KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 電撃コミックスNEXT全8巻
高校一年生の小糸侑は、恋に憧れつつも恋愛感情が理解できないことを悩んでした。 そんなある日、小糸は一学年上で才色兼備の徒会役員・七海燈子と出会う。 七海はこれまでに数多くの男女から告白されたがどきどきしたことがなく、誰から告白されても交際する気がないという。 七海を同類と思った小糸は彼女に自分の悩みを打ち明けるが、彼女は思いがけない告白をする。「私、君のこと好きになりそう」
今回紹介するのは、仲谷鳰様(サイト:「におのす」)のガールズラブ漫画『やがて君になる』です。
仲谷様の初連載作品である本作は2015年の連載開始後すぐに漫画好きの間で反響を呼び、「百合漫画総選挙」では三回連続で圧倒的一位を獲得し(第一回、第二回、第三回)、
2018年10〜12月にはテレビアニメ化もされました。
すでに本作は有名で、今更私が勧める意味もないのではないか……とも思ったのですが、それでも少しでも多くの人に本作を読んで欲しい、と思い記事を書くことにしました。
本作は上でも書いたように百合、つまり少女同士の恋愛を描いた作品です。こう書くと「百合には興味無い」という方もおられるかと思いますが、少し待って頂きたいのです。 本作は確かに百合ではありますが、百合好きだけしか楽しめない作品ではありません。本作について調べると「百合好きというわけではないがこの作品は好き」といった感想を多数見かけ、趣味嗜好に関わりなくお勧めできる作品です。
私は上記「百合漫画総選挙」第三回にで、本作について「練り込まれた描写、先の読めない展開……。私はこれほどに洗練された漫画を初めて読みました。変に引き延ばしをせず、盛り上がっている中で完結できそうなのも素晴らしいです。(略)」とコメントし、そして掲載頂きました。 実はこのコメントはそこまで深く考えてのものではなかったのですが、考えれば考えるほど、「洗練」は本作の最大の特徴であるように思えます。
私は、主人公が努力と工夫により問題を解決し、目標を達成する物語が大好きです。例えば敵を倒す、謎を解く、事業で成功する等。そして恋愛成就もその一つです。
しかしそういう目標達成物語は、往々にして目標を簡単に達成させないためにつまらない障害を用意し、却って物語の面白さを損なってしまっています。
例えば、主人公があまりにも消極的あるいは鈍感で容易な問題が解決しない、本筋と無関係な問題が発生し本題の問題解決に取り組めない、主人公やその仲間が馬鹿げた行動をし問題解決が遠のく等々。
こういった要素が常に作品の面白さを損なうとは限りませんが、多くの場合は目標達成物語の不満点となっていました。
無論こういった要素がなく、主人公が一直線に目標達成に向けて突き進めば大概の物語はすぐに終わってしまうでしょう。こういった不満点は、言ってみれば必要悪なのかも知れません。
しかし本作はこういったつまらない障害を完璧に排除し、物語が停滞することがありません。
こう書くと、「この物語は大した障害もなく進み、盛り上がりもなく終わってしまうのか」と思われるかも知れませんが、それは全く逆です。
本作は、恋愛漫画として恐らくこれまでにない障害を設定し、その障害を乗り越えることに全力を尽くす物語です。
その障害が独特で、それでいて説得力があります。この障害をどう乗り越えて二人は結ばれるのかというのが本作の主題であり、最大の魅力なのです。
恋愛ものには、二人の恋に立ちはだかる障害がつきものです。立場の違い・恋のライバル・鈍感さ等々。本作のような百合ものでは、同性愛への葛藤というのも定番です。 しかし、本作ではそういった見慣れた障害はほぼ登場しません(注1)。この作品で二人の間に立ちはだかる障害が斬新で手ごわいため、他の障害がなくても大変見ごたえのあるストーリーとなっています。
また、本作はやはりストーリー物にありがちな、偶然に頼った展開も完璧に排除しており、安っぽさがまったくありません。本作は、究極的なまでに洗練されたストーリー漫画であると考えます。
さらに本作の魅力として、複雑な心理描写が挙げられるでしょう。本作の登場人物達は、時として「え、何で!?」と思える言動をとることがあります。
そう言った言動も、後で理由が分かれば納得のいくものであり、仲谷様の人間理解能力の高さにはたびたび驚かされます。
そして更に素晴らしいのが、そういった複雑な感情や思考をあまり直接説明せずに、僅かな仕草や小物の描写等で暗喩的に示していくことです。
このため、本作は「文学的」と評されることも多く、「東大生が"やがて君になる"を愛読するワケ:PRESIDENT Online 」ではこう述べられています。
「東大生に人気のマンガ」と言えば、『やがて君になる』。新刊が出る度に東大生協で売り切れになることもあるほど、東大生がこぞって読む作品です。ガールズラブを描き、「好き」という感情に徹底的に向き合った本作は、「心理描写」が非常に巧みです。登場人物一人ひとりの考え方・心情の掘り下げが丁寧になされており、そこで描かれる感情の動きや内面の描写が美しく、文学的。表現も小説的で、「文学より文学らしいマンガだ」と述べる東大生もいました。
そして、もう一つ本作で特筆すべき点を挙げるなら、人気作でありながら物語の引き延ばしを一切行わなかったことでしょう。
昔から、人気漫画には引き延ばしがつきものでした。つまり、作者が人気漫画を切りのいい所で最終回にしようとしても、編集部が「まだ売れる漫画を終わらせるなんてとんでもない」と許してくれないわけです。
鳥山明様はドラゴンボールに「もうちっとだけ続くんじゃ」と書いてからも6年以上同作の連載を続けることになり、結局漫画家として壊れてしまったことは有名です。
そして、そうして引き延ばされた作品の多くが、「途中までは名作だったけど、だんだん質が落ちてきて……」といった評価を受けてしまっています。
そして、「やがて君なる」は連載時にまぎれもなく掲載誌「月刊電撃大王」の看板作品であり、普通なら何としても引き延ばしが行われていたところだったはずです。 しかし本作には引き延ばしは起きず、高い質を保ったまま完結を迎えることができました。素晴らしいことだと思います。
巧みな言葉選び、魅力的なキャラクター等、本作の優れた点は多数ありますが、上で挙げた三点「一切の無駄を排した、洗練されたストーリー運び」「複雑な心理描写」「引き延ばしをせず、最も面白いところで完結させた」は、 特に重要な本作の名作たるゆえんであると考えます。
本作は、名作として後世まで語り継がれていく作品であろうと思っています。是非とも、お読み頂けると嬉しいです。取り敢えず「やがて君になる - pixivコミック」で3話まで無料で読めます。
余談ですが、本作のテレビアニメが公開される少し前あたりから、本作について『仲谷氏本人としても「百合漫画」を描こうとしているつもりはなく、「恋愛」を全面に押し出した作品を描いているつもりだと公言しているらしい』といった噂を度々目にするようになりました。
しかし、hiyamasovieko様が『なぜ『やがて君になる』は「百合漫画」に分類されるのか? その証明と意義の考察』で述べられておられるように、中谷様が本作を百合漫画として描かれていることは間違いなく、この噂はデマでしょう。
そもそも仲谷様ご自身が本作開始時の告知で『わりと真正面からの百合漫画です。
』と仰る等されているわけです。
ではなぜこのようなデマが流れたのかと考えてみると、仲谷がインタビュー等でしばしばされる「恋愛モノとしても評価されてありがたい」というような発言が誤読されたのではないでしょうか。
思っていたよりも、ずっと多くの方に読んでいただけて感謝しております。百合好きな人は勿論、「百合」ではなく「恋愛」モノとしても楽しんでいただけているみたいで、本当にありがたいです。
恋愛を真正面に捉えた作品として、一般層に受け入れられているのは嬉しいなと思います。直近のレビューでも同性愛というよりも恋愛一般として、「『好き』とは何かを描いた作品」と書いていただいていて、すごくありがたいです。
玄光社『百合の世界入門』P.75より
情報伝達の際には、注意したいものです。
注1……本作の主人公たちが同性愛への葛藤を持たないことは意図的であるようで、中谷様はインタビューでこう述べておられます。
現実世界では、同性愛についてのハードルもタブー意識もあってほしくありません。『やがて君になる』のメインキャラクターの2人には、同性であることとは別の理由から、恋愛関係になることの困難さが用意されています。
2018年11月15日掲載、2020年1月5日全面的に改稿