護王姫社
安産の守護神の護王姫社
 源義経が頼朝に追われて、平泉に落ちていった。後を追って義経の側室牛王姫がこの地で産気付き難産の末亡くなった。村の人々は憐れに思い、墓の代りに2本のケヤキを植えた。
後に日蓮上人がこれを聞き、姫を「護王大明神」として手厚く供養して霊を慰められた。以来安産の守護神として近在の人々に信仰されている。(座間での伝承)
この護王大明神の社は、維新後、近くの円教寺の手を離れ檀家総代の星野家に管理されている。
境内には、赤い文字で安産安護、護王姫大明神、休息山円教寺と記された碑が建てられている。

護王姫明神社の境内にはケヤキの大木があり、座間市の文化財に指定されている。
根周り6.6メートル、幹周り4.3メートル、高さ約20メートル、根張り15〜20メートル、特徴2幹が1株になっている。推定樹齢300年。栗原神社のシラカシと共に座間市最大最古の大木。


交通:小田急線座間駅下車約15分。 地図
:51号町田・厚木線、星の谷歩道の下すぐそば

安産の守護神牛王姫伝説のいろいろ
牛王姫は、実は義経の側室ではなく「熊野牛王売り」の一女性の哀話だった、とする興味深い説を稲葉博先生が著書「神奈川の古寺社縁起」の中で述べておられるので、要約して紹介しておこう。
牛王売りとは、牛王宝印の押してあるお守りの紙を売り歩く人たちであり、その牛王とは半紙ほどの大きさで、カラスと宝珠を以って図案化し、黒で印刷し神秘的な感じを与えるお守り紙である。

義経が自分には決して、二心がないことを、この熊野牛王紙にしたため、頼朝に訴えた。また一方この逸話を牛王売りたちが販売に利用したというのである。全国津々浦々まで売り歩いた牛王売りの女性たちが、相模のあたりを漂浪していて、その女性たちの中には、御師や山伏と夫婦関係にある者が多かったから、ときには道中で出産する場面も多かったであろう。

義経の話を語り伝える中に、いつしか実際にあったと思われる名もない牛王売りの難産の悲話が、義経を慕って奥州へ落ちてゆく牛王姫物語に発展し、当社の縁起となったとは考えられないだろうか。


以上の他に、一色伊予守六郎の妻説(海老名での伝承)や、平清盛の側室常盤の娘説(座間古説)などがあるが、いずれも護王姫が星の谷で難産で苦しんで亡くなったことは一致している。

天に向かってそびえる大欅 ひっそりたたずむ境内 天然記念物ケヤキ(俗称大欅)
昭和42年5月11日指定
 
 安産祈願の絵馬
護王明神社の絵馬
護王明神社は、安産の神様として庶民の信仰を集めてきましたが、今に残る絵馬にその願いを託して神社に奉納されてきました。
 絵馬の記名などから明治時代から平成までの幅広い年代と、座間市域以外にも旧満州や福岡県の方の名前もあり、多くの人が遠近を問わずに来られたことがわかります。また、安産以外の祈願がされたものもあります。
絵馬の種類
絵馬は大別すると「男拝み」と「女拝み」、「夫婦拝み」、「動物」、「文字」などの種類があります。これらの絵の意味するもので男拝み、女拝み、動物のうちニワトリは安産祈願、「め」の絵馬は眼病平癒を示唆するものと思われ、この社に対する祈願の範疇が多岐にわたることを物語っていると思われます。

護王明神社に奉納された絵馬の一部

 昔の護王社
大ケヤキ
 北側からの展望。左下に見える屋根は星の谷観音堂。明治44年撮影。
護王姫社
 明治43年の撮影
参考文献:稲葉博著・神奈川の古寺社縁起及び座間市史資料叢書・座間古説

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