三遊亭圓生音源データ
真田小僧−1
1.TS-02503A1
2.1967.9,TBS,スタジオ,客なし,「落語への招待」
3.24:16
4.YP.YR13-1006,TE.TETR-20028(CT),TECR-20028(CD)
5.出囃子 正札附
『小児は白き糸の如し』と言う、昔から、ァッ譬えがございますが。まァ子供しと言うものは、誠に、ィーッ、ぇー良き、悪きにもこの、そぎ易いもんでございまして。えー近所の商売で、色々このォ遊びが違いましてね。ぇーお寺の近所なぞへ行くと良く、ァーッお弔いごっこをして遊(あす)んでェますが。お葬式の真似なんてぇのはあんまりいいもんじゃァない。「今日はお前がなんだ仏様ンなんだぜ」「なんだやんなっちゃうなァ。俺毎日ィ死んでばかりいるだもの。昨日も仏様なんだから今日は担がせろィ」なんてんで。お弔いを担ぐのを大変名誉がったりなにかして。もっと酷いのは、アーッ刑務所の近所では懲役ごっこだなんてんで。…… ……<終身懲役にして貰いな>…… ……変な親があるもんので、返って親が罪を重くしたりなにかしてェますが。まァ子供だからこんな事位は良かろうなんと言って、ちょろっと喋って後でとんだ恥をかく事もありまして。…… ……<みっともない顔だって言ってた>…… ……こうなった日にはもう親の方でどうも引っ込みがつかないン。アーどうも良くしようと思っても、箸にも棒にも掛からないと言うどうにも始末の悪いのが「おいおい、チッ、悪戯をするんじゃァないお止してんだよ。火箸をいじくるんじゃァ無いよ」「悪戯してるんじゃないんだよ」「してるんじゃァねぇってしてるじゃねぇ」「今ねぇ火を熾してるんだい」……
6.TBSラジオよりの収録だが、公開録音では無くスタジオでの客なしの録音である。
7.TBSR 落語への招待 放送録音 1967.10.7
8.
真田小僧−2
1.TS-02919D3
2.1965.3.5,TBS,「落語名人会」
3.25:12
4.なし
5.出囃子 正札附
えー、昔からこの、ォーッ、『小児は白き糸の如し』と言う、譬えがございますがまァ子供しと言うものは、えー教育によりまして色々、ォーッ違って参りますが。ァどうもこのォ、ォーッ、お子様と言うものは、ァーッすぐに、物を覚えましてね、真似をしたがるもので。まァ子供だからこんな事位は良かろうなんてんで、親の方が油断をすると、とんだ恥をかく事がありまして。…… <みっともない顔だって言ってた>…… ……ァこうなった日にはもう親の方がどうにも引っ込みがつきませんで。まァ子供の前で、ェッうっかりした話は出来ないと言いますがまァ近所の商売で、色々この遊(あす)びと言うものが違いまして。えー学校の近所で、ェーッ学校ごっこなんぞをして、遊(あす)んでおりますがこらまァ大変宜しいが、こらァどうもその寺町へ行きますとお弔いごっこなんぞをしてね、えーあんまりこりゃァお弔いなんてぇのはいい遊(あす)びじゃありませんよ。「今日はお前が仏様ンなんだぜ」「やんなっちゃうなァ毎日俺死んでばかりいるだもん。昨日も仏様しちゃったんだもん、今日は俺に担がせろよ」なんてんで。お弔いを担ぐのを大変名誉がったりなにかして。もっと酷いのは、アーッこの、拘置所の近所ではァッ懲役ごっこだなんてんでね、泥を担いだりなにかして…… ……<終身懲役にして貰いな>…… ……変な親があるもんで。親がかえって罪を重くしたりなにかしてェる馬鹿な話があるもので。アーどうも中には良くしようと思っても箸にも棒にも掛からないと言う始末の悪いの「おいおい、チッ、悪戯するんじゃないよおい。何だなァ。火鉢をそういじくるんじゃァないてんだよ」「悪戯してんじゃないよ」「悪戯してんじゃねぇってしてるじゃねぇ」「今ねぇ、火を熾してんの」……
6.TBSの公開録音によるライヴである。枕の順番が多少変わっている程度で「真田小僧… 1」と大差は無い。
7.TBS・R 落語名人会 放送録音 中根氏ライブラリー
8.少々録音状態は悪いが、唯一のライヴとして貴重な音である。
真田小僧−3
1.TS-12645A2
2.1975.10.8,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「圓生百席第五十一席」
3.27:49
4.CS.60AG-128,SR.SRCL-3839(CD)
5.出囃子 鎧付け 受囃子 韋駄天
『小児は白き糸の如し』と言う譬えを申しますが、誠に、えー何か悪い事にもすぐ染まりやすい。えーそれが為にまァこの色々教育と言う物には、苦心をするんだと言いますが。えー良く育てようと言うにはこりゃァ骨の折れるもので。孟子の母は、子供を育てるが為に三度家を替えたと言いますが、まァー教育もありましたろうが、多少は家賃の関係があったのかどうか解りませんが。えー童心と言いますが子供しと言うものは、また大人とは違った解釈をするもんで。「坊や、何だってそのお線香を見て面白いのかい」「うーん、これ落ちるとね、また生えて来るよ」え成程、あのゥ、ともって段々こう灰になるのが、何かこう生えて来る様な、子供には気がするのかも知れませんが。雪が降ったと言うので、子供は大変喜んで、えー兎を拵えてやる。雪の兎で、大変喜んでいたんで。うちへ入って来たと思ったら、ワアワア泣き出したン「どうしたんだい」「…兎が表で、寒いと思うからうちン中入れてやったら、おしっこをして逃げてっちゃったよ」ナー成程、子供らしい無邪気なところで。え中にはもうなかなかそう言う無邪気では無い、えー七つ八つは憎まれ盛りなんてぇますが、えーもう十を過ぎるてぇと少々、親でも憎らしいと思う様な事がありまして「おいおい、チュッ、悪戯をするんじゃァないよ。止しなよ」「悪戯なんかしてないよ」「してないよってしてるじゃねぇ。火鉢をそう掻き回すんじゃァないよ灰がたつから」「今ねぇ火を熾してだい」……
6.「圓生百席」の録音。枕がいつもと異なった話になっている。
7.CS.60AG-128 DISC COPY
8.
真田小僧・解説
小利口な子供の出る噺で、与太郎は上手くないがこの様な小僧の演出は圓生師は長けている。この真田小僧は末はどうなったのだろうか。少なくとも記憶力は抜群であり、IQも高そうだ。アハハと笑い飛ばしてしまえば良いのだが、こんな心配をして見るのも落語の楽しみの一つである。昔は真田三勇士や六文銭の旗などは、講談本などで俗人には常識だったのであろうが、近頃は大河ドラマあたりで取り上げられないと常識外になってしまってる様で、サゲなど仕込んでおかないと理解されなくなりつつある。もっともこの「真田小僧」では昔からそれとなく前に仕込んでいる様だが、「薩摩に落ちる」と言った事が余り現実的に感じられなくなった言葉になってしまったようだ。こんな昔の講談本にある様な話は学校の歴史の授業では教えないだけに、童話に次ぐ子供向けの話として残したい様な気もする。立身出世の話はもう古いのかも知れないが、それに次いで落語を聞けば、人間社会の本質を理解できる立派な教育と言えるかも知れない。それにしても、近頃の子供は童話を読む様な事をしているのだろうか。いきなりテレビのアニメーションにジャンプしてしまってるのではなかろうか。童話や民話と言った伝統のある話は世代を越えた共通の話題となり得るから、日本の様に一つの宗教が定着していない土壌では大切な物の様に思えてならない。
時代設定:江戸から明治・大正か。
舞台:真田小僧宅。
登場人物:真田小僧とその両親。
ベストテイク:「真田小僧…2」。やはりライヴをとりたい。