ビジネス応援団藤原通信>藤原通信2006年2月号

関西経営コンサルタントの雄 藤原雄一郎の経営最前線シリーズ 日本型経営の研修に最適 大阪

藤原雄一郎の時事通信 2006年2月号

 二万人の天下りに税金年間五兆円 2/17 

各紙一斉に「特殊法人・公益法人など3900団体に中央省庁から天下り2万人」と報じました。とても良いことです。まず特殊法人、公益法人の外郭団体なるものが本当に必要なのか?一度だけの報道ではなくて継続的に徹底したキャンペーンを打って欲しいものです。

しかもこのような団体に年間5兆円もの税金が投入されています。小泉改革前は特殊法人に年間5兆円も投入されていると非難されました。そこで早速お役人は特殊法人の看板をつけかえて、特殊法人への税金投入を大幅に削減しましたが、このように巨額の税金が名前を変えて、未だに使われていたのです。

前回の藤原通信で述べたように、本来「行政改革推進国会」であるはずの今国会が、ライブドアや耐震設計偽装など4点セットによる政治家のスキャンダル暴露合戦でかすんでいます。少しでも注意がそれると、お役人はすかさず「公務員の改革、リストラ逃れ」に走ります。

行革推進は異常なまでに強い権限を持った小泉首相だけが達成出来ることですが、メディアや深く潜行している既得権益死守の旧勢力の作戦が功を奏して、小泉批判が次第に広まり、ついこの間までの絶対権力に翳りを与えています。

小泉退陣後は消費税をはじめとする増税路線に走ることは目に見えています。それまでに今回明るみに出た「3900団体に年間5兆円」と官僚の天下りを手始めに税金の無駄使いに大きくメスを入れて改革しなければなりません。そのためには小泉首相の圧倒的な支持率が必要です。

昨年の衆院選の刺客報道やその後の「小泉チルドレン」報道でガッポリ視聴率を稼いだメディアは、「夢よもう一度」を狙って「小泉改革の光と影」の影の部分に焦点をあて、再度視聴率を稼ごうと必死です。真の報道人なら、粘り強く「税金の無駄使い」にしつこく照準を当て、国民の幸せに寄与すべきではないでしょうか?

4点セットや「改革の光と影」は行政改革推進に光が見えた後で大いにやれば良いので、今はただひたすら財政再建のための冗費の削減に邁進する時だと思います。

 何だか怪しい雰囲気 小泉包囲網 2/15

年があけて通常国会が始まった時には、まだ小泉人気は「飛ぶ鳥を落とす勢い」でした。小泉首相は通常国会を「行革推進国会」と名づけて、小泉政権終了後も行革を推進し続けるようにと意欲を燃やしていました。

ところが「ライブドア事件」「耐震強度偽装事件」「アメリカ産牛肉BSE問題」「防衛施設庁官製談合問題」の4点セットで雲行きが怪しくなってきました。この問題は当然国会で追及すべき重要な問題ではありますが、その攻め方が全く納得行きません。「誰と誰が怪しい関係」だとか問題の本質に鋭く攻め込む姿勢は無く、単にスキャンダル暴露だけの追求ぶりにはあきれてモノがいえません。

これらの事件に政治家が関与していることを暴き出したとしても問題の解決にはなりません。「荒廃した日本の本質的な世直しを」と建設的な提案をし、メディアもその実現に向けて啓蒙活動を行うことこそ政治家とメディアの使命ではないのでしょうか?

決定的な追求もできないまま「小泉改革の光と影」に話題をそらして「影」の部分をクローズアップすることにより小泉批判を強めようとメディアも含め虎視眈々です。限られた国家財政には目もくれず「対案なき影論争」で影の面だけ強調しているうちに、危機的な財政破綻と行革推進はいつの間にか忘れ去られようとしています。

女系、女帝を認める皇室典範の改正問題が火種になりかかりましたが、法案提出見送りで沈静化しました。しかしこのような問題でさえ、小泉打倒の政局に利用しようとする政治家がいます。靖国問題華やかだった頃、遺族会の幹部である古賀誠が自分の信念さえ曲げて、靖国参拝反対のスタンスを取り、総スカンを受けました。

「天下取り」の激しい権力闘争はいくら繰り広げても良いと思います。しかしその根底には「真に国を思う情熱」があって国益や民族の向上のための権力闘争であってこそです。小泉政権下で冷や飯を食った連中が、私利私欲でここぞとばかり政局に持ち込もうとするのはやめて欲しいのです。

視聴率至上主義で国益や倫理観を忘れたメディア、時価総額至上主義で違法行為に走ったライブドア事件と全く同列の考えかたしか持たない政治家では日本の社会が荒廃するのも無理ありません。

もういいかげんに4点セットの揚げ足取りはやめにして、忘れ去られようとしている財政破綻や、行革推進に加え4点セットの背後にある真の問題追及への切り込みにメディアも国会も戻って欲しいものです。

 額に汗すれば報われる 松下電機温風器事故 2/13

最近はライブドア事件を筆頭に企業モラルが問われることが多発していますが、日経ビジネスに松下電器の温風器事故で少し良い記事が出ていました。

ご承知のように松下電器では過去の温風器事故で対応が遅れたと散々メディアに叩かれました。そして中村社長が「草の根をわけても全数探し出して回収する」との大方針を出し、年末商戦たけなわの頃にテレビCMを温風器の謝罪と回収のCMで埋め尽くしました。新聞でも全面広告を何度も出しています。

年末は電機業界にとってかき入れ時です。その大切な時期にテレビ・コマーシャルを温風器に集中し、他の製品のコマーシャルは一切打てませんでした。また販売メンバも回収に忙殺され、年末商戦どころではなかったのです。当然この時期の松下電器の販売は低下し業績悪化があると誰しもが予想しました。事実最初の一週間は販売が落ち込みましたが、二週目からグングン取り戻し、12月が終わって見れば前年より10%も増加していたのです。

原因は二つあります。松下の販売陣が危機に直面し、全員が打って一丸になって頑張ったことが一つ。二つめは消費者が松下の真摯な態度を好感し、松下離れに結びつかなかったことだと解説されています。

そして一番大切なのは中村改革が浸透し、薄型テレビやデジカメなど製品が魅力的で、テレビで広告をしなくともお客さまは松下の指名買いをしてくれたことです。

このように世の中と真摯に向き合い、額に汗して消費者の目線で企業が努力すれば、日本の社会はその努力を受け入れてくれる何よりの証拠です。ちょっといい話ではありませんか。

姉歯事件やライブドア事件に官製談合など日本人の倫理が荒廃している事件が相次ぐ中、松下電器のような事例が多く出てくるといいですね。

 ライブドア狂想曲とメディアの罪悪 2/10

さしものライブドア狂想曲も最近では下火になってきました。藤原通信でもメディアの横暴について批判してきましたが、メディアの被害者の一人、「竹中大臣の懐刀」と言われた木村剛氏が自身のメルマガで私と同じようなことを言っているので紹介します。

−−−引用開始

 年末パーティーの映像を使って、替え歌や裸踊りを大写し。隠し撮った合コン場面を公共の電波に流して、その後ドライブに連れ出す現場を映し出す。一体全体それが今回の逮捕とどう関係しているのだろう。

 挙句の果てに、ホリエモンを応援した武部勤自民党幹事長と竹中平蔵総務相はケシカランという大合唱。ホリエモンに連なる人々は、すべて悪だというのか。あまりにも行き過ぎたアジテーションなのではないか。

 日本では、近代の智恵である「罪を憎んで人を憎まず」とか「疑わしきは罰せず」という法理が通用しないのだろうか。「人を憎んで罪を問わず」「疑わしきは叩きまくる」という現実を見ていると、中世の魔女狩りが思い起こされる。

−−−引用終了

視聴率至上主義で「何でもあり」のメディアに天誅を下したいものです。

この影響を受けてライブドアの株価は下がり、支配下の会社の大脱走も始まり、ライブドアは存続の危機に立たされています。カネボウなど破綻会社の実例を見ていますと「虚業(粉飾事業は虚業と定義します)ではなくて実業」の部分は切り売りされはするものの存続を続けています。

ライブドアの実態が次第に明らかになるにつれ、実業は生き残り、虚業は消え去ることでしょう。どの程度の実業があったか、これからの推移が注目されます。ソフトバンクは通信分野に、楽天は放送分野にと懸命に実業を追い求めている姿がその何よりの証拠です。

 官製談合はどうして起こる 2/08

防衛施設庁の官製談合がまた明らかになりました。経団連の奥田会長までが「談合を根絶するのは難しい」と言い出しています。なぜ談合の根絶が難しいのでしょう。

談合は公共事業だけではありません。民間の商売でも談合はあります。共通しているのは供給者が限定されていて、比較的まとまっている業界です。すなわち寡占化が進み、自由競争の原理が働かないと談合が発生する土壌が出来てきます。談合など不当な取引を禁止するのが独占禁止法であり、独禁法ではカルテルを違法行為としています。談合は闇のカルテルです。

人間誰しも激しい競争で血を流すのを好みません。隙あらば「話し合いによって競争を避ける」心理が働きますので、監視の目がゆるむと必然的に談合へと流れてゆきます。

官製談合の場合は「お上のお墨付き」が加わりますから「お上に逆らうとろくなことがない」との気持が談合に対する心理的な歯止めを無くす役割をします。事実、「官製談合にノウということは事業からの撤退を意味することと同じ」と企業側は受け取るのです。「企業の存続のためには違法でも談合することはしかたがない」との心理が働きます。

経営者も「事業から撤退しても良いから談合をやめよ」とは言わず「談合などしていないだろうね」「談合は許さない」と厳しく命令しながら、一方で「売り上げを上げろ」「利益を上げろ」と厳しく命令します。(談合の噂の絶えない)公共事業で「談合せずに利益を上げよ」などと言うことは不可能なことを命令しているのと同じです。

一方官僚も必死です。政治家にボロカスに言われ、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで我慢した現役時代に比較して、退官後は「天下り」という夢の生活が待っています。官僚にとって「天下り後こそ、究極の功成り名遂げたあかし」ですから、天下り実現のためにはなりふりかまいません。「好条件の天下りを受け入れる企業には仕事を配分する」という官製談合が容易に成立します。

官製談合を本気で防止したいなら、企業の側は「事業を撤退しても良いから談合をやめよ」と命令し、官の側も徹底して天下りを廃止すれば、一年もたたずに官製談合は根絶していしまいます。それが出来ないのは官民双方が「儲けたい」「天下りの優雅な生活」という甘い誘惑を断ち切れないからに他なりません。

そこのところを良く知っているからこそ「談合を根絶するのは難しい」の大合唱が政官業から出てくるのです。

 皇室典範 素朴な疑問「女系天皇はなぜいけない?」 2/06

女性天皇を認めようとの皇室典範改正をめぐって与野党ともに「なぜ急ぐ」との声が高まってきつつあります。その根底には「世の中の主導権は男性が握る」との根強い考え方が潜んでいると思います。

女性経営者や女性社長、それに英国のように女性首相まで出現し、男性優位の長い歴史の中で、女性の社会進出が次第に顕著になりつつあるのが時代の趨勢です。そのような中で世界に類を見ない男系天皇が長く続いた日本の皇室で、ここで男系に終止符を打つのは問題であるとの考えが反対派の意見だと思います。

反対派では「国民が女帝と女系天皇の区別さえついていない現状での改訂は時期尚早」と声高に叫び、次第に「女系天皇とはなんぞや」との認識を広めようと躍起です。しかし「女系天皇」の認識を突き詰めると、非常に極端な言い方をあえてすれば「女性は人間ではない」という議論に結びつくのではないでしょうか?

「男は名前を記すが女はだた女とだけ記した」古い日本の家系図を見ることがあります。それはとりもなおさす「女は男を生む道具」との認識にゆきつくのではないでしょうか?

小泉首相の「愛子様のお子様が男子だとしてもダメだというのでしょう。おかしな話ですね」との談話がまことに素直に私の胸に入ってきます。

「長い歴史のある伝統をそのときの都合で破壊したり変えてはいけない」というのはタリバンのバーミヤン遺跡破壊のことであって、「大相撲大阪場所で太田知事が女性であるという理由で土俵に上がってはいけない」という伝統を守ることではないと思います。

皇室典範問題は私たち一人一人に「あなたは女性蔑視思想を持っていますか」と問いかける踏み絵のようなものだと思えてなりません。ここで女性蔑視の女系天皇の認識を深めるより、女系であれ女帝であれ「女性天皇を認める」のが妥当ではないでしょうか。

 陽光燦々(さんさん) クルーズ満喫 2/03

私の住んでいるところでは、今冬の寒さはひとしおです。雪も例年になく多かったし、気温も零度以下になる日が多く、我が家から脱出したい気分です。そこで1月に私たち夫婦の長年の苦労のご褒美として、世界でも最高級船による、メキシカンリビエラへのクルーズを楽しんできました。

ロスアンゼルスから船で下ること一日、カボ・サンルーカスに到着しました。ここはまさに日本とは別世界で、パラシュートに乗った人間をモーターボートで引っ張る「パラセイリング」をはじめとして、燦々(さんさん)たる陽光のもとに、多くの人々がマリンスポーツを楽しんでいます。

それからさらに南下してマサトラン、プエルトバヤルタに寄港してメキシカンリビエラを堪能してきました。最近ではハリケーンの多いカリブ海から穏やかなメキシカンリビエラに人気が移りつつあるそうです。それに日本からも近いので、夏のアラスカに次いで冬のメキシカンリビエラに人気が出てくるのではないでしょうか。

豪華客船のプールでは泳ぐ人、サンデッキでくつろぐ人、陽光を浴びながらビールを傾ける人と様々に寛いでいます。私はそのような乗客を横目に、ホームページに掲載する写真に血眼で、一眼レフデジカメ3台、交換レンズ7台を駆使して走り回ります。ウエイターからは「よ〜パパラッチ」と陽気な声がかかります。

私たち夫婦のご褒美のはずなのに、私は一体何をしているのだろうか?ふとそう思う瞬間もありましたが、それも一瞬で、カメラを持ってウロチョロ走り回ってます。

今回のように世界でも最高水準の船でこのようなことをするのは雰囲気を乱すので、我が家の奥様はヒヤヒヤしていますが、全くおかまいなしの私!!撮りも撮ったり2000枚以上の写真から600枚を選び出してホームページにまとめるのに2週間かかりました。

とにかく7泊8日のクルーズはアッという間に過ぎてしまい、極寒の我が家に逆戻りです。帰国早々のホリエモン騒ぎですぐに日常にひきもどされました。それにしても楽しかったなあ〜〜
http://www.inox-tabi.com/cruise/serenity/

 無定見なメディアの恐ろしさ 2/01

ライブドア事件もメディア的にはやや下火になりつつあります。「ライブドアもただの悪党だったのか」とは思いますが、メディアの異常なまでのライブドア・バッシングには違和感を覚えます。それはメディアの無定見さが露骨にあらわれているからです。

その端的な証拠として、あれほど激しく鈴木宗男を叩きながら、今になっていっぱしの評論家としてメディアにしばしば登場しています。鈴木宗男は一審で有罪判決を受け控訴中の刑事被告人です。それが「外務省の闇をあばく正義の味方」のような形でメディアに登場するのは違和感を通り越して異常です。

国会論戦で小泉首相は堀江貴文を自民党が応援したことについて「人を見る目がなかったと反省しなければならないが、彼を持ち上げたメディアはどうなのか」と反論しています。メディアも自民党も「同じ穴のムジナ」ではないかと言わんばかりです。

小泉圧勝の衆院選も結局はメディアが小泉自民にいいようにあしらわれて(自民党の片棒を担ぎ)あのような結果になった一面は否定しようもありません。前置きが長くなりましたが、メディアは大きな権力を持っています。このような無定見で大衆迎合的なメディアの餌食になったら救われないと言いたいのです。「メディアによる犯人説」で大きな被害を被った松本サリン事件の河野義行さんがその良い例です。

それよりもっと恐ろしいのは最近の右傾化の風潮に乗って、視聴率至上主義のメディアが日本を戦争に導くことです。第二次政界大戦のメディアの報道姿勢はどうであったでしょうか?国民を大いにあおり立て戦争に追い込み、国民を不幸のどん底に落としてしまっても、手のひらを返したように「戦争をした政府が悪い」といいだすにきまっています。

メディアを叩くことが出来る権力はメディアしかありません。鈴木宗男やライブドア事件の「手のひら返し」をみると、より一層「真実は何か」を見極める私たちの見識が試されていることを痛感します。私たちが不幸に陥れられないように「メディアを疑う」習性をつけなければならないと思う昨今です。

ビジネス応援団藤原通信>藤原通信2006年2月号