三遊亭圓生音源データ
雁風呂−1
1.TS-02623D3,VT=TV-39041-2
2.1976.9.22,TBS,国立小劇場,落語研究会第101回
3.26:25
4.なし
5.出囃子 正札附
人間と言うものは、ァーッ一代で、巨万の富を作ると言う。えーこれはまァそのゥ、ォーッ、その方の、生まれた運と言う物が無ければなかなか、ァッそういくもんではございますまいが。銭屋五兵衛とか、或いはァッ江戸では紀伊国屋文左衛門、大阪へ参りますと、淀屋辰五郎と言う。一代でェーッ大変なそのお金を拵えたと言いますが。えー、大阪にはあのゥ、有名な淀屋橋と言うものがございますが、あれは淀屋辰五郎と言う人が、一手でもってあの橋を、ォーッ拵えたんだそうで。上へ参りますと難波橋、下の方へ行きまして肥後橋と言う、どちらかへ回りませんと、中之島へ渡ることが出来ないこれでは不自由だと言うので、えーあすこへ橋を架けまして、屋号をその儘に『淀屋橋』と付けましたんだそうで。えーすぐそばに淀屋小路と言うものがありますが、これはあの東京と大阪で唱えが違いまして、(白湯を啜る)こちらでは小路(こうじ)と申します、広小路だとか紫小路、えー式部小路だとか、ウーン浮世小路だとか言う、小路と言いますがあちらではこれを小路(しょうじ)と申します。貧民屈(しんみんくつ)が有ったんだそうで。えー朝、夜が明ければもうここへ入って参ります商人、えー炭薪米、ウー魚屋八百屋、ま何でも日用品全部の支払いを、この淀屋辰五郎が一手で支払っていたと言いますから随分大きな慈善事業で。しかしそれだけ良い事をしても、華奢に耽る、町人の分際で奢り長じたと言うので、財産を全部上へ没すと言うその上に、三ヶの都お構いになりまして、京江戸大阪、エッヘン、この三つイ、住む訳にいかないと言う。今から考えて見りゃァ馬鹿な話で何も、他人の金を使ったんじゃァ無い、自分で儲けた金を使いましてそれで、えーそれだけの罰を受けると言うのはどうも、世の中の政治が余り圧制に過ぎると言うのでこれを憂いたのが、水戸光圀と言う方で、えー副将軍になりまして、これから御隠居を遊ばし、ウーン、これを、ォー西山公或いはまた、黄門様と申しまして。…… ……<黄門の話〜楠正成の墓〜客の欠伸>…… ……僅か三人の供を連れまして、水戸から、江戸へ出て参りましてお上屋敷へ一寸お立ち寄りになりそのまんま、東海道を上って来る、ちょうど遠州掛川の宿イ掛かりまして、……
6.「おはよう名人会」で再放送され、VTRで見る事が出来る。
7.TBS TV 落語特選会 放送録音 1977.9.17
8.落ちがあるので落語ではあるがほとんど笑いのない噺。それもそのはず、『風呂』と言う題からして元来は大阪の講釈ねただそうである。
雁風呂−2
1.TS-02708D3
2.1968.11.26,NHK,スタジオ,客なし,「古典落語」
3.27:32
4.YP.YR13-1009
5.出囃子 なし
昔からこの、ォーッ、人は名を残すと言う事を申しますが、まァ、ァーッ後ィ名が残ると言うのは、こりゃァまァ、ァーッその方の徳と言う物が、無くては残らんと申しますが。えー、昔は士農工商と言う、お侍と言うものがまァ、ァッ市民の水上に立ちまして、これが、ァー一番権利の有りましたもので。で次が農と申しますから、お百姓でございます。それから工、お職人、えーお商人と言うものは、ァー最、ま下位にあった訳でございますが。勿論それは、徳川の初期でございましょうが、もう、半ば近くになって参りますと、この商人と言う者が、ァーどんどん、発達をして参りまして、まお侍もそれで、ェッ抑えられると言う訳で。えー豪商なんと申しまして、ま幾らも偉い方は出ておりましょうが、紀伊国屋文左衛門と言う人は、一代に百万両と言う身代を拵えたと言う。えーまず江戸では、この紀文と言う方が、名前を残しておりますが。上方へ参りますと、これと匹敵(しってき)致しますのが、淀屋辰五郎と言う。でこの人は、元小揚の人足でございまして、えー船からあの荷物を運ぶ、ま今で言えば自由労働者でございますが、それから、一代にその、巨万の富を築き上げたという。大阪にはあの、有名な淀屋橋と言う物がございますが、昔はあすこに橋は無かったそうで、上ヘ参りまして難波橋、下へ参りますと、肥後橋と申します。どちらかィ回らなければ、中之島へ渡る事が出来ないそこで、えー淀屋辰五郎が願いを上げ、自分が一手で、あすこへ橋を架けます。で屋号をその儘に『淀屋橋』と名付けまして、そばに淀屋小路と言うものがございますが、えー向うは小路(しょうじ)、こちらではあれを小路(こうじ)と申します、えー練塀小路、え、式部小路、浮世小路なんと言う、こちらでは小路と言う、ゥー名で呼びますが向うはあれを小路(しょうじ)と申します。えー昔は、貧民屈(しんみんくつ)でございまして。これには多くの、労働者が住んでいる。で夜が明けて入って参ります、えー魚屋、八百屋、炭薪、ま何でも日用品一切の支払いは、淀屋が一手で、これを払ったと言う。ま、今から思えば大した慈善事業でございまして。まァいい事を随分致しましたが、それでも、奢りに長じる、華奢に耽ったと言う科で、家は没収(ぼっしゅ)、財産も勿論でございまして、えーその上、三ヶの都お構いと言う、えー京江戸大阪、この三が所へは、住居をする事が出来ない。ァどうも実に圧制なもので、何も人の金を使った訳じゃァ ウい自分の儲けた金を使って、えー所払いを食うばかりでなく、つまり全ての物を取り上げてしまうと言う。世の中の政治がどうも余り残酷である。で、これが為に、ィーッ、頭を痛めたのが、水戸光圀と言う方でございまして。ぇー御隠居を遊ばして、黄門様と申しまして。……
6.「古典落語」での放送。客のないスタジオ録音である。
7.NHK R 古典落語 放送録音 1968.11.26
8.ユピテルから出たレコードは、放送をエアチェックした音に拠っている。
雁風呂−3
1.TS-02987B2
2.1975.12.16,CBS・ソニー,スタジオ,客なし,「圓生百席第六十三席」
3.30:39
4.CS.60AG-137,SR.SRCL-3823(CD)
5.出囃子 鹿踊り 受囃子 行列
人間この一代に巨万の富を作り上げると言う、これはやはり、その方の徳と言う物が無ければそういう金は、ァッ授かるものではございますまいが。えー、まァ、名前が残っておりますのが、銭屋五兵衛とか、江戸では紀伊国屋文左衛門。この人は一代に百万両の金を儲けたと言う。えー今の、百万円ではございません昔の百万両と言うんですが、どの位な価値になるんですか、えーまァ一寸我々にはそりゃァ分りませんが、ウーン何百億或いは何千億と言う程の、金になるのかと思われますが。えー、大体、紀文と言う人は蜜柑で儲けたんだそうで。でそれでまた、ァッ伜が一代に全部をこれを使ったと言う。えー、元々蜜柑で儲けたから、身上が種無しンなったんだろうなんてぇ事を言う。それじゃァ紀州から出ないで温州から出そうなもんですが、温州じゃ一万両にもならない、始めっから種が無いてんですから。大阪へ参りますと淀屋辰五郎と言う人が、一代に巨万の富を築いたと言う。ぇー、小揚の人足だったと言いますからまァ自由労働者でございますが。そして、大変な金を残したと言う。大阪へ参りますとあの有名な、ァ淀屋橋と言う橋が有りますが、あれは辰五郎が一人で、あすこへ橋を架けたと言いますが。上ヘ参りますと難波橋、ぇー下へ参りまして肥後橋。どっちかィ、回らないと、中之島へ渡る事が出来ませんので。ここに橋がないと不自由だと言うので、淀屋が架けましたので屋号をその儘に、『淀屋橋』と申しますが。そばに淀屋小路と言うものがある。えーこれがァ、こちらと向うと違いまして、えー、江戸ではこのゥ小路(しょうじ)と言わず、小路(こうじ)と申しますね広小路だとか、あるいは浮世小路、式部小路なんと言う。みんな小路(こうじ)と言いますが、向うは小路(しょうじ)と言いますが。あすこは元貧民屈(しんみんくつ)だったんだそうで。えー貧乏人ばかりが、住んでおりまして。夜が明けましてここへ入ります、米屋から薪屋、炭屋、えー、或いは魚屋八百屋、その他日用品全部の払いは、このォ淀屋辰五郎が一手で、支払っていたと言いますが。随分大きな慈善事業。しかしその位いい事をしてもやはり、華奢に耽ったと言う。町人の分際をもって奢りに長じ不埒至極であると言うので、財産は全部上へ没収(ぼっしゅ)、その上三ヶの都お構いと言う、京江戸大阪、えーこの三つの、都会へ住んではならんと言うん。ァどうも酷(しど)いもんです。何も自分で儲けた金を使って差支えは無いと言う、今 フ理屈から言やァ馬鹿げた事でございますが、昔はそんな事は通らない。ンー、実にどうも世の中の政治が余りに、圧制に過ぎると言うので、先の、天下の副将軍水戸光圀と言う方が非常に、えー、お嘆きになりまして、諸国を回ります。水戸黄門記と言う。助さん格さんなんと言うあの、二人の家来を連れて、えー随分滑稽な物に拵え上げてありますが。……
6.「圓生百席」の録音。これを元にした速記が集英社文庫「圓生古典落語1」に収められている。
7.CS.60AG-137 DISC COPY
8.
雁風呂・解説
「浮世風呂」と同様、『風呂』と言う名の付いている江戸落語である。とは言え元来はやはり上方の講釈ねただそうである。江戸では風呂の事を『湯屋』と言ったが、現在この『湯屋』は死語になったと言っても良いくらいに廃れてしまった。江戸っ子と言われている人でも『風呂屋』と言うし、私を含めて我々仲間でも『風呂屋』と言っている位だから…。しかしこの『湯屋』(正確な発音は『湯ゥ屋』)と言う言葉には何か柔らかさがあり、体を暖めてくれる様な気がして、このまま廃れてしまうのは勿体ない様で仕方がないのは私だけだろうか…。上方の講釈ねたと言う生まれのこの噺は、江戸落語とは言え実に異例な噺と言える。まず舞台が東海道掛川宿であり、登場する人物も淀屋辰五郎、水戸光圀と大物が顔を合わせる。水戸黄門が落語に出てくるんだから凄い。しかし、噺の内容は一応落ちはあるものの、難しい噺であって笑いの少ない地味な噺である。国立小劇場の落語研究会の口演がVTRで残されていて貴重な映像となっている。弟子の圓窓あたりが演りそうだが、恐らく噺としては廃れてしまう事だろう。
時代設定:江戸時代、水戸黄門が存命の頃。
舞台:東海道掛川宿、町外れの粗末な茶店。
登場人物:水戸光圀公、お小姓、御右筆、御用人、淀屋辰五郎、供、荷持ち。茶店の者も無言 だがいたと思われる。
ベストテイク:『雁風呂…1』が唯一のライヴ録音。VTRもあり申し分ない。