道後公園(どうごこうえん)・湯築城跡
宝厳寺を後にした私は、子規記念博物館へ向かいましたが、残念ながら 休館日ということで、入ることができませんでした。平日に旅をするときのリスクのひとつですね。そこで、子規記念博物館の南にある、道後公園(別名、湯築公園)をぶらぶらすることにしました。この公園は、湯築城の城跡を公園にしているもので、南側には武家屋敷を再現したものなどがある歴史公園にもなっています。
まず、この公園で目に付くのは、「湯釜薬師」(写真1)と呼ばれる、古い湯釜が祭られているところです。古来から、温泉がこの町を支えていることが良くわかる施設です。すぐ前にある石碑(写真2)によると、この温泉の歴史は古く、「天平勝寶元年」天智天皇の御世に発見されたというようなことが刻まれています(きちんと読めないので半分推測ですが・笑)。

(写真1) (写真2)
そこから案内図を頼って、頂上にある展望台を目指します。道後温泉付近から松山市内を見たときに、どんな風景が広がるのか、興味のあるところです。少し息が騰がりながらようやく頂上へとつくと、展望台があり、松山市内と松山城(写真3)が遠望できました。湯築城は、南北朝の時代に河野氏が築城し、羽柴秀吉によって河野氏が滅ぼされ、廃城になるまで、約250年存続した城だということでした。中腹にある岩崎神社にはその河野氏の代々の御霊他が祀られていました。

(写真3) (写真4)

この後、ぶらぶらと公園内を歩き、武家屋敷などを見学し、猫と戯れながら時間を過ごした後、松山城のほうへ向かいますが、伊予電鉄「道後公園」駅の近くの入り口付近に、きわめてユニークな木がありましたので、それも写真に撮ってきました(写真5)。
(写真5)なんていう名前の木だろう?
この後、伊予電鉄「道後公園」駅から路面電車に乗り、次の訪問地、「東雲(しののめ)神社」へと向かいます。