

古い喩に、『可愛い子には旅をさせろ』なんと言いいますが、昔は旅と言う物はいずれも不自由でございまして「まァ、あいつも何だよ、少ゥしは旅ィでも出て苦労でもして来りゃァ人間が良くなるから出した方が良かろう」なんと言う。まァ今はそんな事はありませんで、旅行をして不自由と言う物は絶対ございますまいが。ま十里踏み出そうと言うにも、足拵えから厳重にしなければならないと言う訳。五十里百里と離れた所は親類が集って、泣きの涙で別れを惜しんだと言う。何をするのかてぇとこれが上方ィ見物に行くと言う。今の時代から思えば丸で嘘の様で。ゥー江戸っ子てぇと大変威勢がいい様でどうも、土地を離すてぇと江戸っ子はだらしの無いもんで、箱根山を見て驚いて帰った人があるてぇ…………<段々上に登る山だ>…………なんて当たり前な話で、山を登って不思議な訳が無い。まァこう言う意気地の無い、山を見て驚いて引っ返したなんと言うそこがまァ江戸っ子のおかしいとこでございますが。えー『三人旅一人乞食』と言う事を言う。旅と言う物はやはり丁目いいんだそうで。で二ァ人二ァ人で話をするとか、ウーこれなら宜しいんですがどうも三人になりますと、二ァ人で、喋ってる時は一人は後からぽかんとして付いて行かなきゃァならないと言う訳で。『三人旅一人乞食』なんと言う。えー、まァ一ン日二日は野山も珍しいが、三日四日となって来ると、目に付く物はもう一つでございますから自然と飽きが来る。それに、朝の内はまだいいがどうもあの日の暮れ方は、陰気ンなりましてね遠山へ霞が立ち、ねぐらを急ぐ烏の声なんぞを聞くと、自然とうちの事を思い出すと言うのはこれはまァ人情で「おいおい、速く歩けよおい、速く歩けてんだよ」 「うん、歩いてるよ」……

6.「圓生百席」の録音。これを元にした速記が、集英社文庫「圓生古典落語5」に収められている。道行き、馬子の道中から押しくらを演じている。

7.CS.SOGZ-103 DISC COPY

8.

三人旅−4

1.TS-12600D1

2.1967.5.21,TBS,人形町末廣,「日曜寄席」

3.23:30

4.無し

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ昔はこの、可愛い子には旅をさせろと言う、ゥーッ喩がありまして、まァこの、ォーッ、土地を離れてしまえば、ァッ不自由と言う物が、ございますからまァそこでエーッ、左様な事を申した訳でございましょうが今はもう、旅へ出て決して不自由なんてぇ事はございませんが。ま第一この乗物と言う物がどちらへ参りましても、えー完備されておりますから、まァ昔はこれどんな事をしても、ォーッ二本の足で、ェヘッてくてくやると言う訳で。江戸っ子が旅をするなんてぇと大変威勢がいい様で、どうも土地が離れますとこの江戸っ子てぇ奴は割合に、ィーッだらしの無いもんで、箱根山を見て驚いて帰(かい)ったなんてぇ人があったそうで…………<段々上に登る山だ>…………なんて当たり前な話で、山を登って不思議な訳でも無いが。まァこれ、ェーッ向こうへ行って、ェッ半分べそをかいて引っ返すなんと言う、ウフンそう言う所が、エヘン江戸っ子のおかしいとこでございまして。まァあたくしども存じまして、えー横浜あたりを、ォッ旅と言いましてね。え昔は、ァッ十五ン日の、興行でございますので、勿論通うなんてぇ事は無い向こうへ泊りがけで行きますから、「えー今度旅だそうだね」「えっ、えー浜行って来ますから留守中お願いします」「そりゃ大変だね、まァ気を付けておいでなさいよ」なんてんで。これがどこ行くのかてぇと横浜でございますから、ま今の人が考えると丸で嘘の様な話で。まァ申し上げた様にどうもそれ旅ィ出すと意気地の無いもんで「おいおい速く歩きな」「えー」「速く歩きなよ」「ウーン」「うんじゃねぇしっかり歩けてんだよゥ。……サゲ=「まァ湯殿にまんまァ食うだなんて、そう重宝な訳にはいかねぇ」「うーん田舎は不自由だ」「馬鹿な事を言うない」…お馴染みの『三人旅』でございますがお時間でございます。

6.道行きから馬子の道中、宿の前半で切れるので「押しくら」は無い。人形町末広からの中継、「三楽オーシャン日曜寄席」の音である。

7.TBS TV 日曜寄席 放送録音 1967.5.17 都家歌六コレクション

8.

三人旅・解説

江戸っ子が旅へ出ると意気地が無い事、見栄っぱりである事はどうやら確かな様である。三人旅でも「箱根山」の枕が登場する。関東平野に育った江戸っ子が遠くに山をみる事はあっても、実際にいきなりあの箱根の坂道に行ったら驚くのも無理はない。七曲りあたりの箱根の旧道を歩いてみればこれは実感できるだろう。

 さて、この「三人旅」は現柳家小さん師も演じている。しかし、この両者に大きな設定上の違いがあるのである。圓生師は中山道で演じているが、小さん師は東海道で演じているのである。馬子の道中は従って中山道は碓氷峠あたりらしく、東海道は箱根山である。圓生師は噺の中で中山道とは言っていないが、解説に「押しくら」と言う言葉は中山道の軽井沢あたりで使われていた言葉と述べている。と言う事はこの噺は本来は中山道が舞台で、東海道で演じると「押しくら」と言う言葉が不整合性が出て来る事になる訳だ。実際「押しくら」と言う呼び名が中山道軽井沢あたりで使われていたのかどうか、機会があったら調べて見たいと思う。

 この噺が「三人旅」でなくてはならないのは、やはり宿に入り「押しくら」の世話になる所であって、それまでは二人でも良い様な設定である。導入の馬子に出会う迄は「二人旅」と錯覚するし、馬子の道中もびっこ馬が中心となっている。要は「押しくら」なのである。小さん師が多くの場合びっこ馬の道中を演じていて宿の部分を余り演じていないのに対して、圓生師はどちらかと言うと馬の道中をカットしても「押しくら」を演じている様であるのはやはり得意不得意の出る所なのだろう。聞いていてもびっこ馬の道中は小さん師の方が面白く、「押しくら」は圓生師の方がリアルな様に思えるのだがいかがだろう。

時代設定:江戸時代。

舞台:中山道碓氷峠から軽井沢の宿場(らしい)。

登場人物:江戸っ子の三人連れ(一人は半公、もう一人は与太郎、あと一人は不明)、馬子三 人(一人は吾作どん、もう一人は花之丞、もう一人が茂八と言う)、馬三匹(一匹 はびっこ馬)、角屋の主人、お女将、じょうごの女中、丈八の女中、年増とは偽り の婆ァ。

ベストテイク:人形町の独演会の録音で、ライヴでのフルサイズ口演となっている「三人旅…2」。

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