三遊亭圓生音源データノート

岸柳島−1

1.TS-02600B1

2.1970.3.20,NHK,イイノ・ホール,「東京落語会第129回」

3.22:18

4.なし

5.出囃子 正札附

えー、ェッ、古い川柳に、『さあ事だ、馬が小便渡し船』と言うのがありますが。成程、乗合船の中で、ェーッお馬に、ジャージャーやられたというこりゃァもう、えー驚いた事でございましょうが。ま今は、ァーッウー船と言う物も、ォーッ段々少なくなりまして。えーあたくしども覚えましてから、隅田川へ、随分橋が増えまして。えー、駒形橋、それから蔵前橋、ウーン清洲橋なんと言う。あれはみな新しく架かりました物で。えーっ、まその以前には、ァーッ、渡し船と言う物がこれへ随分、出ておりましたもので。えー、中で一番繁盛したのが、お厩の渡しと申しまして、えーあれは明治にじにじー、二十六年に、厩橋と言う物は、ァーッ架かったもんだそうで。それまでは、船でございまして。本所ゥ方に、お旗本が多くおりましてこれが、こちらィ通いますその便宜に、あの船を拵えたと言いますが。えー、お武家はこのゥ無料だったそうですね。ぇー、町人はそれに、便乗さして貰うと言うので、二文と言う、渡しのォー、お金を払うと言う訳でございまして。えー、でこのゥ、『落っこち』と言う言葉が、天保時代から、明治の初年まで、随分長い間、流行ったもので。……  ……<『落っこち』の話〜清元『隆盛』>……  ……えー、その、時代にはまァ『落っこち』と言うのは大変流行った言葉で、「おい、どこ行くの六さん」「えー、これから、蔦屋まで飲みに行くんだ」「えへへ、あすこの娘に落っこちなんだろ」「ぇー、エッヘッヘッヘッヘ、冗談言っちゃいけねぇェッヘヘヘヘ、ンな事はねぇんだよ」なんてな事を言ってね、大変喜んだもんで。尤もこれは、ァー相手によりましてな「鳶頭ァ、どちらィ」「これから横丁の建前だ」「へへ、落っこちだね」「何を言ってやがんでぇ」…てんでね。成程足場から落っこったんじゃこりゃァ怒りますから。えー相手によって、ェーッこりゃいけない言葉で。当時“落っこち絞り”なんてぇ物が出来たてぇますが、江戸っ子なんてぇ者は実にどうもそれ、おっちょこちょいなもので。『落っこち絞り』なんてぇのはおかしなもんでございますが。でぇー、ま、ァーッ、混み合いますのが、朝晩でございまして今とやはり同じで、家路を急ごうというので、船の中にはもう一杯の人でございまして。浅草方から本所ゥ方へ向って、船が出ます。と胴の間の所に、年頃二十ゥ、五六になりましょうか、お侍で、黒木綿の紋付に、団小倉の袴を裾短にはいて、……

6.比較的高座で掛ける事の少なかった噺。放送もこの一回しか残っていない。

7.NHK R 放送演芸会 放送録音 1970.4.29 佐藤氏ライブラリー

8.こういう噺はどうしても古今亭の噺と聞き比べてしまうが、人物描写などの演出の相違が興味深い。

岸柳島−2

1.TS-02946B1

2.1976.8.13,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「圓生百席第九十席」

3.32:26

4.CS.60AG-553,SR.SRCL-3823(CD)

5.出囃子 乗合船前弾き 受囃子 千鳥・早間

江戸と申しました時代に、隅田川と言う物はこりャァもう、誠にィ何とも言えない、趣きがあったのでございましょうが。ま四季折々の、遊(あす)びもあります。えー、月見、花見、また、雪見、何につけてもあの隅田川と言う所は、江戸の、一つの楽しみだったんでございましょうが古くは浅草海苔なぞと申しますが、本当に、浅草の辺りでひびを立てまして、海苔が付くこれを製しましたのが浅草海苔だと言う。え白魚だとか、勿論鰻なぞも捕れまして、まァー、あの隅田川と言う所は、大変にその、収穫のあった所。ところがこれがもう、段々人口が増えますと、そういう物が追い追い無くなってしまいます。えー今ではあのゥ、塀が立ってしまいましてね、ゥー、川なんぞはまるっきり見えないン。ひとしきりは非常(しじょう)な悪臭を放ちまして、困ったものでしたが、ま幾らかは今は綺麗にはなりましたが。えーあたくしのーまだ、若い時分にはあすこで水泳をしていたもので。……  ……<浜町の水泳〜ポンポン蒸気>……  ……あのゥ、川には随分橋はどっさりございますが、中で一番古いのは千住大橋だそうで、文禄三年と申します。えーそれから、後に架かりましたのが、両国橋、えー元禄時代になって、新大橋永代橋と言うものが架かり、大川橋と言うものは、安永三年と言うからまたその後でございますが。ぇこの大川橋を、東橋と言うようになった。ひがしばしと書いたんだそうでそれが後に、吾妻橋と、字を改める様になりまして。厩橋と言うものも、やはり明治になってから架かりましたもので。駒形橋、蔵前橋、清洲橋なんと言うものが増える。その他、あの川にはこのゥ渡しと言うものが随分ありましたもので最も、中で繁盛したのは、お厩の渡しと言いまして、今の厩橋でございますが。あすこは交通量も非常に多かったものか、この渡しと言うものが繁盛したが、……  ……<『落っこち』の話〜清元『隆盛』〜落っこち絞り〜渡し賃〜橋銭>……  ……とにあれ、このゥ、混み合うと言うのはやはり、朝晩でございますね、今のラッシュという。夕景になりますと家路へ急ぐと言う連中が、カーどんどん乗り合いまして。『さあ事だ馬が小便渡し船』と言う、川柳があるが成程、お馬でも何でも昔は一緒に乗っかったんですが、ぇー川中ィ出てェお馬にジャージャーやられた日にゃァこりゃもう大変な端迷惑ですが。丁度、夕景でございますが浅草河岸を今離れてこれから本所の河岸へ向っている渡し船。胴の間の所 ノ、年頃、二十ゥ、六七でございましょうか、色の浅黒い、眉毛(まみげ)の濃いィ目のギョロッとした、小鼻の開いて口の大きな、何となく見るからに精悍な、面魂で。面擦れと言うものが出来ておりまして……

6.「圓生百席」の録音。

7.CS.60AG-553 DISC COPY

8.

岸柳島・解説

『巌流島』と言うのがその由来からも正しい表記であろうと思われ、私も長らく『巌流島』を使って来たが、岸の柳と言うタイトルの方が粋な感じがするし、『柳の木でも切ってろ』と言う啖呵を切る職人がいるから『岸の柳』でも理屈も成り立つんで、今は私も『岸柳島』を選択している。この『岸柳島』はやはり古今亭のものが印象としては強く、別に古今亭のお家芸と言う程の物ではないにせよ、古今亭の方がより庶民の方に重点が置かれている為に、圓生師の口演の方の印象は稀薄である。とは言うものの別に圓生師のものがまずいと言うのではなく、武士の方の演出などでは勝っているのだが、やはりこの噺の良い所は小心者の江戸っ子の立場が変わった時の豹変振りにあると思うので、志ん生師、あるいは正蔵師の様な形の方が聞いていて気持ちが良いのである。真面目で気難しい印象がある圓生師にはやはりこの手の噺は向いていないのだろう。その事をやはり察していたのだろうか余り多くは口演していない様で、音も東京落語会のものと百席の2つがあるに過ぎない。

時代設定:江戸時代。

舞台:厩の渡し、船中。

登場人物:年頃二十七・八の若侍、屑屋、船頭、七十近いお武家、乗合いの町人数名。

ベストテイク:『岸柳島…1』。ライヴ録音と言う事で。

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