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2.皇大神社(元伊勢内宮)と天岩戸神社


(珍しい黒木の鳥居の奥に拝殿が見えます)

次に訪れたのは、前回と同じ元伊勢内宮・皇大神社です。実は今回この神社を訪れる目的は2つあって、一つは前回訪問したときには本殿が屋根の葺き代え中で、全体にビニールシートがかけてあって、良い写真が撮影できなかったことと、私の先生の病気が再発しないことをお祈りして、先生に願をかけた御守をお渡しするために、授受するためでした。いつもながら、小高い丘の入り口にある社碑(写真1)から、今回願をかける「癌封じの樹」から「真名井の池」をとおり、さらに「御門神社」(写真がめっちゃピンボケだったため掲載できず、残念)にお参りしてから、広い境内に足を踏み入れます。前回、葺き代え中だった屋根もすっかり出来上がっていて(当然ですが・笑)、すばらしい本殿(写真2)を目にすることができました。神明造の見事な建築物に息を呑みます。「豊受大神社」の本殿にも劣らないくらい美しい本殿です。

 
   (写真1)                     (写真2)

こちらも簡単なデータを紹介しておきましょう。
(祭神)天照皇大神(アマテラススメオオミカミ)
(脇宮)<左殿>天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)
     <右殿>栲機千々姫命(タクハタチヂヒメノミコト)
(末社)熊野神社ほか80社
下の写真の(写真3)が右殿で、(写真4)が左殿で、本殿と両殿を取り囲むように末社がありました。(写真5)は拝殿側から見た「黒木の鳥居」です。なお、昭和天皇の在位60周年の折に、谷を埋め立てて作られた場所に、君が代の碑とさざれ石が置かれていました。

 
  (写真3)                    (写真4)

(写真5)

そのあと、このページのトップページにも載せたように、「日本のピラミッド」とも言われる御神体・日室岳の遥拝処を参拝した後、渓谷沿いにある「天岩戸神社」(写真6)へと向かいました。今回は雨が降っていたため、危険なので御社の前まで行ってお祈りすることはできませんでしたが、御授受所が開いていたので、絵馬と御由緒を授かることができました。御由緒によると、祭神は天照皇大神(アマテラススメオオミカミ)ではなくて、その岩戸隠れに関わった四柱の神でした。データを示しておくと、
(祭神)櫛岩窓戸命(クシイワマドノミコト)、豊岩窓戸命(トヨイワマドノミコト)
     大宮売神(オオミヤヒメノカミ)、八意思兼神(ヤツイオモイカネノカミ)
で、はじめの二柱の神は参道途中の「御門神社」の祭神と同じで、オオミヤヒメノカミを加えると、兵庫県篠山市にある「櫛石窓神社」(ここも前回訪問しました)と同じ祭神です。

(写真6)

元伊勢については、「吉佐宮」として、現在の伊勢国に落ち着くまで、様々な地を変遷しており、そのうちの丹後地方(かつての山陰道)の候補地が、この神社と、宮津市の天橋立の北側にある「籠神社」ほか一社で意見が分かれていて、それぞれが元伊勢を名乗っているというのが真相で、「延喜式」に掲載されているのは「籠神社」ということから、今後の研究に期待が必要でしょう。
帰りに、参道の「癌封じの樹」に願をかけて、神社を後にしました。

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