昔話・源四郎山の大蛇たいじ
作:詠み聞かせの会「たんぽぽ」
 
むかし、相模川は村人たちに、大川とよばれ 広くゆったりと流れていました。
川の中ほどに、松の木やヨシがおいしげった、源四郎山という小さな島がありました。
いつも夏になると、こどもたちは、
 「おーい 大川に水あそびにいこうぜ」 「魚とり しようよ」
 「源四郎山であそぼうぜ」 とさそいあい
毎日のように 日のくれるまで あそびました。

からすが鳴くから かーえろ
 「じゃあなー」
 「またあしたなー」

ところがある年
源四郎山に大蛇がでる、といううわさがたちました。
おとなたちは、子供たちに
 「おめえたちは、ちっちぇえから、いっちゃなんねえぞ」
ときつく、いって聞かせました。
 
ギラギラと、暑い夏がやってきました。
川での水遊びも、源四郎山で遊ぶこともできなくなった勘太たちは、しぶしぶ神社へやってきました。
そこには、となり村の元助たちがいました。
 「おめえたちも 源四郎山に行っちゃなんねって、言われてんのか」
 「ああ、それも、めえんち(毎日)な」
 「大蛇のおかげで、水遊びもできねえや」
 「あー、つまんねえ」
とつぜん、勘太がいいました。
 「よし!大蛇をやっつけよう! おめえも大蛇たいじするよなっ 元助!」
 「あったりめえよ へびにビクビクしてられるかよ」
 「そうだよな」
 「おらもいくぞ」
と、大蛇たいじをすることになりました。
勘太と元助を大将にして、作戦をねりはじめました。
さて、次の日
おとなたちが、昼寝をしている間に子供たちは、気付かれないように、そっと家をぬけだしました。
約束の時間になると子供たちはそれぞれ、手には棒を持ち、懐やたもとに石ころを入れて勇んで源四郎山へむかいました。.

そーっと川を渡り源四郎山をくるりと、取り囲みました。
勘太と元助の合図で、ヨシの中を息をころしておそるおそる登っていきました。
黒い影が動いたと思うと、大きな目だけがギロッと子供たちをにらみつけました。
「大蛇だー!やっつけろ!」と勘太がさけびました。みんなはいっせいに石ころを投げつけました。
「イテッ、いててててっ」
「うわっ やめてくれ」
なんと、逃げ出したのは大蛇ではなくおとな達でした。ここでバクチをしていたのです。
かくれて悪いことをするために「大蛇が出る」といいふらしていたのです。
それからは大蛇のうわさもなくなりました。
源四郎山はまた子供たちの遊び場に戻り、
みんな日の暮れるまでカッパのように遊びました。

♪とーんび とーんび ひょうろひょろ
♪あーした てんきに しておくれ。

大川
相模川は、むかし、水の量が多く川の巾が広かったため、大川と呼ばれていました。また、天然の鮎が多かったので鮎川とも呼ばれていました。
 相模ダム(相模湖)が完成するまでは、たびたび洪水をおこし、被害をあたえていました。

源四郎山
 源四郎さんという人の土地だったので「源四郎山」とよばれていました。

この昔話は文化財保護委員会の小俣国栄さんに「たんぽぽの会」のみなさんが話をお聞きして、座間市教育委員会からの依頼で「座間のむかし話絵本U」にまとめられたものです。

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