『ONE OUTS』 甲斐谷忍

集英社ビージャンコミックス4巻まで

「ONE OUTS」2巻P.22より

投手対打者の一対一の賭博野球「ONE OUT」で不敗を誇る投手・渡久地東亜(トクチ・トーア)。 神がかり的なギャンブラーである彼は「不運の天才打者」児島に見出され、プロ野球団に入団する。 そこで東亜が提示した契約は、「アウト1つで500万円、1失点でマイナス5000万円」というものだった……

 今回紹介するのは、甲斐谷忍氏の野球漫画「ONE OUTS」です。但し、この作品は通常の「野球漫画」とは全く異なったアプローチをとっており、「ギャンブル野球漫画」とでも言うべき作品になっています。
 かの福本伸行(注1)氏が「天」「アカギ」「銀と金」、そして「カイジ」で漫画界に新たな勝負の見せ方を示して以来、 多くの漫画家が氏に続こうとして氏と同様の舞台設定で「ギャンブル漫画」を描き、失敗して来ました。この 「ONE OUTS」は、そんな中で「ギャンブル」とは一見かけ離れた「野球」を舞台にすることでギャンブル漫画として成功を収めた、稀有な作品です。

 野球漫画には、今の私の思いつきによれば大きく分けて三つの方向性があります。実在の選手が登場するリアル路線、超人的な選手達が破天荒な勝負を繰り広げるアストロ路線、地味な選手達が地道に戦うちばあきお路線です(注2)。しかし、この作品はそれらのどれとも異なっています。
 主人公・東亜は天才的な投手ですが、彼の武器は「速くて球威のあるストレート」でも「切れのいい変化球」でもありません。彼の武器は120キロそこそこの直球、それだけなのです。たったそれだけの球で彼は、並み居るプロの強打者達を抑えていくのです――「人間の心理をコントロール」する才能と、「最強の勝負師」としての 勘によって。
 無論、これは考え様によっては、例えば「魔球」などよりもさらに突拍子もない話です。が、作中の駆け引きには見る者を圧倒する迫力、読む者を納得させる説得力があり、不自然を感じさせません。
 力と技の勝負ではなく、駆け引きとトリックの勝負。まさにこの作品は「ギャンブル漫画」なのです。

 そして、この作品をさらに面白くしているのが、東亜と、球団オーナー・彩川との駆け引きです。
 彩川は球団の勝利には全く関心を持たず、ただ球団の挙げる収益にしか興味がありません。彼は冒頭の条件で東亜が利益をあげることの困難さを見抜き(防御率で2.7)、快く契約を結ぶのですが、東亜は彼の予想をはるかに超える投手でした。
 予測とは裏腹に東亜が恐るべき勢いで年俸を稼ぎ始めると、彼は東亜が打たれるよう、様々な工作を行い始めます。野手を買収してエラーをさせ、無理な連投を強制し疲れさせ――
 これら妨害により、東亜は常にピンチに立たされます。しかし、絶望的とすら思える、オーナーとのこの勝負にすら、東亜は持ち前の機知と機転によって勝ち続けていくのです。

 作者の甲斐谷氏は、この作品について「あらゆる野球漫画のアンチテーゼ」とコメントしています。まさにその通り、この漫画は野球漫画に新たな地平を開いた作品です。
 野球の基本的なルールを知る、全ての方に読んで欲しい作品です。きっと、その「新しさ」が分かって頂けると思います。

参考:amazonでの「ONE OUTS」

(2001年3月筆・掲載、同年6・7月注釈を追加、9月画像を追加、2008年10月amazonリンク追加)