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アレクサンドラ(Alexandra)
Shaky Bridge & 大時計(見えない…)セントラルオタゴの中心地として栄えるアレクサンドラは、1890年代に起こったゴールドラッシュをきっかけに作られた町です。現在ではもう金の採掘は行われていませんが、放牧や果樹栽培が盛んな自然豊かな町となっています。町にはむかし建てられた石造りの建築物や金の採掘跡がそのまま残っているところがあり、歴史ある昔ながらの雰囲気が漂う町となっています。

また、この地域は冬の寒さが厳しいことでも有名です。逆に、夏には気温が30度を越える日もありますが、乾燥しているのでそれほど暑さは感じないということで人気のリゾート地となっているようです。
もともとこのあたりは町ではなかったので、「Junction(中継点)」、「Lower Dunstan」、「Manuherikia」など様々な名で呼ばれていました。1863年になってようやく、ウェールズの王女の名前をとって「Alexandra」に統一されたそうです。

その昔、川から金が発見されたくさんの鉱夫がこの地域にやってきましたが、ほんの数年で採取が困難になり、人口は激減しました。しかしその後登場した採掘用機械によって再び作業範囲が拡大し、町の活気は甦りました。一方、住民に供給する目的で始まった果樹栽培が、実はこの地域の非常に乾燥した気候と肥沃な土壌という条件にとても適していることがわかりました。やがて金の採掘で必要だった水路がそのまま農業用水路となり、町まで鉄道がひかれたこともあって、1900年代に入ってから砂金の町は果樹栽培の町へと変貌を遂げたのです。

見どころ
Tucker Hill
町の全貌が見渡せる小高い丘。5月にここへ行ったときには寒さで道路が凍っていました。車で上がる人はご注意を。
Clock on the Hill
町の名物となっている大時計。山腹に埋め込まれた時計は夜になるとライトアップされ、なんと8km離れたところからでもはっきり時間が読めるそうです。(↓下記に詳しいお話があります↓)
Shaky Bridge
1879年にできた橋。町の住宅街の中にあります。むかし川を渡る手段として小船(パンティング)しかなかったため、馬車が通れるようにと建設されました。しばらくして橋は付近の住民に格安の値段で売り渡されたのですが、それからはほとんど手入れされないまま放置されていました。そんな状態を見てある団体が大金をつぎこんで修理したのですが、その際に幅が狭くなり今では人が歩いて渡ることしかできない橋となってしまったそうです。


Alexandra's Clock on the Hill

この大時計は1966年6月、Alexandra Jayceeという人が提案した一大プロジェクトにより作られたもので、構想から設置にいたるまで2年5ヶ月もの時間を要しました。このアレクサンドラという人物がどうしてこんな発想をしたのかはわかりませんが、この時計を設置するためにかかった総費用はなんと約NZ$3000というのですから、当時の物価からするととんでもないアイデアだったかもしれません。

簡単に「大時計を設置する」といっても実際には時計のデザインや機構、現場の土台の基礎工事、設置作業とさまざまな計画が必要でした。しかし何よりも、まずは町の住民がこの大時計を気に入るかどうか、そして設置に協力してくれるかということを確かめるのが先でした。

アレクサンドラたちは実物大の時計をつくり、半年間もかけて住民の意識調査をしました。というのも、この案が出された当初は多くの人が反対していたからです。しかし投票の結果、9割以上もの人々がこの時計を気に入っていることがわかり、いよいよ設置作業へと動き始めたのです。そこでまず問題となったのは設置場所が山腹の崖ということ。重い資材を運びあげるにはそれなりの設備が必要です。そこで登場したのが崖に取り付けるレールでした。このレールのおかげで時計設置に関わるすべての資材を引き上げることができたのです。

ようやく設置が終わっても、まだ最後の仕上げ作業が残っていました。それは一番重要なポイントともいえる塗装作業でした。時計が周りの岩となじむよう、気をつけながら色が塗られました。こうして多くの人たちの熱心な仕事ぶりにより、直径11mもの大時計は5ヶ月かかって見事に完成、1968年12月14日正午より時を刻み始めたのです。

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