オンライン書店 ビジネス書のバイブル 藤原雄一郎の経営最前線シリーズ経営のプロ養成講座 「目指せ乱世のリーダ」「私には権限が無い」と思うことは大きな誤りです。各階層で出来ることを積み重ねることで、会社は変わります。リーダシップはどのようにして身につくのか?その神髄を学びます。
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四 修羅場で勝負せよ赤子のような柔らかな頭で世の中を見る決心をしても、受け手であるあなた自身のレベルを高めなければ何も見えません。そこで自ら望んで修羅場で勝負することをお勧めします。「修羅場」とは「過去の経験が全く通じない世界」と定義します。参考となる成功事例が無いわけですから、全智全霊を傾けて、ある種の閃(ひらめき)きまで動員して解決にあたらねばなりません。過去の延長線上の思考では解決しない怪物との必死の格闘の場を「修羅場」と私は呼んでいます。「修羅場を駆け抜けること」で人は大きく成長します。 「修羅場」とは「過去の経験が全く通じない世界」と定義しましたが一つだけ例外があります。それは修羅場において「解決のため何が求められているか」を必死になって追求すれば、ぼんやりと正解が見えてくるものです。「偉大なバッターにとって投手の投げた剛速球が止まって見える」ような状態が修羅場を何度も経験するとあなたの目の前に出現します。 修羅場では勝利しなければなりませんが、真剣に修羅場と格闘すれば、たとえ敗北しても何かしら次の戦いの場で勝利するヒントを得ることが出来ます。「失敗は成功の母」との諺は「修羅場で真剣勝負した人」にのみ与えられる言葉です。従って「失敗は成功の母」に該当するような失敗は「失敗が明らかになった」時点で、感動をすら呼びます。 全智全霊を傾けて、ある種の閃(ひらめき)きまで動員して、成功の一歩手前まで追いつめていたのに、「天の時、地の利、時の運」が味方せず敗北した、そのような失敗こそあなたを大きくする「成功の母」となる失敗です。 昨今、成果主義がはびこった結果「感動を呼ぶ失敗」も「単なるうっかりミス」も同次元におかれ、失敗に対して例外なく厳しく叱責される現象は誠に憂うべきことです。これでは誰も挑戦する気持ちになりません。 乱世のリーダになるためには、好んで修羅場での勝負に挑み「何が真実か」を見抜く鋭い目を身につけましょう。 |