三遊亭圓生音源データ

髪結新三−1(上)

  ※上・下口演の(上)

1.TS-02544C1

2.1973.6.25,TBS,国立小劇場,落語研究会第64回

3.35:48

4.なし

5.出囃子 正札附

えー、古くは、ァーッ、『恋娘昔八丈、お駒才三白木屋』と言う、えー浄瑠璃にィ、ございますが。ウーン、これを、ォーッ『白子屋政談』と申しまして、人情噺でございまして三代目、ぇー麗々亭柳橋の、ォァ口演でございまして後に、このォ、ォーッ柳橋は、春錦亭柳櫻となりまして、ウーン、ま明治時代に、名人と言う、名前が残っておりまして。えー、この人の、ォー演りましたものをば、ァー河竹黙阿彌さんが、(白湯を啜る)芝居にィーッ、書きましたのが『梅雨小袖、昔八丈』と言う。でみんなこの、ォーッ外題には、『昔八丈』と言うのがございますがどう言う訳かと思ったら、えー、白子屋のおくまと言う、この女が亭主を毒殺しようと致しまして、勿論まァ未遂事件でございましたが昔は親殺し主殺し、亭主殺しと言う、これは重罪犯でございますので、えー、江戸市中引回しの上、鈴ヶ森で、処刑になりました。でその時に、着ておりましたのがこの、黄八丈の着物。でそれが為に、江戸の女は一時はこの黄八丈と言う物を着る者が無かったと言う。忌わしいと言うので、みなこれを、嫌ったと言いまして、『反物におくま一反けちをつけ』なんと言う、川柳が残っておりますが。えー、今あの新材木町と言う町名でございますが、御案内の方がお少ないだろうと思います。えー、水天宮からあの、小伝馬町の方へ、今はァ電車が無くなりましたが、人形町の次が堀留それから小伝馬町、あの堀留と言う所で。えー、小伝馬町へ向いまして、左っ側の方で、であれが昔の、新材木町でございましてここに、白子屋と言う店がありまして。えー材木商でございまして、間口が十二間奥行二十五間と言う。えー、三百坪でございますからかなり大きな物で。……  サゲ=えー『獅子舞いの、獅子舞いの太鼓叩かず笛吹かず、後足になる胸のやすさよ』。これから向うへ乗り込んで新三との掛け合いがどういう事にあいなりますか、また次回に申し上げる事に致します。

6.落語研究会の録音。(下)の方も翌月演じているが、この方は放送されていない。

7.TBS・TV 落語特選会 放送録音 1976.5.14

8.下の録音が無いので中途半端な記録となってしまっているが、放送で掛けなかったと言う事は出来が余り芳しくなかったのであろう。

髪結新三−2

1.TS-02845C2,TS-02845D1

2.1967.11.28,東横劇場,東横落語会第83回「三遊亭圓生独演会」

3.36:10+37:58

4.To.TY-60037,ZF20-410(CT)

5.出囃子 筑摩祭り

えー、ェーッ、髪結新三と言う、えー古くは、ァーッ、『恋娘昔八丈、お駒才三、白木屋』と言う、えーこれは浄瑠璃に、ィーッ古く、ございまして。えー明治六年に、河竹新七後の、黙阿彌翁が、人情噺から、ァー芝居に書き下ろしましたのが、『梅雨小袖昔八丈』。ぇーこれは白木屋ではございません『白子屋のおくま』と言う。実説は、白子屋おくまでございますが。えーどう言う訳でこの、『昔八丈』と言うのが付いたかと言うと、このおくまと言う女が、亭主を毒殺を致しまして、勿論未遂事件でございましたが、昔は、主殺し親殺し、亭主殺しと言う、これはもう大変重罪でございますので、江戸市中引回しの上、獄門になりました。でその時に着たのは、この、黄八丈と言う着物。えー江戸の女は、忌わしいと言うので、当時はもうその、黄八丈を着る者が無くなったと言う。『反物に、おくま一色けちをつけ』と言う川柳がございます。え白子屋の、店が潰れてしまいましてその後へ和国餅と言う、餅屋が商売を致しまして。『白子屋の後餅屋とは思いつき』なんと言う、狂句がございますが。これは本来は、大岡政談になります白子屋政談と言う。ですからまァ時代とすると享保年間でございますが、ぇー芝居でいたしましてもまた、噺の方でも、人情風俗、金の勘定なぞは全部、幕末頃に、繰り下っておりますので、ぇっお断り申し上げておきますが。えー、大体この白子屋清三郎と言う人は二代目、紀伊国屋文左衛門の番頭を致しておりまして、ぇー初代の文左衛門と言う人は、ゥーン大変ブルブル唸ってぇますけれども何でしょうかなァ……、えー、ヘッヘッヘ。あれは本当に噺ン中には入らない事ンなっておりますが。臨時に入りましたンで、御勘弁を願いますが。えー、百万両の身代をこしらえたと言う。……

6.東横落語会での独演会の録音。上下通して演じている。当日は客席のスピーカーの具合が悪かった様子で、枕の途中でノイズ(ハム)が大きくなり、入れ事に使っているのが面白い。記録録音なので仕方が無いが、噺の録音全体にもハムが入っており、多少聞き辛い。

7.To.ZF-20-410 CT COPY

8.比較的端折って演じてはいるが、噺を通して演じたのは珍しいと思われる。しかし、『反物に、おくま一色けちをつけ』は本当は『反物におくま一反けちをつけ』が正しく、白子屋庄三郎を清三郎と間違えているのは、圓生師匠としては珍しい。

髪結新三−3(上)

  ※上・下口演の(上)

1.TS-02995C1

2.1973.11.19,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「人情噺集成」

3.62:08

4.CS.SOGZ-14,FKLA-155(CT),SR.SRCL-3897(CD)

5.出囃子 懺悔さんげ 受囃子 佃

髪結新三と言う、お噺でございますがこれは、『白子屋政談』と言いまして、大変長いお噺で。ぇその、一部でございますが。ンー初代柳枝と言う人の作だと申しておりおりますが、えー本当は、乾坤坊良斎と言う人が、この、髪結新三の所はこしらえたと言う事を聞いておりまして。……  ……<乾坤坊の話>……  ……題名を、『恋娘昔八丈』と致しまして、古くは浄瑠璃に書きまして『白木屋のお駒才三』。えー、浄瑠璃では、盛んに演り、また芝居でも、取扱いましたもので。ぇ、これをその明治六年に、人情噺から、ァッ、ぇ芝居へ書き直しましたのが、当時の、ォー河竹新七後の、河竹黙阿彌さん。『梅雨小袖昔八丈』と言う名で、この作を、書き、らァ大変、五代目菊五郎と言う人の髪結新三で、当たりを取りましたもので。え続いて六代目菊五郎丈が、えー得意と致しまして、誠に面白い芝居でございますが。えこれは、えー人情噺から出ました物で、その時は三代目の、麗々亭柳橋と言う人の口演、後に、改名を致しまして春錦亭柳櫻となったン。春錦亭とは春の錦て柳櫻と言う、大変綺麗な名前で。『見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける』と言う。ぇこの歌からとった、名前でございまして。当時、三遊亭圓朝と、並び称されたと言う名人でございますが。……  ……<昔八丈の由来>……  ……えーだいたいこのゥ、主の庄三郎と言う者は、紀伊国屋文左衛門の、番頭を致しておりまして。初代目紀伊国屋文左衛門と言う人は、一代で百万両の身代を築き上げたと言う。……  サゲ=「そうよなァ。俺が行きゃァ満更嫌とも言うめぇから」と、気は進まないが支度を致しまして丁度、旧五月の節句でございますので、薩摩の荒い絣の着物八端の、幅広の帯を締め金の銅金造りの少ゥし小長い脇差しを差し、青巾の金物の付いた一つ下げの煙草入れ、堂島ののめりの下駄を履いて、善八を連れてうちを出ましたが、『獅子舞いの太鼓叩かず笛吹かず、後足になる胸のやすさよ』新三との掛け合いがどう相成りますか、引き続いて申し上げる事に致します。

6.「人情噺集成」の録音。これを元にした速記が中公文庫「圓生人情噺(中)」に載っている。

7.CS.FKLA-155 CT COPY

8.

髪結新三−3(下)

  ※上・下口演の(下)

1.TS-02995D1

2.1973.11.26,29,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「人情噺集成」

3.47:08

4.CS.SOGZ-15,FKLA-156(CT),SRCL-3898(CD)

5.出囃子 さつまさ 受囃子 蜑合方

昔はこの、親分と言う者が何処にも、必ずおりましたもので、えー土地の親分だと言う。ゥこりゃまァ、子分を、少ない人もあれば、多く持っている者もあり、それはま様々でございますが。でこの親分と言う者は一体何を、生活にしているのかと言う。博奕をさして、その上がりを、寺銭でございますな、でそれで、えーやっていくと言う訳で。だからあの親分と言う者は博奕には決して、手は出さないもんだそうで。えーそれへまた、ァー自分が、夢中になって博奕をする様な事ではとても成り立ちませんので、えー、まそれが、だいたいの収入でございますがこれにはいい旦那方が集まらなければいけない。ぇ金持ちの人で、やはりそういう勝負事の好きな者が集まって来る。で、もし間違いのある、えー手の入りました時に、その旦那方が捕まる様な事があったらもういっぺんに、信用が落ちてしまうだからどんな事をしても必ず、堅気の人は逃がすと言う。でこれがまァ、規則と言うのはおかしいが、そういう事になっているン。えーその他に収入はと言うと、花会と言うものを致します。ンー、手拭を配る、あるいは、半紙の一貼ずつも知った所へ、「今度花会でございますから」と言う。ァどうもしょうがないから、幾らかの祝儀を包んで持って行くと言うま、言わば、町内の鼻っ抓みでございます。けれども、えー丸っきりそういう者が要らないと言う訳でも無いン。芝居でするあのゥ、蝙蝠安見たいな、ぇー悪い奴がね、芸者屋とかお妾、ぇーお料理屋なんと言う、ぇそういう所へ上がり込んで、金をねだってなかなか動(いご)かないそういう時に親分を頼んでくるとすぐ、追っ払ってくれると言う訳で。でその他に、このゥお白洲ィ出たもんだそうで、で昔はァ堅気の人なぞは、お白洲ィ出るっと言う事はこりゃァもう大変嫌がったものでそこで、代理人として、親分なぞが、ぇー代わりに出て、口を利くと言う訳で。ま所の、鳶頭とか兄哥なんという者が、代理を務める訳で。……  ……<家主の話>……  ……『大家と言えば親も同然店子と言えば子も同様』なんてぇ譬えを言いますが、ま何にしてもこの人の口を利くと言う物は、こりゃァなかなか難しいもので。例え相手が自分より下の者でも向うを立てて、話をしなければなかなか、纏まるものではございませんで。善八を連れまして、新三の表へ。「このうちか、えっ。……

6.「人情噺集成」の録音。これを元にした速記が中公文庫「圓生人情噺(中)」に載っている。

7.CS.FKLA-156 CT COPY

8.中公文庫の速記を読みながら聞くと、かなり直して文章にしているのが分る。

髪結新三−4

1.TS-12673D1

2.(1964.5.3),NHK,スタジオ,客なし,「古典芸能鑑賞」

3.46:10

4.無し

5.出囃子 無し

えー、ェーッ、髪結新三でございますが。古くは、『恋娘昔八丈』、明治になりましてから、ァーッ、河竹黙阿弥さんが、人情噺から、ァッ芝居に致しまして、えー、まァ度々上演されておりますが、『梅雨小袖向かし八丈』と言う外題で。でどうしてこの八丈と言うのを付けるのかと言うと、おくまと言う女が、亭主を毒殺しようと致しまして、今で言う未遂事件でございますが、でこれを、発覚致しましたので、江戸市中引き回しの上、小塚っ原で処刑になりましてその時に、黄八丈を着たと言うので、江戸の女が忌まわしいと言うので一時、黄八丈と言うものを着なくなりまして、川柳に『反物におくま一反けちをつけ』と言うのがございますが。えー、このおくまのうちは新材木町にございまして。で今は町名が無くなっておりますので、地図で御覧にいれますが。えー、これが、現在の人形町通り電車通りで、……  ……<周辺地名解説>……  ……えー、この白子屋と言うのは、庄三郎と言うのが主で、女房のおつねとの間に、子供が二ァ人ございまして姉をおくまと言う。で、その弟が庄之助と言いますが。これがどうにもしょうがない。……

6.「古典芸能鑑賞」、テレビでの放送で、地名の解説で地図を出して説明しているのが珍しい。

7.NHK教育TV 古典芸能鑑賞 放送録音 都家歌六コレクション

8.

髪結新三−5・上

※上・下口演の(上)

1.MD-50005-001

2.1963.5.29,東横劇場,東横落語会第44回

3.37:11

4.Cr.CRCY-10113(CD),CRTY-10113(CT)

5.出囃子 正札附

えー、髪結新三と言う、これは、ァーッ『白子屋政談』と言う大変、長い噺の一節でございますが。えー、人情噺でございまして、これは、ァーッ乾坤坊良斎と言う人が、この、ォーッ新三の所は、ァーッこしらえたと言う事を、言い伝えておりますが。えー三代目の、麗々亭柳橋と言うで後に、これが、ァーッ春錦亭柳桜と改名を致しまして、えー、これは、アーご承知の通り、『見渡せば、柳桜をこき混ぜて都ぞ春の錦なりける』と言う、この詠を元に致しまして、えー春錦亭、ェッ柳桜と言う名前で、明治時代の名人でございますが。えこの人が得意にしておりましたのを、河竹黙阿彌翁が、アー、芝居にこれを書き直しまして、『梅雨小袖、ェッ昔八丈』と言う、えー五代目の、菊五郎と言う人が、髪結新三を演りまして、……  ……<芝居の配役〜白子屋の話>……  ……あれはその、古くは『恋娘昔八丈、白木屋のお駒』と言う、外題でございますが、えー、この噺の方は、申し上げました通り『梅雨小袖昔八丈』。で、おくまと言う者が亭主を毒殺しようとしたのを未然に発覚致しまして、今で言う未遂事件でございますが当時は、亭主殺しと言うのは重罪と言うので、獄門になりましてその時に、黄八丈を着まして下に白無垢を重ねまして、首に水晶の数珠を掛け、薄化粧をして、ェッ頭が島田髷で、裸馬に乗って江戸市中を引き回しになりまして。でそれが為にこの、黄八丈と言うものは忌わしいと言うので、江戸の女は着なくなったそうで。『反物におくま一反けちをつけ』と言う川柳が残っておりますが、えーそれで、この、オー『昔八丈』とか、なんと言うウー、外題が残ったものでございましょうが。えー、この庄三郎と言う主人は、二代目の、紀伊国屋文左衛門の番頭をしておりまして。ま大体このお噺は亨保年間でございますが、えー芝居で演りましても噺でも、幕末頃の、オー時代に、繰り下がっておりますのでまそのおつもりで、お聞き取りを願いますが。えー二代目文左衛門、初代のオー紀伊国屋と言う人は紀州和歌山から出まして、一代で百万両の身代を築き上げたと言う。……  サゲ=「そうよなァ俺が行ったら満更の事も言うめぇ」と、気は進まないが、嫌々ながら支度を致しまして。旧五月の、えー、節句でございますから、薩摩の荒い、絣。これに、八端の幅広の帯を締めまして金の銅金造りの少ゥし小長い脇差しを差し、青巾の、煙草入れを腰ィ挟み、堂島の駒下駄を履いて、善八を連れて、これから、深川の富吉町へ参りますが、えー、どう言う事に相成りますか、この掛け合いが、次回に、申し上げる事に致します。これで…

6.東横での最初の口演の録音。クラウンから出たCDはピッチが少し高い様で、少し回転を落としてやる必要がある。

7.Cr.CRCY-10113 CD COPY

8.

髪結新三−5・下

※上・下口演の(下)

1.MD-50005-002

2.1963.7.30,東横劇場,東横落語会第45回

3.33:33

4.Cr.CRCY-10113(CD),CRTY-10113(CT)

5.出囃子 正札附

えー、ェーッ、前回に、申し上げました、『梅雨小袖、ェッ昔八丈』と言う。えー、歌舞伎の方では、ァッ御案内でございますが『髪結新三』と言う。えー昔はこの、所によりまして親分と言う者が、方々に、ィッおりましたもので、えー今で言う、ボスでございますが。えこの、ォッ親分と言う者は、ァッ何をしているのかてぇと、子分なぞを集めて、博奕をさせましてその、寺銭でございますなこれを取りまして、生活をすると言う訳で。まこれが主な収入でその他、手拭いとかあるいは半紙なぞを、知っている所へずうっと回して花会と言うものを致す。でこれで、金は、集めをしようと言う、まァ言わば、えー、町内のこりゃァ、鼻っ抓みでございますがしかし、こういう者がやはり無くては、ァッならなかったんだそうで。芝居でするあの蝙蝠安と言う様な、悪い者が、料理屋とか芸者屋、えーお囲い者なぞへ行って、金をいたぶろうと言うそういう時に、この、親分と言う者が行けば一も二も無く帰ってしまいます。えーその他、籤裁判事には、親分と言う者が良く出たんだそうで。え堅気の方はこの、お白洲なんぞへ出るのは嫌でございますからこう言う者が、えー出て、口を利く。今の様に弁護士と言う者がございませんのでまその代わりでございましょうが。えー所の兄哥とかあるいは鳶頭という様な者が、良く、ウー、法廷なぞに出たもんだそうで。……  ……<家主の話>……  ……えーとにかくま人の口を利くと言うのはなかなか難しいもので。たとえ向こうが自分より身分の低い者でも、自分がへりくだって、向うを立てて、口を利かなければなかなか纏まるもんじゃァございませんが。えー弥太五郎源七が、善八に頼まれて、新三の所へ、おくまを貰いに行こうと言う。えー弥太五郎源七は、子分の百人以上もあります立派な親分。新三とは違いますが、とにかく、二ァ人連れ立ってやって来る。「ここのうちか、おい、いるかい。……

6.上の翌々月(当時の東横は隔月の開催だった)に演じられたもの。上と異なり隠し録りの様なオフな音質で、非常に聴きとりにくい。貴重な記録とはいえ、こんな音質の物を売りに出すと言うのはどう言うものだろう。こちらもピッチが高い。

7.Cr.CRCY-10113 CD COPY

8.

髪結新三・解説

有名な狂言「梅雨小袖昔八丈」を人情噺に仕立てたものと思っていたら、この人情噺の方が本家なんだそうだ。自慢ではないが、私は丸で芝居の方は駄目なので、詳しい事は何も解説できない。このへんは有名な長演噺家小田島大先生にでもお願いして「落語に出てくる芝居」なんてな題で芝居入門をお願いしたいところである。圓生師匠は百花園掲載の三代目柳枝の速記から自分でこしらえたと述べておられるが、きちんとした形に考証も纏まって来たのはどうやら70年代に入ってからの様子で、1967年の東横での口演では晩年のそれに比べると細かいところに記憶違いなどの誤りが見受けられる様である。そうした事から完全版と呼べるのはスタジオ録音のソニー盤だけかも知れない。国立で二回に分けて演じたものが、何故か上しか放送されなかったのがかえすがえすも残念である。

時代設定:江戸時代。文化文政よりちょいと前。

舞台:新材木町白子屋、和国橋、稲荷堀、弥太五郎源七宅。

登場人物:白子屋庄三郎、女房お常、娘おくま、弟庄之助、婿又四郎、番頭忠七、抱え車力善八、弥太五郎源七親分、家主長兵衛、髪結新三。

ベストテイク:幾つかの問題はあるが、やはりライヴの通しと言う事で「髪結新三…2」とするのが今の所ベストと思われる。

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