『やがて君になる』 仲谷鳰

KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 電撃コミックスNEXT6巻まで

『やがて君になる』1巻P.13より

高校一年生の小糸侑は、恋に憧れつつも恋愛感情が理解できないことを悩んでした。 そんなある日、小糸は一学年上で才色兼備の徒会役員・七海燈子と出会う。 七海はこれまでに数多くの男女から告白されたがどきどきしたことがなく、誰から告白されても交際する気がないという。 七海を同類と思った小糸は彼女に自分の悩みを打ち明けるが、彼女は思いがけない告白をする。「私、君のこと好きになりそう」

 今回紹介するのは、仲谷鳰様(サイト:「におのす」)のガールズラブ漫画『やがて君になる』です。 仲谷様の初連載作品である本作は2015年の連載開始後すぐに漫画好きの間で反響を呼び、「百合漫画総選挙」では二回連続で圧倒的一位を獲得し(第一回第二回)、 2018年10月からはテレビアニメ化もされました(本稿の執筆時点で放送中です)。
 すでに本作は有名で、今更私が勧める意味もないのではないか……とも思ったのですが、それでも少しでも多くの人に本作を読んで欲しい、と思い記事を書くことにしました。

 本作は上でも書いたように百合、つまり少女同士の恋愛を描いた作品です。こう書くと「百合には興味無い」という方もおられるかと思いますが、少し待って頂きたいのです。 本作は確かに百合ではありますが、百合好きだけしか楽しめない作品ではありません。本作について調べると、「百合好きというわけではないがこの作品は好き」といった感想を多数見かけます。
 本作は様々な面で卓絶した面白さを持っており、万人が楽しめる作品になっています。ネタバレをなるべく避けながら以下に、本作の卓絶したポイントを五つに分けて説明します。

ポイントその1

 まず、本作は根幹となるアイデアが秀逸です。

 恋愛ものには、二人の恋に立ちはだかる障害がつきものです。立場の違い・恋のライバル・鈍感さ等々。本作のような百合ものだと、同性愛への葛藤というのも定番です。 しかし、本作ではそういった見慣れた障害はほぼ登場しません(注1)。この作品で二人の間に立ちはだかる障害は新しいもので、同性愛に限らず恋愛を突き詰めるようなテーマを上手く物語に落とし込んでおり驚かされます。

 普通恋愛ものでは、二人の関係は双方向です。つまり、様々な出来事を経て二人が互いを想う気持ちが強化されていきます。しかし本作ではそうではありません。 本作ではこの障害ゆえに様々な出来事を経ても片方の気持ちは強化できず、それがこの物語に緊迫感を生んでいるのです。

ポイントその2

 次に、本作は心理描写が巧みです。

 本作の登場人物たちは複雑な内面を抱えていて、しばしば読者に想像のつかない言動を見せます。冒頭で紹介した突然の「私、君のこと好きになりそう」発言はその最たるものでしょう。 しかし、登場人物たちの内面がわかると確かにそれらの言動は納得のいくものなのです。仲谷様の、複雑な心理を分かりやすく描写する表現力は驚くべきものです。

 また、本作には複雑な内面が明かされることによってこれまでの物語の受け止め方が後で変わってくる、ミステリ的な面白さもあります。
 例を一つ挙げます。本作の登場人物Aはある秘密を抱えており、親友であるBにもそれを明かしていません。※以下若干のネタバレのため、読みたい方はボタンをクリックして下さい。

このため初めは、「Bは親友面してAの秘密に気付いていないのか、哀れだ」といった感想も少なからず見かけられました。しかし物語が進むと、BはAの秘密に気付きながらそれに触れずにいたことが分かります。 それが分かると、それまでの物語の見方も違ったものになります。しかも更に物語が進むと、AはBが秘密に気付いていることもちゃんと理解していると明らかになります。それが分かると、更に物語の受け止め方は違ったものになります。

 こういった、登場人物の内面が明かされることによる謎解き的な面白さも本作の魅力と言えるでしょう。

ポイントその3

 そして、本作は言葉選びが面白いです。

 この作品の登場人物は、しばしばドキッとさせられる発言をします。 一言で言えば「名言」なのですが、本作の名言には会話の流れの中で、「ここでそんな言葉が出るんだ!?」というタイプのものが多いのが特徴だと考えています。
 本作の『やがて君になる』という興味を惹かれるタイトルといい各話のサブタイトルといい、仲谷様の言語センスの高さを感じます。 例えば十話のサブタイトルについては多数称賛の声を目にしましたが、サブタイトルまで称賛される漫画は初めて見ました。

 いくつかそれらの名言をここで紹介したいと思ったのですが、それらの名言の多くは前後の会話の流れが分からないと凄さが伝わらないため、紹介が難しいです。
 前後の流れに関係なく美しいと思った言葉を一つ紹介させて頂くと、『飲み込んだ言葉は育ち続けて、いつか胸を破るかもしれない』(3巻P.30より)です。

ポイントその4

 更に、本作の物語作りの上手さは驚くべきものです。

 恋愛物の作品でよく用いられるのが、「突発的な出来事に巻き込まれて二人の恋愛感情が育まれる」という手法です。 これは確かに恋愛の理由として分かりやすいですし、話も作りやすいでしょう。 しかし、こういった突発的な出来事というのは安易な話の作り方という印象を受けやすくもあります。
 そして本作では、突発的な出来事は完璧に排除されています。本作ではひたすら、普通の高校生が体験しうる平凡な出来事を積み重ね、二人の関係が進展していきます。 これは話の作り方として、大変難しいはずです。しかしそれでもこの作品の物語は起伏に富み、読者を飽きさせません。 それどころか少なくとも6巻時点では、話が進むほどに面白さも加速しているのです。

ポイントその5

 最後に、本作は純粋に娯楽作品として称賛に値します。

 本作は、上で述べたように恋愛を根本的に突き詰めるような深いテーマ性を持った作品であり、「純文学的」といった称賛のされ方することも珍しくありません。 そのため、本作の評判を聞いた方は「高尚で退屈な作品なのかな」といったイメージを持つこともあるようです。 本稿をここまでご覧になった方も、もしかするとそういう印象を持たれたかも知れません。しかし、それは誤解です。
 本作の少女たちの可愛さは一級品であり、彼女たちのイチャイチャは読んでいて笑みがこぼれること必至です。本作が百合好きの人々以外にも受け入れられているのはこういった理由も大きいでしょう。

 私は本作が連載開始する前、2013年から仲谷様の作品が大好きで、欠かさず氏の同人誌を買っていました。その頃の私の仲谷様の評価は「凄い作家さん」でした。 でも、それは間違いでした。本作の連載が始まって初めて分かったのですが、仲谷様は本物の天才だと思います。

 未読の方には是非とも『やがて君になる』を読んで頂きたいと思います。取り敢えず「やがて君になる - pixivコミック」で3話まで無料で読めます。

 余談ですが、本作のテレビアニメが公開される少し前あたりから、本作について『仲谷氏本人としても「百合漫画」を描こうとしているつもりはなく、「恋愛」を全面に押し出した作品を描いているつもりだと公言しているらしい』といった噂を度々目にするようになりました。
 しかし、hiyamasovieko様が『なぜ『やがて君になる』は「百合漫画」に分類されるのか? その証明と意義の考察』で述べられておられるように、中谷様が本作を百合漫画として描かれていることは間違いなく、この噂はデマでしょう。 そもそも仲谷様ご自身が本作開始時の告知で『わりと真正面からの百合漫画です。』と仰る等されているわけです。
 ではなぜこのようなデマが流れたのかと考えてみると、仲谷がインタビュー等でしばしばされる「恋愛モノとしても評価されてありがたい」というような発言が誤読されたのではないでしょうか。

思っていたよりも、ずっと多くの方に読んでいただけて感謝しております。百合好きな人は勿論、「百合」ではなく「恋愛」モノとしても楽しんでいただけているみたいで、本当にありがたいです。

【コラム】 今もっとも読んでほしい恋愛漫画「やがて君になる」の人気に迫る!仲谷鳰先生インタビュー』より

恋愛を真正面に捉えた作品として、一般層に受け入れられているのは嬉しいなと思います。直近のレビューでも同性愛というよりも恋愛一般として、「『好き』とは何かを描いた作品」と書いていただいていて、すごくありがたいです。

玄光社『百合の世界入門』P.75より

 情報伝達の際には、注意したいものです。

 注1……本作の主人公たちが同性愛への葛藤を持たないことは意図的であるようで、中谷様はインタビューでこう述べておられます。

現実世界では、同性愛についてのハードルもタブー意識もあってほしくありません。『やがて君になる』のメインキャラクターの2人には、同性であることとは別の理由から、恋愛関係になることの困難さが用意されています。

竹宮惠子×仲谷鳰対談 「マンガにおける恋愛の描き方-性の表現」レポート』より

2018年11月15日掲載、2018年12月9日最終更新