オンライン書店 ビジネス書のバイブル 藤原雄一郎の経営最前線シリーズ 

経営のプロ養成講座 「目指せ経営トップ」

欧米流のMBAに負けない、日本の経営風土に合致した幹部候補養成講座です。企業経営の初歩から学びましょう。あなたには経営トップの座が待っています。
ビジネス・ユニットで物事を評価! ビジネスモデルを変えないと何も変わっていません! 
第一章 日本経済の過去から現在までをふりかえる
現在日本経済を支えている中堅ビジネスマンの皆さんですら、日本製品がかって「安かろう、悪かろう」の代名詞として欧米諸国の人々から扱われていた事実を知る人が少なくなってきました。戦後焦土の中から立ち上がった日本経済の現在に至るまでの「あゆみ」を知って頂きたいと思い、最初に「日本経済戦後五十五年の歴史」をふりかえります。
 

五 日本人はまれに見る国難を二度も克服した

いままでのように述べてきますと、日本経済は極めて順調に成長してきたかに見えます。しかし途中二度、大変な国難を日本人は見事に克服したのです。「日本経済は永遠に不滅」だと信じても無理はありません。

ニクソンショック
1971年八月十五日、米国大統領ニクソンはドルと金の交換を停止する厳しいドル防衛策を打ち出しました。戦後一貫して一ドル三百六十円の固定相場のもと日本は工業立国で経済の再建を順調に進めて来ました。そこへ戦後初めての円の切り上げです。当時誰もが経験したことの無い為替の変動相場制への移行と激しい為替の変動が始まりました。

日本経済は大混乱し、壊滅すると大騒ぎになりました。私もドル建ての輸出工事を手がけていましたから「受注した時点での売上が工事終了時には半減している(ドル建てですからドルでは全く変化していませんが円に変換すると半額になっている)」事態に遭遇し巨額の赤字に悩まされました。現在でも皆さんは為替の変動に大変苦労されていると思います。

しかし日本経済はこのような「ハンディキャップの変更」に挫けず見事に克服しました。


オイルショック
1973年十月、第四次中東戦争をきっかけに二ヶ月で原油価格が四倍に高騰し、トイレットペーパ買い占め騒動など国民生活に大きな影響を及ぼしました。

私など家を三百万円で契約したところ本社転勤になりキャンセルしました。その後オイルショックが発生し、もとの地方に再度転勤になって念願の自宅を建設しようとしたら何と千二百万円に高騰していました。給料は四年間で四倍にもならないものをと随分恨めしく思ったことを鮮明に覚えています。

しかし日本経済は世界で一番早くオイルショックを克服しました。

日本人は目標が明確な場合、一致団結して見事に問題解決する力を持っているのです。今にして思えばこの時代が「日本経済繁栄の十年」の絶頂であったのです。

 
前の頁へ>現在の頁<次の頁へ