メシヤという言葉は、ヘブライ語のマーシーアハ( māshīah )から来てるわ。
マーシーアハというのは、「塗る・油を注ぐ」という意味の動詞「マーシャハ」から派生した名詞で、「油を注がれた者」という意味よ。
マーシャハという動詞は、「家に塗料を塗る」とか「パンに油を塗る」という場合にも使うけど、王や祭司、預言者がその職に就くときに、その人を聖別するために、頭に油を注ぐという意味でよく使われるわ。
マーシーアハという名詞は、高位の祭司や族長を指すこともあるけど、ほとんどの場合「王」を意味するの。
イスラエル選民は、将来イスラエルを救う救世主を、王として降臨させるという神のみ言を信じていたわ。これが、イスラエルのメシヤ思想よ。このようなメシヤとして来られた方が、イエス・キリストなのよ。
このキリストという言葉は、ギリシア語のクリストス( Χριστός )から来てるんだけど、これはヘブライ語のマーシーアハから来た言葉で、Χοίζω(油を注ぐ)の過去分詞で「油を注がれた者」という意味よ。普通は「救世主」という訳語が当てられているわ。
神父さまは、「イエス様は十字架につくために来られた。私たちは、イエス様を信じれば救われる」とおっしゃっていたけど・・・
でたらめね。
みちるさん?!
イエス・キリストの十字架によって、復帰摂理の目的がすべて完成したのか?!
イエスを信じるキリスト教徒たちは創造本性を復帰して、地上天国を完成したのか?!
イエスを信じる親から生まれた子供には原罪がないのか?!
答えろおぉおぉおおおおぉ!!!!!!
(○д○lll)
はるかさん?!
森|彡サッ
森|彡サッ
Σ(゚Д゚;)待って!
はるかさん! みちるさん!
何なんだ、あいつら・・・
・・・
たしかに、あの人たちの言うとおり、十字架での死によって、イエスがメシヤとして来られた目的がすべて果たされたとは考えられないわ・・・
どういうこと?
イエスがメシヤとして降臨された目的は、堕落人間を完全に救って、地上天国を完成することだったのよ。
イエスは「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」と言われたわ。
これは、「創造目的を完成した人間に復帰され、天国人になれ」という意味だったのよ。
そのようになった人間は、神と一体となって神性をもつようになるし、原罪がないわ。そして、原罪のない子孫を生み殖やすはずよ。
だけど、キリスト教の歴史の中で、そんな信徒は一人もいなかったわ。イエスの十字架によって救われた人たちも、その子女に原罪を遺伝させているのよ!
じゃあ、イエスの十字架の犠牲は無駄だったの?
いいえ。イエスの肉身は十字架につけられて殺されたから、彼の肉身はサタンの侵入を受けたの (*´つω・。)
だけど、イエスは霊的には勝利されたわ (`・ω・´)b
だから、イエスは堕落人間を霊肉ともに救うことはできなかったけど、霊的な救いの基台を完成されたのよ。
イエスを信じる人たちは、霊的救いの恵沢だけを受けてきたの。
その霊的救いのために、イエス様は来られたんじゃないの?
いいえ。イエスは霊的救いと肉的救いを共に完成するために来られたのよ。
だけど、ユダヤ人たちがイエスを信じずに拒んで、その目的は達成することができなくなってしまったから、
やむを得ず、霊的救いだけでも達成するために十字架につかれたのよ。
だから、イエスは霊肉ともの救いを完遂するために、再臨しなければならなくなったの。
じゃあ、なんでクリスチャンたちは、イエスが十字架につくために来たって思ってるんだい?
聖書を見ると、たしかに、イエスの十字架の死が必然的であったかのように感じられる部分があるわ。
例えば、イエスが十字架で苦難を受けることを預言されたとき、それを止めるペテロに対して「サタンよ、引きさがれ」と言って責められたわ。
これを見ると、十字架の死が必然的なものだったように感じられるわね。
だけど、そうではないのよ。
このときイエスは既に、ユダヤ人たちの不信によって霊肉ともの救いの摂理は完成することができない状態になっていたから、霊的救いだけでも達成するために、やむを得ず十字架につくことを決めていたのよ。
そんなときに、ペテロがこれを止めるのは、十字架による霊的救いの摂理さえ妨害することになってしまうから、イエスは彼を責めたの。
じゃあ、イエス様が十字架上で「すべてが終った」と言われたのは?
目的をすべて果たしたということではないの?
いいえ、違うわ。
それは、本来の目的だった霊肉ともの救いが完成できなくなって、
第二次的な目的として立てられた十字架による霊的救いの基台が、すべて終ったという意味なのよ。
L(゜□゜)」オーマイガーッ!!
メシヤを遣わすのは神の責任分担だけど、そのメシヤを信じるかどうかは人間の責任分担に属するわ。
だから聖書では、ユダヤ民族が責任分担を果たしてメシヤを信じた場合のことと、信じなかった場合のことの両方が預言されているわ。
それで、イエスが十字架の苦難を受ける預言にばかり目がいって、イエスの十字架が必然的なことだったと思っている人もいるみたいね。
イエス様は、生きて地上天国を実現するために来たんだ(o´・ω・)(・ω・`o)ねぇ〜
(*゚∀゚)*。_。)*゚∀゚)*。_。)うんうん
そうよ(。・ω-)(-ω・。)ねぇ〜
さあ、次回は「復活論」よv
復活論では、「前世の使命」とは何なのか、明らかになるわよ(*ゝ∀・*)-☆
次回もサービスサービスゥ〜vv みたいな〜☆
次回は衛さんも活躍するみたいだな♪
衛いきまーす!!
何ゆってんの、まもちゃん? (;一_一)
お前に言われたくない (-"-)