三遊亭圓生音源データ

阿武松−1

1.TS-02694C2

2.(1967.9.5),NHK,スタジオ,客なし,「古典落語」

3.28:04

4.なし

5.出囃子 正札附(テープ)

昔からこの、『馬鹿の大喰い』と言う、譬えがございまして。えー、『命は食にあり』なんという。ま余りものを余計召し上がると言うことは、ァー毒でございましょうが。しかしまァ、大喰いの人が必ず、ァーッ短命かというと、まそうでもないンでございますが。昔は随分その、ォーッ、えー人間に暇がありますから、ァーッひとつ飲み比べをしようとか、ァーッ食いっこをしようなんと言う、ま考えてみりゃァ馬鹿な話ですが。ま随分そういう、ゥーッ会を催したなんてぇ事が、ァッありましたそうで。……  ……<大酒飲み九升二合の記録〜甘党の記録〜熱湯と塩煎餅の競争〜噺家の大喰い〜太刀山の餅>……  ……えー、京橋の観世新道に、武隈文右衛門と言う、幕の中軸の関取で、ここィ、能登の七海(しつみ)と言う所から、訪ねて来た者がありまして、今はし、えー七見村と言いまして七つ見る村と書きますが昔は七つの海と書いて七海と言ったそうで。今で言う村長さん、昔の名主様からの添書を持って、訪ねて来た。で開いてみると、この者は相撲執心でどうか、取り立っていただきたいと言う頼み状で。「うーん、まとにあれ、体改めにゃァならんで、こっちィ上って裸ンなれ」「はい」これから、すっかり、調べて見るとなかなかいい骨格でございまして。「よし、それじゃァわれを弟子にして、『小車』と言う名前(なめえ)をやるから一生懸命に、やれ。ええか」……

6.「古典落語」の録音で、客なしのスタジオ録音である。

7.NHK R 古典落語 放送録音 伊東氏ライブラリー→佐藤氏ライブラリー

8.大喰いの枕から入っている。

阿武松−2

1.TS-02766C3

2.?,東宝演芸場,東宝名人会

3.21:59

4.Ca.C18G-0320,PN.20P-2211(CT),PC.18P-60017(CT),PCCG-00062(CD)

5.出囃子 正札附

えー、ようこそ、お運びでございまして、えー色々、御機嫌を伺っておりますが。まァ近頃はこのォ、ァーッ運動でございますが、スポーツと言うまァ色々、ォございますが、相撲と言うものはこりゃァまァ申し上げるまでもなく、(白湯を啜る)古い歴史があり、誠に、見ておりましてあたくしはいいと思うのはあれはその、力で、無理に勝つと言うんでなく、技がなければ勝てないと良く言いますが、大きな人を小さい人がどうしてああ上手く引っ繰り返すかと思うようで。稽古と言うものは実に激しいもので、ぶつかり稽古と言ってあの胸の所ィダーンとぶつかって行く、肩の所を叩かれましてゴロッ、ゴロッと、土俵へ転がりますがあァして、鍛えるンだそうで。時折はその悪戯をする事があって、胸を借りようと言うダンと、ぶつかる寸前にひょいと、体をすかされる……  ……<鼻血が出る目の玉が飛び出す〜その晩土俵堀り>……  ……京橋の観世新道に、武隈文右衛門と言う、これは幕の中軸の、関取でございますが、能登の七海村と言う、(白湯を啜る)、今では七見村と言いますが昔は、七つの海と書いて七海(しつみ)と言ったんだそうで。えー、村長さんからの、添書でございます。昔で言う名主様で、で開(しら)いてみると、相撲執心でどうか、ひとつ、ゥーお世話を願いたいと言う頼み状でございますので「うーん、よし、とにあれ、体改めにゃァならん、こっちィ上って裸ンなれ」「はい」これから調べるとなかなかいい骨格で「よし、それじゃァわれを弟子にして『小車』と言う名前(なめえ)をやるから。…一生懸命にやれ」……

6.録音データの明記が無いが、1975年前後の録音であろう。東宝演芸場の東宝名人会での高座である。出囃子は差し替えてある。

7.PN.20P-2211 CT COPY

8.枕は相撲ネタを演る時の典型の型である。

阿武松−3

1.TS-02839B2

2.1976.1.30,東横劇場,東横落語会第181回

3.25:27

4.V.VCK-865(CT),VDR-21027(CD)

5.出囃子 正札附

えー、近頃は、運動と言う、えースポーツ流行りでございますが。まァ新しいものは随分、ァー出来て参りますが、古い競技でございますが相撲言うものが、あたくしは見ておりまして誠に結構だと思いますのは、あれはその力で無理に勝つと言うんでなく、技がないと相撲は勝てないてぇ事を良く言いますが。大きな人を小さい人がどうしてああ上手く、引っ繰り返すかと思うようで。えー、しかしまァ、えー修行中と言うものは随分辛いてぇ事を言いますが。親方衆が弟子に、……  ……<その晩土俵堀り>……  ……えー、京橋の観世新道に武隈文右衛門と言う、(白湯を啜る)幕の中軸の、関取で。ここへ能登の七海と言う、えー今は七見村と言いそうで、七つ見る村と書きますが昔は、七つの海と書いてこれを七海(しつみ)と言ったそうで。えー村長さん、昔の名主様からの、添書を持って来た。で、開(しら)いてみると、この者は相撲執心でどうか、取り立って戴きたいと言う頼み状で「うーん、よし、とにあれ、体を改めねばならん、そ、こちらへ上って裸ンなれ」「はい」これから調べるなかなかいい骨格をしている「よし、(ポン)それじゃァわれを弟子にして『小車』と言う名前(なめえ)をやるから。…一生懸命にやれ」……

6.東横落語会での録音である。

7.V.VCK-865 CT COPY

8.程よい長さの高座で、出来も良い。

阿武松−4

1.TS-02930C1

2.1974.10.23,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「圓生百席第二十二席」

3.52:38

4.CS.SOGZ-120

5.出囃子 米山甚句 受囃子 相撲太鼓

近頃は運動と言うものが、おいおい盛んになりまして、まスポーツも新しいものが次から次と出来て参りますが、相撲と言うものはこりゃァ、申し上げるまでもなく、古い歴史があり、国技と申しますが、あれは技で勝つと言うことを良く言いますが、ま大きな人を小さい人がどうしてああ上手く、引っ繰り返すかと思うようで。随分その昔から大きいお相撲さんも出ておりますが。今までに一番大きいのは、生月鯨太左衛門と言う、……  ……<七尺台の相撲〜釈迦ヶ嶽の二階叩き〜相撲取りのお辞儀〜達ノ矢の川飛び込み〜帯破り〜村田山の三びき緞子〜列車の鳩〜無筆の相撲〜谷風、小野川、雷電の俵投げ〜雷電の封じ手〜その晩土俵堀り>……  ……昔のお噺でございますが京橋の観世新道に、武隈文右衛門と言う、これは幕の中軸の、関取で、ここへ能登の七海と言う、今では七見村と言いまして七つ見る村と書くが昔は、七つの海と書いて七海(しつみ)と言いました。えぇ、名主様、今の、村長さんからの添書を持って来たン。開(しら)いてみると、この者は相撲執心でどうぞ、取り立てて戴きたいと言う頼み状で「よし、まとにあれ、体改めにゃァならん、こっちィ上って裸ンなれ」「はい」すっかり調べるとなかなかしっかりしたいい骨格でございます「ン、よし、それじゃァわれを弟子にして、『小車』と言う名前(なめえ)をやる。…一生懸命にやれ」……

6.「圓生百席」の録音。これを元にした速記が集英社文庫「圓生古典落語3」に収められている。百席の録音らしく延々と枕を続けた後に本篇に入る。

7.CS.SOGZ-120 DISC COPY

8.

阿武松−5

1.TS-12559B2

2.1966.3.22(1966.3.25),TBS,「落語名人会」

3.25:57

4.Te.TECR-20036(CD),TETR-20036(CT)

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、近頃はこの、運動と言う物が、ァーッ盛んでございますが、中でこの相撲と申します、えー、あれはまァ古い、この、オー日本の、ォーッ国技でございますが、あたくしはまァ、ァーッ相撲と言う物は大変結構だと思いますのは、力だけで、ェッ勝つもんでございませんで技と言う物が無いと、相撲と言う物は、ァッ勝てませんで。まァあんな大きな人をどうして、小さい人が器用にひっくり返すかと言う様。えー、またあの稽古と言う物を見ておりますと、火が出ると言いますが全く今にも、間から火でも出るんじゃないかと思われる程激しいもので、胸を借りましてあのぶつかり稽古と言うパーンと、当たって行くと肩のとこをこう叩きましてゴロッと転がりますが、アーして段々体を鍛えるもんだそうで。で時折はその悪戯をされる事がありまして。……  ……<鼻血が出る目の玉が飛び出す〜相撲太鼓〜七尺台の相撲〜釈迦ヶ嶽の二階叩き>……  ……まこの、お関取となるまでが、なかなか容易ではございません、辛い物で。(白湯を啜る)前相撲と言いまして、悪口にあれを褌担ぎなんてぇますが、褌担ぎなんてぇお相撲はありませんが前相撲と言うんだそうでこれから、番付に載りまして序の口二段目三段目幕下、幕へ入、えーっ十両になりますともう関取で、でそれから幕ィ入りますと、えーこりゃァまた大したもので、それから三役までもぬけようと言うには容易な苦労ではございませんが。京橋の観世新道に武隈文衛門と言う、幕の中軸の、関取がありまして、ここィ能登の七海(しつみ)と言う所から、手紙を持って参りまして、今は七見村と言いまして、七つ見る村と書きますが昔は七つの海と書いて、七海(しつみ)と言ったそうで。えー今で言う村長さん、昔の名主様からの添書を持って来ます。で開いて見ると、この者相撲執心でどうか、取り立って頂きたいと言うん。「うーん、とにあれ、体改めにゃならんで、こっちィ上がって裸ンなれ」「はい」すっかり、調べて見るなかなかいい骨格でございまして「よし、それじゃァわれを弟子にして『小車』と言う名前(なめえ)をやる。一生懸命にやれ、ええか」……

6.元は放送用の音源で、程よい時間で楽しい高座である。

7.Te.TETR-20036 CT COPY

8.

阿武松−6

1.TS-12627A2

2.1959.9.26

3.21:34

4.Cr.BCD-10(CD),BCT-1118(CT)

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、当今はこの、運動と言う物が、ァーッ、どちらィ参りましても、ォーッ盛んでございますが。中でこの相撲と言う、こりゃァまァ誠に、ィーッ結構なもので、えー国技と申しますが。しかしィ、お関取もまァ良くなれば、大変よろしゅうございますがあのゥ、ァーッ修行時代と言うものは随分、ァッ辛いもんだそうで。(白湯を啜る)京橋の、観世新道に、武隈文右衛門と言う、えー、関取がありましてここへ、能登の七海村と言う所から、村長さん、まァ昔は、ァッ名主と申しました、ゥー手紙を持って尋ねて来た者がある見ると、この者は相撲執心でどうか、取り立って頂きたいと言う頼み状でございます。「うーんそうか。まァとにあれ、体改めにゃァあかんで、こっちィ上がって裸ンなれ」「はい」これから、えー体格を調べて見るなかなかどうもいい骨格でございまして、「よし、それじゃァ、われを弟子にして今日から『小車』と言う名前(なめえ)をやるから、一生懸命にやれ、ええか」……

6.クラウンのジャケットに「東宝名人会」の記載があるが、これは東宝名人会の録音では無い。

7.Cr.BCD-10 CD COPY

8.枕を短くして最小限にまとめている。

阿武松−7

1.MD-50004-005

2.(1962.2.26),TBS,「お笑い帆掛船」

3.26:42

4.Cr.CRCY-10110(CD),CRTY-10110(CT)

5.出囃子 正札附

えー昔からこの、『命は食にあり』と言う、ァーッ譬えがございまして、あんまりこの、ァーッ大食いをするといけないなんと言う、まァ、ァーッ、『腹八分目』なんと言う、言葉がございますが、えーこれがまァ一番、健康上に良ろしいと言う事を伺いましたが。まァ八と言うものは、大変、ェーッいい数とされておりまして。えー昔はこの江戸の町を八百八丁と言いまして、え将軍様のお高が八百万石、えー、その他まだ、ァーッ八がありますね。えー大阪へ参りますと八百八橋、大津八丁土手八丁、えー、狸の金が八畳敷きとなんと言う。あんまりこりゃァまァ、アーッいい八じゃァございませんが。まァ八と言うものは大変いいとしてありますがあんまり八が重なってもいけない事もありまして。昔、八王子に、八日町にこの、八幡屋の八つぁんと言う人がありまして、八月の八日に、江戸八百八丁をへ巡りまして、八丁堀八右衛門の店を、八十八文で借り受けまして、座敷が八畳敷き、八寸のお膳を引き付けて向こう鉢巻きをして、えーおがすが八杯豆腐、ゴロ鉢茶碗ィ八十八杯食べたら腹が張ってはちきれたなんてぇますが。そんなに八が重なってもいけませんが。まァ、大食をすると言う事はこりゃァまァ毒だと申しますが。……  ……<噺家の大食い〜アメリカのセメント食い>……  ……お相撲さんなぞはありゃァ力仕事でございますから、余計召し上がりますが、まいいお相撲さんになればたんとは食べないが、あの前相撲と言ううちには随分やるもんでございまして。京橋の観世新道に、武隈文右衛門と言う、幕の中軸どころの、関取でございますががここへ、能登の七海(しつみ)と言う所、今は名前が違いまして七見村になっておりますが、七つ見る、村、えー昔は七つの海と書いて七海(しつみ)と読みまして。えー今で言う、村長さん昔の名主様からの添書でございましてこれを持って、訪ねて。開いて見ると、この者相撲執心でどうか、取り立って頂きたいと言う頼み状で。「うーん、そうか。まァとにあれ、体改めにゃならんで、こっちィ上がって、裸ンなれ」「はい」これから身体検査ですっかり、調べて見るとなかなかいい体格でございまして「うん、よし、それじゃァわれを、弟子にして、『小車』と言う名前(なめえ)をやる。一生懸命にやれ、ええか」……

6.いつもの相撲のまくらではなく、大食いから導入している。

7.Cr.CRCY-10110 CD COPY

8.

阿武松・解説

圓生師のスポーツ好きは有名で、野球と相撲が特に好きだったそうだが、特に相撲の噺を演じるときの圓生師の枕は、いつも生き生きとして、聞いているほうも至極楽しいものがあった。この「阿武松」もそう言った相撲の噺の一つで、寄席などでもトリの時など手頃だったせいか、良く掛けていた様である。実話かどうかの真偽の程は別にして、この「阿武松」は文政年間に活躍した実在の六代目横綱である。今も年寄の名として、阿武松、武隈、尾車、錣山と言った名が残っている。それにしても“鼻血が出る目の玉が飛び出す〜その晩土俵を掘る”と言う枕は圓生師が演じるといつどこで聞いても笑い転げたものである。傑作小噺だ。

時代設定:江戸文政年間。

舞台:京橋観世新道武隈部屋、板橋旅籠橘屋善兵衛、根津七軒町錣山部屋。

登場人物:能登七海出身仁兵衛伜長吉事小車改め小緑改め阿武松緑之助。武隈文左衛門、その女房、板橋旅籠橘屋善兵衛、その女中、錣山喜平次、その弟子。

ベストテイク:「阿武松…3」が枕とのバランスが良くベストと言える。

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