![]() |
![]() |
![]() |
|
養蚕は農家の女性たちの努力によって支えられていた。
|
繭を煮て、糸口を見つけ数本あわせて座繰機にかけ、撚りをかけながら1本の糸にしていく。
|
「オカイコサマ」と呼んだことからも、農家の人たちにとって養蚕がいかに重要であったかがわかる。
|
![]() |
![]() |
![]() |
|
当時の絹織物
着物一揃いは約2,5kgあります。これを作るには約1万匹の蚕からとった生糸3,3kgが必要となり。長さにすると東京、大阪間を11往復に相当する。 |
建物は当時の代表的な養蚕農家を移築再現しており、二階の展示室には当時の暮らしぶりや養蚕の様子がわかる写真やパネル、模型などが展示されてる。一階は生涯学習の場として広く開放している。
|
相模田名民家資料館
開館日:木、金、土、日曜日の4日間 開館時間:4月〜10月10時から5時 11月〜3月10時から4時 住所:相模原市田名4853 電話:0427-61-7118 |
![]() |
![]() |
。![]() |
|
養蚕は江戸時代から、昭和初期にかけて、農家にとって唯一の現金収入の源泉であった。特に、横浜開港に伴い輸出品として、市内の多くの農家で盛んに養蚕を営むようになった。そのため、市東部の相模台地上には桑畑が多く見られた。
写真は稚蚕用の桑取りをする座間下宿の養蚕組合の人々。昭和27年。 |
座間市歴史資料館
昔使用された蚕の製糸の道具が展示されている。 場所:座間市公民館内、座間JA裏 問合せ:046-255-1111 |
|
参考文献:絹の道資料館・及び座間市立図書館市史編さん「目で見る座間」より |
||