三遊亭圓生音源データ
小判一両−1
※宇野信夫作
1.TS-02733C1
2.1962.4.29,TBS,スタジオ,日曜名人会,客なし
3.54:58
4.無し
5.出囃子 無し
えー、ェーッ、これは江戸の、ォーッ中頃のお話で。今戸の八幡様の鳥居前に、茶店がございましてここへ、昼頃になると毎日決って立ち寄る、ざるや味噌こしを売る安七と言う男で。「ざるやァー味噌こォーし」「ざる屋さん。どうしたの今日は少し遅かったじゃないの」「へっ、こんちわっ。いょっ、どっこいしょ。えーまたここを、お借り致します」「お茶がはいったから、少し温いかも知れないが、お上がりなね」「えー、どうも有難うござん…」「ねぇざる屋さん。あたしがここへ来て三年になるが。毎日、九つを打つと判で押したように、お前がこうして回っておいでだが、そんにお稼ぎじゃァさだめし貯めてるこったろうね」「えー、エヘヘヘヘヘッ、とんでもねぇ。えーそれなら良うがすがね、こっちとら稼いでも稼いでも、出て行く銭の方が早えからねぇ。おあしとは良く言ったもんですねぇ、足が速いからぴょこぴょこ飛んでっちまやがってねぇ」「フフッ、そんな事を言う人に限って、しこたまお金を貯めてるもんだよ」……
6.宇野信夫作。TBSの依頼によって新作人情噺として放送に掛けられた。圓生師と宇野信夫氏の新作の付き合いはここから始まっている。この録音はその初演の時のものである。
7.TBS R 放送録音
8.
小判一両−2
※宇野信夫作
1.TS-02837A1
2.1962.5.31,人形町末廣,独演会
3.59:32
4.AP.KSZ-2083(CT)
5.出囃子 筑摩祭り
えー、エーッ、「小判一両」と言う、ゥーッお噺でございますが。えー、ェーッ、これは、宇野先生が、ァーッ書き下ろして下さいまして、ご案内の通り、六代目菊五郎さんが、えーこれを、ォーッ書き下ろして演りまして、大正六年だそうでございますが、でそれから、えー、お芝居では度々ィッ上演をされておりますが、ぇー噺では、ァーッ今度初めてでございまして。ゥー、あたくしは初め、何かこう、ォーッ、アー物語、的なもので、間に音楽が入るんだろうと思いまして、でそのつもりでおりましたところが、えー先生が言うには「いやァ純然たる人情噺で、演って貰いたい」とおっしゃるんで、えー実の所あたくしも困りましたんで。えー物語で、途中へ音楽が入った方が大変楽なんでございますが、えー本当にこの、人情噺として演りますと、全然その噺にしてしまわなければなりませんので、まァ骨が折れるんで、えーそれよりも、ォーッ音楽かなんかが入ればごまかしがつきまして。(白湯を啜る)ずるい事を申し上げる様ですが、そういう物はあたくしも前に、ィーッ演った事がありますが。えー「お富の貞操」、それから、山本周五郎先生の、えー「水たたき」ですかそれから、ウーン「今日は午の日」と言う。それから「生きてる小平次」ィーッああいうものも演った事がありましてみんなこれは音楽が入ります。えー東京と大阪の噺の、違いが、ございますが向こうの噺は、…… ……<上方の下座の話>…… ……あたくしもまだ、マイクロフォンの前で一遍演ったっきりで、生きもんの前ではまだいっ…、エエッ、申し訳ございませんが。まこの、演った事が無いんでございますが、えー、お聞きにくい所もございましょうが、ァッ前もってお詫びを申し上げまして。このォ噺の中へ、(白湯を啜る)浪人とと言う者が出て参りますが、えー昔はまァ、浪人と言う、ま、一口に申しましてもそりゃァ豊かな人も、あったでしょうが大抵は浪人と言うと、…… ……<せめて言葉でもいけぞんざいにしないと乞食と間違えられる〜お祭りがうんこをしてる>…… ……これは、江戸の中頃のお話でございますが、今戸の八幡様の、向こう側に、茶店がございまして、ここィ、昼頃になると毎日決って来る、ざるや味噌こしを売る、安七と言う男で、誠にどうも気さくな人間でございまして、話が面白いところから、茶店のお人も、ォッ毎日心待ちにしているという。えー刻限違わず、「ざァるやァー味噌こォーしィ」大変あれは長い呼 ム声で来るもんで。どういう訳だてぇとあれはざるへ水を入れましてすうーっとこの、水が通る様に呼ばなくちゃいけないもんだそうで。「ざァーるやァーみそォーこしィ」終いの「しィッ」ってのはこれは水の切れるとこだてぇがあんまり当てにならない。「おやざる屋さんどうしたの、今日は大変遅かったじゃないの」「えー、こんちわッ。どォも、昨日は有難うござんしたいいえ昨日あれから酷い目に合いましてねぇ。……
6.初演から一ヶ月後の独演会での録音だが、工夫してだいぶ変えている。
7.AP.KSZ-2083 CT COPY
8.
小判一両−3
※宇野信夫作
1.TS-02943C1
2.1976.7.19,10.8,CBS・ソニー,スタジオ,客無し,「圓生百席第四十二席」
3.65:42
4.CS.60AG-120,FCLY-2,FKLY-2(CT),SR.SRCL-3832(CD)
5.出囃子 宮神楽
これは江戸の中頃のお話でございますが。今戸八幡様の、鳥居前に、茶店がございましてここへ、必ず昼時分になると、ざるや味噌こしを売る、ゥッ安七と言う男が、参りますが。ま昔から良く申しますが、「先々の時計になれや小商人」もうあの人が来るから何時だと、人の頭に入るまではなかなか容易ではございませんで。えー別にここで、ェッお茶を飲むと言う訳じゃァない。えー荷を脇へ下ろして、縁台の隅の方で弁当を遣わしてもらおうと言うので、もう必ず、刻限違わず欠かした事は無し、誠に面白い男で、茶店の女も心待ちにしております。「ざァるやァー味噌こォーし」大変あれは長い呼び声で、どうしてあんな長く呼ぶのかてぇと、中へ水を入れましてすうーっとこう水か流れて行く、でその通りの呼び声てぇ訳で。「ざァるやァー味噌こォーし」一番終いの「し」ってぇのはこれは水の切れるとこだってますがまあまり当てにはなりませんが。「あら、どうしたのざる屋さん。今日は大変ゆっくりだったじゃないの」「ええっ、昨日は有難うござんした。えーあれから橋場へ回ったんですがねぇ、アーあの降りでしょうどうも荷はすっかり濡らしちまうびしょ濡れになっちまってねぇ。どうもこの頃は天気癖が悪いんでねぇこっちとらァ往生しますよ」「本当だねぇあたしンとこでももう迷惑だよゥ。お天気がちっと定まってくれなくちゃァ困らァねぇ」「全くでごさんすよ。えーいつもの通り、お邪魔ァ致します。いよッ、どっこいしょっと、どうも」「さァ、お茶が入ったから、少ゥし温いかも知れないけどお上がんなね」「えーっあどうも、有難うござい…。えー昨日は酷い目に遭いましたどうも本当に」「まァしかし何だねぇざる屋さんは働きもんだねぇ。あたしがここへ来てからでももう二年になるけれども、九つ時分てぇときっとお前さんが回って来るんだが、そんなにまァせっせと稼いだ日にゃァ、随分残って困るだろうねぇ」「えっ、何が。金がですか。エッヘヘヘヘヘヘ、冗談言っちゃいけませんやねぇどうも、残るどこじゃありませんえー、こっちとらもう稼ぎが、薄いからねぇ、えっ。(煙草を吸いつけ)幾ら稼いだってもォう、どんどんどんどん、足が速くってねぇ、おあしとは良く言ったもんですねぇ、これじゃァどうも、ォッ、残るなんてぇところへはいきませんよえー」「ェヘッ、そんな事を言う人に限って、しっかり、貯めこんでいるんだよ」……
6.「圓生百席」の録音。収録日が7月と10月の二回にまたがっている。基本的には初演の時と構成は変わっていない。
7.CS.60AG-120 DISC COPY
8.
小判一両・解説
宇野信夫作の新作人情噺である。TBSの依頼に依って書かれ、初演はTBSラジオの放送である。この時の音が「小判一両…1」であるのだが、圓生師と宇野信夫との付き合いはこの時に始まっている。以来、数々の新作人情噺を創り続けるわけである。その一ヶ月後には人形町末広での独演会で掛けていて、それがアポロンからカセットで出た「小判一両…2」である。この二本を聞き比べると僅か一ヶ月の間に、随分と手を入れて直しているのが良くわかる。その後は何故か高座には掛けていない様であるが、どう演っても一時間は掛かるので、余程の特殊の会でも無ければ掛けられなかったようだ。久し振りに演じたのが「圓生百席」での録音である。しかし、基本的には初演と変わっておらず、すでに1962年の時点でこの噺は圓生師の中で固まっていた様である。噺の中にもある様に、元は芝居ねたで、六代目菊五郎の当たり狂言との事だ。私は芝居に疎いので見たことも聞いたことも無いのだが、落語で筋を知っている芝居は観て解りやすいのではないかと常々思っている。とは言え、生の落語でさえも滅多な事では行く事の無い私がそう簡単に芝居を観に行く事なぞ考えられない。行ってみなくてはと思うのだが…。むしろ「忠臣蔵」の通しを序幕からじっと我慢して観る、なんという大イベントだったら「そいつァー面白ぇ」なんてんで行くかも知れませんねェ。誰か「黄金餅」を歩く会みたいに、悪乗りして企画して見ませんか。「我慢会」の様で面白いじゃありませんか。
時代設定:江戸の中頃。
舞台:今戸八幡の茶店、慶養寺前から金波楼、小森孫七宅。
登場人物:笊屋の安七、茶店の女、侍の子、凧屋、浪人小森孫市、朝尾新三郎。
ベストテイク:やはりここはライヴで、「小判一両…2」としておこう。