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甲府ライオンズ小史


  わが甲府ライオンズクラブは、1957年10月17日、日本初の東京ライオンズクラブのスポンサーで産声を上げた。山梨の地にライオニズムの灯火を、初めてともした創立会員は45名であった。チャーターナイトは、1957年11月28日、新装の山梨県民会館で挙行された。
 山梨では初の、日本では59番目のクラブで、当時は302地区に属していた。山梨県内に第2のクラブをと、努力していたとき思いがけず、1960年1月20日諏訪湖クラブの結成に成功した。同クラブは長野県内初のクラブである。
 その後、山梨県内にもライオニズムの理解が進み、1962年7月15日、富士吉田クラブを2番目のクラブとしてスポンサーした。現在までに、県内に10クラブ余の設立にたずさわっている。
 わがクラブの社会奉仕事業で特に印象深いものは、1959年のアクティビティーである。その年の8月、未曾有の災害をもたらした台風が県下を襲い、たくさんの死者も出た。我々は、すぐ救援活動に立ち上がり、被災地への医療奉仕や生活物資の運搬などを行った。この救援活動にメンバーの全員が火と燃えた。
 その他、在宅の身障者を遊園地へ招いたり、献血活動の推進、アイバンク・腎バンクの設立などに力を尽くす。
 又、わがクラブでは今日までに5名の地区ガバナーを輩出させた。

地区ガバナーの氏名と任期
鳥居 英造 1966〜1967
勝俣 進 1971〜1972
飯島 茂秀 1977〜1978
小宮山要二 1981〜1982
鮎川 良雄 1995〜1996

 われわれは、この長いクラブの歴史に、誇りを感ずると同時に又、責任も感じている。

昨期45周年チャーターナイトを挙行、本年46周年(47代目会長)