「ラジオ名人寄席」音源不正使用、その顛末
「ラジオ名人寄席」を楽しみにして、かつ、このページで情報を得ていた方には、結果的に放送打ち切りにさせてしまう事になったことに、お詫びを致します。しかし、12年間、私にとって悩み苦しみ、苦渋の決断でした。落語の音源はもっと公開すべきとは思いますが、このような不正な形で、残しておいた放送局にも、ましてや演者にも何も支払いせずに垂れ流すと言う事実を掴んだ以上我慢がなりませんでした。私自身も多くのCDの制作に関わって来ました。様々な権利関係をクリアして行くのは難しい事ですが、それでも熱意が通じれば許可が取れました。以前、クラウンからやはり許可を全く取らずに100枚近くのCDが発売され、その時も大問題になりましたが、その事件も知っていた名のある方が、こんな事をしていた事は、あってはならない事です。この問題が報道されてからもうすぐ一ヶ月になります。報道もごく一部のみで、全般にはまだ知られていないところが沢山あります。一体どう言う事なのか、皆さんにも知って頂きたく、顛末をまとめましたのでお読み頂き、皆様も考えて頂きたいと思います。
「ラジオ名人寄席」は、1996年4月1日、NHKラジオ第一放送でスタートしました。故人になられた噺家を中心に、パーソナリティーとして玉置宏氏を迎え、彼の解説をおりまぜながらの番組でした。落語ファンとしては、故人になられた噺家の珍しい音も流されるであろうと期待しており、全てチェックしていました。番組は市販されているお馴染みの音源が中心で構成され、AMラジオとは言え、市販CDに比べると音の状態の悪いものが流れる事も多々ありました。つまり、放送で使用しているのは玉置氏所蔵の録音テープであったのです。(※1)ところが、市販された音源を玉置氏のテープで放送するのかと思いきや、市販されていない音源も流れ出したのです。しかも、NHKではなく他局の明らかにエアチェックと思える音源なのでした。私は1967年から寄席番組を録音して集め始め、同好の仲間の協力を得て20000近い演芸音源を、データと共に管理しており、市販された音源もほぼ全てをチェックしていましたから、どの音源が使われていたのかがわかった訳なのです。
これらの音源を、NHKが他局に許諾をとって放送しているのかは、かなり以前から疑問視していました。もし許諾をとっていたとしても、他局にオリジナルテープがあるものを、エアチェックテープによって流すのを許すとは思えなかったからです。この間、私はNHKのコールセンターに連絡し、「NHKが民放で放送された落語を流しているが、おかしいので調べて欲しい」と3回に亙り指摘しておりました。しかし、番組内容は変わらず、市販されていない他局音源は、私の所持する音源で聞き合わせが出来た明らかなものでも、12年間で140回(複数回に別けたものもカウント、実質は118席)が確認されています。
番組開始後、私はこの番組で流れた、音源データを調査して、HP上に掲載を始めました。理由の一つは、時々間違っている録音データを、私の調査でわかる限り正しく落語ファンに伝えたい思いと、他局音源使用への疑問を指摘する為でした。関係者がこれを見て気が付いてくれたらと考えていましたが、検索サイトからも容易に検索出来る状態になっていたにもかかわらず、12年間気が付いて頂けませんでした。
また、仕事の上でお知り合いになった各放送局の著作権担当の方にもNHKからの許諾があるかどうか聞いた事もありました。各局とも聞いた事が無いと言う答えでした。この時点で、NHK側は許諾をとらずに流しているのは明白と判断しました。
あるにぎわい座の公演後に、玉置館長にそれとなく訊いた事もあります。「あの番組は著作権が大変でしょう」の質問に「NHKに全てクリアして頂いております」と答えていたのでした。
※1 情報誌「有鄰」のインタビュー記事に、「NHKのテープは一本も使っていません」と明言されている。
http://www.yurindo.co.jp/yurin/back/415_1.html
さて、次に、こんないきさつの中から、今回の件に発展して行った事について説明致します。今年の2月29日、ある落語会の楽屋話にひょんなことからこの番組の話題が上り、使用している音源に問題がある事が話題になりました。居合わせていた川戸貞吉氏がTBS在籍時に制作していた「早起き名人会」で放送された音も流れている事を私が告げると確認の為に聞いて見たいとの事で、当該の放送録音をお貸ししました。紛れもなくその時の録音であり、他の番組では一切使用していないものであったのです。川戸氏はつてを頼ってこの事をNHKへ調査するよう伝えました。3月13日、川戸氏はこの放送音源とオリジナルテープを合わせてNHK担当者の前で聞かせ、同一音源である事を証明しました。NHKエンタープライズの方は、「音源はNHK音源と市販されている音源の枠の中で玉置氏が選んで持ち込んだ物であり、音源についてはCD番号が明記されていたもので、そのCD番号が全く違う物であった」と明言しておりました。この音源についてNHK側からの質問に玉置氏は「友達から貰ったカセットの音」などととぼけていたとのことです。
3月18日、玉置氏も招いて、私と川戸氏、NHK側からはNHKエンタープライズより3名、ラジオセンターから2名が参加し、8名で会合を持ちました。席上、音源の出所の追求に玉置氏の釈明は一転二転三転、明確な答えが出来ずにただ「申し訳ない」を繰り返すだけ、「他局音源と知っていて提出していたのではないか」との追求には「わかってやっておりました」と答えておりました。玉置氏が他局音源とわかっていながら、偽りのCD番号を書き込んで音源を持ち込んでいた事を、この会合の全員が認識しております。玉置氏はすでにこの番組の降板をNHK側から言い渡されていましたが、「この責任は番組を降板させて頂く事で取る」と述べました。しかし川戸氏と私は、「降板は当り前、このような事を起こした責任はそれだけでは済まないはず、横浜にぎわい座の館長も辞すべきである」と主張し、速やかに辞せば、公表などせずに引退の花道を約束する事で散会しました。
その後、玉置氏は我々にもう一度会いたいと申し出て、25日に3人での会合を持つに至りました。玉置氏からは「今回の責任は全て私にあり申し訳ないが、どうぞにぎわい座の館長だけは続投させて頂きたい」との申し入れでした。「今回の件で、NHKは使用料について今後他局に支払いのペナルティーを背負った、玉置氏もペナルティーは受けなくてはいけないでしょう。にぎわい座辞任以外にどんなペナルティーを受けられますか」の質問に絶句。「では辞表を提出致します」と言う結論だったのです。
NHKには、私から12年間分の音源チェックの資料を渡し、NHK側は玉置氏にぎわい座辞任会見(辞表を提出し31日の13時より辞任会見を行なうと玉置氏からNHK担当者へ連絡があった)の後、追って今回の一件を記者会見すること(この事で辞任会見で玉置氏に今回の件での質問が入らない様に配慮した)で、一件落着になると思っておりました。
ところが、3月28日になり、玉置氏が横浜市芸術文化振興財団と横浜市側から強く慰留を求められ辞表を引き下げたとの連絡が入り、急遽NHKは記者会見を開いたのでした。
http://www3.nhk.or.jp/pr/keiei/otherpress/080328.html
しかし、これはあくまでもNHKの立場での会見であり、既に述べたように対玉置氏についてはあまりにも甘い内容であったため、我々は事の事実を詳しく報告したく、独自に会見を開く事を決め、演芸関係に詳しい新聞社文化部の記者に集って頂き、31日に会見を持つ事としました。席上、玉置氏が他局音源を偽ってNHKに持ち込んで放送させた事、他局音源の使用は100本以上にわたること、NHKは音源提供料として玉置氏に支払いをしている事などをこの場で伝えています。
この間、玉置氏は川戸氏に手紙を送られており、その内容は、「横浜市芸術文化振興財団に辞表を提出したが慰留されたが置いて帰った。翌日財団幹部に再び慰留され今回の音源不正使用を話すも慰留、三日目に市側の担当局長も加わり、アクションがあった場合、市と財団が対応すると再三慰留され、受ける事としました」と言ったものでした。
あれだけ我々に対し「おっしゃる通りです」「全て私の責任です」「申し訳ございません」を繰り返していた玉置氏はこの時点から豹変し、我々の会見後唯一コメントを取れたサンケイスポーツにも「古い音源で記録がずさんだった。(ほかにもあったと)疑いをもたれても仕方がない」とのみ答え、その後は居留守状態であったと言います。
4月9日に、我々は、横浜市の市民活力推進局文化振興部に事情説明に呼ばれました。市民活力推進局文化振興部文化振興課長堀江武史氏と、同担当係長小島寿也氏に事情説明をしましたが、最終的に「にぎわい座の館長指名権は委託先の横浜市芸術文化振興財団にあり、横浜市は口出しが出来ない」と一蹴されてしまいます。何のための事情説明なのかわからないではありませんか。口が出せないはずの市側の担当局長なる人物が慰留に関わっている矛盾も明らかになりました。
NHKが玉置氏に名目はともあれ、音源提供料として持ち込み音源に対し支払いをしていたのは確かであろうと思われますが、取材した記者には否定しており、「著作権に関してはNHKがやるもので私には責任が無い、3週間前に音源は渡しているが(※2)一度もストップをかけられた事はなく、放送原稿とプロデュース料は頂いているが音源提供料は頂いていない。源泉徴収書にも記載が無い」と主張しているそうです。そうであれば、もう玉置氏の責任追求は法的には出来ないのかも知れません。状況証拠などを含めれば、玉置氏にはやましい所があったのは明白だと思いますし、担当者がチェックしないのを良いことに他社音源を持ち込んで流したのは、著作権を守るべき芸団協の理事である玉置氏がやる事ではないと思います。わかっていたのなら、「他局の音源なので許可を取ってくれ」なり、「使ってもいいですか」と申告するのが筋では無いでしょうか。それを偽りのCD番号を申告していたのですから。法的には免れても、落語愛好家にとっては憎むべき行為であると言う考えには変わりはありません。
※2 NHK側は収録日に次回を予告し音源は当日持ち込んでいたと説明している。
私は子供の頃からテレビラジオを通じて落語を見聞きし、そして落語の世界へどっぷりと浸かって行きました。テレビラジオ落語会で今を聞き、そして先輩達が残してくれた過去の噺家の録音によって自分が見聞き出来なかった素晴らしい芸を追体験出来たのです。落語の音を集め始めて既に40年を越え、知らず知らずのうちに音が増え続けました。私がそうだったようにこれからの人達に過去の噺家を追体験して頂ける様に残しておきたい、音源を利用する術は無いかと考えてデジタル化に取り組んでいるこの頃です。放送局等に残る音源と共に、どうか文化遺産ともいえるこれらの貴重な音源を、今回の様な魔の手から守って頂きたいと思い、こんな形で発表するのは不本意ではありますが、今回不正音源として使われた音源で明らかなもの140本(複数回に別けられたものを1つとすれば118、グレーゾーンを含めればもっと増えるとは思いますが証明出来ないものもありますので)を関係者へ公表する事と致しました(NHK側もやっと他局へ不正音源の申告を始めたようですから)。
NHKに対しては、責任は免れないまでもある意味で被害者と認識して対応し協力して来ました(当HP掲載のデータを消した事もその一環でした)。しかしながらNHKは結局は自分達の守りにしか動きませんでした。NHKが、玉置氏に対して、賠償責任を追求する意向を見せないのも甚だ疑問ですし、現時点で、我々は玉置氏のガードの強さを痛感しております。NHKは不正使用を認め、関係各局に支払いをして解決を図っています。しかし、その支払いは受信料、つまり我々の払ったものです。わかっていて不正音源を持ち込んでいた玉置氏は「やり徳」で逃げている訳です。玉置氏の責任は一体どうなるのでしょうか。番組降板だけで済まされる物なのか、皆さんにも考えて頂きたいと思います。
いつの日か、我々の集めた音源も含め、文化遺産たる多くの落語をはじめとする演芸の音源が、きちんとした形で整備され、一般公開される事を夢に見て、これからも音源を集め、そしてその音源の所在を明らかに解明する事が私の使命と考えています。
2008.4.26 文責:草柳俊一
2008.5.1 追記
「サンデー毎日」5月18日号(5/1発売)に関連記事が掲載されました。併せてご覧下さい。