格闘漫画における対銃技術

 格闘漫画において「銃を持った相手とどう戦うか」は長年のテーマとなっています。 「格闘技で銃に勝てるわけないよね?」と思われるかもしれませんが、勝てなければなりません。 結局のところ、読者には「銃に勝てないんじゃ、大したことないね」と考える人が多いからです。

 『魁!!男塾』では、世界中の超人的な格闘家たちに勝利してきた主人公グループが最終エピソードで単なる拳銃を持ったヤクザに事実上の敗北を喫し、多くの読者が絶望させられました。 『グラップラー刃牙』シリーズで「地上最強の生物」と呼ばれる最強キャラクターが麻酔銃で昏倒させられたことは、執筆から20年以上経った今でもたびたびネタにされています。

 格闘漫画の強いキャラクターは銃を持つ相手にも勝てて欲しいというのが、多くの読者の希望なのではないでしょうか。 本稿では、格闘漫画で描写のあった、銃相手の技術について考えていきます。 なお、本稿では格闘漫画を「超能力等の超常のない世界観での戦いを扱う漫画」と定義し、超常がある作品は基本的に扱いません。 ここで格闘漫画として分類した作品についても「いや、この漫画には超能力としか思えない技もあるよね?」という方もおられるかと思いますが、その分類は私の主観によるものということでご理解ください。

1.原理は不明だがとにかく銃弾を防げる

 理由は分からないもののとにかく銃弾を防げる漫画はあります。

 『魁!!男塾』の最強キャラクターは至近距離からのマグナム弾の直撃にも耐えて見せました(ちなみに、彼には麻酔銃で昏倒させられるエピソードもあります)。 『魁!!男塾』や『BLACK LAGOON』等、至近距離からの銃弾を日本刀で斬りおとすキャラクターがいる作品も少なくありませんし、 他にも特に説明なく投げナイフや刀を回転させる等で銃弾を迎撃するキャラクターは、漫画にはしばしば登場します。

 個人的には強そうなキャラクターが銃であっさり負けるよりも銃弾を防げた方が好きなのですが、格闘漫画としては人間が何の説明もなく銃弾に耐えたり、銃弾を斬りおとしたりするのは物足りない気がしてしまいます。

2.銃口に異物を詰める

 漫画での対銃技術として以前よく見られたのが、銃口に小石や手裏剣等の異物を投げ入れ射撃によって銃が暴発する、あるいはそう脅すことによって銃の使用を諦めさせる、という描写でした。 例えば1989年の『シェリフ』では、戦闘技術に長けた主人公が賞金稼ぎに銃口を向けられた際に気づかれずに銃口にたばこの吸殻を突っ込み、その場は収まったものの後で吸殻に気づいた賞金稼ぎが冷や汗をかくエピソードがあります。

 しかし、この描写は1990年頃に突然廃れ、全く使われなくなった印象があります。これは、この時期に銃口に異物を入れてもそう簡単に暴発などしないという認識が広まったからではないかと考えています。 私はこのことを、1990年に『MASTERキートン』で知りました。同作の主人公は自らに向けられた銃口に指を突っ込んで撃てば暴発するぞと脅して難を逃れますが、その後で「ホラか? 銃口に指を突っこんでも、銃は暴発しないのか?」と聞かれこう説明します。

ああ……みんなが映画か何かで信じてしまった迷信だ。鉛の弾は、時速千キロ以上で発射される。引き金を引かれたら、指は簡単にガス圧で吹き飛び、弾は私の体に突き刺さる。

浦沢直樹・葛飾北星/小学館『MASTERキートン』7巻P.197より

 無論、この知識が『MASTERキートン』だけによって広まったとは思いませんが、同作が格闘漫画の対銃技術に与えた影響は大きかったのではないかと思えます。 ちなみに、本稿の趣旨からは外れますが『MASTERキートン』には至近距離でなら銃よりナイフの方が絶対に速いと説明するエピソードがあり(参考:「『MASTERキートン』の「ナイフは至近距離なら銃より速い」は本当か」)、これも後の日本の漫画における対銃技術にある程度影響を与えたような気がしています。

3.技術によって銃弾に耐える

 銃弾に耐えることに技術的な説明付けをしている作品もあります。

 『修羅の刻』シリーズの戦国時代(16世紀末)のエピソードには、素手の主人公が銃の達人の初弾を胸に受けるものの耐え、次弾を撃たれる前に接近し勝利するというものがあります。 これは、当時の精度も連射性も低い銃に対し素早く移動することで狙いやすい胴体を撃つように仕向け、撃たれる瞬間に筋肉を固め防御力を高める「金剛」という技を使用して耐えるというものでした。

 この攻防は戦国時代の銃との戦いとしてはある程度説得力があるかと思いますが、現代の銃の精度や連射性には対処できないかも知れません。上記主人公はこの戦いの後で、筋肉で守れない頭を狙われたら負けていたと語っています。

4.超絶反射速度によって銃弾を逸らす「弾丸すべり」

 『高校鉄拳伝タフ』シリーズでは、主人公の一族は「弾丸すべり」という技でたびたび銃弾を回避しています。 作中の描写を見る限り、この技は格闘技や剣術で相手の攻撃を逸らす「パーリング」等と呼ばれる技術同様に銃弾の側面から力を加えて軌道を逸らしているようにも見えます……が、それだけでは説明のつかない点も多々あり詳細は不明です。

 いずれにせよこの技には銃弾を完全に捉える反射速度が必要なはずで実現は難しいでしょうが、漫画における銃への対処としては見栄えが大変よく、その後他の格闘漫画でもこれに似た技術が登場しています。

 「弾丸すべり」は、格闘漫画での対銃技術としては最大の発明と言えるのかも知れません。

5.いつ、どこを撃つかを予測して射線から外れる

 いくつかの作品では「武術の達人なら相手がいつ、どこを射撃するかは読めるので、そこから外れるように動くことで銃弾に対処できる」という考え方をしています。 達人と言えども銃弾が見えるわけではありませんが、あらかじめ撃たれるタイミングと場所を読めるため回避可能となるわけです。 例えば、『シンシア・ザ・ミッション』の最強キャラクターである中国拳法の達人はこの技術により、複数の拳銃使いを相手にしても難なく勝利しています。 また、『愛気』では主人公を含む作中の多数の達人はこの域に達していて、達人なら銃弾を回避できて当然といった世界観になっています。

 一見、この技術があれば銃に対して無敵に思えるかも知れませんし、実際に『シンシア・ザ・ミッション』『愛気』の達人たちは銃を持った相手を恐れません。 ただ、それでも銃が完全に効かないわけではなく、『愛気』の描写を見ると以下の三種類の状況では達人でも銃弾を回避できない可能性があるようです。それは、マシンガン乱射、遠距離からの狙撃、武術家による銃撃です。
 一つ目のマシンガン乱射について。『愛気』では何度か「達人は相手の動きを読めるため普通の攻撃を食らったりはしないが、相手自身にも攻撃先が分からないランダムな攻撃は回避が難しい」というような描写があります。マシンガン乱射は反動により正確な射撃ができなくなるため、逆に回避が難しくなるようです。
 二つ目の遠距離からの狙撃について。達人と言えども存在を認識できない遠距離からの攻撃を回避することは難しいようです。ただ、『愛気』の主人公は、狙撃されるかもしれない状況では周囲の遮蔽物を意識し狙撃困難なラインどりで歩いている描写があります。なお同作の達人たちは、存在を認識しているなら背後からの銃撃も回避しています。
 三つ目の武術家による銃撃について。『愛気』の達人は、銃を持つ相手の動きを予測することで銃弾を回避できます。しかし銃を使う側も達人であるなら、回避行動を読んで銃撃することができるため回避は困難となります。 ただ、同作で「銃を持つ達人」の方が「銃を持たない達人」よりも強いというわけではなく、どれだけ読みの力があるかが重要なようです。

 射撃されるタイミングと場所を読むなんてできるわけがない!と思う方も多いでしょうが、これは明治から昭和にかけて活躍した実在の武道家、植芝盛平様の技能をモチーフにしている可能性があります。 植芝様は相手の銃弾より先に赤い線が飛んでくるのでそれを避ければ当たらないと語られ、銃を持った6人を投げ飛ばしたエピソードがあるからです。 なお植芝様には、銃弾を避ける噂を聞きつけた達人の猟師と対峙し、撃つ気が見えない無心の境地だとして負けを認めたというエピソードもあります。

 この銃弾回避法で印象的だったのは、格闘漫画ではありませんがお化けフクロウ「ミネルヴァ」が敵役として登場する『邪眼は月輪に飛ぶ』です。 ミネルヴァは見られた人間や動物を即死させる邪眼と、上記の植芝様と同様に銃の射線を見ることで銃弾を回避する能力を持っており、5人の狙撃手による同時狙撃すら避けることができます。 同作は殺気を込めずに銃を撃てる熟練の猟師がミネルヴァに挑むという物語で、もしかすると上記の植芝様のエピソードに着想を得たものなのかも知れません。

6.漫画とガン=カタ

 対銃格闘について考える場合、ガン=カタを無視することはできないでしょう。 多くの方がご存じかと思いますが、ガン=カタは2002年の映画『リベリオン』に登場した架空の戦闘術で、後の映画・アニメ・ゲーム等の戦闘に大きな影響を与えました。 ガン=カタにはいくつかの対銃戦闘技術がありますが、ここでは後の作品に特に強い影響を与えた「至近距離で自らの手などで相手の銃口を逸らしながら攻撃する戦闘技術」をガン=カタとします。

 アニメ作品ではガン=カタを取り入れてヒットした作品は『魔法少女まどかマギカ』等いくつかありますが、 格闘漫画でガン=カタを取り入れた箇所は、正直なところあまり魅力的なアクションになっていないケースが多いように思えます。 実写やアニメやゲームと異なり漫画は読者がコマ間の動きを想像しなければならないため、ガン=カタを魅力的に描くのは難しいのかも知れません。

 私がガン=カタっぽさを感じ、かつ魅力的に思う格闘漫画のアクションは以下に引用する『セイバーキャッツ』のシーンなのですが、この描写は1989年のもので、『リベリオン』よりも13年前です。 『セイバーキャッツ』は中国武術をテーマにした作品であり、ガン=カタには中国武術の影響も大きいと思われるため、近い印象を受けるのだろうと思います。

山本貴嗣/角川書店『セイバーキャッツ』1巻P.30より

山本貴嗣/角川書店『セイバーキャッツ』1巻P.30より

 上記シーンでは、銃口を手で逸らしながら戦うのではなく、銃口を逸らす(銃を奪う)動きからそのまま相手を投げています。 この動きの洗練ぶりは、私の知る格闘漫画でもトップクラスです。

 なお同作の説明によると、正確に言うとこの投げのように見える技は中国拳法の「ショアイ」という技術で、日本の格闘技の「投げ」とは異なるものであるようです。

7.まとめと参考文献

 異論はあるかと思いますが、私は格闘漫画で特に重要な魅力は二つあると考えています。 一つは「こういう攻撃をこう防御してこう反撃して……」という攻防のやりとり、もう一つは見たこともない技です。 銃を相手にした戦闘ではこういった攻防のやりとりを描くのは非常に難しく、ここに対銃格闘を描く難しさがあるのでしょう。

 対銃格闘にやりとりを発生させた「弾丸すべり」や「ガン=カタ」は偉大な発明だったと思います。 しかし、これらのアイデアが登場してから既に20年以上が経過しました。 いつかまた、新しいアイデアを扱った作品に巡り合えることを期待しています。 『グラップラー刃牙』シリーズに登場した「消力」や、格闘漫画ではありませんが『スプリガン』で描写された「軽気功」は、いつか対銃格闘技術にならないかなどと考えたりするのですが……。

 以下、本稿で言及した漫画リストです。

公開:2022年4月25日 最終更新::2022年4月26日

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