三遊亭圓生音源データノート
稲川−1
※放送の演題は「関取千両幟」。
1.TS-02586D1
2.(1969.6.28),NHK,「お笑い招待席」
3.19:42
4.なし
5.出囃子 曲目不明
えー、ェーッ、近頃はこの、運動というものが、ァーッ追々盛んでございますが。えー、ま色々ございますが中で、ェッ相撲というものは、あたくしは見ておりまして大変あれはァーッいい、競技だと思いますのは、無理にこの力で、勝つというんでございませんで、技が無いと相撲は勝てないと言いますが。大きな人を小さい人がどうしてああ器用にひっくり返すかと思う様に。そういう所に、相撲の面白味が有ると言いますが。あの稽古と言うものは実に激しいもので、エヘン、胸を借りまして…… ……<鼻血が出る目の玉が飛出す〜背の高い相撲〜釈迦ヶ嶽の二階叩き〜その晩土俵掘り>…… ……えーしかし、勝負でございますから勝たなければいけませんで、えー勝てば必ず意気も上がるし、御贔屓も出来るというこらまあ当り前な話ですが。ゥーンところがその負けて、大変御贔屓が出来たという妙な話がありまして。大正二年に、大阪(おおざか)の相撲で、小染川と言う人(しと)がこちらへ参りまして、えー大正の初期にはまだ、大阪(おおざか)と東京と、協会が別れておりました時代で。えー後に、大関になりましたが小染川と言う、なかなかいい、関取でございましたが初日に顔が合ったのが、太刀山でございまして、…… ……<太刀山の稽古〜太刀山宇都宮戦〜太刀山小常陸戦〜太刀山の睨み出し〜四十五日の由来>…… ……まそう言った様に馬鹿げてこの強(つお)かったもので。で小染川と太刀山と合いましたが勿論、小染川が、負けましたので、……
6.別名を「千両幟」と言い圓生師もこの演題で掛ける事が多かった。このテイクもテレビで「関取千両幟」と言う演題で掛かった。
7.NHK TV お笑い招待席 放送録音 佐藤氏ライブラリー
8.客が良く無いのか、受けが今一である。
稲川−2
1.TS-02838A2
2.1975.2.26,東横劇場,東横落語会第170回
3.23:32
4.V.VCK-857(CT)(初出),VDR-21029(CD),VICG-15058(CD)
5.出囃子 正札附
えー、ェッ、近頃はこの、運動というものが、ァーッ追々盛んになりまして、えー色々まあ、ァー、新しい競技が、出来ますろんが、えー古いものでございますがあの相撲と言うものは、誠に、いいと思いますが、えー『一年を、二十日で暮らすいい男』と言う、えー古い、川柳がございますが、一年を二十日で暮らすと言(ゆ)う、えー春場所、夏場所でございますか、でこれだけ、相撲を取ると言う。えー勿論その当時は十日でございますから、二場所で二十日間。えー今は大変このォーお関取の方も、取る数が多くなりまして、えー年六場所、しかも一興行が、ァ十五日という、えー勘定をして見ると四日に一日は、相撲を取るという割になるんだてぇますが。えーまァこのゥ大変な事で。まあれはその僅かの、ほんの、一寸した所で、勝負がついてしまう、あるいはまた長引くという事もございますが、えー相撲は技で勝つもんだと言う事は良く、私くし共も伺いますが、ま大きな人(しと)を小さい人(しと)がどうして、上手くひっくり返すかと思う様なもので。えー稽古というものを見ておりましても誠に激しいもので、ぶつかり稽古と言いまして…… ……<鼻血が出る目の玉が飛出す〜横綱の話〜太刀山四十五日の由来〜連勝〜太刀山の稽古〜太刀山宇都宮戦〜太刀山小常陸戦〜太刀山の睨み出し>…… ……まとにかく強(つお)かったもんでございますが、えー大正二年に、大阪の相撲で、小染川と言う人(しと)が東京へ、えー大正、まだ初期の頃は、大阪と東京と協会は、二つでございまして、えー、折々こう交流がございましたが、でこの、小染川と言う人(しと)が、東京へ来て、でけ、顔が合いましたのがこの太刀山で。勿論、小染川が負けましたので、……
6.東横落語会の録音だが、この時にはプログラムでも「稲川」で演じている。
7.V.VCK-857 CT COPY
8.東横落語会のものだけに、時間に制限されずにたっぷり演じている。
稲川−3
1.TS-02911C2
2.(1965.9.24),TBS
3.16:56
4.なし
5.出囃子 正札附
えー、ェッ、秋場所も、ァーッ、えー、柏戸関が、ァーッ優勝でございます。まァとにかく、ァーッお相撲というものは、拝見しておりましてあたくしは大変、面白いと思いますが。でェーあれはその、力だけで、ェー勝つというもんでございませんで、まァ、技というものが無いと、相撲は勝てないと申しますが。あんな大きな人をどうしてああいう小さな人が器用にひっくり返すかと言う様に。ありゃァ技でございますが、実にみ、見ておりまして見事なもので、まァあの、…ェー、け、稽古というものが、なかなか激しゅうございましてね、ぶつかり稽古と言いまして関取の胸を借りましてダーンとぶつかっていく、…… ……<鼻血が出る目の玉が飛出す>…… ……それからまァ段々この、十両になり、それから幕ィ入りまして、三役まで、ぇ抜けるということはこりゃァもうなかなか用意な技ではございませんが。勿論勝負でございますから勝たなければいけない、ま勝てば必ず位置は上がるし、御贔屓も出来るというこらまァ当り前な話でございますが。ところがその負けて、大変御贔屓が出来たという妙な話がありまして。お話しが古うございますが大正二年に、大阪(おおざか)の相撲で、小染川と言う人(しと)が東京へ参りまして、えーまだその時分には東京大阪と、協会が、別れておりました時代で。このゥ、小染川と言う人は、えーやはりお相撲さんのこりゃァ伜で、お父っつぁんが染川と言いましてその伜で小染川。後に大関になりましたが、なかなかいい関取でございまして。ぇ初日に顔が合いましたのが、太刀山峯右衛門という、まァー、御年輩の方は御案内でもございましょうが、…… ……<四十五日の由来〜太刀山小常陸戦〜太刀山の睨み出し>…… ……とにかくこの太刀山てぇ人は図抜けて強(つお)かった。で、小染川が、初日に顔が合いましたが勿論こりゃァ相撲は負けましたので、……
6.出囃子ははっきりしないが、正札附の様である。
7.TBS R 放送録音 平河クラブライブラリー
8.録音の保存状態が余り良くないので音質がこもり気味である。
稲川−4
※放送の演題は「千両幟」。
1.TS-02919D2
2.(1970.1.10),ニッポン放送,新宿末廣亭,「サタデイニッポン」
3.15:33
4.なし
5.出囃子 正札附
えー、近頃はこの、ォーッ、運動ばやりでございまして、まっ、しっ、えースポーツと申しますが色々、ォー数がございますが。えーっ相撲と言うものは、あたくしは見ておりまして大変、いいと思いますのはあれはその力だけで無理に勝つと言うもんでございませんで、技が無いと相撲は勝てないと良く言いますが、大きな人(しと)を小さい人(しと)がどうしてああ器用に引(し)っくり返すかと思う様に、稽古と言うものは実にまた激しいもので。(ガタッ)『火(し)が出る』と言う言葉がありますが全く、今にもぶつかって火(し)が出るかと思う様な激しいもので、胸を借りまして…… ……<鼻血が出る目の玉が飛出す〜その晩土俵掘り>…… ……しかしま勝負でございますから勝たなければいけない、(白湯を啜る)どんな事をしても勝てば、位置も上がれば御贔屓も出来ると言うのはこりゃまァ当り前の話でございますが、ところがその負けて、大変御贔屓が出来たという妙な話がありまして。えー、大正二年に大阪(おおざか)の相撲で、小染川と言う人(しと)が、こちらへ参りまして、大正の初期にまだ、大阪(おおざか)と東京と協会は二つでございまして、えー、後に大関になりましたが、なかなかいいそう、相撲でございまして。初日に顔が合ったのが、太刀山峯右衛門という横綱でございますが、御年輩の方は御案内でございましょうが、アー強(つお)かったもんですね。勿論まァ横綱になって弱いてぇのはありませんが、まその中でも図抜けて、太刀山は強(つお)かった。…… ……<太刀山の稽古〜太刀山の力瘤〜四十五日〜勝率>…… ……えー、この太刀山と、小染川と顔が合う。ぇ勿論、相撲は負けましたので、……
6.サタデイニッポンと言う番組で、小益が案内役で新宿末廣亭の録音を放送したもの。
7.ニッポン放送 サタデイニッポン 放送録音 野口氏ライブラリー
8.寄席で演じる時はこの様に演ったと思われる。短く纏まっていて良い出来である。
稲川−5
※レコードの演題は「千両幟」。
1.TS-02986C1
2.1975.7.8,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「圓生百席第六十二席」
3.25:54
4.CS.60AG-136,SR.SRCL-3851(CD)
5.出囃子 相撲合方 受囃子 十日ゑびす
相撲と言うものは、申し上げるまでもなく国技と申しますが、外国にはあァ言う物は無いんだそうで。えー、技術で相撲は勝つもんだと言う事は良く伺っておりますが、ハァー実に技でございますねありゃ。でェー、とにかく最高の位置となりますと、横綱と言う、腰の所ィ注連を張りましてね、えー人間であの御神木みたいに、注連を張ると言うのは横綱ばかり。ぇー、まァー代々、強(つお)いからみんな横綱になる訳なんですから、弱いてぇのはありません。…… ……<梅ヶ谷・常陸山・若島〜太刀山四十五日のいわれ〜太刀山の稽古〜太刀山宇都宮戦〜太刀山小常陸戦〜太刀山の睨み出し〜連勝>…… ……でー、大正二年に、大阪(おおざか)の相撲で、後に千田川となりましたが当時小染川と言いました、えー大関になった人ですが。この人のお父っつぁんは染川と言うやはり、お相撲さんで、でこちらィ来て初日に顔の合ったのがこの太刀山で。ぇー勿論、小染川が負けましたので、……
6.「圓生百席」の録音。これを元にした速記が集英社文庫「圓生古典落語1」に収められて いる。
7.CS.60AG-136 DISC COPY
8.「圓生百席」では、枕が重複しない様に録音した為、ここでは毎度の小咄が収録されていない。尚、このレコードでも演題が「千両幟」となっているが、分類上「稲川」に統一している。枕に間違いがあった事に後で気が付いたのか、文庫の速記では一部訂正されている部分がある。
稲川−6
※放送の演題は「千両幟」。
1.TS-12599D1
2.(1964.4.8),NHK,鈴本演芸場,「テレビ演芸館」
3.14:46
4.なし
5.出囃子 正札附
えー、ェッ毎度の御贔屓でございまして有難く、御礼を申し上げまして。えー近頃はこの、ォーッ運動と言う物が、どちらでも盛んでございますが、中で相撲という、こりゃァまァ誠に、ェーッ見ておりましてあの位あたくしは、えーっ心持ちのいいなにはございませんで。まァ技と言う物が無いと、ォッ力だけではどうしても勝てませんで。大きな体をどうしてあの小さな人が器用に、土俵でああひっくり返すかと言う様。誠に見事なものでございますが。あの稽古と言う物がなかなか、ァー激しいもので、良く火が出ると言う事を、申しますが、(白湯を啜る)今にもぶつかる、ぶつかり合って火が出るんじゃァないかと言う様に、関取の胸を借りてあのゥ、オーッパーンとぶつかって行きます。肩の所をこう叩くとゴロッと転がります。でああして段々体を鍛えるもんだそうで。…… ……<鼻血が出る目の玉が飛び出す>…… ……まァそれ程に、えー稽古を見ていると激しいもので。しかしまァ勝負でございますから、どんな事をしても勝たなければいけない。ま勝てば必ず、位置も上がれば御贔屓も出来ると言うこりゃまァ当たり前な話でございますが。ところがその負けて、御贔屓が出来たと言う妙な話がありまして。えー大正二年に大阪(おおざか)の相撲で小染川と言う人がこちらィ参りまして。まその時分にはまだ東京と大阪と、協会が二つに別れておりまして、えー、顔の合いましたのが初日に、太刀山と言う。御年配の方は御案内でございましょうが、太刀山峯右衛門と言う。…… ……<四十五日〜太刀山小常陸戦〜睨み出し>…… ……えー、小染川と、太刀山と合いましたが勿論、向こうは小染川が負けましたので、……
6.鈴本演芸場からの中継によるテレビからの録音である。
7.NHK・TV 放送録音 都家歌六コレクション
8.古い録音で若干歪みっぽいが鮮明な音質である。
稲川・解説
「関取千両幟」、或いは「千両幟」の演題で演じる事も多かった様だが、ここでは「稲川」の題でまとめた。相撲取りの出世話苦心談と言った噺は、「阿武松」「鍬潟」「佐野山」等数多くあり(「千早振る」も同類か?)、その中でも最も地噺に近い噺である。圓生師は、野球、相撲といったスポーツが大変好きだったようで、野球はともかく相撲の噺となると何か生き生きしていた様に思える。私が数少ない寄席での高座で良く「阿武松」「花筏」と言った噺に当ったのも何かの因縁かも知れないが、鼻血が出る目玉が飛び出すと言うあの小咄なぞいつ聞いても何度繰り返して聞いてもおかしい。江戸の噺の様に思えるが大正時代の関取をモデルにした実話に近い噺でいわば新作の部類に入れてもおかしくない噺である。
時代設定:大正時代。
舞台:東京(江戸)。
登場人物:稲川モデル小染川、魚河岸の新井屋、甚太、熊、留他一同。
ベストテイク:枕がたっぷりしているので「稲川…2」を推薦しておく。