少女 

一人の少女がいる。名前は由美。高校2年生である。



私はぼんやりと窓の外を見ていた。
小学生がガヤガヤと下校している。それを見ながらどこか心地よさを感じている。
私は今日学校を休んだ。本当ならまだ6時間目であくびをかみ殺している時間だから、
こうやって、のん気に家に居る事に奇妙な違和感を感じながらも楽しんでいる。
この頭痛さえなかったら・・。

そう、私は今朝少しばかり熱があった。風邪を引いたらしい。悪化するのを警戒して
学校は休んだ。本当はそんなにひどくはなかった。大げさに話したら母親が休んだら?
と言ったので、それに便乗して休んでしまった。

通常よりたくさん寝たので眠くはなかった。
ベッドでウダウダしながらちょっと寒そうな外を眺めていたら母が入って来た。

「由美ちゃん・・。」
「なあに?おかあさん」
「何か欲しい物はある?」
「別に・・」
「由美ちゃん、・・・。」

ちょっとおかあさん、なんて顔してんの?
そんな辛気臭い顔しないでよ。
風邪が悪化しちゃうわ!

うつら、うつらしていた。どれだけ時間がたったかわからない。
部屋のドアが開いた。

「アナタの好きなプリン持ってきたわよ。」
「ありがとう!そこに置いておいて、食べるから。」

スーパーで売っている3ついくらのプリンではなく、駅前の洋菓子店のお高いプリンだった。
私はこれが大好きなのだ。1個350円なり。

「あっ、おかあさん、私今日はお夕飯要らないわ。プリン食べてお薬飲んで
また寝るわ。」
「・・・・。」

おい、おい、シカトかよ!
全く、母親なんて生き物はうるさいだけの存在で、なんでそうやって怒ってばかり
いるんだよ!私の気持ちなんか全然わかってないじゃん!

「由美、由美・・、私の由美。なんで、〜〜」
突然おかあさんが泣き出した。

どうしたと言うのだ!ちょっと、ちょっと、おかあさん、困るよ。急に泣き出して。
お父さんとケンカでもしたの?

そばに近寄ろうとしてベットから降り、母に近寄る。肩をつかもうとして、手が母の肩を
通り抜ける!

何?これは?「おかあさん!おかあさん!」声を大にして呼びかける。
母は何も聞こえてないかのように手で顔を覆っている。

「おかあさん、こっちを向いて!お願いだから!」

母は依然前かがみになって泣いている。父が部屋に入って来た。
「おかあさん、行こう、聡もいるんだ。」

「お父さん!聞こえてる?お父さん!!」

私の声は彼らに届いてはいない。

「・・・・・・。」

そうだ、私は死んだんだ。あの時車にはねられて、死んだんだった。
そして、ここに居る。魂だけがここに居る。肉体はとうに灰になっていた。

笑った私の写真が机の上に飾られプリンが寂しく置いてあるのである。

あの時・・、朝から微熱があって悪化するのを恐れて早々と病院に行く途中だった。
頭が少しぼーっとしていた。何か音が聞こえたかな?と思ったとたん空にいた。
そして暗闇。気がついたら今日自分のベットに居たのだった。

私はどうなったのだろう?何も覚えていない。だが、今現在こうして考える事は出来る。
私の姿は生きている人には見えないらしい。きっと鏡にも映らないのだろう。

何故17歳で死んでしまったのだろう?私は何か悪い事をしたのだろうか?
死ななくてはならないような、どんな事をしたというのだろうか?
考えても考えても答えはなかった。そして、なぜ意識がここにあるのだろう?

ずい分長い時間考え込んでいた。その間に何度も母が来ては私に語りかけ、
最後は「ごめんね」と謝るのである。どうして謝るのか不思議だった。
母が私を殺したのでも何でもないのに。

何度目だったか、母が来たとき近寄ってみた。実態がないのだから通り抜けてしまう事は
わかっていた。が、どうしても母に甘えたくなった。そして、ちょうど子供が抱っこされるように
母に寄り添ってみた。

すると、母の悲しみが私を襲った。深い深い悲しみ。痛いくらいであった。
そしてその反対に何か見えた。母の記憶なのか、ぼんやりと映像が見える。

小さな赤ん坊が寝ている。開け放された窓からは柔らかな心地よい風が入っている。
赤ん坊の側には至福の微笑みを全身から放っている母親らしき女性がいる。

その姿は眩しいほど美しかった。

ああ、きっとあの赤ん坊は私であの人は母だ。
なんと素晴らしい笑顔なのだろう。私はこんな笑顔に見つめられていたのか。

辛くなった。母から体を離しまた一人になる。

あの美しい母は私の記憶のある母ではなかった。母は怒ってばかりいると思っていた。
ヴィトンのバッグを買ってくれ、とねだった時もしこたまケンかをした。


「ねぇ〜、中古でもいいから買って。ヨウコもカナコも持っているのよ。」
「バカおっしゃい。そんなもの高校生には不必要だわ。」
「今時の高校生には必要なんだよ」
「そんなに欲しかったら自分で働くようになってから買えば?」
「わからない人ね〜。今欲しいんじゃんよー。じゃ、バイトするわ」
「バイトなんていけません!第一学校が許可してないじゃない。
見つかったら停学もんでしょ!」
「見つからなきゃいいじゃん」
「そういう問題ではありません!」

結局バイトも勉強の時間がなくなるからダメ、バッグも高価すぎてダメで私はふてくされた。
あれもこれもダメダメで、全くウチの親は古臭い!
何かと言うと「勉強・勉強」で他の言葉を知らないんじゃないか?
しかも弟の聡の方を可愛がっていると私は思っている。
聡には高いサッカーシューズを何も言わず買い与えていた。
そりゃ、あいつの方が成績はいい。だからと言って私にはダメダメばかり言わなくてもいいじゃないか。

そこまで考えてふっと上を見た。するとすぅ〜っと上に上がる気がした。どんどん上へ上へと上がって行く。
目をつむり暗くなった。

今度は下へ下へと落ちていく感じがして目の前が明るくなった。

落ちている。落下している。なに?これは。下に地面が見える。うわっーー!!
上にいかなくちゃ、上に!!自分が実体のない意識だけの存在と言う事を忘れていた。
おもいっきり上昇しようとした。

どすん。

鈍い音がした。さすがに痛くはないけど何故か自分で動けない。部屋にいた時のような浮遊が
出来ない。そして暗くなった。
目の前が明るい。良く見ると白い壁に白い天井。どうやらここは病院のようだった。
キレイな女の人が覗き込んでいる。看護士さんではないようだ。

「なっちゃん、なっちゃん・・。」

「よかったわ、よかったわ。」

とても心配している顔だ。でもこんな人は知らない。

「私・・・、死ななかったんだ・・。」

何??違う声。私じゃない。

「死ななくて良かった。貴女が死んだらママは・・・。」泣く声。

「私は死にたかったのに。」

「でもね、本当に奇跡的なんですってよ。あの高さから飛び降りて全身打撲ですんだのは」

死にたかった?飛び降りて??・・・自殺しようとしたんだ。
私は地面に落ちると思って、思いっきり上昇を試みた。

これは・・。私とは違う意志がある。・・・そうか・・・どうやら私はこの「なっちゃん」という人の中にいるらしい。
この人は「なっちゃん」の母親だ。

とにかくこの「なっちゃん」は生きている。私はこの子の中にいる。
何故この子は「死」を選んだのだろうか?私は死にたくて死んだわけでないのに、この子は
「死」を自ら選んだ。何故??

私はなっちゃんの意識を探った。

絶望感。孤独。寒い・・・、ひとりぼっち・・・。淋しい、悲しい・・。
存在価値ゼロ・・、虚しい・・生きるのがつらい・・。

なっちゃんはひどく絶望していた。生きていく事に絶望していた。
私はそう感じた。私にはちょっと理解できなかった。だって、私は全くお気楽に生きていたから。

友達との他愛もないおしゃべり、噂話、男の子のこと、おしゃれのこと。勉強以外は毎日楽しかったのに。
勉強は赤点スレスレ。でも平気だった。そりゃぁ、いい点取れるにこしたことはない。
でも勉強は嫌いだし、一生懸命やったって私のオツムじゃしれてる、と思っていた。それに
社会にでて数学とか化学とか役に立つ事があるのだろうか?という疑問もあった。
毎日楽しく過ごすことしか頭にないし、先のことも何も考えていなかった。
ましてや「死のう」なんてことは。

「死なせて・・、ママには私の気持ちがわからない・・」

「ママもなっちゃんの気持ちがわからないわ。どうして死にたいの?
ママに言ってよ。何かの力になれるかもしれない・・。
ママもなっちゃんがこんなに思いつめてるなんて知らずにいて・・、ごめんね。
ママ失格だわ」

おばさん!なんで謝るの?こいつが勝手に考えて勝手に死のうとしたんだよ。
おばさんのせいじゃないんじゃないの?それに、子供がそうベラベラと自分の気持ちを
親に話す事はないんだよ。ましてや「ママ、私死のうと思ってるの」なんていう奴はいないよ。

なっちゃん、あんたもちょいと自分勝手じゃないのかい?ママがこんなに心配してるのに
死んじゃったらこんなもんじゃないんだよ。ものすご〜〜くママは悲しむんだよ。
ごめんねぐらい言えよ、全く。

と、言えるものなら言ってやりたかった。

「何?何か聞こえた・・、誰なの?」なっちゃんが反応した。

あらま、聞こえたらしい。

「あんたを助けた、やさしい霊よ。」と言ってやった。
「助けた?何で?」
「知らないわよ。あんたが地面に落っこちるのを上に引き上げようとしただけ。
私は地面におっこちるのはごめんだったからよ。」
「霊のくせに落っこちるのが嫌なの?」
「まだ霊に慣れてないの!ついこの間まで生きてたから。それよか私が怖くないの?」
「うん、なんだかそんな感覚がないなぁ〜。それに今頭の中がぐちゃぐちゃだから。
貴女はなんで死んだの?自殺?」
「自殺なんかするもんですか!私は事故よ、事故。トラックにはねられてね。」
「いいわね、死ねて・・」
「ばか!」
「あっ、ごめん。でもなんで私に話しかける事が出来るの?姿は見えないの?
他の人とは話せないの?」
「ちょっと、待ってよ。そんなに一度に聞かないでよ。あのね、なんでこういう風に
あんたと話せるかは私もわからないの。多分他の人とは話せないと思う。
姿はあんたが見えなきゃ、見えない。」
「ふ〜ん。これは怪奇現象ね。ははは!で何時までいるの?私が死ねばいなくなるの?」
「そりゃ、あんたが死ねば居られないと思うけど、何時まで居るの?と聞かれても私もわかんない。
まぁ、よろしくね。」
「よろしく、って言っても私・・困るな〜」
「しかたないじゃない、あんたの意志でもない、私の意志でもない。
だったらしかないと諦めるしかないじゃん!」

こうやって私はこのなっちゃんにとり憑くことになったのだ。

白い天井を見ながら私はなっちゃんと声無き会話をした。

「名前はなんて言うの?」

「川島奈津美。あなたは?」

「高岡由美。高校2年で死んだの。だから永遠の17歳よ。」

「私も高校2年。一緒ね。」

「○○県××市に住んでたの。ここはどこなんだろうね?」

「□□県△△市よ。」

「ふ〜ん、そんなに遠くはないんだ。」

そんな自己紹介めいたことを話していた。

「あんたのママきれいね。ウチのおかあさんなんか『おばちゃんですっ!』ってカンジよ。
もう少しキレイにしていて欲しかったわ」

「・・・・、そう?私は別にどうでもいいけど。」

「なんでよ、友達に自慢できるじゃん。ママキレイでしょ!ってさぁ。」

「興味ないわ」

「ふ〜ん。じゃ、さ、学校はどうよ?どんなカンジ?カッコいい子いっぱいいる?」

「ウチは進学校だから・・、そんなカッコいい子なんて・・・。あんまり興味ないし・・。」

「牛乳瓶の底みたいなメガネかけてる奴ばっか?わ〜ん、サイテー!!」

「あのね、そうやって勝手に話しかけるのやめてくれる?」

「えっ?」

「頭の中で勝手にくだらない事話されて、嫌だわ。静かにしてたいの。」

「ああ・・、ごめん。同い年だったからなんか嬉しくて。」

「年が一緒だからといって何もかも同じとは限らないわ。考え方も感じ方も全然違う事の方が多いわ。
それにあなたと私はいろんな意味でずい分違うと思うわ。」

「なによ、なんかヤなカンジ!」

まぁ、しかたがないか。奈津美は死のうとしたぐらいだから精神的に
敏感になっているわね。ここは静観しましょ。

毎日母親が見舞いに来ていた。父親も会社帰りに来ていた。
妹も来ていた。この子は目のクルックルッとしたかわいい子であった。
どちらかと言うとママ似だね。

学校の先生やクラスの委員とかも来た。先生は何度か来たが、友達と言えるような
カンジの子は来なかった。

「ねぇ、あんた友達いないの?」

「何故?」

「だって、全然来ないじゃん。フツー友達が入院したら見舞いに来るよ。」

「自殺しようとしたのよ。来ないと思うわ。」

「そうか。もしかしてあんたイジメに遭ってた?」

「・・・・・」

「アタリかな?」

「あっちに行って!!」

イジメね〜。それで死のうとしたのかな?う〜ん、進学校に通うような頭のいい子の
考える事はわからないな〜、私はおバカだからな〜。
私の意識が奈津美の中にある時間は奈津美の回復とともに減ってきた。
それでも奈津美と話しているうちに奈津美の考え方とか感じ方とかなんとなく分かって来た。
確かに私とはずい分違う。第一頭がいいから難しい言葉がいっぱい出てくる。その度に

「はぁ〜、あのね〜」と言われる。

「知らない言葉使わないでよ!」

「中学の時に習ったでしょ!」

「習ってないよ〜、知らないんだもん。」

「習ってないんじゃなくて習おう、知ろうとしなかったんでしょ!」

「キィー、憎たらしいぃーー!」

そうかも知れない。授業中はコソコソ遊んでいたし、よく寝ていたこともあった。
ある意味無為に過ごしていたのかも知れない。放課の時間はたかがしれている。
学校生活で勉強しなかったらほとんど無為に過ごしていると言ってもいいかもしれない。


奈津美が起きれるようになって初めて私は奈津美の顔を見た。つまり彼女が鏡を見たからである。
奈津美の顔は母親には似ていなく父親似だった。
目は一重瞼でぽってりしていた。鼻筋は通ってそんなには悪くはなかった。
しかし表情が・・。
奈津美も鏡を見るたびにあまりいい気はしてないように感じられた。

要するになっちゃんは自分の顔が嫌いなようである。
それだからだろうか、なっちゃんは全くと言っていいほど自分自身を構わなかった。
私とは正反対だ。私は学校に行く時だってメークは当たり前だったし
髪だって時間をかけて手を入れた。
だから何もしないで出かけようとするなっちゃんの気が知れなかった。

「ねぇ、ねぇ、もうちょっとおしゃれしなさいよ!少なくともスッピンで外に出るのは
やめようよ〜」

「なんでよ!?私は高校生よ。お化粧なんてしないわ。それに・・・。」

「それに?なに?」

「なんでもないっ!」

「ふ〜ん、ソレニ・・やっても仕方が無いとか、思ってんじゃない?」

「ふん!」

そう言って本屋に行った。本屋が入っている建物には化粧品やさんとか
ファンシーショップなんかも入っていた。
私は見たくて見たくてたまらなくなって、なっちゃんに頼んでみた。

「ねぇ、ねぇ、あの店にいかない?ちょっとだけでいいからさぁ〜。
アンタだって興味はあるでしょ?」

「ない!」

「あ〜ん、そんなこと言わないでさ〜。お願い!」

「もう〜、ちょっとだけよ。」

「さんきゅっ!」

久しぶりに化粧品を見て私はウキウキだった。おお〜、新色のマニュキュア!
このチークもいい感じ〜!

「ちょっと手に取ってみてよ〜。生きていた頃はこうやって見本品でよく化粧したものよん」

なっちゃんは私の言うとおりに手にとってくれた。自分に付けれないのがくやしい!
そうだ!なっちゃんにお化粧させよう!

「ちょっと付けてみてよ、そのシャドー」

「無理よ、やったことないのに・・・。こう?」

「きゃはは〜、それじゃ歌舞伎役者だよ〜」

「出来ないよ〜」

「慣れ、慣れ。慣れちゃえばうまく出来るようになるよ。」

最初は渋々だったのに結構楽しんでいるじゃん!やっぱり女の子はこうでなくちゃねっ!

「ねねね、なっちゃん。そのアイペンシル買ったら?安いしさぁ〜」

「なんで?」

「アイラインを入れるだけでもかわいくなると思うんだよね〜」

「・・・・・」

ほほほ〜!なっちゃんはアイラインとリップクリームを買った。
いいぞ、いいぞ、なっちゃん!かわいく変身だ!こういうことなら任せてよ。
イチバンの得意分野だわ。

家に帰ってから早速アイラインを引いて遊んでみた。
思った通りなっちゃんは可愛くなった。もともと鼻筋は通っていい顔立ちだと思う。
確かになっちゃんのママのような派手さはないけど、だからと言ってぶさいくではない。
自分では不細工なんじゃないかと思っているフシがある。

「いいじゃん!かわいいよ。」

「本当?」

「うん。マジかわいい。でもね、髪をもうちょっとなんとかすればもっと良くなる!
学年1おしゃれの私が言うんだから間違いない!」

「どうやっていいかわからないもん。」

「じゃぁね、言う通りにやってごらんよ」

こうして私はなっちゃんと友好(?)を深めていった。
なっちゃんも最初は渋々だったくせにちょっと可愛くなったものだからどんどん興味を持ち出した。
洋服も買いに出た。幸い時間はたっぷりあった。
今なっちゃんは学校を休んでいるのだ。
退院してからもふさぎ込みがちだったなっちゃんは当然すぐには学校に行けなかった。
そりゃ、そうだよな。両親も行けとは言わなかった。

二人でショップのハシゴをし、なっちゃんに似合いそうな服を選んだ。
最初は「え〜っ、こんなのぉ〜」と言っていたが今では抵抗しなくなった。

買ってきた服を部屋で着てみる。メークもしてみる。
鏡に写ったなっちゃんはかわいい、イマドキの子に変身していた。

「きゃー、可愛い!!」

「てへへへ。そう?」

「うん、思った以上に可愛いよ。明日こうやって遊びに行こう!」

「えっ?遊びにって。。。一人で?」

「私がいるじゃん!」


次の日おしゃれをして街にでた。

「きゃははは〜〜!おかしかったね〜!なっちゃんのママ!」

「うん、ママの顔でしょ!目がテンだった!ははは〜!」

「アンタ誰??ってかぁ〜?あはは〜。
ねぇ、なっちゃん。アンタ笑った顔ステキだよ。いつも笑っていなよ。」

「えっ?・・・。私ステキだなんて言われた事無いよ。本当?ステキなの?」

「うん、保証する。」

二人でとりあえず色々なショップを見てまわり、様々な商品を手に取ってしゃべりまくった。
あーでもない、こうでもない。穴場のようなお店。怪しいお店。
でも、気をつけないとなっちゃんは他の人には一人しゃべりしている不気味な子に写ってしまう。
こっそりね、こっそり。

バーガーショップでは知らない男の子がなっちゃんを見ていた。

「なっちゃん、顔動かしちゃだめだよ。前方左の男の子がなっちゃんの事見てるよ。」

「え〜っ!本当?」

「うん、本当。かわいい子が一人でバーガー食ってる、ってね。」

「どうしよう???」

「チョイ遊んでみる?」

「え〜〜、そんなぁ・・・」

「あっちも一人みたいだしね。」

「きゃー、やめて、やめて!!お願い!」

「いいじゃん。でも、なっちゃん初心者だからなぁ〜。やめとくか。
でも、面白いから店出るときにこっち向いてたらちょっとだけ笑ってみなよ。」

果たしてなっちゃんはほんのすこ〜し、男の子に笑って店を出た。

「ヨシ、しばらく歩いたらダッシュだよ。走れ〜〜〜〜!」

「うわぁ〜、走るの?なんでダッシュなの??」

「声掛けられるのイヤなんでしょ。だったら消える!」

「ああ、そうなの?何がなんだか分からないけど、走るね〜」

走ってバーガーショップから出来るだけ早く離れた。
ポケットパークのような所まで来た。

「ひょう〜〜、疲れた〜〜!もういいかなぁ?」

「お疲れ〜〜!でも、アンタが笑った時あの子の顔見た?」

「ドキドキしてそんな余裕なかった。どんなんだった?」

「ビックリしたみたいで、そのあと嬉しそうな恥ずかしそうなビミョーな表情を一瞬したよ。」
アンタがかわいい、って証拠だね。」

「私がカワイイ・・・。」

「うん、あの子はそんなにワルイ奴じゃないね。ぼんやりかわいい子がいるな〜、って見てたんだと思うよ。」

「なんか、おもしろかったね。今日は一日楽しかった。みんなこんな楽しい事していたんだ〜。
私、本屋さん以外あまり行かなかったし。。ましてや男の子なんか・・・。」

かわいい〜、なっちゃん、赤くなってる〜。
「ところで、1つ聞いていいかな〜」と、私。

「何?」

「なんで、なっちゃんは死のうとしたんだろうね〜?」

「・・・・」

「まっ、言いたくなけりゃいいけど・・・。」

「・・・、あのね、私ママの本当の子供じゃないないんだ。パパは本当のパパなんだけど。」

沈黙・・・・。

「偶然、おばあちゃんとパパが話しているのを聞いてしまったの。ショックだった。
私はママが大好き。でも本当のママじゃない。ママはどんな気持ちで私を育てているのかな?
妹の方を可愛がっているとは思っていたけど、それが私が本当の子供じゃないから・・・。
私の本当のお母さんはどうしたの?私を捨てたの?どんな事情があったというの?
何もわからない。わかる事といったらママが本当のママじゃないってことだけ。
すごく寂しかった。広い海にポンと放りだされたようで。

それに私はキレイじゃないし。。よく言われたの、『ママに似てないのね』って。
ママは私の憧れだったの。大きくなったらママのような女の人になれるって。ママの子供だもの。
でも、全然似てない。妹はどんどん似てくるというのに。しかたがないな〜、こればっかりは・・。
私はパパ似なんだもの。じゃせめて勉強だけでも頑張ろう。いい点とればママはにっこり笑ってくれるし。
でも、ママの子供じゃなかった。ママのようにはなれない。成績だって落ちちゃった。
手を抜いた覚えはないのに。30番も。。。


友達もいない。由美ちゃんみたいに社交家じゃないし、可愛くもない。
二流の進学校だからみんな勉強に一生懸命だしね。わずかな友達関係もないの。
なんだかぼ〜っとして、自分の生きている価値ってなんだろう?楽しい事なんて何も無い。
こんなに寂しくて一人ぼっちで・・・。苦しくて。そう思ったらマンションから落ちていた。」

「ふ〜ん、ママのコピーになりたかったの?」

「そういうわけじゃ・・・・」

ここまで話を聞いて私は記憶がなくなった。ここのところあまり長くなっちゃんとおしゃべりできないのだ。
時々しか奈津美の側に居る事が出きない。

なっちゃんの側に戻ってきた時は授業中だった。
声をかけちゃマズイと思って大人しくしていた。

授業は世界史の時間らしい。ひえ〜、大っ嫌いな科目だぜ。眠くなる〜〜。
こんな時に意識が戻らなくてもいいのに。。。

おっ?寝てる奴もいるいる。きゃは〜。

先生の授業を黙って聞く。生きてた頃はなかったな〜。
黙って聞いていると「ほ〜、そうなんだ。へ〜、そういうことなんだ。」と妙に新鮮で面白い。
真剣に聞いているとドラマを聴いているようだ。
世界史なら意識があってもいいな〜。なんて。あっ、鐘がなった。授業は終わりだな。

「なっちゃん!こんちぃ〜!」

「由美ちゃん、急に居なくなるからびっくりしたよ。」

「えへへ。自分でもそこら辺のコントロールが出来ないんだよね〜。学校に来れたんだ。エライ、エライ!」
「うん、考えたの。今自分がやらなくちゃならないことをやろうって。
ママのことも考えたんだけど、こたえたよ、由美ちゃんの言葉。『ママのコピーになりたいの?』
っていうの。ママに似てればそれだけでキレイになれる、なんて思っていた。
でも、違うんだ。似ていてもある程度の努力をしなくちゃだめなんだよね。
私はママのようになりたかったんじゃなくて、キレイになりたかったんだ。
しかも何もせずにね。似ていない=不細工→ひがみ こんな構造かな?

勉強にしたってそう。やっぱり手抜きだったと思う。
それを自分でごまかしていたんだ。ママの子供じゃない、って衝撃的な事のせいにして逃げてたんだ。
成績が下がったのはその話を聞く前の事だったのに。

例え本当の親子だったとしても親と同じ人生じゃない。自分の人生自分らしくありたい。
じゃ、自分らしいってどういうこと?分からないからとりあえず勉強しよう。
その中から何か見えてくるかもしれない。今自分に出来ることはこれしかないんだもの。

ってね。」

そういうなっちゃんの顔はどこか晴れ晴れとした感さえあった。

「なっちゃんて、本当に頭のヨイコだね。エライよ。それにキレイになったよ。」

「ところで、今の世界史の授業おもしろかったね。次はなんなの?」

「数学」

「ぎょー、こりゃ完璧ねるわ。」

「あはは〜。今日から新しい単元だからやさしい所から始まると思うよ。」

「そんな心配は無用よ。私の数字に対して拒絶反応起こすように出来ているの。」

授業が始まった。なるほど新しい所だから先生も丁寧にやさし〜くしゃべっている。
じ〜〜っと聞いているとなんとなく解るような気がする。ふ〜ん、先生って、結構わかりやすいように
しゃべっているんだ。次の数学の時間が楽しみだな〜。世界史も。

それからしばらくの間私もなっちゃんと一緒に勉強をした。
無論、ノートを取る、とかは出来なかった。でも、なっちゃんと一緒に問題を解いたりしながら
結構楽しかった。解らない所はなっちゃんに聞いた。聞く事にはみんな答えてくれた。
さすがはお利口さんである。

なっちゃんの言葉が甦る。『習おう、知ろうとしなかったんでしょ。』

そうかもしれない。。。やろうとしなくて何故いい成績が取れるのだろう?取れるはずないじゃないか。
生きていた時は目先の楽しい事ばかりに興味が行っていた。でも、それなら高校に行かなくっても
良かったはずだ。義務教育ではないし。親が行けと言う、社会に出るには幼すぎ。
高校生という身分証明書を持っていたかったのだ。遊ぶに便利な。
それで権利だけ手に入れて義務の方は怠っていた。

母にずい分叱られた。遂にはあきられてしまっていた。自分もやらないからわからない。
出来ない。しょうがない。とあきらめていた。
でも、違うんだ!出来ないんじゃない。やろうとしなかった。やってもみないで初めから出来ないと
決め付けていた。今更やったって。。。と逃げていたんだ。解らない事から逃げていたんだ。
自分の弱点を知りながら避けていた。「解らない」と言う言葉で。
勉強が出来る子がやっぱりうらやましかった。同じ話を聞いてどうしてこんなに差が出るものかと
不思議だった。知ろうとして聞いている子と、漫然と聞いている子とでは違いが出て当然なんだ。

意識のある時は一緒に勉強をし、おしゃれの話もしテレビのドラマも二人で見た。
私達は本当に仲が良くなっていた。

たまに何日か経ってなっちゃんに戻る事がある。
すると、なっちゃんは友達と話していたりする。
変わった。明らかになっちゃんは変わった。にこやかになり、ケラケラ笑い可愛くなった。
なんだかとても嬉しくなった。ほんわかした気分になり、ふうわりと舞い上がるような気分だ。

なっちゃんが一人になるのを待って、言った。

「なんだか今日が最後のような気がする。」

「何が?」

「こうしてなっちゃんと一緒に居る事」

「なんで?なんでよ!」なっちゃんは驚きを隠せない。

「それは私にも解らない。でもそう感じるの。アンタと仲良くなれて嬉しかった。
生きている時に会いたかったよ。」

「由美ちゃん!待って、行かないで!私たち友達以上でしょ!私、由美ちゃんが居なきゃダメなんだもん。」

「何言ってるの?一人でも大丈夫よ。なっちゃんはもう友達もいるし、ママやパパがいるじゃん。
でも、本当は私だってず〜〜っとなっちゃんの側にいたい。だけど、行かなきゃ。。ごめんね。
ありがとう、なっちゃん。さ・よ・な・ら・・・・・」

「由美ちゃん!!」

そうして、いつかのように意識が上昇するかのように感じられ、消えた。


突然、私(奈津美)の中に舞い降りた由美。そしてまた突然消えてしまった。
何故か解らないけど私は由美に救われた。肉体もそうだが精神的にも。
納得いかない。色々な「何故」が頭の中をぐるぐると回る。
待てよ、由美は意識が表れたり消えたりするコントロールが出来ないと言っていたっけ!
しばらく待ってみようか?

いつかまた由美に会えるだろうか?「さよなら」そんな気がしないでもない。
本当に「さよなら」だったら、私は由美に「さよなら」も「ありがとう」も言ってない。

涙が溢れてきた。

由美が居なくなってずい分たった。あれから1日だって由美のことは忘れていない。
こんな時由美だったらなんて言うかな?とか「こんちぃ〜」と言ってひょっこり来そうな気もしていた。

そうだ!由美は○○県××市に住んでいたと言っていた。ヨシ!捜してみよう。
もう、この世の人ではないことはわかっている。でも、どんな子だったんだろう?
どんな顔をしているのだろう?位牌を見たら何かを感じるかもしれない。
また、話すことが出来るかもしれない。

今までの由美との会話の中で手がかかりになりそうな事を思い出すんだ。

○○県××市に住んでいた事。
名前は 高岡由美
学校には自転車で通っていた。しまった、学校名を聞くんだった。
家の近くには「ふじしろ医院」がある。ここに行こうとしてトラックに跳ねられた。
と言うことは家の側には比較的大きな道路があるということだ。
そうそう、庭に百日紅の木がある。

これだけのアイテムがあればなんとか捜し出せるだろう。

まず、「ふじしろ医院」だ。電話帳で××市の「ふじしろ医院」を調べ地図で確認した。
近くに学校と道路との関係を調べてある程度範囲を絞ることができた。

何度か××市に通った。あった、「高岡」の表札。庭を覗くと百日紅が。
間違いない。確信した。
場所を良く把握し、日を改めて行くことにした。

次の日曜日の朝、友人の家に行くと言って家を出ようとした時、ママが呼び止めた。

「なっちゃん!」

「何?ママ」

「お友達の所に行くんでしょう?じゃぁね、このスイカ持ってってくれない?
頂き物が重なっちゃって、とてもじゃないけど食べきれないから。
その旨伝えて貰ってもらって。」

ひぇ〜、スイカもって行くの?重いよ〜〜!

「だめ?いいでしょ!」

「あっ、、うん。いいよ。」

わ〜ん、持たされたぁ〜。。。


やって来た。表札 高岡。

ヨシ!いくぞ!

ピンポーン

「はい?」

「あの。。。。私、川島といいます。由美さんのお参りに来たんですけど・・・。」

「はい。」

しばらくして玄関が開いた。

「こんにちは。」

老齢の女の人が出てきた。おばあちゃんかしら?う〜ん、由美ちゃんからおばあちゃんの話は
聞かなかったな〜。

「由美に線香をあげて下さるのですか?」

「はい、生前親しくさせてもらったものですから。」ちょっぴりウソ!

「あっ、これ母が持たせてくれた物ですです。どうぞ。」

「・・・・、ああ、お母様がね。どうぞ入って下さい。」

おばあさんは快く私を招き入れてくれた。

「由美も喜んでいると思います。貴女が来てくれて。
もう、17年になります、あの子が死んで。長かったような、短かったような・・。」

えっ!?17年??由美はそんな前に死んでいたの?
ちょっと前に死んだとばかり思っていた。感覚がとても今風だったから。違和感がなかった。

仏間に通された。そんなには大きくない仏壇があった。
花が飾られ、お供え物もあった。プリンが2つ。そして由美の写真。

由美の写真が目に入った瞬間、息が止まりそうだった。
声が出なかった。目は見開いて瞬き1つ出来なかった。

制服を着て、屈託なく笑っている美しい少女。それが由美であった。
そして、私にそっくりだった!!

振り返っておばあさんを見た。涙ぐんで微笑んでいる。
一体どういうことなんだ??
しばらくの沈黙の後、おばあさんはおもむろに話し出した。

「貴女がこうやてここに来てくれているのだから、もういいんですよね?
あの子、由美はとても貴女の事を愛していました。
でも、貴女があの子の事を母親とわかる前に由美が亡くなってしまった。
それが残念だったと思います。

17歳で出産したあの子は肉体的にも精神的にも参っていました。
難産の上、産後の肥立ちも悪く、初めての子供にパニック状態でした。
私も由美の世話で手一杯で貴女を貴女のお父さん方に預けるより仕方がなかったんです。
それが一層由美の心の負担になってしまって。
精神に少々の異常が現れ、そんな時に交通事故に遭ってしまった。
貴女はそのままお父さん方に育てられ、お父さんは結婚したと聞きました。

それが今日奈津美ちゃんが来てくれた。どんなにか由美も喜んでいる事でしょう。」

私の名前を知っている。この人はわたしの祖母なのか?
私の本当のお母さんは由美ちゃんだったのというのか?

時空を越えて私を助けに来てくれたというのか?
母として何も出来なかったという思いがあんな形となったのか?

何も、何も話せなかった。私と同い年の由美の いえ、母の遺影を見つめ
やっと、言いたかった言葉が出てきた。

「由美ちゃん、さようなら。おかあさん、ありがとう。」

言葉少なに由美の家を後にした。また来る事を約束して。


外は真夏の太陽がギラギラしていた。
青い空を見上げてもう一度言った。

「おかあさん、ありがとう。」と。
なんとなく聞こえたような気がした、「なっちゃん!」と呼ぶ声が。