この一冊で企業はよみがえる 旅のことならあっぷる旅行

関西経営コンサルタントの雄 藤原雄一郎の経営最前線シリーズ ビジネスノウハウ満載

この一冊で企業がよみがえる

第五章 企業再生の実際を学ぶ

「理屈だけでなく実際を」の声に応えて松下の中村改革をとりあげます。本章では「あなた自身の目」で松下の中村改革を評価出来るように、改革の着手からの経過をまとめて見ました。中村改革をひとつの生きた事例として、あなた自身が毎日の新聞・雑誌の中から松下の経営を見つめながら、中村改革の評価をあなた自身で行ってください。

040 松下の中村社長はまず聖域に切り込んだ

経営トップが改革を唱えても、社員はその本気度を冷静に観察しています。中村社長はそのことを熟知していますので、松下の聖域にメスを入れることにより、中村社長の改革が本気であることを社員に示しました。

松下幸之助が確立した「事業部制」と「販売の松下を支える全国二万店の地域販売店」は高度成長期に大活躍し、いつしか松下における聖域となってしまいました。さらに従業員を手厚く扱うことが松下幸之助の経営哲学であり終身雇用の元祖は松下であるとさえ言われていました。最後の聖域である終身雇用には全く手がつけられていませんでした。

中村社長はまず事業部制の廃止に踏み切りました。百以上の事業部を解体し、十四の事業ドメイン(分野)に再編成しました。次に松下が誇る全国二万店の地域販売店に対する姿勢を「やる気のある販売店を支援する」方式に切り替え、プロショップ道場を有料で開催し、そこに集う強者(つわもの)たちを鍛えて「スーパー・プロショップ」制度で優遇することにしました。すなわち「やる気のない販売店の切り捨て」です。

そして最後の聖域である終身雇用制度にまで手を入れ、希望退職を募りました。そして希望退職に応じて一万三千人の人が松下を去って行きました。指名解雇の出来ない日本の企業では通常、企業が希望退職に踏み切った時に「日本流首切り」が始まったと解釈すべきです。

また松下幸之助が創立した福祉年金へも大きなメスを入れました。福祉年金とは退職金の一部を松下が預かり、十%近い高利で、年金の形で分割返還する、幸之助の従業員を大切にする象徴とも言える制度です。しかしこの低金利時代に負担が大きすぎるため平成十四年に制度を廃止しました。

問題は既に年金を受け取っている一万七千人近いOBへの対応です。OBへは手紙一本で二%の金利削減を申し渡し、実施したのです。怒ったOBは訴訟を起こしました。古き良き時代が身にしみているOBに対して、もう少し説得のための努力をすべきであったと思います。

このように中村社長は遠慮無く聖域にメスを入れ、一番難しいところから改革して行きました。中村社長は「社内はもとよりOBたちの誰よりも松下幸之助について造詣が深く幸之助イズムを熟知している」ので有名です。その中村社長が「もし幸之助健在ならばこのようにする」と中村革命が幸之助精神の発露であると説得し困難な聖域への改革を大胆に進めました。リーダとして誠に立派だと思います。


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