三遊亭圓生音源データ

安中草三−1

 ※三遊亭圓朝作「後開榛名梅香」の一部

1.TS-02658A1

2.1973.8.31,東横劇場,東横落語会第152回圓朝祭

3.40:38

4.To.TY-40070(初出),ZA-2038(CT)

5.出囃子 正札附

えー、安中草三という、お噺でございますが。土屋能登守の家来に、ィッ、恒川半三郎という、この人のお父っつぁんは、えぇお料理方で半六と申しまして、お高が、ァーッ、十石二人扶持と言いますからまあ極く小級でございまして。えー半三郎は、小さい時から、神田三河町に、ィ道場を開(しら)いておりまして、木瀬川成瀬と言う剣術の道場へ通い(ポン)ましたが、この木瀬川と言う人は柳生流の名人と言われまして、これに就いて、みっちり、仕込んで貰いましたがま天性もありましょうが実にどうも、良く上達を致しましてもう年若い時に、(白湯を啜る)免許皆伝を取るという。でこの先生が死ぬ時に、柳生、伝書という物を、半三郎へ、ェッ譲ったと言う訳でと、極く先輩でございますが香散見草七と言う者が、ェこれは浪人をして、もう病の為に、ェッ命数もないどうか伜の草三郎はあなたにお任せをするから、パッこれを仕込んで、将来は立派な侍になる様にお願いをしたいと言う、で、この、十六歳になります草三郎を、引き取って帰って参ります。お父っつぁんが病気というので、これから、土浦が、御城下町でございまして、ゥーン看病をしたが、半六が亡くなりまして後を引き受けて、ァ驚いたのは、高不相応のどうもえらい借財で。でこれを返さなければならないから、今まで奉公人も使っておりましたが、これらが残らず、暇(しま)を出しまして、これからは、お前とあたしと二ァ人ぎりで、きっと今に楽をさしてやるから、借金の返(かい)るまではどうか我慢をしてくれと言うので、草三郎と共に、手内職なぞをいたしまして、経済を詰めて、親の借金を返そうという。……  ……サゲ=恐れながらと訴え出て牢へ入りますここで、白雲の四郎蔵という者と知り合い、草三郎がこの牢を破るという、安中草三生い立ちでございますが、どうやらお時間にあいなりました様で……(追い出し太鼓)……

6.記録として残っている限りでは、これが唯一の口演である。安中草三の発端部分を丁寧に演じている。

7.To.TY-40070 DISC COPY

8.美濃部孝蔵が出て来るが、五代目古今亭志ん生の「安中草三」を続けて聞くとこの噺のあらすじが掴める。

安中草三・解説

三遊亭圓朝作の「後開榛名梅香」と言うのが本当の題名なんだそうだ。これで“おくれざきはるかなのうめかが”と読むから日本語てぇのは難しい。「安中草三郎」或いは「安中草三」と言うのが近年の通例であり、それに従い「安中草三」とした。圓生師のこの噺はこの長編の発端であり、これもレコード化されて残っている古今亭志ん生演じる「安中草三牢破り」と言うのはこの後の方の部分である。とにかく、圓朝以来は圓喬、二代目小圓朝あたりが演じたという。つい先頃、二代目談州樓燕枝のSP盤が復刻された。この録音は1935(昭和10)年5月発売と言うもの、圓生演と同じ部分を巧みに、たかだか12分余りのダイジェストにしている。人情噺と言うより『語り』と言う方が当っている。志ん生師がこの手の噺を演じる時に、これに似たような口調になるが、恐らく昔はこのような語り口で演じた人が多かったのであろう、昔日を思い起こして志ん生師が圓朝物を晩年に演じていたように思える。テープ録音が始まってからの近代では、この圓生演の録音と前述の志ん生のもの、そして馬生演のもの位なので、噺の全体は圓朝全集を読むしかない。かく言う私も噺全体はほとんどぼんやりとしている。圓生演「安中草三」も、生涯この録音に残されている東横落語会のものたった一回だそうで、貴重なものである。従って「圓生全集」所載の速記もこの録音から採られている。この大して面白くない長い噺で笑わされるのは浪人に美濃部孝蔵が出てくる所。「品川心中」の小林七郎とともに我々にはたまらなくおかしい代物である。

時代設定:江戸時代。

舞台:土浦土屋藩中。

登場人物:土屋能登守家来恒川半三郎、その伜草三郎、その女房奥住弥兵衛娘おりえ、浪人者朝貝林左衛門、同じく美濃部孝蔵、横恋慕久保田伝之進、久保田腰巾着沢木勘次郎、久保田若党源蔵。

ベストテイク:選択の余地なし。

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