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農業、過去、現在そして未来。 |
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1、過去の農業 |
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私の体験した限りです。私は富士山北麓(山梨県)の農家(周りの殆どの家は農家でした)に生まれました。わずか40年数年余りの過去です、曾おじいさんと祖父(明治生まれ)が農業をしていました。軽四トラック、トラクター、田植え機、稲刈り機、近代科学技術そんなものは我が村にはありません、化学肥料? 農薬、もちろん知りません、ありません。 肥料がないと作物は育ちません、焼畑農業をするほど耕地はありません、 |
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何にもない? しかし肥料は必要です、馬が1頭、鶏がいっぱいいました、そしてヤギもいました。街中には林がいたる所にあり秋にはたくさんの葉が集まりました、全ての有機廃棄物は田んぼや畑に還元され、また良い堆肥造り(土造り)が良い作物を造る全てでした。 |
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空から太陽の光がさんさんと大地を照らし、そこに植物が育ち、人々は家畜を育て、生きるための全てを得、自然と大地に根ざした土着の文化を築き上げていました。もちろんそこには汚染された大気、土、水、等は存在しません。地球環境の保全などと考える人はいませんでした。僅か50年余り前の話です。とはいえ随分貧しく、労働もきつかったと思います。 |
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戦後の農業は大変革しました。工業、科学技術の発展と共に労働人口は1次産業から2次産業、3次産業へ 農業就労人口の減少と共に農機具、化学肥料、農薬そして農業技術の進歩が進みました。これらは農産物の増産や農家の増収に大きく貢献することになります。 農家は経済的、工業的な生産方法(つまり化学肥料の多用、農薬の多用)に走ります、消費者も色形のみにこだわり時には、農産物に着色料を使用します。しかしこの時代、農業生産物についての安全性に疑問を持つ人はいなかったと思います、消費者もそして生産者も。 |
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2、現在そして未来の農業 |
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農産物の産地化(その地方に適合した植物を競争原理の中で安く、大量に生産する)による連作障害、化学肥料の多用により日本の農地は植物を育てる地力を失いつつあります、農産物生産者は農薬に頼らなければ生産できなくなりました。当然、農薬の多用になります。 |
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では体験談を少々、私は業とする農業はできません、耕地を荒らすのもいやなのでキャベツ農家に5年程農地提供をしました。去年農地を返すとの連絡がありました、そうです、もうその畑ではキャベツはできません、無機農業の結果キャベツの根はすぐ病気(連作障害)になり、当然市場価値のない貧弱な物しか生産できません、でも市場に出荷するため一生懸命、農薬をかけます、生活のためです。 |
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近年、有機栽培、有機農業、有機農産物などの言葉が氾濫してきました。ある産地では、生産物に有機栽培シールをつけます、これは消費者や農産物生産者が自分の食べるものに疑問をもった結果です。有機栽培に依る農産物こそ安全な人々が安心できる食べ物だと思います、私達の先祖たちがやっていた歴史が証明する安全な農業、農産物です。 |
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さてもう1つ私の住んでいる地域を見ます、ほとんどの家庭が菜園(畑)を持っています、秋風が吹くころには、大勢の人が落ち葉を集めます、家々の敷地のすみには堆肥場などが見えます。生ごみを堆肥にするプラスチックの入れ物もみえます。農家からのワラ、モミガラや米ぬか(窒素分)、等も使います、また近くの鶏舎から鶏糞を運びます。各家庭独自の堆肥がつくられています、夏野菜を栽培するためです。 |
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ここでは無意識に物質の循環が行われています、家庭から畑に、畑から家庭に、だれも有機栽培などという言葉は使いません。昔から受け継がれた皆がやってきた方法です。もちろん化成肥料も使いますが使用量が違います、土のやわらかさが違います。自分達の食べ物に農薬を必要以上かける人はいません。 |
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自分で堆肥を作り自給(家庭菜園)できればいちばん良いのですが。農業機械や新しい農業技術には感謝しています現代ですから。 |
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さて結論です、あなたは何をたべますか? |
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Makoto |