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この一冊で企業がよみがえる
第二章 一体何が変わったのか?
新しい日本と言っても特段難しいことではありません。皆さんが先刻承知のことを現実として認めればよいのです。現実とこれから直面してみましょう。
011 大量生産、大量販売との決別
第二次世界大戦で海軍が大艦巨砲主義に固執しているうちに、いち早く航空主兵に転換したアメリカに敗北を喫したことは既に述べました。日本が固執した大艦巨砲主義こそが、日本経済を世界第二の規模にまで成長させた大量生産・大量販売システムに他なりません。
設備投資に多額のお金を投入し、素晴らしい品質の製品を大量に世の中に送り出し、大量販売システムにより世界の隅々にまで「素晴らしい品質の日本製品を安価な価格で売りさばく」ことに日本産業界が成功した時代が余りに長く続きました。
一糸乱れぬ統率のもとに、盤石のレールの上を猛スピードで驀進する猛烈社員の活躍は日本を象徴していました。このような成功を達成した陰には官僚による巧みなシステム作りがありました。銀行は官僚の指導のもと護送船団方式で莫大な資金調達に成功し、企業の設備投資に必要な資金を確保しました。
郵貯・簡保で集めた巨額の資金は財政投融資の名目で特殊法人に流れ込み、道路や港湾など社会の基盤整備にどんどん使われました。その結果欧米では一般的な「株式や社債で市場から資金を集める直接金融」が発達せず、銀行から資金を調達する間接金融が日本では主流を占めました。
ところが時代は大量生産・大量販売時代に別れを告げ、消費者の要求は多種多様になって来ました。第二次世界大戦のように「お客様の要求にピンポイントで応える」航空主兵時代に突入したのです。しかしながら多くの企業ではこの時代の変化を認めようとせず、対応を怠ったために大変な苦労を余儀なくされたのです。
時代の流れは大量生産・大量販売に別れを告げていますので、企業は過剰人員・過剰設備・過剰な借金の三重苦に悩まされることになりました。時代の変化にいち早く気がついてこの三重苦を解消することに力を注いだ企業は生き残っています。
ダイエーに象徴されるように、大量生産・大量販売の根源である過剰人員・過剰設備・過剰な借金の三重苦からいまだに逃れられない企業群が現時点で苦しみにのたうち回っているのです。
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