三遊亭圓生音源データ
三十石−1
1.TS-02509C1
2.1970.11.13,NHK,イイノホール,東京落語会第137回「圓生独演会」
3.53:25
4.Po.20CN-6623(CT),POCN-1095(CD),日本オーディオ.NRC-1004(CT),NHKサービスセンター.NEL-1005
5.出囃子 不明(正札附では無い)
えー、ェーッ、御用多の中を御贔屓でございまして有難く、ァッ御礼を申し上げまして。えー『三十石』と言う噺は、まァ御案内の通りこれは、ァーッ上方落語でございまして、えー圓喬と言う、これは、あたくしども覚えての、名人でございますがこの方が若い時分に、上方ィ参りましてあちらに一年半位、えーおりまして、でその時に、『三十石』と言う噺を覚えて、東京で初めて、演りましたもので。で上方弁は非常に、えー上手な、ァッ師匠でございまして。えーその他には演り手がございませんで。でー圓喬師が亡くなりまして先代の、圓生でございます、えーあたくしの父が、このォ『三十石』を、演っておりまして、で親父が亡くなってから、あたくしも、オーッ勿体ないと思いまして覚えておりますので『三十石』を始めた訳でございますが。えー、サゲというものが、えーこれはあたくしは、えー今の松鶴ではございません、先代の、えー笑福亭松鶴と言う方に、ウーンサゲを聞きましたので、これは船の中で、えー五十両の金を盗んで、船を着けさして上がる者があります。…………<本来のサゲの説明>…………嫌なサゲがあるもんで。まァ地口落ちと言うんでしょうがこじつけのサゲでございますが。えー今晩はこれはあたくしは演りませんからどうぞ御安心を願います。えー旅と申しますが、只今と昔と、アーァーッ違うなんと言う事はえ、アーえらいもので、以前はもうどんな物でも、御自分で持って、(白湯を啜る)これを背負ったりなにかしててくてく歩くと言う訳で、今のとォ旅行の訳に参りませんで。アー段々人間も贅沢にンなりまして「どうも汽車の旅は遅くていけませんねぇアー、飛行機がいい」なんと言う。もう飛行機も遅くなったからなんと言うので、…………<ロケットでドーン>…………あんまり速すぎるてぇものも、ァー興味(きょうぎ)がございませんが。ゥ昔はどんな事をしても、草鞋を履いててくてくやると言う、江戸っ子が旅をするてぇと大変威勢がいい様で。どうも土地が離れてしまいますと割合に江戸っ子てぇものは、ァーッ意気地がありませんで。箱根山を見て驚いて帰ったてぇ人があったそうで…………<段々上に登る山だ>…………山を登って不思議な訳はありませんが。え二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をすっかり見物をし、これから大阪(おおざか)へ出ようと言うので、伏見街道「おいおい早く歩きなよおい、何を愚図愚図しているんだなえー。どうしたんだよ、何だってあの玩具屋でお前(めえ)あの、愚図愚図言ってたんだい」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌〜謎かけ〜タレスキー〜くらわんか船〜ろくろ首>…………サゲ=二つええ事はおまへんわ、薬飲んだ時は長ァい事にごまんねん」
6.圓生師の演ずる『三十石』のほぼ全篇を網羅したライヴ録音。百席の録音を除いてはここまで丁寧に演じている物は無い。
7.NHKR 演芸名人会 放送録音 1971.2.3
8.思わず引き込まれるタレスキーの部分が実に楽しい。
三十石−2
1.TS-02596B1,VT=TV-39024-1
2.1966.8.28,TBS,スタジオ,客なし,「日曜寄席」
3.21:02
4.無し
5.出囃子 無し
えー、ェッ、古い諺に、『旅は憂いもの辛いもの』、『可愛い子には旅をさせる』なんと言う、まァその譬えがございまして昔は、えー、一歩踏み出しまして、ェーッ旅に出ますと不自由、これはもう、覚悟の上でございますが今はそんな事はございませんで。もういずれへ参りましても、乗物と言う物が、ァーッ完全でございますので、まァ昔に返(かい)ってこの歩くなんてぇ事を言いますが、昔はどんな事をしても、二本のあんよで、ェッてくてくやらなきゃァなりませんで。江戸っ子が旅をするなんてぇと大変威勢がいい。どうも土地が離れますとこの江戸っ子てぇ奴は割合に、ィッだらしがないもんで、箱根山を見て驚いて帰った人があったそうで「驚いたよおい、行ったらねぇ山があったよゥオー。もうしょうがねぇから帰(けえ)って来ちゃったおら。驚いたねぇあんな山てぇのは初めて見たぜ凄い」「何を言ってやんで」「知らねぇで能書きばかり言ってるんだ手前(てめえ)は行って見なよ大きいんだ箱根山てぇのはアー、段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で、山を登る事が別に不思議な訳はありませんが。ぇ二ァ人で、江戸を発ちましてェッ京都(きょうとう)を見物をしてこれから大阪(おおざか)へ出ようと言う。えー、その時分に、この、三十石の夜船と言う物が、八軒家まで、通っておりましたもので。ェ京大阪の間は十三里と申しますが、昔はこの船を大変便利に致しましたもので。えー宿屋の二階へ船待ちをすると言うので、大きな座敷へ入れ込みでございますので、…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌>…………サゲ=追い追い淀川を下る、三十石夢の通い路でございます。お時間でございます。
6.船宿の後半から舟歌までを演ずる、寄席などでの標準の型と言える演出である。客の無いスタジオでの録音であるが、VTRが残る。
7.TBSTV おはよう名人会 放送録音 1987.10.25
8.
三十石−3
1.TS-2653D1
2.1977.4.28,TBS,国立小劇場,落語研究会第108回
3.33:11
4.パイオニア.EE-009(LD),SCHWAN.SRVT-3902(VT)
5.出囃子 正札附
えー、旅をすると言う、今は、ァーッ旅行でございますが、えー一寸した、アーッ小さいこの、鞄をお持ちンなってェ「フランスィ一寸行って来ますからアー、ついでにロンドンに寄って、ウーン夕飯はこっちで食べるから」なんてな事を言って。えー誠にどうも、ォーッ物が軽便でございますが昔はもう、十里踏み出そうと言うには、なかなかどうも大変で足拵えから厳重にすると言う。もう、五十里百里、離れました所は、親類の者が集って、ェッ水盃を交わしたなんと言う、アー今の時代から考えますとまるで嘘の様で。ェ二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をすっかり見物をし、伏見街道「おいおい早く歩きなおい、えー早く歩けよ」「うん」「何だ唸ってやがらァ。どうしたんだなァ。手前(てめえ)はそのォ何だってそののそのそしてるんだなァもっとしっかり歩きなてんだよゥ」 「うん」「何玩具屋であんなごてごてしてたんだなァ」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌>…………サゲ=追い追い淀川を下る、三十石は夢の通い路でございます。
6.国立の落語研究会での録音である。晩年はこの様に舟歌までを演じる事がほとんどの様である。国立の様な高座では長演をしても良さそうだが、結局は残されなかった。謎かけやくらわんか船が省略されるのは惜しい。舟歌は鳴物の水音のみで唄われており、楽屋からの合唱は無い。
7.TBS TV 落語特選会 放送録音 1978.4.7
8.
三十石−4
1.TS-02689B2
2.(1967.3.28)(?),NHK,スタジオ,客なし
3.27:26
4.東京音楽工業.CR-1438(CT)
5.出囃子 正札附
えー、昔から、『旅は憂いもの辛いもの』『可愛い子には旅をさせろ』と言う、ゥーッ古い譬えがございますが。以前は、ァーッ、何か乗ろうてぇとまァ馬でございますとか駕籠、ェ海上では船と言う様な訳で。ところがどうもそれ、ェーッ乗物ばかりへ乗る訳には行きません大抵は歩くんですら、えー江戸っ子が旅をするなんてぇと大変威勢がいい様で。土地が離れてしまえばどうも江戸っ子てぇ奴もこれ、ェーッだらしの無いもんで、箱根山ァ見て驚いて帰(かい)ったなんてぇ人があったそうで。「驚いたよお前(めえ)行ったらねぇ、山があったよゥえー、大きな山だねぇ俺ァ初めて見たァ。もしょうがねぇから帰 (けえ)って来ちゃったァ俺ァ」「何を」「なァんだ手前(てめえ)なんぞォ知らねぇで能書きばかり言ってやァんだよゥ。行って見なよ大きいんだ箱根山てぇなァアー。段々上へ登る山だ」当たり前な話で。山を登って不思議な訳でも無いが、まァそれ、ェーッ大きな山を見てびっくりして引っ返して来るなんと言うそこに、江戸っ子の、ォッおかしさがありましたが。ま二ァ人で江戸を発ちまして京都(きょうとう)を見物をし、でこれから大阪へ出ようと言うので、伏見街道「おいおい早く歩きなおい」「えー」「早く歩けてんだよ。何をあすこの玩具屋でお前(めえ)いつまでもあんなにごてごて言ってたんだィ」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌>…………サゲ=追い追い淀川を下る、三十石夢の通い路でございます。
6.録音年月日は不詳であるが、1967年3月28日に放送されている、「古典落語」の音ではないかと思われる。舟歌で楽屋のバックコーラスが入る。後半喉の調子が少々悪くなる。
7.東京音楽工業.CR-1438 CT COPY
8.
三十石−5
1.TS-02747B2
2.1968.3.15,NHK,ヤマハホール,東京落語会第105回
3.24:22
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ェッ、古い諺に、「可愛い子には旅をさせろ」と申しますが。まァ昔はこの、ォーッ旅と言うと、オりゃァもう、アー楽しいと言うよりは辛い事が多かったんでございましょうが。今の旅行と言う物は誠にまァ簡単でございまして、もう何にも持たずに、エーッ手ぶらでお出掛けになりましても決して、不自由と言う物はございませんが昔は、もう十里踏み出そうにもなかなか容易ではありませんで。江戸っ子が旅をするてぇと大変聞いたとこは威勢がいいが、土地が離れてしまいますとこの江戸っ子てぇものは割合に、ェーだらしの無いもんで。箱根山を見て驚いて帰(かい)ったなんてぇ人があったそうで「驚いたよ俺ァ行ったらねぇ、山があったよゥアー、俺ァもうしょうがねぇから帰(けえ)って来ちゃったァ俺ァ、驚いたねぇあんなでけぇ山てぇな俺ァ生まれて初めて見たなァ」「何を」「手前(てめえ)なんぞは知らずに能書きばかり言ってやァんだ行って見なよ大きいんだ箱根山てぇなァアー。段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳でもありませんが。で二ァ人で江戸を発ちまして京都(きょうとう)をすっかり見物をして、これから大阪(おおざか)へ出ようと言うので伏見街道「おいおい早く歩きなおい。早く歩けてんだよ」「待っつくるねぇ、人が足が痛ぇってのに不人情な顔して行っちまうなよ。もう何だろ宿へ着くんだろ」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌>…………サゲ=追い追い淀川を下る、三十石夢の通い路でございます。
6.東京落語会では3回演じているが、これは2回目のもの。舟歌の前を端折って短縮している。
7.NHK R 古典落語 放送録音 1968.5.24 伊東氏ライブラリー→佐藤氏ライブラリー
8.
三十石−6
1.TS-02768B2
2.1961.6,TBS
3.26:50
4.Col.FS-7122,CHY-9032(CT)
5.出囃子 正札附
えー、ェーッ、当今はこの、乗物と言う物が、ァーッ昔と違いまして、誠に便利でございましてもう、ォーッどちらィ参りましても、御不自由と言うものはございませんが、アーもう以前は、ァーッ十里踏み出そうにもなかなか、ァーッ大変でございましてね、足拵えから厳重にすると言うので。江戸っ子が旅をしたりなにかするこりゃァどうも割合に、エーッ意気地のございませんもので。二ァ人で江戸を発ちまして、京都(きょうとう)をすっかりをし、でこれから大阪(おおざか)ィ出ようと言うので、その時分には、ァーッ伏見の京橋から、ァッ三十石の夜船と言う物が、八軒家へ通っておりまして。…………<船宿(後半)〜女中の婆ァ〜舟歌〜謎がけ〜くらわんか船〜ろくろ首>…………サゲ=二つこええ事はおまへんわ、薬飲んだ時は長ァい事苦うまんねん」
6.船宿風景は簡単に演じ、船上を長く演じているがタレスキーは入っていない。
7.Col.FS-7122 DISC COPY
8.
三十石−7
1.TS-02830B2
2.1976.10.26,東横劇場,東横落語会第170回
3.29:28
4.V.VCK-861(CT),VDR-21028(CD),VICG-15057(CD)
5.出囃子 正札附
えー、古い譬えに『可愛い子には旅をさせろ』なんという、えー昔はまァ、ァーッ土地を離れて、旅へ出ますてぇとまァその色々苦労がありまして「あいつもまァ、少しは何だよ、人中へ出てェなァー苦労をした方がァ為ンなるよ」なんてな事を言って。今はもう旅へ出て、ェッ苦労をするなんてぇ事もございませんが。大体、十里、エーッ土地をこの離れるにしても足拵えから厳重にすると言う訳で。ゥえー上方見物でもしようなんてぇ時には、親類が集まりましてね、水盃をして、品川の棒鼻ィ送って来るここで、ェーッ泣きの涙で別れを惜しんだなんという。えーこれが何をするのかてぇと上方へ見物に行くと言う。今の時代から考えますとまるで嘘の様でございますが。二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をすっかり見物をして、これから大阪(おおざか)へ出ようと言うので伏見街道 「おいおい早く歩きなおい、えー早く歩けよ」「うん、歩いてるよ」「歩いてんの分かってるよさっさと歩けてんだよゥ。どう何だってお前(めえ)あすこの玩具屋でごちょごちょ言ってたんだィ」…………<船宿〜謎かけ〜くらわんか船〜ろくろ首>…………サゲ=二つええ事はおまへんわ、薬飲んだ時は長ァい事苦うまんねん」
6.東横落語会の録音。「あんたがた」の所で、折り良く地下鉄の渋谷駅に着く音が響き、「下に地下鉄でも入った訳でもねぇ」と演り、馬鹿受けをしている。これは当時の東横劇場を知る人のみがわかるギャグである。女中の婆ァと舟歌をカットして船中を演じているが謎かけのタレスキーは入っていない。
7.V.VCK-861 CT COPY
8.この会場に居合わせており、地下鉄のギャグが強く印象に残っている。
三十石−8
1.TS-02851B1
2.1968.9.9,キング,キングレコード第二スタジオ,客なし
3.31:18
4.K.KR-5076,KR-5120,KR-5222,CKS-204(CT),K18H-5027(CT),K18H-5209(CT),フェーマスレコードクラブ.NAS-642
5.出囃子 ?(正札附では無い)
昔はこの『旅は憂いもの辛いもの』なんと言う、ゥーッ譬えを申しましたが、ま今は別に、どちらィおいでンなっても御不自由はございませんが。まァ、ァーッ、江戸時代はハァ大変でございましてね、旅をするなんてぇと、親類縁者の者が集って、ェッ泣きの涙で、盃を交わしたなんと言う。えどこ行くのかと言うとこれが上方見物をしようてんですが。江戸っ子なんてぇと大変威勢がいい様で、土地が離れてしまいますと割合にだらしの無いもんで。箱根山を見て驚いて帰った何てぇ人がありまして。「驚いたよ俺ァ行ったらねぇ、山があったよゥ大きな。アー、アーもうしょうがねぇから俺ァ帰(けえ)って来ちゃったァ俺ァ、驚いたねぇどうもでけぇ山たってお前(めえ)、何を、エッヘヘヘ、手前(てめえ)なんぞは知らずに能書きばかり言ってやァんだ行って見なよ大きいんだ箱根山てぇなァアー。段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳でもありませんが。ェ二ァ人で江戸を発って、ェッ京都(きょうとう)をくまなく見物をし、ェこれから大阪 (おおざか)へ出ようと言うその時分、伏見の京橋から、ァッ三十石の夜船と言うものが、八軒家ィ通っております。…………<船宿(後半)〜女中の婆ァ〜舟歌〜謎かけ〜くらわんか船〜ろくろ首>…………サゲ=二つええ事はおまへんわ、薬飲んだ時は長ァい事にごまんねん」
6.ビクター盤に続いての2回目のレコード録音である。片面のため船宿の前半をカットし、船中を演じている。タレスキーは無い。
7.K.K18H-5209 CT COPY
8.
三十石−9
1.TS-02863A2
2.1976.5.16,東宝,東宝演芸場,東宝名人会
3.17:59
4.Ca.C18G-0321,PN.20P-2212(CT)
5.出囃子 正札附
えー、御用多の中を、ェッ御贔屓でございまして有難く,ァッ御礼を申し上げまして。ゥー昔から、ァッ「旅は道連れ世は情け」なんと言う、譬えを申しますが、まァこの気候のいい頃に、エーッ旅行でもしようと言う誠に、ェーッこりゃァ宜しいもので。(白湯を啜る)しかしまァ今のと、昔の旅とはえらい違いで。いやァもうォ以前は、ァッ十里踏み出そうにも、足拵えから厳重にすると言う誠に面倒な訳で。(カット)江戸っ子が旅をするてぇと大変威勢がいい様で。どうも土地が離れてしまいますと江戸っ子てぇ奴はだらしの無いもんで。箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があったそうで。「驚いたよ、行ったらねぇ山があったよゥ、オー。俺ァ見て驚いたねぇもうしょうがねぇから帰(けえ)って来ちゃったァ俺ァ、何を、何を言ってやんでこの野郎、手前(てめえ)は知らねぇで能書きばかり言ってやァんだい、行って見ねぇな大きいから箱根山てぇなァアー。段々上へ登る山だ」なんて当たり前の話で。山を登って不思議な訳はありませんが。ェ二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をすっかり見物をし、ェこれから大阪(おおざか)へ出ようと言う。伏見の京橋から、ァッ三十石の夜船と言うものが、大阪(おおざか)の八軒家まで通っております。…………<謎かけ〜タレスキー>…………サゲ=沖の暗いのに白子が見える、あれは絹子の蜜柑箱」「なァんだいこりゃ」『三十石』でございますがお時間でございます。
6.船宿のくだりを地だけで演って、船中の謎かけだけを演じ、タレスキーでサゲている。東宝名人会での収録。途中にカットがある。
7.Ca.C18G-0321 CT COPY
8.
三十石−10
1.TS-02945C1
2.1976.8.23,9.10,12.21,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「圓生百席 第四十四席」
3.61:49
4.CS.60AG-122,FCLY-1,FKLY-1(CT),22KG-153(CT),SR.SRCL-3840(CD)(カットあり)
5.出囃子 淀の川瀬 受囃子 きぬた
『三十石』と言う噺でございますがこれは、勿論上方噺で。明治十七年頃に四代目の、橘家圓喬と言う、まァ明治時代の、ォーッ名人と申しまして、今の名人とは違うんで、本当のこれは名人でございますが。この人が、あちらから覚えて参りまして、ウーン得意で演っておりましたんで。あたくしも勿論小さい時分に、この圓喬の『三十石』は聞いておりますが、えーその後に演りましたのは、先代の、圓生、あたくしの親父が、これを演りました。で圓喬はこの舟歌は唄いませんでしたが、あたくしの親父は舟歌を入れて演りました。えーそれを覚えて、手前が演ると言う様な訳で。でこのレコードにも、サゲはちゃんとございますがこれは圓喬が、演ったもので、本当のサゲと言う物は今大阪の人でも余り知った者が無い様で。…………<本来のサゲの説明>…………エヘッどうも随分、えーややっこしい落ちがあるもんでございますがこれが本当の、『三十石』のサゲでございますが、えー申し上げておきますが。まァとにかくこの旅をすると言う。今と昔は違うと良く申しますが以前は、いずれへ参りますにも草鞋履きで、ェッ、てくてくやると言うんですからなかなか物ははかどりませんが。えー、江戸を発って京都(きょうとう)を、すっかり、見物を致しまして。祇園円山、二軒茶屋、八坂の塔高台寺、清水大谷鳥辺山、大仏の耳塚三十三間堂これらを残らず見て、伏見街道へ「おいおいおい、早く歩きなおい」「えー」「早く歩けてんだよ」「うん」「うんじゃねぇやなァ、何をしてるんだなァ。さっきの玩具屋で何をあんなにごちょごちょ言ってたんだな」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌〜謎かけ〜タレスキー〜くらわんか船〜ろくろ首>…………サゲ=二つええ事はおまへんわ。薬飲んだ時は長ァい事にごまんねん」
6.「圓生百席」の録音。これを元にした速記が、集英社文庫「圓生古典落語4」に載っている。さすがに百席だけあって全ての場面を網羅している。舟歌などの入った部分を別に録音したのか、録音日が3日にまたがっている。
7.CS.60AG-122 DISC COPY
8.
三十石−11
1.TS-02992A1
2.1963,ビクター,ビクター・スタジオ,客なし
3.50:48
4.V.JV-226,JV-1292,SJV-6552,VCK-523(CT)
5.出囃子 ?(正札附では無い)
只今と違いまして昔はこの、旅を致しますのが、なかなかどうも手億劫なもので。乗物と言う物がございません為に、どうしても歩かなきゃァなりません。江戸っ子が旅をするてぇと大変、威勢がいい様でどうもこの土地が離れるてぇとこの、ォッ江戸っ子てぇ奴が割合に意気地が無いもんで。箱根山を見て驚いて帰った人があったそうで「驚いたよ俺ァ行ったらね、山があったからねぇ、オーもしょうがねぇから俺ァ帰(けえ)って来ちゃったよ」「何を」「お前(めえ)なんぞは知らねぇでそんな事を言ってやんだよゥ。俺ァ驚いたその箱根山てぇなァでけえったって、アー。段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳は無いが。こう言う意気地の無い人が幾らもあったそうで。ェ二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をくまなく見物をして、これから大阪(おおざか)へ出ようと言うので伏見街道を「おいおいおい、早く歩きなよ」「えー」「早く歩けてんだよ。何をしてるんだな」「歩いてら」「歩いてんのはわかってるがよゥ、もっと威勢良くさっさと歩けてんだなァ。あすこの玩具屋で何をお前(めえ)あんなごてごて言ってたんだい」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌〜謎かけ〜タレスキー〜くらわんか船〜ろくろ首>…………サゲ=二つええ事はおまへんがな。薬飲んだ時は長ァい事にごまんねん」
6.「圓生十八番」として初発売され、アナログLP時代に定盤として親しまれた録音だが、その後ビクターの音は東横落語会のライヴ録音に代わってしまい、廃盤になって久しい。
7.V.JV-226 DISC COPY
8.
三十石−12
1.TS-12534C2
2.(1966.12.18),TBS,東商ホール,「落語名人会」
3.25:44
4.リーダーズ・ダイジェスト.AN-9007(カット有り)
5.出囃子 正札附
えー、只今はこの、ォッ乗り物と言うものが、昔と違いまして非常に、ェー便利でございますが。従前はもう十里踏み出そうと言うにもなかなか、ァーッ容易ではございませんで。江戸っ子が旅をするてぇと、ォーッ何かこう大変威勢がいい様で、土地が離れてしまいますと江戸っ子は割合にこれで、ェッだらしの無いもんで。で二ァ人で江戸を発って、ェッ京都(きょうとう)を見物をしてこれから大阪(おおざか)へ出ようと言うので、伏見街道「おいおい早く歩きなおい」「えー」「早く歩きなよ」「歩いてるよ」「何を言ってやんで歩いてんのはわかってるがさっさと歩けてんだよ」「足に豆が出来ちゃったから痛くてしょうがねぇやどうも。…………<船宿〜女中の婆ァ〜謎かけ>…………サゲ=ま抜けにふ抜け」「よしなよ喧嘩になるがな」追い追い淀川を下る『三十石』でございますがお時間が参りました様で。
6.前半の船宿をきっちり演って、舟歌をカットし謎かけに続くが、タレスキーまでは行かない。リーダーズ・ダイジェストから出た限定盤のレコードに収録されているのは枕にカットがある。
7.TBS R 放送録音 岩田氏ライブラリー
8.
三十石−13
1.TS-12620B3
2.?
3.18:28
4.なし
5.出囃子 無し
えー、ェーッ、旅のお噺でございますが。えー近頃は、旅行と言う物は誠に、ェーッ便利でございましてもういずれへ参りましても、乗物に不自由と言う事がございませんが。ま以前は、アーッなんとしても二本の足でてくてく歩くと言う。今から考えると誠にどうも億劫な訳で。江戸っ子てぇと大変威勢がいい様でございますが割合にどうも、オッ土地が離れてしまうと意気地がございませんが。江戸っ子が二ァ人で、えー京都(きょうとう)を見物を致しまして、大阪へ出ようと言う。その時分に伏見の京橋から三十石の夜船と言う物が、八軒家まで通いまして。…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌〜謎かけ>…………サゲ=ま抜けにふ抜け」「よしなよ喧嘩にならァな」追い追い淀川を下る、三十石夢の通い路でございます。お時間でございます。
6.どこかただっ広いホールの様な所での録音だが、客受けが非常に悪い。舟歌の鳴物は無い。
7.岐阜放送落語名人会 放送録音 神谷氏ライブラリー
8.
三十石−14
1.TS-12637B2
2.1972.5.3,NHK,スタジオ,「放送演芸会」
3.25:23
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ェッ、只今はこの、ウーン乗物と言う物が、ァーッ誠に、便利でございましてもう、ァーッどちらィ参りましても、えー乗物の無いと言う所は、ァーッ、アーございませんが昔はもう、旅なんぞを致しますにはなかなか、ァーッ容易ではありませんで。えー、千里の道も一足からと言う、てくてく歩くと言う奴で。こりゃァどうもハーものが捗りませんでね。江戸っ子が旅をするなんてぇと大変聞いたとこは威勢がいいが、土地が離れてしまうとこの江戸っ子てぇものは割合に、ェーだらしのないもんで、箱根山を見て驚いて帰 (かい)った人があったそうで。「驚いたよ俺ァ。えー、行ったらねぇ山があったよアー。俺ァもうしょうがねぇから俺ァ帰(けえ)って来ちゃった俺ァ。驚いたねぇどうも箱根山なんてぇのはでけえったって、何をこん畜生手前(てめえ)なんぞは知らねぇで能書きばかり言ってんだよゥ。行って見ろよ大きいからアー、段々上へ登る山だ」当たり前な話で。山を登って不思議な訳は無いが。えーこう言う連中が幾らもありましてもので。えー二ァ人で江戸を発ちまして、えー京都を見物をしてこれから大阪(おおざか)へ出ようと言う訳で、二ァ人が伏、えー伏見街道「おいおい、早く歩きなよ」「えー」「早く歩きなよ」「歩いてるよ」「何ッ」「歩いているよ」「何を言ってやがん、歩いているのはわかってるがもっとさっさと歩けてんだよゥ。でエーっゥーどう、どうしたんだい」「どうしたってどうも、足ィ豆が出来ちゃってんだが痛えや」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌>…………サゲ=追い追い淀川を下る、三十石夢の通い路でございます。お時間でございます。
6.船宿を丁寧に演って合唱入りの舟歌で終わる。
7.NHK R 放送録音 佐藤氏ライブラリー
8.NHKのスタジオで収録された物。舟歌の合唱も入って演っているが、客は余り良くない。
三十石−15
1.TS-12638D2
2.1972.1.7,NTV,「金曜夜席」
3.16:22
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ェッ、旅と言う昔はこの、えー、土地を離れると言う事はなかなか、ァーッ容易ではございませんで、今はもう、旅行なぞと言う物は、ァーッみな手慣れておりますので、え一寸、ォッ小さい鞄をお持ちンなって、ウーン「ちょいと行って来ますから」なんてんでね、ちょいと行って来る所が、ァーッアメリカやなんかへ、ェッぴょこぴょこお出掛けンなると言う。昔はもう十里踏み出そうにもなかなか容易ではございませんで。江戸っ子が旅をするてぇと大変聞いたとこは威勢がいい。どうも土地が離れますと江戸っ子なんてぇものはだらしのないもんで。箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があったそうで。 「驚いたよ。アー行ったらねぇー山があったよォオー。俺ァもうしょうがねぇから帰(けぇ)って来ちゃった俺ァ。驚いたねぇあんなでけぇ山てぇなァ俺ァまァお、初めて見…。何をッ、何を言ってやがら手前なんぞは知らずに能書きばかり言ってんだよ、行って見ねぇ大きいからアーッ、段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳は無いが。二ァ人で江戸を発ちまして京都(きょうとう)をすっかり見物をし、えーこれから、大阪(おおざか)へ出ようと言うその時分に、伏見の京橋から、ァッ三十石の夜船と言うものが、八軒家まで通っておりまして。…………<船宿(後半)〜謎かけ〜タレスキー>…………サゲ=沖の暗いのに白子が見える、あれは絹子の蜜柑箱」「なァんだいこりゃ」お馴染みの『三十石』でございます。
6.僅か八ヶ月余りの短命に終わった「金曜夜席」(司会は談志)と言う番組の初回の録音である。船宿をあっさりと演り、船上での謎かけを中心に演っている。
7.NTV 金曜夜席 放送録音 1972.1.7 佐藤氏ライブラリー
8.
三十石−16
1.TS-12607B4
2.?,NHK
3.10:18
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、お早くから、ァーッ御贔屓を頂きまして有難く、ァッ御礼を申し上げます。相変わらずと、ォーッ申し上げますがもう、我々のおしゃべりでございまして、まなるべく、ァーッお罪の無いと言う所が、宜しい様でございますが。えー、ェッ只今も旅と言う、ゥーッ話が出ましたが、まァこのゥ、ァッ旅行と言うと、昔の旅とはえらい違いでございまして、えー近頃ではもう、ォーッどこへでも、いらっしゃいますのにこの飛行機と言う、ァッ便利な物が出来ましたが、昔はまァこの、ォッ二本の足でてくてく歩くという。江戸っ子が旅をするてぇと大変威勢がいい様で、土地が離れてしまいますと割合にこの江戸っ子てぇものは、ァーッ意気地がありませんで、箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があったそうで。「驚いたよ。行ったらねぇ山があったよオー。俺ァもうしょうがねぇから帰 (けぇ)って来ちゃった俺ァ。驚いたねぇあの箱根山てぇのは大きいったってお前(めえ)。何を言ってやがン、手前は知らずに能書きばかり言ってんだから行って見なよ大きいからアーッ、段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳はありませんが。え二ァ人で江戸を発って、京都(きょうとう)をすっかり見物をし、えこれから大阪(おおざか)へ出ようと言うその時分に伏見の京橋から、三十石の夜船と言うものが、八軒家ィ通っておりまして。…………<船宿(後半)〜謎かけ>…………サゲ=ま抜けにふ抜け」「よしなよ喧嘩にならァな」追い追い淀川を下る、三十石でございますが、お時間が参りました様でどうぞこゆるりと…
6.10分で演じた録音。船宿風景と謎かけを手短に演じている。データが残っていないが、NHKのテレビの録音である。
7.NHK TV 放送録音 佐藤氏ライブラリー
8.
三十石−17
1.TS-12639D1
2.1972.9.15,ニッポン放送,スタジオ,ホリデイ・ニッポン「リクエスト寄席」
3.18:30
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ウウン今日は、ァーッ、敬老の日と言う。えー、敬老ってぇのは、七十歳以上でございますか。えー、ェーッ、するとあたくしも、ォーッ毎年ここんとこ何か頂いておりまして。えーあたくしは、明治三十三年生まれ、西暦で、ェーッ千九百年うまれと言う。えー、圓生さんはどうも、ォーッ歳より若く見えるなんてぇ事を言われて。「左様でございますか」なんてんで当人大変喜んでおりますが。昔から馬鹿は若く見えると言う、えー譬えがありましてあんまりこの、オーッ若く見える人は利口じゃァ無いてぇ事を言われましたが。今はやはりそう言う事はございませんで、えー歳と言う物も、オーッ時代と共に段々違いまして。昔は、ァーッ五十にして天命を知るなんと言いましてね、「もうあの人も五十で、エーッ亡くなったんだから」なんと言う。ァ早死にとは言わなかったんで今はあなた、六十ゥから、ァーッ七十位の間に死ぬてぇと「どうもまだお若いのに」なんてぇ事をいいましてね。えー百を過ぎなければ、ァーッ御長寿だとは言わなくなったのかも知れませんが。敬老の日と言うのは大変これあたくしは宜しい事でございますと思います。えー、つまり老人を大事にすると言う。だけどもまァ、アーッ、今日だけで無くずっと大事にして貰いたい。ねぇ。えー今いけませんよ何とかねぇ、えー何とかの日ってぇとその日だけ大事にして、後はおっぽり出しちまう。…………<安全週間〜大八車に轢かれて死んだ人〜横浜へ行っても旅〜江ノ島鎌倉でも自慢>…………ま五十里百里と、離れたを見ようと言うにはもう大変で。一年半年と前々から心掛けまして、親類が集ってエッ水盃を交わしたなんと言う。今から考えると丸で嘘の様な事で。でこれがどこへ行くのかてぇとこの上方へ見物を、すようと言う訳で。えー江戸っ子が旅をするなんてぇと大変威勢がいい様で、土地が離れてしまいますと割合にこの江戸っ子てぇものは意気地がありませんで、箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があったそうで…………<段々上へ登る山だ>…………なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳はありませんが。え二ァ人で江戸を発ちまして、京都(きょうとう)をすっかり見物をし、えこれから大阪 (おおざか)へ出ようと言う。ウーンその時分に伏見の京橋から三十石の夜船と言うものが、八軒家ィ通っておりまして。…………<船宿(後半)〜謎かけ〜タレスキー>…………サゲ=沖の暗いのに白子が見える、あれは絹子の蜜柑箱」「なァんだいこりゃ」お馴染みの『三十石』でございますが、お時間でございます。
6.敬老の日の特番の録音で、普段は演らないまくらが延々と付いている珍しい録音。肝心の噺は、船宿風景をさらっと演ったのち船上にすぐ移り、謎かけに入る。
7.ニッポン放送 ホリデイ・ニッポン 放送録音 佐藤氏ライブラリー
8.
三十石−18
1.TS-12640D1
2.1976,1,1,NET,新宿末広亭
3.13:51
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ェーッ新年、ェッおめでとうございます。えー、「三十石」と言う、ァーッお噺で。昔はこのォ、ァーッ今の旅行と違いまして、旅をすると言う事はこりゃァもう容易ではございませんで、ンえー江戸っ子が旅をするなんてぇと大変威勢がいいようで、土地が離れてしまうと割合にこの江戸っ子なんてぇものは、ァーッだらしのないもんで、箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があったそうで。「驚いたよ。行ったらねぇ山があったよアー。えーもうしょうがねぇから俺ァ帰(けぇ)って来ちゃった俺ァ。駄目だよあんな大きな山じゃとても乗っかれっこねぇと思ってね。何を言ってやがンでぇこの野郎、手前なんぞはねォ能書きばかり言ってやんで行って見なよ大きいんだ箱根山てぇなァアーッ、段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳は無いが。え二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をすっかり見物をし、えこれから大阪(おおざか)へ出ようと言うその時分に伏見の京橋から、三十石の夜船と言うものが、えー大阪の八軒家ィ通っておりまして。…………<船宿〜女中の婆ァ>…………サゲ=「八十九」「あ娘と同い歳だよ」「同い歳てぇのがあるかい」わあわあ言ってるうちにこの船が出ると言う、三十石夢の通い路でございますが、どうやらお時間が参りました様でどうぞこゆるりお遊びを願います。
6.初席からの中継放送。女中の婆さんで切っている。
7.NET TV 佐藤氏ライブラリー
8.
三十石−19
1.TS-12641C1
2.1966.1.1,NHK
3.14:14
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ェーッかわるがわる、お目通りでございますが相変わらずもう、ァーッ落語でございますので、お罪の無いと言う所で、ェーッお暇を頂きますが。まァこの、ォーッ旅なぞを致しまして昔と今とは、えらい違いでございますがもう以前は、ァッ十里踏み出そうにも、足拵えから厳重にすると言う誠に、ェーッ面倒臭い事で。二ァ人で江戸を発ちまして、京都(きょうとう)を見物を致します。えこれから大阪(おおざか)の方へ出ようと言う。えーその時分には伏見の京橋から、三十石の夜船と言うものが、大阪の八軒家へ通っておりまして、大、京大阪の間は、ァッ十三里と申しますが、昔は大変この船を便利にしたもので。…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌>…………サゲ=追い追い淀川を下る、三十石でございます。お時間で……
6.正月の特別番組の録音。寄席からの中継の様で、正札附の出囃子が珍しくはまっていない。船宿の前半を簡単にして舟歌まで演っている。
7.NHK R 放送録音 岩田氏ライブラリー
8.
三十石−20
1.TS-12642C1
2.1977.7.10,NTV,後楽園ホール,「笑点」
3.10:59
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、追い追いこれから、ァーッ、えー、お暑くなりますが。ウーン、お若い方は海で、ェーッ一つゥ泳いで来ようとか、山ィでも登ろうと言う様な、あるいはまた、ァーッ軽い旅行なぞを致しまして、誠にこれは、アーッ宜しいもんでございますが。今はもう、どちらへお出でンなるにも、ォーッ乗物が完全でございますので、歩くと言う事がございませんで。えー昔はどうしても、十里踏み出そうにも足拵えから厳重にすると言う誠にどうも、ォッ面倒な訳で。第一江戸っ子が旅をするてぇと大変威勢がいい様で、どうもこの土地が離れますてぇと江戸っ子てぇ奴はだらしのないもんで。箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があったそうで。「驚いたよ。行ったらねぇ山があったよアー。どうもしょうがねぇ箱根山ってなァ大きいんだその山がよ、うん。もうしょうとても駄目だと思ってわ諦めて帰(けぇ)って来ちゃった俺ァ。驚いたねぇあんなでけえ山、何をッ、何を言ってやがンでぇこの野郎、手前なんぞ知らねぇで能書きばかり言ってんだよ。行って見なよ大きいんだからアーッ、段々上へ登る山だ」なんて当たり前な話で。山を登って不思議な訳は無いが。え二ァ人で江戸を発ちまして、京都(きょうとう)をすっかり見物をし、えこれから大阪(おおざか)へ出ようと言うその時分伏見の京橋から、三十石の夜船と言うものが八軒家ィ通っております。…………<船宿〜謎かけ>…………サゲ=「ほーっ、心は」「屁の上にある」「汚ねぇな」…追い追い淀川を下る『三十石』でございますが、お時間でございますので。
6.「笑点」で当時の約10分枠での口演でサゲも適当な所で落としている。船宿の部分は簡単にして、三十石の船の解説をして船中へ移っている。噺の後で三波伸介と対談をしている。
7.NTV 笑点 放送録音 仲野氏ライブラリー
8.
三十石−21
1.TS-12682D1
2.?,TBS
3.26:19
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ェーッ、旅のお噺でございますが、当今は誠に、ィーッ便利なもので、えーいずれへ参りましても、ォーッ御不自由と言うものがございませんで。もう汽車の旅でも無いから飛行機にしようなんと言う様な、まァ追い追い、え世の中と言う物が狭くなる様な心持ちが致しますが。以前はなかなかどうして、ェーッ十里踏み出そうと言うにも、足拵えから厳重にすると言う面倒臭いもの。江戸っ子が旅をするなんてぇと、オッ威勢がいい様ですがどうもこの、江戸っ子てぇものは土地を離れると意気地がございませんで、箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があるそうで「驚いたよ俺ァ、えっ。だってお前(めぇ)行けやしねぇやな行ったら驚いちゃったよ箱根山てぇ山があるんだ高(たけ)えのなんのったってオッ、段々上へ上る山なんだそれが」フッ、そんな事は何も、オー馬鹿な話で。えー下に下がっていく山てぇのはございませんが。まァ箱根山を見て、ェッ涙をこぼして引っ返すなんと言う所が、誠にこの江戸っ子らしい所で、えー二ァ人で江戸を発ちまして京都(きょうとう)を見物をし、でこれから大阪(おおざか)の方へ行こうと言うので伏見街道へ「おいおい早く歩きなおい」「えー」「早く歩きなてんだよ」「歩いてるよ」「何」「歩いているよ」「何を言ってやんだ、歩いているよだってやン。歩いてんのはわかってるがもっと、はっきり歩けてんだよのそのそしてねぇでよ。第一またお前(めえ)変な格好して歩いてるじゃねぇ、えっ。変な格好してるじゃねぇ」…………<船宿〜女中の婆ァ〜舟歌>…………サゲ=追い追い淀川を下る、三十石夢の通い路でございます。
6.口調が早く、1950年代後半の録音と思われる。少々風邪気味のようで鼻声である。
7.東海ラジオ 源兵衛太助寄席の旅 放送録音 1996.11.10 園部氏ライブラリー
8.
三十石−22
1.TS-12687B2
2.(1974.4.8),東海ラジオ,「なごやか寄席」
3.23:32
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、ェーッ、今晩から、ァーッ東海ラジオさんで、本格の、ァーッ寄席演芸をやりたいと言うので、えー、ェッその第一回でございます。お目通りを致します。ウーン『三十石』と言う、(白湯を啜る)旅のお噺でございますが、まァ我々の方では、えーお客様の足取りのいい様にと言うので、エーッ旅の噺と言うものはこりゃもう、縁起のいいものとしてありますので。えー『旅は道連れ世は情け』なんと言う譬えがありますが、江戸っ子なんてぇとどうもそれ、威勢がいい様で、土地が離れてしまいますとオッ割合に意気地が無いもんで。アーもう、ァッ江戸から、上方見物をしようてんで、出まして箱根山を見て驚いて帰(かい)った奴があったそうで「驚いたよ、行ったらねぇ山があったよゥ。もォうしょうがねぇから俺帰(けえ)って来ちゃった俺ァ。驚いたねぇあの箱根山なんてぇのはなんてぇなァなんてぇまァ馬鹿だけ、でけえんだかど、えーっ、いぇッ何を言ってやがん、手前(てめえ)なんざ知らねえで能書きばかり言ってやがんでぇ、行って見ろよ大きいんだからアー、段々上へ上る山だ」なんて当たり前の話で。山を登って不思議な訳もありませんが。二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をすっかり見物をし、でこれから大阪(おおざか)出ようと言うその時分に、伏見の京橋から、三十石の夜船と言うものが、八軒家へ通っております。えー昔は大変この船は便利に致しましたもので、宿屋の二階へ船待ちと言う訳で。…… ……<船宿〜女中の婆ァ〜謎かけ〜タレスキー舟歌>…… ……サゲ=沖の暗いのに白子が見える、あれは絹子の蜜柑箱」「何だいこりゃ」お馴染みの『三十石』でございますが…。
6.「なごやか寄席」第1000回放送記念に第1回の再放送をした時の録音。
7.東海ラジオ なごやか寄席 放送録音 1996.7.15 中川氏ライブラリー
8.
三十石−23
1.TS-12698A2
2.?,鈴本演芸場
3.10:38
4.無し
5.出囃子 正札附
えー、御用多の中を、ァーッ御贔屓(しいき)でございまして、有難くァッ御礼を申し上げます。えー、色々、オーッ、ご機嫌を伺っておりますが、前方は、ァーッ、都家かつ江さんと言う、女の子が、ァーツ、ウーン、へへっ、女の子と言う程ではありませんが、女の親見たいな方が、お陽気に、エーッ伺いましてまァ唄三味線なぞは、御婦人の方がお色気があって、ェーッよろしい様でございますが。まァ何事によらず、昔から見ると物が進んだと申しますが、乗物と言うものがこりゃァもう、オーッえらい違いで、昔はまァどんな事をしてもてくてく歩くと言う訳で、江戸っ子が旅をするなんてぇと大変この威勢がいい様で、土地が離れますと割合にこの江戸っ子なんてぇものはだらしのないもんで。箱根山を見て驚いて帰(かい)った人があったそうで「驚いたよ、行ったらねぇ山があったよゥ。もうしょうがねぇから俺帰(けえ)って来ちゃった俺ァ。驚いたよあの箱根山なんてぇのはそのでけえったって、…何を言ってやがんでぇこの野郎、手前(てめえ)なんざ知らねえで能書きばかり言ってやがんでぇ、行って見ねぇ大きいんだからアー、段々上へ登る山だ」なんて当たり前の話で。山を登って不思議な事もないが。二ァ人で江戸を発って京都(きょうとう)をすっかり見物をし、これから大阪(おおざか)出ようと言う、その時分に伏見の京橋から、ァッ三十石の夜船と言うものが、八軒家へ通っております。昔は大変この船は便利に致しましたもので、宿屋の二階へ船待ちと言う、大きい座敷に入れ込みでございますので、…… ……<船宿〜謎かけ>…… ……サゲ=「へへっ、ま抜けにふ抜け」「よしなよ喧嘩になるよ」追い追い、淀川を下る『三十石』でございますがお時間が参りました様でございます。
6.鈴本演芸場の仲トリの録音。前が押したのか、極く短く演じているもの。
7.東海ラジオ 源兵衛太助寄席の旅 放送録音 1996.11.3 園部氏ライブラリー
8.
三十石・解説
意外にも、この「三十石」が圓生師の最多録音かも知れない。私自身のライブラリーに13席、今回この稿のために仲間に調査して貰ったら6席も増えて計20席にもなってしまったのである。私のライブラリーでも一人の演者の同じ噺で20席と言うのは、小さん師の「粗忽長屋」とこの圓生師の「三十石」の2席である。小さん師は現役なのでこれからも増えると思われるが、大した数である。長いもので一時間を超すものから短いのは10分、実にバラエティーに富んでいる。江戸では圓生師意外に演る人がいなかった為に、自分でも十八番として演っていたからであろう。またどの季節に演っても良い為に数が増えたものと思われる。時間に応じて色々なパターンで演じるのが非常に面白い。舟歌では楽屋に引き連れて来た弟子の人数に応じてコーラスが入る場合もあるが、ホールでは間口が広くて演り難かったらしく、このパターンの録音は無い。さて、圓生師は大阪で生まれているから大阪弁の素養があった、と言うのは真っ赤な偽りの様だ。この「三十石」をはじめ大阪弁を達者に使っているが、「正しい大阪弁は六代目の松鶴の使う言葉だ」と言った友人に圓生師の使う大阪弁の事を聞いて見たら、「こんな変な大阪弁は無い」と言っていた。彼が言うには金馬の「金明竹」の方が大阪弁にまだ近いそうなのである。やはり圓生師の使う大阪弁は東京人の見聞きした大阪弁に過ぎない様だ。上方の噺家が江戸っ子を演じておかしいのと共通する所が、いやそれ以上に違いがありそうだ。大阪弁がこの噺のネックになっている以上、今後この噺の後継者は現れそうも無い様だが、現今の地方出身者の多い落語界にあってはいつか東京流の「三十石」が聞ける様になるかも知れない。もっとも上方では六代目松鶴の流れで「三十石」は健在であるのでこの噺が消え去る事は無い。若手で上方でこの噺を教わり、圓生師のテープを参考にして新たな「三十石」を再現するのを待ちたいと思う。「兵庫船」や「桑名船」などで流用出来る物もあろうが、改めて聞いて見ると、タレスキーなどの秀逸なギャグをはじめとする噺の面白さには捨てがたい物があるのだ。
さて、圓生師の「三十石」だが、フルサイズで演じると軽く50分を超える。昔の旅が今と違って大変だった事から入り、箱根山を見て驚いて帰った江戸っ子の話が大抵入り、伏見に到着する所から噺は始まる。宿引きの「あんたがた」から「始終二人」、ここから船宿風景、お茶代、乗船名簿、伏見人形、船が出るぞ、の話題から、次は三十石の解説となる。船頭の会話から女中の婆ァが登場し、船霊様から舟歌になる。終わると船中の場面となり、お国の挨拶から謎かけが始まる。「いろは」の謎かけが「ま抜けにふ抜け」まで言った所で、タレスキーの登場だ。その後枚方の「くらわんか船」で主役の江戸っ子が活躍し、結びが「ろくろ首」でサゲる。色々な場面の寄せ集めである所から時間調整が容易で、各場面もカットを入れて刻む事が出来るのでギャグ沢山の短い「三十石」も可能な訳だ。それぞれの場面をそれぞれの用途に応じて柔軟にこなす圓生師の「三十石」を20本も続けて聞くうちに改めて噺家の柔軟な噺の展開の素晴らしさを感じた次第である。
時代設定:江戸時代。
舞台:伏見街道から寺田屋。三十石船船中(伏見から枚方辺りまで)。
登場人物:江戸っ子の始終二人連れ(名前は出ないが片方は兄ィで藩随院長兵衛と助六と偽る)、寺田屋 の主人と従業員達、船頭数名(喜惣次、勘六、他)、客多数(鴻池善右衛門の偽者、武蔵坊弁 慶の偽者、小野小町の偽者、葬式の帳面を全部言う奴、役者の女形、女中の婆ァ、京都の牡、 謎かけ野郎、ま抜けとふ抜け、タレスキー野郎、ろくろ首、他)、中書島の女郎屋のおちびど ん、くらわんか船の売り子。
ベストテイク:「三十石…1」。ライブでフルサイズの口演。全てはここに入っている録音と言える。