日本共産党 豊中市議会議員団 Webサイト

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こんな活動やってます

 豊中市議会議員団の日々の活動を紹介しております。
 (2011.08.18)

被爆地からも「原発ノー」/豊中の集会・パレードに参加しました−山本いっとく議員

被爆地からも「原発ノー」/豊中の集会・パレードに参加しました−山本いっとく議員

◆再生可能エネへ
 8月9日で、長崎に原爆が投下されてから66年が経過しました。長崎市では平和式典が開かれて、田上富久長崎市長が「長崎平和宣言」を読み上げました。その中で、東日本大地震での東京電力福島第1原子力発電所の事故について触れ、「私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です」と述べました。今、被爆地からも原子力エネルギーから再生可能エネルギーへの転換が求められています。
 8月10日には、豊中市でも原発NO!市民集会&パレードが行われ、110人が集まりました。私も集会とパレードに参加し、桜塚公園から豊中までのパレードをしました。
◆つどいに参加を
 8月21日には豊中中央公民館で、環境学会会長で自然エネルギー市民の会の代表としても活躍されている和田武さんを迎えて、「原発問題と再生可能エネルギーをみんなで考えるつどい」を開きます。皆さんとともに今こそ原発NO!の声をあげて、運動を進めていくためにも、是非、参加していただければと思います。
(「ニュース いっとく!」8月21日号)



 (2011.08.11)

豊中革新懇よびかけの原発ゼロパレードに参加しました

 「原発ゼロ 自然の力で発電だ」の掛け声が沿道や住宅街に響きわたりました。8月10日夜、豊中革新懇(平和と民主主義、革新統一をめざす豊中懇話会)が呼びかけた「原発NO 市民集会&パレード」に110人が参加、桜塚公園から豊中駅まで30分を歩きました。日本共産党豊中市議会議員団も参加しました。
 街宣車を先頭に、参加者は「期限を切って脱原発、安全神話にだまされない」と唱和し、「上を向いて歩こう」を合唱しました。
 「原発のない社会をめざして」と書いた大きな横断幕は4人で掲げました。風船を一人ひとりが持ってアピールしました。造花のひまわりもかざして歩きました。
 前日、風車をつくった新日本婦人の会会員の下林敦子さん(68)は「自然エネルギーにつながると思い、人目を引くようにつくりました」と話します。
 仕事帰りの女性は「原発なくす運動を頑張ってもらいたい。子どもたちに安全なエネルギーを提供してほしい」と話しました。
 パレードの前の市民集会では、日本共産党の堀田文一府議があいさつしました。
(「しんぶん赤旗」8月11日付)



 (2011.08.10)

住民が希望もてる復興策を/陸前高田市・震災ボランティアに行ってきました−いつき澄江議員

住民が希望もてる復興策を/陸前高田市・震災ボランティアに行ってきました−いつき澄江議員

◆みなさんの救援物資とともに
 7月20日から26日まで、堀田文一府会議員はじめ総勢7名で岩手県に震災ボランティアに行ってきました。7名が2台の車に分乗し、荷物をぎゅうぎゅうに積み込みいざ出発。車に積み込みきれない程救援物資が託され、前もって被災地にみかん箱にして約50個を送りました。募金や物資にご協力いただきありがとうございました。
 一行は、12時間かかけて岩手県一関市の日本共産党のボランティア宿泊所に到着。そこを拠点に毎日70キロの道のりを陸前高田市に開かれている日本共産党も一緒に応援したいまの市長の選挙支援団体である「市民の声」の「共同支援センター」に通うことになりました。
◆青空市手伝いや仮設住宅訪問
 北上川を越え緑豊かな山間をぬけ、陸前高田市の市街地に入ると、そこには戦後の焼け野原のような光景がありました。街を飲みつくした津波のすさまじさはテレビで報道された映像以上のものでした。壊れたビルには、津波になぎ倒された7万本の松がそこここにつきささり、すでに市街地は重機が入っており金属の山、木片の山、大量の流された車の山が積み上げられていました。その土ぼこりは通過するだけでのどが痛くなるほどでした。あちこちでJR大船渡線の線路は寸断され、海にはまだ家の屋根が浮いている状況を目の当たりにして復興の道程は険しく、住み慣れた町で一刻も早く安心して人々が暮らせるように何が私に出来るのか? 改めて考えさせられました。
 支援センターでは、全国から寄せられた支援物資を無料で提供する常設「青空市」が開かれており、そのお手伝いや仮設住宅の各家を訪問し必要なものや要望・相談を聞きながら仮設住宅前で開く出張「青空市」の案内などをしました。
 私が大阪弁丸出しで声をかけるので「遠くからきてくれたんすか。ありがとさん」とよろこんでくれました。 
◆遅れている国の復興対策
 仮設住宅の訪問でも「青空市」のなかでも、どの人も「何もかも流された」「排水溝から通帳がでてきてお金は入っていないのにうれしかった」と津波が肉親や友人を奪い、家や家財や車も奪われましたが、それだけではなく大切な「思い出」も奪ったんだと思いました。少したちいって話を切り出すと「嫁が実家の親を迎えに行って行方不明」という人、「実家の親を助けに行けなかった」と涙を流す人など悲しみと無念さを押し殺して今なお四畳半2間に4人つめつめで暮らす仮設住宅の人々に心が痛みました。「何かご要望はありませんか?」ときくと「震災後いろいろ世話になってきた。いつまでも甘えては申し訳ない」と遠慮がちに「元のところに怖くて家を建てられない。市も国も高台に住むようにいうが土地は買えんしなあ」「仮設にすんだら電気代も食費も自分で何とかせないかん。きつい」など国の復興計画や対策が遅れており、住民の大きな不安になっていると思いました。わたしは、ささやかな力になれればとの思いで一緒に食器や衣類を探し続けました。
◆犠牲者は岩手県の三分の一も
 すでに、日本共産党は「震災対策の提言」を2回発表しましたが、あらためて、復興への提言の一つ一つが、住民の声そのものであり、住民が希望をもって明日に向かうために早く実らせなければいけないものばかりであると思いました。
 陸前高田市は、海岸にむけて比較的平野部が広く、そこに市役所も消防署もスーパーも住宅も集中していたため、人口3万人のうち死亡者や行方不明が多く、2、089人(7月26日現在)にのぼり、岩手県の犠牲者の約3分の1を占め大きな人的被害を出しました。また「防災無線の放送が聞こえなかった」「危なさがよくわからなかった」などの声もあり、高台に逃げた人も半信半疑で、多くの方が危機感をもてず様子見となり津波の第1波が押し寄せてからあわてて逃げて助かったと何人もの方から聞きました。またある奥さんは「婦人会の学習会で『津波の際は高いところに』と聞いていたので私は山に上がったが夫は体育館に避難して亡くなった」「公民館に逃げた人はだめだった」など防災無線放送のあり方や安全な避難場所への誘導と周知が人命を守る大きなカギだと思いました。
(「こんにちは いつき澄江です」8月5日号)



 (2011.08.09)

8月の無料生活相談会のご案内−山本いっとく議員

 みなさん、こんにちは。日本共産党豊中市議会議員の山本いっとくです。日ごろのくらしでお困りのことはありませんか? 8月の相談会は2カ所で開きます。お気軽にお越しください。
 また、豊中市政や府政・国政についてのご意見も遠慮なくお聞かせください。
●8月19日(金)午後1時−5時
蛍池・堀田府会議員事務所
●8月26日(金)午後1時−5時
春日町・いっとく生活相談所
弁護士や司法書士など専門家の力も借りて解決へ協力します。「生活が苦しくなった」「国保料・介護保険料が払えない」「医療費が高い」など、なんでも相談してください。
主 催/日本共産党市会議員 山本いっとく事務所
連絡先/06-7892-0942 090-9712-8821



 (2011.08.03)

原発NO!−私たちも参加します。あなたも参加しませんか?

◆8・10市民集会&パレード
午後6時半〜集会(桜塚公園)
午後7時〜パレード(豊中駅人工広場まで)
◆8・21原発問題と再生可能エネルギーをみんなで考えるつどい
午後6時半〜8時半
中央公民館1階集会場(阪急「曽根」下車5分)
参加無料
講師:和田武さん(日本環境学会会長)
講演テーマ:「再生可能エネルギーの可能性〜原発事故をふまえて」



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