イギリスワールドカップ2005遠征記

西尾信寛

 

4月28日(木)

朝、6時起床。荷物を背負ってJRで京都駅に向かい、番場さんと合流。一路関空へ。就職活動やら研究室やら様々なしがらみから開放され、すがすがしい気分で空港に足を踏み入れた。加藤さんと落ち合っていざ出発。さよなら日本。飛行機に乗ってヨーロッパに遠征するのは5回目なのでもう慣れた。あっという間にロンドン到着。篠原さんと無事合流。バスに乗ってWokingまで向かい、電車でGuildfordへ。駅前でタクシーを拾って宿に着いたのが午後7時半過ぎ。ちょうど夕食の時間だった。自分の名前が予約されていなくて「何だよそれ」と思ったがエクストラベッドだったのでカウントされていなかったらしい。まあよい。イーキスをはじめ、日本チームの面々と挨拶した。とにかく腹が減っていたのでバイキングでたらふく夕食を食べる。イギリスはメシがまずい、と聞いていたが、自分は質にはあまりこだわらないほうなので腹が満たされればそれで満足だった。しかも、むしろおいしかった。食事後、ミーティングをせずに就寝。夜中に3度くらい目覚めて一度トイレに行った。夢も見たが、内容は覚えていない。時差ぼけはなく、快適に眠れた。

 

4月29日(金)

スプリント予選

 朝からモデルイベントに行き、軽く汗を流した。コンタのとり方が甘い気がした。森の中はガンガン走れて非常に気持ちがよかった。特殊記号Hydeはまさしくそのとおりであった。森の探検隊だな。鹿島田さんに駅前まで送ってもらい、少しショッピングをして(サッカーイングランド代表ユニフォーム大特価3000円!日本で買えば10000円!) 昼飯を食い、宿に戻った。夕方からいよいよスプリント予選が始まる。バスでSurrey大学に移動し、ウォームアップ。スイスチームに出会う。チェコのユニバーで知り合ったノルウェーのStigにも出会い、英語で談笑した。レースは大学キャンパス内を縦横無尽に駆け巡って3ヒートで争われた。入り組んだ校舎や寄宿舎と階段の間を縫って緻密なナヴィゲーションをするのはかなりおもしろく、集中力を必要とした。2度大きなミスをしてかなり時間がかかってしまった。目標物がすぐに出てくるスプリントではナヴィゲーションにメリハリが必要である。今回はそれができないまま進んでしまって失敗してしまった。練習不足だ。そもそもスプリントには苦手意識があり、あまり好きではないのだが、オリエンテーリング自体は非常に高い集中力を必要とするので面白いと思う。敬遠せずにもっと練習しよう。これからはオリエンテーリングに割ける時間も減っていくことであろうから、効率的に練習する方法としてスプリントトレーニングを取り入れるのは必須事項となるだろう。

 

4月30日(土)

リレー

 朝から曇り空。この日は団体戦。Aチームの3走を担当。鹿島田−高橋−西尾というチーム。宮内さんが一走で快走を見せ、7位でゴールした。すばらしい。自分のレースは前半でミスが多く、ぱっとせず70分。松澤さんと10分差だ。トップとは20分差だ。ナヴィゲーション以上に走るスピードが遅いと思う。表彰式の最中にゴールレーンを駆け抜けるのはやはりつらい。日本がリレーで高パフォーマンスをするためには致命的に足りないものがある。爆発力だ。なぜついていけないのだろう。基本的な身体能力の差か?いや、日本人はマラソンなどでもわかるように持久力を必要とするスポーツには比較的適応力が高いはずだ。練習量が少ないか?そんなことはないはずだ。この夏に自国開催の世界選手権を控えている選手たちが練習に手を抜くはずがない。それは自分も然りである。しかし、ナヴィゲーション中のスピードの違いは否めない。日本人がなかなか中堅国の仲間入りさえできない状況は、この一点につきるのではないか。ラフ区間でいかに体を前に持っていけるか、意識的なプッシュアップの瞬間が必要だと思う。日本人は同じペースでミスしないように、というレース展開を好む、というよりそういうオリエンテーリングが体に染み付いている。クレバー過ぎるのだ。もっとバカになる部分が必要ではないか。セオリーなんかではなく、もっと自然なプリミティブな部分で速くなるための方法を考えて実践する必要があると思う。

 

5月1日(日)

ロング

 2番目スタート。アミノバリュー1ℓを背負って走る。体が重い。あっという間にチェコ選手に抜かれた。我慢のレースが続く。会場に帰ってきたところまでは順調。22-23でへばる。藪漕ぎでタイムロス。ループで加藤さんとすれ違い、自分の巡航速度が遅いことを知る。31番で地図交換。かなり疲れていた。登りは太ももが半分痙攣しかけでもう走れなかった。地図交換直後のコントロールで隣ポをパンチし、失格。2時間14分かかってゴールするも成績つかず。2度目だ。ロングは本当に相性が悪い。まだまだあきらめきれない。次に挑戦しなければならない。挑戦し続けなければならない。

 ゴール後Stigと話をした。Anders Nordbergは16歳からオリエンテーリングを始めて代表になったらしい。ちなみにStigは9歳からオリエンテーリングを始めたらしい。速くなるにはオリエン経験年数は問題ではなく、やはり練習の仕方しだいということか。Stigはトロンハイム工科大学の学生だ。現在はスウェーデンに留学中で、その期間が修了すればまたトロンハイムに戻るらしい。来週金曜日にレポートを提出しなければならないからやっかいだ、と言っていた。

 スイスのMarcがめっちゃハッピーだぜ!とうれしがっていた。94分で走り、彼は4位に入賞した。彼も自分と同年齢で歯科学生。ブルガリアのユニバーで出会い、今年3月末の青山高原の合宿でフランスのThierry Gueorgiouとともにいろいろ話して仲良くなった。女子はSimoneが優勝した。さすがだ。強い。

 

5月2日(月)

スプリント決勝

 朝から雨模様。この日はロンドンのバターシーパークまで1時間のバス移動。バターシーパークはテムズ川に隣接する公園で、市民の憩いの場となっている。広大な芝生広場や庭園に加え、公園北端になぜか仏塔がそびえている。当日は日本のハッピーマンデーにあたる休日のようで、家族連れをはじめたくさんの人たちで賑わっていた。

 予選で最下位だったので、Bファイナルを走る。雨はあがり、自分がスタートする頃には太陽が顔を出し、暑くなり始めた。陸上競技場のバックスタンド横からスタート。地図読み、ナヴィゲーションともにかなりよいパフォーマンスができた。終盤、ビジュアル後1ヶ所で20秒ほどミスをしたが、全体的にはまずまず満足のいく内容であった。相対的には遅かったが。

 自分のレース後は完全に観客と化し、Aファイナルのレースを楽しんだ。やはり舞台に立たねば面白くないことを実感した。彼らはヒーローだ。そして、何より良かったのは、たくさんの子どもたちがスタンドからイギリス選手の応援をしていたこと。小学生くらいの子どもたちがラスポゴールを懸命に走る自国の選手を声の限りに応援していた。あのように彼らに憧れを抱かせることが大切だ。オリエンテーリングはトップレベルのエリート選手との垣根がほとんどない数少ないスポーツだ。スプリントであれば、あんなに間近で観戦できるのだ。もっともっといろんな世代の人たち、特にオリエンテーリングを知らない子どもたちにあの勇姿を見せ、同じ地図、同じコースで走ってもらう、というような企画をすれば、興味を示してくれる子どもがいるかも知れない。

 当初予想していた天気とは打って変わってこの日はいい天気になった。本当はテムズ川をゆっくり見たりロンドン観光したりしたかったが、明日に備えてバスで宿へ戻った。

 

5月3日(火)

ミドル

 最後のレース。ハードスケジュールにも関わらず、体は意外にもほとんど壊れることなく、強靭さを証明してくれていた。近頃の練習の成果か。朝から天気は曇り。イギリスの静かな丘陵地帯に朝もやが立ちこめ、体を突き抜けるひんやりした空気が心地よかった。丘の向こうに見える一軒の家がまるで絵の中に溶け込んだようで、美しく、幻想的であった。

 早めのスタート。リズムには乗るが、スピードが足りないことを感じつつ前半をこなす。ビジュアル後のコントロールで1分ほど現在地ロスト。平らな部分で距離感がまったくつかめずうろうろしてしまった。フィンランド選手に追いつかれ、2個ほどついて行く。11番からミクロなナヴィゲーションを要求されるオリエンテーリングとなり、一気にスピードが落ちた。ちょこちょこツボりながらも無難にこなす。こういう部分では誰しもスピードが落ちるものだが、特徴物をいかに単純化し、自分のナヴィゲーションを行うかが重要だ。地図と現地を対応させるタイミングが鍵だ。こつをつかめば、実はそんなに難しくはないのだ。難しいと思うから難しいのであり、どんな場面でも基本に忠実であれば迅速なナヴィゲーションが可能になるはずだ、と私は思う。

 ラスポゴールで世界一を狙ったが、惜しくも世界2位だった。残念。

 ぶっちぎりで優勝かと思われたThierry Gueorgiouが、ロシアの若手エースAndrei Khramov に最後で逆転され、2位となった。表彰式は雨の中開催され、ワールドカップ開幕戦イギリス大会は幕を閉じた。

 

評価

私は今回のワールドカップ参戦を通して、世界戦に向けて今後の自分の目標設定を行うことと、それには何が必要であるかを知ることを目標にした。

【準備】

ワールドカップに向けて行った準備は、主にコンペティションに向けて体の調整を行うことである。これは全日本大会が終了したあたりから始めた。体力トレーニング自体はこれまで続けていたものをそのまま続け、意識的に増やしたり減らしたりすることはなかった。しかし、この頃研究室と就職活動に意識を向ける時間が長く、集中して練習に打ち込むことができない時があったのも事実である。そういう時はイギリスで走る自分をイメージし、その時に自分が一番集中するべき事柄だけに注意を向け、他の事は考えないように努めて気分の切り替えを図るようにした。

また、特に今回課題として考えていたことは、大会期間中における体調の自己管理である。前回、前々回のユニバーではこれを怠ったために風邪を引いたりロングでガス欠になったりし、失敗した経験があったので、万全の状態でレースに臨めるように準備をしようと考えた。

まず、食事である。レース前は炭水化物を多めに摂り、翌日のレースでガス欠になることを防ぐようにした。レース当日の朝は油分、食物繊維類を避け、腹いっぱいにならない程度の量を摂るようにした。また、水分を常に体の横に置き、必要なときにちびちび摂取できるようにした。レース後はオレンジジュースを飲み、ダウンしてストレッチをした後すぐに何らかの食事をした。これらに小まめに気を使っていたことは功を奏し、期間中を通してパフォーマンスが低下することはなかった。

次に、人に流されず、自分のペースを守ることである。特に、観光には気を配った。観光は疲れる。しかし、大抵の場合何名かで観光をする。当然待つ場面があるし、待ってもらう場面がある。歩く歩く。知らないうちに無駄なストレスと疲れを溜めてしまう。長い距離を歩かないように、水分を適度に摂取するようにしながら観光し、買い物をした。宿に帰ってからは本や雑誌に目を通しながら、音楽を聴きながらストレッチをして十分な休息をとり、リラックスするようにした。これも功を奏し、非常に良い状態でそれぞれのレースに臨むことができた。

 

【全体評価】

 今回は、レースに臨む準備面でJWOC、二度のユニバーと比較して最も良い評価ができると思う。しかし、これらは選手として基本であり、ようやくそのレベルに達したというもので、本来当たり前のことである。当たり前のことを当たり前にできる選手が本当のエリートなのである。

 世界のトップレベルに到達するにはさらなる鍛錬が必要だ。まず、走力。次に、走力に見合う技術力。そして、情熱。世界で勝つには、世界を知らねばならない。日本でちまちまセコくオリエンテーリングしていてはそのレベルで落ち着いてしまうと思う。自分が今後本当に世界で結果を出したいと思うなら、それが自分の人生の理由であると思うならば、自分が歩み、築き上げてきた社会的地位を顧みることなくスパッと捨て、世界に飛び出して、オリエンテーリングのために生きる、そのくらいの覚悟をしないと今後伸びる幅は限られている。今後も今の練習レベルを確保できれば、自分が日本でトップエリートの仲間入りをする日はそう遠くないであろうし、それは比較的容易なことであろう。しかし、それで満足できないとする場合、あとは舞台を世界に求めるのみである。何が必要であるかは過去4度の遠征を通して毎回より鮮明になりつつあるが、今後の目標設定は自分の生き方で変化する。私はすべてを捨てて飛び出すことができるだろうか。そんな打算的な人生を送ることができるだろうか。オリエンテーリングでトップを張れるのは多分あと7,8年であろう。その年月のために、人生を捧げることができるか。すべてはそこにかかっている。