14回 日本山岳耐久レース (長谷川恒男カップ) 挑戦記

2006年10月8日、9日

 

【前日】

睡眠時間をたっぷり取り、朝10時に起床。おにぎり2個と野菜ジュースを飲んで用意をして新幹線で東京へ。新幹線の中では本を読む気になれず、ひたすらMDに録音した音楽を聴いていた。くるり、東京事変、ミシェル・ブランチ、フジファブリック、アジアンカンフージェネレーション、など。烏龍茶と八つ橋を食す。

15時に御徒町に降り立ち、山かけうどんを食って腹ごしらえ。アートスポーツで必要なものを揃える。ついでにpumaのTシャツも購入。小さく折りたためる帽子を手に入れたかったが、気に入ったものがなかったので買わず。買い物を終えてから18時に鰻を食す。うな重「梅」\2,400円也。これで腹いっぱい。

さあ行くかと思ってザックをぶち込んだコインロッカーを探すも見つからず、御徒町周辺を2周してようやく発見する。銀座線、東西線を乗り継いで南行徳へ。スーパーで水2リットルを仕入れる。20時過ぎに父親の単身赴任先のマンション着。ヘッドランプとハンディランプの調子を見る。テレビを観ながら腹の落ち着きを待つ。21時から近所の公園をjog。15分で切り上げ、部屋に戻って入浴、歯磨き。そして、報告書に目を通しつつ、公認マップの地図読み。テンションが高いのがわかる。23時に就寝、が、なかなか寝付けず、何度も寝返りを打つ。多分1時半ごろに眠りの底へ。

 

【当日】

6時半起床。準備をしてマンションを飛び出す。体の調子は万全のようだ。白馬の疲れも完全に取れ、本当に気持ちがいい。すがすがしい秋晴れのもと、駅に向かう。なか卯で納豆定食を食す。店員にやる気がなく、少し気に障る。7時38分南行徳発の東京メトロ東西線に乗り、いざ中野へ。途中爆睡してしまい、中野で目覚めた時はみんな降りてしまってまわりに誰も乗客がいなかった。終点だったからよかった。ホームを移り、中央線特快に乗り換えようとするもひとつ前の電車に乗り、ミス。荻窪で乗り換え成功。ハセツネっぽい人々がたくさんいて車内は満員。武蔵五日市で加藤さん番場さん、TAC杉山、奥さんら知った顔ぶれと出会う。

会場となる小学校に行き、早速陣取り。まだ人はそんなに来ていなかったので、ステージ上にマットと寝袋を敷く。隣は田所、八巻さん、樋山ら野獣の面々。荷物を置いてすぐ水と昼食を調達しに行く。ついでにトイレも。ampmの店員さんに聞くと、店内のトイレに案内してくれた。会場のトイレは超満員になるので、それまでに済ませておくのが吉。

小学校に戻ったら許田さんがいて久々の再会。受付を通るために必要なものをスティミュラスに突っ込んで五日市会館へ。暑い。500ミリリットルのアミノバリューペットボトルを持ち、小まめに水分を補給しつつ列に並ぶ。無事受付を済ませ、チップとゼッケンを受け取り、各スポンサーのブースを見学して会場に戻る。準備をしつつ、昼食の赤飯3個をほおばる。もち米は腹持ちが良い。また、少ししょっぱめの赤飯で塩分を摂取。その間にもアミノバリューをちびちび飲む。完成した装備は下記の通り。

 

【服装】

NIKE Running Cap

TRIMTEX O-Suits (AZUCHI-UK)

CW-X Expert Model Long

CW-X under pants

X-Socks Run Speed 1

montrail Leona Divide

 

【装備】

GREGORY Stimulus

CAMELBAK 2.1l Hydration pack (Amino Value Water in)

mont-bell U.L. wind jacket

Petzl Mio XP

Princeton Tec TEC40

Lithium Battery (3)

Power Bar (2) 非常食用

Power Gel (15) 45分に1本 (3時間で4本消費)

aminovital pro (6) 2時間に1袋+α

 

【レース】

スタート20分前くらいに野獣の黄色軍団とスタートエリアに向かう。暑い。とにかく暑い。ちびちび給水。都岳連の会長の挨拶など木陰で聞く。鏑木さんのコメントを聴く。初めてホンモノを見た。そして、秋晴れの校庭は2000人のトレイルランナーで埋め尽くされた。すげえ。こんなに人がいるのに、しかもみんな屈強そうな人々ばかりなのに、上位に入ることなど至難の業のように思われた。今年は様子見だから、前半の試走もしていないのだから、マイペースで行こうと考えた。とは言えやっぱり渋滞には巻き込まれたくないので、10時間以内完走の列に並ぶ。前のほうにチラッと石川弘樹選手の姿が。右を見やると横山峰弘選手が緊張した面持ちで歩いてくるところだった。いいものを見た。熱い思いが交錯する。

そんなこんなで13時になり、レーススタート。スタート直後、押すな押すなの押しくら饅頭で一気にトップ集団から出遅れる。加藤さんについて行くつもりがあっという間にはぐれてわからなくなる。スタートゲートをくぐり、車道に出たところで一気に抜かして前のほうに出ると、番場さんがいた。いい感じで走っている。思わず声をかける。するとりかさんや加納さんにも出会い、わきあいあいとした雰囲気で前に進む。川を渡ったあたりから集団がばらけ始める。ゆっくりめのペースで進む。驚いたのは、周りにいる全員が走っていること。みんな本当に最後までこのペースで走りきるつもりか?この人たちは一体何時間での完走が目標なんだろうと不思議に思う。とにかくみんな軽装で、どの人を見ても9時間台で走ってしまいそうな屈強に見える。

 

ずんどこ応援の囃子が聞こえてきて坂道に差しかかる。何か背中がわさわさするなあと思っていたら、スティミュラスがガバーッと開いて中からハイドレーションパックが飛び出した。止まって中身を入れ直し、ジッパーを閉めて再び走り出す。約2分のロス。その後すぐトレイルに入るも、渋滞。登りで抜かしにかかる。予習しておいた変電所が出てきてああこれかと一人うなずきながら走る。ペースはゆっくり目だがHRは150前後を推移しており、まだ体が慣れていないのかな?と思いつつのんびり行く。番場さんを再び捉え、今熊神社へのカーブで抜く。今熊山への登りで大渋滞。みんな歩いている。自分もひざに手を当てて歩く。が、前の人とペースが合わず、抜いたり抜かれたり。並走していた人が知り合いに追いついたらしく、目標の話をしている。14時間らしい。俺はこんなところにいていいのかと思いつつも、その人の言った、「抜きどころはまだまだ先だからねえ。」という言葉に納得して抑える。三頭山の下りから勝負をかける。「とりあえず三頭頂上まで5時間半」という目標のもと、体と常に対話しながら前に進むことにした。

 

しばらく登りが続き、いつの間にか加藤さんに追いついた。引っ張ってもらおうと後ろにコバンザメ。HRは相変わらず150前後。快適なトレイルを飛ばす。まだ加藤さんと世間話をしつつ進む余裕がある。だんだんひとつの集団になり、前後がばらけ始める。この時点で100位くらいかなあと予想する。体は正直楽。しかし、前半35キロ走りとおした後の後半35キロは未知の世界。行きたい自分を抑えて「ここは楽していいんだ。」と自分に言い聞かせる。

採石場を超え、渋滞が起こるという入山峠の尾根の取り付きに差し掛かる。渋滞は起きておらず、スムーズにクリア。再び快適なトレイルが続く。しかし、アップダウンの連続。登りは膝に手をついて登り、下りと平地で走る、という繰り返し。10キロ地点を通過。この7倍か〜とその壮大さに少し感動し、森の切れ間から遠く向こうに見えた武蔵五日市の町並みを眺めてまた走る。

 

しばらく加藤さんのコバンザメをし、たまたま登りで前の人を抜かすときに加藤さんの前に出、そこから少しペースを上げた。意図的ではなかったが、何となく自然にスイッチが入った感じだった。一路、市道山へ。市道山への鋭角の曲がりの直前で一人旅になる。その後軽快に飛ばす2人に追いつく。ついて行こうかと思ったが下りが遅かったので抜き去る。再びアップダウンの連続。右膝に違和感を感じ始める。特に下りで鈍痛が走る。1週間前の白馬で違和感を覚えたところだ。まあ仕方ねえかと割り切って進む。どんどん人が現れる。どんどん抜かす。登りでも下りでも構わず抜かす。激斜を登りきって醍醐丸を通過。再び快適なトレイルをだらだらと登り。このあたりからペースが同じくらいの人と並走状態になる。前になったり後ろになったりしながら進む。三国峠にシンムラコシがいて思わず笑みがこぼれる。「トップと40分差、石川弘樹がむちゃくちゃ飛ばしている!」と村越さん。20キロで40分の差がつくのか。浅間峠までは下り基調。しばらく一緒だったランナーと別れ、再びペースを上げる。第一関門で3時間前後を予定していたが、すでに3時間が経過。少し遅めだなと思いつつ下りで飛ばし、登りは歩き、を繰り返す。石井龍男さんを捉え、第一関門を同時に通過。3時間12分49秒の87位。もちろん走っているときは順位まではわからない。とにかくここから2時間20分で三頭山頂まで行くのだ、気を引き締める。登り基調のアップダウンが始まる。

 

水分の摂取は少量ずつこまめに行っていた。45分に1回のパワージェル補給も大変うまく行っていた。登りで封を切って中身を吸出し、同時にハイドレーションパックの水を摂取する。ごみをサイドポケットにしまう。また、アミノバイタルは2時間に一度のペースで摂取。これもうまく行った。体は順調に動き、走れば走るほど上半身は逆に軽くなっていく感じがした。平地と下りでのスピード切り替えの時に特にそれを感じることができた。しかし、下りで感じる右膝の鈍痛はさらに違和感を増し、逃れ得ない痛みとなった。同時に足全体にも疲労は蓄積し始め、登りがつらくなり始めた。HRも135〜145のあたりを推移し、150を越えることが少なくなってきた。

 

笛吹峠から西原峠までは非常に長く感じられた。この間に何人もの人を抜かしたが、西原峠にはなかなか至らなかった。途中、巻き道から遠くに三頭山が見える場所があり、まだあんなにあるのか、と夕暮れ迫るトレイルをひとり進みながら思った。だが、試走をしていない分楽しいこともあり、富士山がいきなり目の前に現れた時は思わず「スゲー!」と感嘆の声を上げた。

 

どんどん人を抜かし、行く手に見覚えのある姿を捉えた。奥さんだ。足を捻挫しているとは言え、去年は10時間半で完走しているつわものだ。もしかしたら11時間を切ることができるかも知れないとこの時初めて思った。少し疲労が出てきたとは言え、レースがまだまだ続くことは自明だし、リタイアする気も理由もないし、テンションは高いし、どんどん前を捉えて抜きさるのが楽しいしでさらに気分が高揚した。ついに奥さんの背中に迫った!と思ったら西原峠だった。もう周囲はどっぷり陽が落ちかけて、トレイルも暗くなり始めた。休んでいた田崎さんたちに先行きますと挨拶し、その後の下りに差し掛かる手前で止まり、ヘッドランプを取り出した。

 

さあ、勝負はここからだ。この先は試走をして知っている。ここから三頭山への登りだ。幸い予想していたほどの疲労感はない。レース前は前半35キロの疲労を考え、試走タイムにプラス1時間で11時間切り、という目標を掲げたが、それは達成できそうだ。どこまで行けるかわからないが、10時間台でゴールだ!と思った。激しく登って槙寄山を通過し、また激しく登って少し下り、避難小屋を通過。いよいよ三頭山へのアタック。闇の中で揺れるヘッドランプの明かりを追いかけ、登る。しんどい。スピードが上がらない。膝に手をつき、体幹と太ももを意識して登る。途中許田さんに追いつきかなり驚く。体調が悪いらしい。棄権するつもりだと告げられる。50位前後であることを教えられ、前に出る。何人かを抜き、何人かに抜かれ、ようやく三頭山の頂上にたどり着いた。48位であることを告げられる。時計を見ると、スタートから5時間24分が経過していた。よっしゃ!予定通りじゃ!ここから一気下りだ!体の調子はすこぶる良い。あれだけアップダウンを繰り返したのに、足は一度も攣っていない。CW-X様様だ。

 

休止することなく、そのまま下りに臨む。自分でも驚くほどのスピードで進む。まるで落ちていくかのよう。手持ちのハンドライトは光がぶれて逆に地面の様子がよくわからなくなったので、途中から消してヘッドランプの明かりを直射光と拡散光に臨機応変に切り替えつつ進む。平地もかなり快調に飛ばせる。何て体が軽いんだ!さっきまでの登りがうそみたいだ。鞘口峠まででまた何人か抜く。試走の時は長く感じたが、あっという間に下りきって直後の登りに差し掛かる。が、登りではやっぱり走れず。歩く。登りきって再び激走を開始。それは激走と言って差し支えないものであったと思う。風張峠を過ぎ、細いシングルトラックを行く。月夜見山手前の舗装道路区間に出、またトレイルに入り、片斜面のトレイルを転げそうになりながら走る。登ってまた舗装路に出てトレイルに入って下って第二関門到着。6時間11分45秒の43位。第一関門から44人抜き。

 

給水所でハイドレーションパックを開けようとするも、きつく閉めすぎて開けるのにかなり苦労する。ようやく開けることができ、水を補給する。1.5リットル丁度でハイドレーションパックがいっぱいになった。ごみを分別し、新しいパワージェルとアミノバイタルを取り出して愕然とした。パワージェルが足りない??この時サイドポケットに残った(と思いこんだ)のは4本だけで(実はあったのに)このあと1時間に1本の摂取に予定を変更する。とにかく頭は前に進むことでいっぱいで、数え直そうとかもう一度確かめようという気はまったく起きなかった。とにかく前へ!10時間何分でゴールできるか、しか頭になかった。

 

5分ほど止まっていただろうか。スティミュラスを背負い、再びスタート。何人か一緒に飛び出すが、下りで一気に引き離す。ここから上り下りの繰り返し。どーんと下って急斜面をえっちらおっちら登り返して、また下って、いつまで続くのだろうかと思いながら走る。でも、試走をしていたので「あ、ここまで来たか。」というのが暗闇の中でもわかった。HRは140前後を刻む。嵐のような風が吹き荒れ、森の叫びを聴きながら進む。時折前方にヘッドランプの明かりがちらつき、だんだん近くなり、登りで抜く。後ろに付かれたくないので、一気に抜き去って再びひとりになる。圧倒的孤独感。でも、自然に包まれているような不思議な感覚。聞こえるのは自分の息遣いと風の音のみ。俺は今、心の底から楽しんでいる!

 

ようやく御前山の頂に至る。試走の時はこのあたりから太ももに痛みを伴うほどの疲労を感じていたが、そのような気配は全くなし。大ダワまでの下り基調のトレイルを一気に飛ばす。疾走感がたまらなく気持ちいい。下りでアメリカの女子招待選手を抜く。右膝の痛みは下りでより激しくなったが、気にせずに進む。

 

大ダワ着。順位を聞くと31位。すぐ前に3人のランナーがいるらしい。ここから先は抜くのは難しそうだな、パックになったらいやだな、と思いつつゆっくりトレイルに入る。「藪で道が見えにくいので注意してください。」とスタッフに声をかけられる。感謝。程なく50キロ地点を過ぎる。ゴールまであと20キロ。大岳の登りをクリアすれば、もう一気登りはない。時計を見ると、あれ?もしかして10時間切れるかも?無理かもしれないが、とりあえず第三関門までぶっ飛ばす。本当にそれが可能なら、すばらしいことじゃないか!と心に決めて藪道に突っ込む。前に光。追いつく。渋谷のノーネームスーツ。鹿島田さんだ。声をかけて抜かし、もうひとつ前の光を追う。登りでじわりじわりと詰め、平地でスパートし、下りでさらに迫る。こちらも程なく抜く。大岳直下まで快適なトレイルが続く。試走の時はあたり一面雨と霧で何も見えなかったが、今回は夜空と森の闇に包まれる。谷を見やると奈落の底に落ちていきそうな感覚を覚えた。

 

急な登りが始まった。スピードが落ちる。息遣いも荒くなる。と、目の前に光。抜かすぞ!パワージェルを口に含み、水で胃に流し込みながら岩に取り付き、前を追う。月明かりが時に眩しい。無言で抜かす。さらに登りは激しくなり、危険な岩場が始まる。ここを抜ければもう後は下りだ!レース中で最も遅いスピードで体を上に持ち上げながら進む。時に太ももの付け根が悲鳴を上げそうになり、「よっこらしょ!」と声を出しながら登る。眼前にぽっかり円形の星空が浮かび、それがみるみる近づいてきて、大岳山頂に出た。ノンストップで下りにかかる。息遣いが荒い。クサリ場も何とかクリアし、ガンガン下る。大岳神社に差し掛かったとき、いきなり明かりが見えて人が現れ、応援を受けた。この時は気付かなかったが、村越さんだったらしい。

 

先を急ぐが、しんどい。さすがに疲労感が出てきたか。いや、まだまだだ。第三関門からも長い。9時間台がちらつき始めた今、ペースを落とすわけにはいかない。しかし、水の消費が激しい。御岳山手前の湧き水を求めて爆走する。芥場峠の分岐からの下りでひとり抜き去る。川の流れを耳にしながら、試走時よりも明らかにハイスピードで進む。ルートミスした曲がりを越え、湧き水に到着。手ですくい受けて3杯飲む。再び走り出し、御岳山を目指す。第三関門手前のゆるい登りを爆歩きでこなし、一人抜き、ぜーはーぜーはー息継ぎをしながら第三関門着。8時間32分38秒で26位。第二関門から17人抜き。

 

神社の鳥居の横をすり抜け、商店街を通過。試走の時は足が悲鳴を上げて走ることもままならなかったところだ。今回もコンクリートの路面からもろに衝撃を受け、幾分後傾気味に下る。ようやくトレイルに入り、一路日の出山を目指す。相変わらず水の消費量が激しく、このまま持つのか、と不安がよぎるが、背中にペットボトルを持っているのでいざとなればそれを手に持って走ることにしよう、と考える。微妙な登りと下りの繰り返しで、肉体的にも精神的にも辛い。そして、最後の登りである日の出山への分岐に辿り着いた。試走の時と同じく、太ももに手を添えて地面に力を伝える感じで歩を前に進める。最後の石段の手前で応援を受ける。空が開け、見覚えのある東屋が眼前に現れた。街の明かりが最高にきれいだ。おれはこれからあそこまで行くんだ。もう少しでゴールなんだ。でも、激しくしんどいなあ。

 

今回のレースを通して、初めて腰を下ろした。パワージェルとアミノバイタルを取り出し、口に含む。いい加減どうしようもなく飽きた味だが、無理にでも押し込む。水を流し込んで口の中をさっぱりさせ、再び腰を上げた。スタートからジャスト9時間が経過。ここから本当の自分との戦いが始まる。10時間が切れるか、切れないかは、あきらめないか、あきらめるかの二つに一つだ。勝つか負けるかだ。

 

「できればしんどい思いをしたくない。」

「完走できればそれでええやん。」

「目標は11時間を切ることやったし、それで十分やん。」

「初挑戦で10時間台って、結構すごいんちゃうの?」

「右膝も痛いし、ゆっくり行けばええやん。」

「別に10時間切らなくても、みんな何も言わへんって。」

 

葛藤が始まった。正直、第三関門までのスパートでそれ以降楽しさは消えた。しんどい。とにかくしんどい。右膝が痛い。逃れ難い痛みだ。やっぱ、マイペースで進もうか・・・。

 

でも、体は進みたがった。やはり、できるかできないかわからない、というギリギリのところでそれを達成した時の喜びを思うと、進まないわけにはいかなかった。日の出山直下の激下りも顔をしかめながらこなした。

 

ところが、である。金比羅尾根の長い下りに差し掛かった直後、ハイドレーションパックの水がなくなった。立ち止まり、ペットボトルをスティミュラスから引き剥がし、手持ちで水を摂取する方式に切り替える。第二関門で少し消費したので、残りは350mlくらいだ。ゴールまで持つか・・・。

さらに、突然何の前触れもなく眠気と圧倒的なだるさが体を襲った。これは全く予期していなかったことであり、本当に突然降って湧いたように現れた。だらだらと続く長い尾根道で、もはや走ることも困難に思えるほど体が動かなくなり、もうこの場で横になって眠ってしまいたい、とさえ思った。何なんだこれは、ああ、もうだめか、と思い、ペースダウンし、歩を緩める。このペースでいけば、間違いなく10時間は越えてしまう。当初の目標だった11時間さえ危なくなるかもしれない。気が抜けそうになったが、何かできることはないかと考えた。最後にパワージェルを摂取してから十数分しか経っていないし、水もなくなってから数分しか経っていない。でもこの体のだるさは間違いなくガス欠症状に近いものだ。よし、パワーバーを食ってみよう。第二関門でパワージェルの代わりにサイドポケットに突っ込んだパワーバーをここで取り出し、早歩きで歩きながら食べ始めた。意外にもこれがうまく感じられ、腹が満たされていく感覚を味わうことができた。歩いている間にひとりに抜かれた。順位を一個落としたが、もうそれはどうでも良いことだった。今自分が勝負すべきは10時間の壁である。パワーバーを食い終わったら走り出すぞ、と考えた。

 

少量の水で口の中をさっぱりさせ、ペットボトル手持ちスタイルで再び走り出した。相変わらず登りはもうほとんど走れなかったが、パワーバーを食う前に比べると明らかに回復した。効き目がこんなにすぐ出るはずはないので、おそらく精神的ショックから回複してアドレナリンが大量に放出されたことによるパワーであろうと思われた。

 

その後少しするとだんだんもとのペースで進むことができるようになり、再び10時間の壁に挑む気持ちが湧き上がってきた。残り5キロ地点を通過。手元の時計で9時間30分経過。キロ5分で走れば10時間が切れる!基本的に下りだから、キロ5分以上のペースで進むことができるはずだと考えたが、ギリギリであることに変わりはない。ペースを上げる。試走の時も、金比羅尾根の下りはホントにホントに長く感じられたが、レース中に感じた長さも相当のものであった。もうしばらく行けば、金比羅山手前の歩道橋に出るはずだ、そこからはゴールまでもうすぐだ。でもなかなか視界が開けない。

 

ようやく視界が開け、左手に金比羅山が見えた。視界の利く尾根道を全速力で飛ばす。9時間40分経過。あと20分。この先少し下って神社の手前の分岐を左だ。来た!9時間45分経過。残り2キロを15分で。行けるんちゃう?行けるよな、よっしゃ、この下りで飛ばすぞ!

あと10分走って10時間の壁をぶち破ることができるなら、もう、足が壊れてもいいと思った。多分、ものすごい形相をしていたと思う。トレイルは途中から舗装路になり、街の明かりがどんどん迫ってきた。もう、ゴールはすぐそこだ。9時間50分経過。まだ下るのか?ずいぶん下ってきた気がするぞ。でもまだ下りは続いた。スタッフの姿が視界に入った。あ、道が平坦になった!住宅街だ!もう、時計は見ないぞ!とにかくゴールに突っ込むんだ!

どこにこれだけのパワーが残っていたんだ、と自分でも不思議になるくらいのスピードで最後の道を駆け抜ける。右手に見覚えのある建物が見えた。五日市会館だ。ということは、数人のスタッフがいるあの角を曲がればゴールだ!

最後の角を曲がった。50メートル程先に、一際明るい建物が見えた。この瞬間は、多分しばらく忘れることができないだろう。何人もの人々の姿が見え、その人たちが拍手をしているのがわかった。ゴールラインと思われる場所の横には経過時刻を示す大型の時計があり、遠目にもそれが9時間50分台を刻んでいることがわかった。やった!やった!10時間を切った!!自然と笑みがこぼれ、ペットボトルを振り回しながら笑顔でゴールに駆け込んだ。9時間54分27秒の総合27位。男子10-20代では8位の成績を収めた。

 

「やり遂げた。」

そんな気持ちでいっぱいだった。これ以上も、これ以下もなかった。ゴールした直後は10時間切りを達成できた喜びでいっぱいだった。役員の方から完走証とTシャツを受け取り、着替えに向かおうと再び腰を上げた時、自分の体が悲鳴を上げるのを感じ、よく走りきったな、と感心した。もう、1メートルも走れる状態ではなかった。

 

 

【総括】

今回、ハセツネに挑戦しようと思ったきっかけは、円井さんの文章を前から拝読していてもともと興味があったこと、たまたま宮内さんにもらったアドベンチャースポーツマガジンについていたDVDを観て感化されたこと、許田さんが去年4位に入賞したことなど、いっぱいある。

また、自分はオリエンテーリングの世界大会に何度も出場し、様々なレースを経験してきたが、ロング種目でまったく太刀打ちできず、長丁場のレースに対応できるようなトレーニングを始めるべきだ、と約2年前にトレイルランニングの世界に足を踏み入れた。当時はまだ学生で、登下校の途中で40分から80分のトレイルランの練習を組み入れ、修士論文執筆の合間にトレーニングを続けてきた。そんな中で出会ったトレイルランニングの魅力と楽しさをもっと実践したいと思うに至ったことも、理由のひとつである。

どうせ出るなら、きっちり目標を決めて臨みたい、という思いがあり、大会1ヶ月前に試走をすることにした。たまたま日本建築学会での発表を控えていたため、それに便乗する形で試走の予定を組んだ。過去に書かれたハセツネのレポートをネットで探して読むと、夜間走行になる後半部分の試走はぜひ行っておくべき、との情報を得て後半35kmの試走を行った。これは本当にやっておいて良かった。その時の疲労度、本番までの準備に割ける時間などを考慮して、三頭山まで5時間半、ゴールまでその2倍で11時間、と設定した。前半はまさに想定通りで、三頭山まで5時間半で行くことができた。第二関門から第三関門までは自分でも予想以上のペースを保つことができたが、金比羅尾根でガス欠症状になった。何とか回復し、トータルでは目標を1時間以上上回り、自分の予想以上の成績を残すことができた。目標に対してそれ以上の結果を残せたことは、非常に満足しているし、大いに自信になった。レースそのものに関しても、前半抑えて後半飛ばす、という理想の展開ができ、ほとんど抜かれることもなく、何人もの先行者を抜いて、非常に気持ちよくレースを進めることができた。

反省点としては、第二関門でのパワージェルの数え間違いが挙げられる。結局勘違いで、本数は十分だったのだ。45分に1本を60分に1本ペースに切り替えたのが、金比羅尾根でのガス欠状態を引き起こした伏線だったように思う。

以上を踏まえて、次の出場につなげたいと思う。次回は前半からもう少し突っ込んでみようと思う。強気目標。第一関門で2時間50分、第二関門で5時間50分、第3関門で8時間、ゴールで9時間台前半。これを達成するにはATレベルを上げる必要があるし、登りにもっと強くならなくてはならない。また、今回はたまたまうまく行ったが、うまく行った要因に気付いていないだけ、ということがあるかも知れないので、それについても想定しなければならない。今度は前半の試走もしてみよう。

何はともあれ、とても楽しい71.5kmでした。こんなに楽しいレースを今まで走らなかったなんて、何てもったいないことをしたのだろうと思います。また、挑戦します。最後に、素晴らしい大会を準備してくださったスタッフの皆さま、山をこよなく愛し、ともに戦った参加者の皆さま、本当にありがとうございました。

 

以上