ビジネス応援団藤原通信>藤原通信2004年5月号

関西経営コンサルタントの雄 藤原雄一郎の経営最前線シリーズ 日本型経営の研修に最適 大阪

藤原雄一郎の時事通信 2005年5月号

JR西日本事故と官僚的思考について 5/30

JR西日本の事故に関しての「安全性向上計画」をJR西日本が国交省に提出して、お役人の指導を受けています。監督官庁として当然のことで「しっかりと利用者の立場に立った安全計画」の基本概念を国として示し、国民の安全を守らなければなりません。

一部報道によれば前文の「反省」の部分に「反省が十分でない」とJR西日本に突き返したとあります。私はとても違和感を覚えました。「反省が十分であるかないか」を判断するのはお役人ではなくて、私たち利用者ではないでしょうか?

また一部報道によれば国鉄民営化によりお役所からドンドン離れて行ったJR西日本に対して、この事故を契機に昔のような指導力というか、影響力を強めたいとの思惑があるやにも聞いています。官僚の力の源泉は、認可基準をあいまいにしておいて「認可するかどうかはお役人の意向次第」の状態に持ち込むことです。これを「裁量行政」と言っています。

一昔前の金融行政がそうでした。「箸の上げ下ろし」までお役人が干渉し、銀行には実質的な経営をさせないでいて、「金融行政の大きな失敗で日本経済を大混乱に陥らせ」てもお役人は一切責任を取らなかった事実を忘れてはいけないと思います。それでいて、過去のうま味を忘れられず、不良債権問題では再び裁量行政が首をもたげてきました。

今回のJR西日本の事故防止対策は、まずお役人が安全性の基準を広く国民の前に公開するのが先決です。それに対しJR西日本の対応をこれまた公開して、国民にその是非を問うべきで、前文をお役人がとやかく言うことではないと思います。

認定(裁定)基準を広く国民の前に公開すれば、お役人による裁量行政の幅はうんと縮まります。国民の命を預かる「安全基準」に秘密もクソもありません。JR西日本の運転再開に対して国が介入するならば(介入して当然ですが)国としての考えを公開すべきです。そしてその考えにもとづいて粛々と実行すればすむことで、「反省文の添削」などはお役人の仕事ではありません。それは国民の役割です。

お役人の力の源泉が「裁量行政」である以上、認可基準を公開し、裁量の余地のない状態に持ち込まなければ「お役人天国」はいつまでも続きます。お役人による税金の無駄使いにいつまでもつきあっているわけには行かないのです。「認可・裁定の公開」と「その過程の透明性」を私たちは粘り強く訴えてゆくべきではないでしょうか。

再び靖国問題 5/27 

中国の副首相が小泉首相との面談を一方的にキャンセルした理由が、靖国問題であることが判明しました。中国は小泉首相の靖国参拝を何としても阻止したいと必死です。この問題の根源はA級戦犯合祀にあることは前回の藤原通信で述べました。A級戦犯合祀問題を論議すると「勝者が敗者を裁いた」東京裁判にかならず行き当たります。

中国は日本を何とかして屈服させたいと躍起ですが、この前の反日暴動の事例でもおわかりのように国際世論には敏感です。多くの外国人は日中が一体どのような論拠で争っているのか理解できる国は少ないと思います。「声の大きいほうが勝ち」ですから日本も国際世論に対して明確な意思表示をしなければなりません。

小泉首相が常々言っている「靖国参拝は不戦の誓い」は十分に世界に通用する理由ですが、そのためにはA級戦犯に対する明確な考え方を示さねばなりません。「悪人も善人も死んでしまえば皆同じ」とか「罪を憎んで人を憎まず」では全く世界に通用しません。この問題で、産経と朝日がバトルを展開しています。私たちの考え方を整理する上で、重要なことですので、皆さんも考えて見ませんか?

朝日新聞25日社説で「靖国問題は中国の内政干渉である」との論点に対して

「A級戦犯の戦争責任は、日本がサンフランシスコ講和条約で東京裁判の判決を受け入れたことで、国際的に決着のついたことである。その責任をあいまいにする靖国参拝に、当事者でもある中国が不信を表明するのを『干渉』とはねつけるわけにはいかない。」

すなわち「A級戦犯の戦争責任は国際的にも明確であるからして、一国の首相が彼らを慰霊するのは日本が戦争責任を認めていない」との中国の主張は当然といわんばかりの論調です。

これに対して産経新聞は26日の社説ですかさず

「確かに、日本はサンフランシスコ講和条約で、東京裁判の判決の結果(刑)を受け入れた。しかし、そのことといわゆる『A級戦犯』の死者をどう慰霊するかは、次元の違う問題である。慰霊はその国の伝統や文化に則して行われるもので、外国が口をさしはさむべき問題ではない。」と述べ、さらに

「朝日新聞は二十五日付社説『ああ、なんと不毛な」で、『A級戦犯の戦争責任』は『国際的に決着のついたこと』とし、『その責任をあいまいにする靖国参拝に、当事者でもある中国が不信を表明するのを『干渉』とはねつけるわけにはいかない』と書いている。中国と同じように、戦争責任と慰霊の問題を混同させた議論である。」と切り捨てています。

皆さんはどう思いますか? 私は国際社会を相手にする場合、どんなに不当な東京裁判であっても、サンフランシスコ講和条約で日本が受け入れたわけですから、「政府としてはA級戦犯について合祀ではなく分祀すべきと考えるが政教分離の原則から分祀が実現していない。靖国参拝はA級戦犯を慰霊するものではなく、不戦の誓いである」と世界に自らの意志を公表し、堂々と8月15日に参拝すれば良いと思います。

恐らく国論を二分する大騒動になると思いますが、この問題を明確にしなければ靖国問題は一歩も前進しないことだけは確かです。

権限のない社員が会社を変える 5/26 

「権限のない社員が会社を変える」を発刊して1ヶ月が経過しようとしています。全国の大きな書店、たとえば紀伊国屋とかジュンク堂では新刊コーナで平積みにされています。私の住んでいる神戸市の片田舎の書店でも平積みされています。またアマゾンなどのネット書店でも常時在庫され、今のところ順調です。

アマゾンやビーケーワンでは読者から嬉しい書評も寄せられています。

ビーケーワンでは新進気鋭さんが

「内容に比較してとても読みやすいのに驚きました。企業内における実話とおぼしい例が豊富に記載されていて、しかもその内容が『私たちの会社のことを書いているのでは?』と思うほど身近でヒントに満ちたもので感激しました。『私には権限がない』との思考が『変化を拒む自分自身の防御に使われている』」との指摘には思わず参ったと心の中で叫びました。そして気持ちを切り替えれば著者のいうように改善の山に囲まれています。明日から心機一転がんばろうと思う爽やかな読後感でした。」

とのコメントを寄せてくれました。

またアマゾンでは3件の書評が寄せられ、中でも 越後山喜八郎さんから

「こんなに血のかよった経営書は初めてです。新入社員から経営者にまで登りつめた著者の、現場での体験が随所にちりばめられていて、強く引きつけられました。内容はきわめて高度であるにもかかわらず、肩肘張らずに読めるのが大きな魅力です。本のタイトルからすると、若手社員にメッセージを送っているように感じますが、多くの経営者にも読んでほしいと感じました。きっと衝撃を受けるはずです。」

と身に余るコメントを頂いています。

本書は私のサイトでも発売しており、「著者直筆のサイン」を希望される読者が多く、悪筆のためにまさに冷や汗をかきながらサインをしています。

まだまだ在庫がありますので、是非メールでお申し込み下さい。希望者にはサインも致します。送料は当方で負担いたします。お申し込み方法は下のURLをご参照下さい。皆さんの力でベストセラーの一角に食い込めるようお願い致します。

お申し込み
http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0004HP.htm

内容PR
http://inox-m2.com/fujiwara/fuji/kengen01.htm

靖国問題は難しい 5/25

中国副首相が小泉首相との面談を間際になって断り帰国した問題の根底には靖国問題があるとささやかれています。特に最近、中国は強気になって対日批判を強硬に続けています。

靖国問題には産経新聞と朝日新聞に代表されるように両極端の考え方があり、とても難しい問題なので、藤原通信としても取り上げることを躊躇して来ました。しかし読者から「沈黙を守らずに意見を述べて」との声もあり、考え方がまとまっていませんが、私自身の混乱をそのまま申し述べたいと思います。

一部の左翼勢力は靖国神社を「君が代、日章旗」と同じく、「軍部による侵略戦争の精神的支柱として、中国や韓国に多大の苦痛を与えた諸悪の根源」の象徴として全否定しています。中国や韓国の主張はそこまで過激ではありませんが、靖国神社には侵略戦争の責任者であるA級戦犯が合祀されており、それに対して日本の首相が参拝することは「過去の侵略戦争に対する反省が無い」と反発しています。

もしヒットラーが戦没者と合祀され、ドイツの首相が参拝したらどうでしょうか?世界中の非難が集中することは間違いありません。しかしヒットラーには民族浄化の名のもとにユダヤ人大虐殺という、人類に対して決して許されることの出来ない重大犯罪を犯したという事実があります。

日本のA級戦犯の場合はどうでしょうか?人間として許されることの出来ない犯罪事実があったかどうかという点が判断の分かれ目となります。もともと戦争自体が人類にとって許されることの出来ない犯罪です。しかし現実に世界の歴史を顧みると、侵略や戦争の繰り返しが現在も続いています。

A級戦犯を裁いた東京裁判は「勝者が敗者を裁いた」という事実があります。ここにヒットラーとA級戦犯に対する評価に違いが出ているのだと思います。これが国内での刑事事件であるならば、争いを客観的に判断し、法律のもとに厳正に処罰されます。そこには勝者も敗者もありません。

ともあれ、戦争は罪悪です。昨年九月、冬柴氏とともに訪韓した安倍晋三・前自民党幹事長は、韓国大統領からの歴史問題 への懸念表明に対し、「日本が平和を守る勢力かどうかは日本の戦後史をみれば分かる」ときっち り反論しました。靖国問題も大切ですが、これからは戦後の日本が侵略とは無縁の平和国家であることを、もっと強く、世界中に訴えてゆく努力を積み重ねることではないでしょうか。

かまって欲しい その2 過去との決別 5/13

前回の藤原通信「かまって欲しい」は結構な反響がありました。そこで調子に乗って今日は少し深刻に!

600万とも700万とも言われる「団塊の世代」がいよいよ定年を迎えます。退職金だけでも60兆円とも言われ、産業界は色めき立っています。このような大量の人々が「毎日が日曜日」を迎え、大量の「奥様べったりの濡れ落ち葉」や「ワシも(一緒に)連発で奥様つきまといのワシ族」を輩出するのでしょうか?

一足先にこの段階に入った私からのプレゼントとして「過去との決別」を贈呈したいと思います。前回も述べましたように、まわりの人は「会社や肩書きに対して敬意を払っているのであって、あなた自身に対して敬意を払っているわけではない」という冷酷な事実に退職と同時に否応なく直面します。この時点での心の切り換えがその後20〜30年も続く、第二の人生の大きな転換点になるのです。

役に立たない過去の栄光とはキッパリと決別すべきです。大会社で地位が高かった人ほど、「かまってくれる」落差が大きく途方にくれ、逆に会社内ではほとんど注目を浴びることのなかった下積みの人ほど、退職と同時にイキイキする実例をいやというほど知っています。

私の場合は過去の遺産が大きかったので、過去と決別するにはそれだけ大きな力が必要でした。そこで勤務地から遠く離れた「誰も私を知らない」土地に移り住み、ゼロからの出発を敢行しました。おかげで「意識が完全に切り替わる」ことに成功しました。

まず最初は「絶対に私をかまってくれることのない」自然を相手にしました。すなわち力仕事です。建設費用を削減するために、造園工事を一切発注しなかった新居で、いままで決してやったことのないレンガ積みや敷石に、さらには木材を買ってきてのウッドデッキ作成などに汗を流しました。とにかく不器用な私ですので出来上がりは目を覆うばかりでしたが、我が家の奥様は「濡れ落ち葉」や「ワシ族」よりはマシと「上手やないの〜」とおだてて私の意欲を持続させてくれました。

「お車つき」の経営トップの座から力仕事への大転換はとても新鮮で、半年間は夢中で庭仕事に取り組みました。一日2〜3回も近くのホームセンターに通い、結構お金を使いましたが、見事に過去との決別に成功しました。

それから名前を藤原雄一郎とかえて、ついには出版にこぎつけたり、クルーズコンサルタントを初めとする旅行業資格を獲得し、旅行業界への入り口を懸命にこじ開けようとしている私!! 毎日が刺激的でとても充実しています。しかし紙面がありません。これから時々続編を公開します。

そんなわけで本日からしばらく藤原通信休みます。ごめんなさ〜い!

国際社会の動向に鋭く反応する中国 5/11

反日デモも中国当局がやっと本気になって封じ込め、当面は収まっているように見えます。ここで私たちが良く本質を理解しなければならないのは中国も北朝鮮も本質的には同じ国だということです。北朝鮮は金正日に代表される一部特権階級による独裁国家であり、中国は共産党という、より大人数の特権階級による独裁国家であるという事実です。

このような独裁国家では国民による自由な意思の表現などが許されるはずがありません。中国の反日デモは官製のデモであり、デモの実行も阻止も国家思想の思いのままであることを忘れてはいけません。すこし前の高度成長期には日本企業の出張者の電話は盗聴され、いまではネットの書き込みが国家により勝手に削除される国なのです。

その意味でワールドカップアジア地区予選での北朝鮮の暴挙に対してFIFAが北朝鮮での開催を取り上げ、第三国で観客を入れずに試合を行う裁定を下したのは中国に大きな影響を与えたと思います。

反日デモを沈静化させたのは日本との二国関係を配慮したのではなく、国際世論が中国の予想に反して厳しいものであったことに中国が鋭く反応したためだと理解しなければなりません。日本の意向など歯牙にもかけない中国です。

その意味で来たるべき北京オリンピックは絶好のチャンスです。「日本国民である選手と観客を中国の暴徒から守る自信がもてない」と中国に迫る国際包囲網を日本は積極的に展開すべきです。月曜日のテレビタックルで共産党の議員が「スポーツに政治を持ち込んではいけない」などとピントはずれの意見を展開していましたが、この問題は政治とは無縁です。

国際社会が守るべき最低限のルールさえ守ることが出来ない国にオリンピック開催の資格は本当にありません。明らかなウイーン条約違反に対して謝罪も賠償もせずに「原因は日本にある」などと強弁する国にオリンピック開催の資格が本当にあると思いますか?

世界に警察が存在しない以上、国際社会でのルールを遵守しない中国や、北朝鮮に対して、もっともっと国際世論を沸き立たせる外交を日本は展開すべきです。国連の常任理事国を目指すために、言うべきことも言わずに、ひたすら機嫌を取るような土下座外交はまっぴらゴメンです。

むしろ自国の権益でかけひきばかりの国連の、しかも日本を敵国としている国連に対して負担金を下げる勇気が必要だと思います。言うべきことは言い、やるべきことはやる、そのような日本外交を展開して欲しいものです。

JRに旧国鉄の姿を見た 5/09

事故当日にボウリング大会などの不適切行為が大々的に報道されています。私だけでなく、多くの人々は「親方日の丸」「お客様へ目を向けない」旧国鉄の姿を思い浮かべたと思います。

「上尾事件」を覚えておられますか? 昭和48年のことですから、若い人たちは知りませんね。 当時の国鉄は毎年春になると「順法闘争」と称する「サボタージュ」を行っていました。当時私は荻窪から東京まで国鉄を利用していたものですから、その被害の大きさには正直いって怒り心頭でした。

「順法闘争」とは賃上げ要求を通すのに公務員はスト権がありませんので、電車の運行をわざと遅らすサボタージュを行うことを言います。何しろ乗客の多い首都圏ですから、このようなことをされると、大混乱が生じ、列車の遅れや中止に超満員電車での長時間拘束など、出勤した時には疲労困憊で声もでません。

ついに昭和48年3月13日、上尾駅で乗客が暴動を起こし「国鉄職員をぶっ殺せ!」と職員を追い回す大暴動に発展しました。またこれに触発されて新宿でも暴動が起こりました。もし私がその場に居合わせたら、恐らく一緒になって暴動に参加したであろうと思うほど、当時の私たちの怒りは大きかったのです。しかし動労・国労は反省のかけらもありませんでした。順法闘争はその後も続きました。公務員組合幹部には常識のカケラもないことは今も変わりありません。

要するに「乗客を人質にとって、乗客をいじめることで、自分たちの要求を通そうとする」国鉄職員の横柄な態度に、日頃はおとなしい乗客の怒りが爆発したのです。国鉄民営化でこのようなひどいことは無くなりましたが、今回のJR職員の乗客無視の態度に相通ずるものがあり、「風土は簡単には変わらない」と痛感しました。

社会保険庁にも相通ずるものがあります。公務員の組合幹部やエリート役人には国民への目線は全くありません。「顧客無視」の公務員に事業をやらせてはいけないのです。郵政公社も早く民営化すべきだと(本来は民営化反対の私でさえ)強く思いました。

熱心でまじめな多くの公務員を非難しているのではありません。公務員の組合幹部のひどい考え方と、お金を湯水のように浪費するエリート官僚に国民の大切な税金を扱わせてはいけないと言っています。 「民で出来ることは民で」を徹底させて、どうしても官でなければ出来ないことだけを「透明性を持って国民注視のもとに」官にやらせることにつきると思います。

それからJRとの記者会見での「記者の横柄な態度」にも我慢がなりません。このような横柄な恫喝をする記者の姿をテレビはもっと映し出すべきだと思います。「JRも問題だがお前たちも問題だ」 恥を知れ! と言いたいです。

かまって欲しい 5/06 

本日出勤の人も土曜・日曜がひかえていますので連休気分からまだ抜け出していないと思います。そこで今日は政治・経済の話は抜きにして、この連休で皆さんが体験した、「毎日が日曜日(いまは楽しい)」について少し話題を向けてみたいと思います。

みなさんは「かまって欲しい」という言葉をどう解釈しますか?広辞苑をひいて見ましたが私の言いたい言葉が見つかりません。丁度子供が「かまって欲しい」ばかりに「悪戯をしたり」「泣き叫んだり」するような・・・ 要するに「関心を持って欲しい」「気にかけて欲しい」と言った意味なのです。

会社人間が退職して「毎日が日曜日」になった時に、大きな問題として遭遇するのが「かまって欲しい病」です。いままでは仕事にかこつけて、全く家庭を顧みなかった亭主が、「人とのかかわり」を突然失って、急に奥さんに対して「かまって欲しい病」を発症させます。世の中でいう「濡れ落ち葉:常に奥様につきまとう」とか「ワシ族:なにかというとワシ(私)も・・」への変貌です。

亭主に対しては長い間、会社が「かまって欲しい病」を満足させて来ました、一方、専業主婦の奥様は、子育て完了時点から、長い年月をかけて、「かまって欲しいネットワーク」を構築完了していますので、結構忙しく、いままで散々家庭を顧みなかった亭主の面倒など今更見るわけには行きません。そこで争いが起こるのが一般的です。

「人は一人では生きることが出来ない」ということを今一度真剣に考えて見ませんか?「自分が相手をかまい」「相手が自分をかまう」そのような関係の構築がとても必要だと思いませんか? それが人脈なのです。「そのような人脈をどのようにすれば作れるか」を、忙しい時にこそ、頭の片隅で考えておくことが重要だと思います。

会社では否応なく「人との関わり合い」が発生します。良い関係も悪い関係もあるでしょう。そして毎日が忙しく「かまって欲しい病」など発症する余裕すらありません。しかし会社という「人との関わり合い」の場がある日突然終焉したら、とたんに「人は一人では生きることが出来ない」ことを認識させられます。

悪いことに、会社時代は会社の知名度や会社内での肩書きなど「あなたの人間性」とは関係のない面で「あなたをかまってくれる」人が大勢いたはずです。このような人は退職と共に一目散で逃げてゆきます。さあ!「あなたの人間性」だけでかまってくれる人がどれだけ存在するか?人脈の棚卸しが必要ですね。

藤原通信は「読者の皆さんが、藤原雄一郎をかまってくれている」貴重な場でもあります。ネットの時代、このような「かまって欲しい病」治療法もあると思いませんか? そのうち「藤原雄一郎の楽しい『毎日が日曜日』」というタイトルで治療法をご披露したいと思っています。

税金の無駄使い 労働貴族にスポットライトを 5/04 

大阪市職員厚遇問題で俄然注目をあびた地方公務員の厚遇問題で、次第に組合の態度が新聞やテレビで報道される機会が多くなって来ました。そこには「税金」という視点を欠いた労使なれ合いでのお手盛りが目立ちます。民間企業なら「赤字で倒産」の運命が待っていますから、自然と歯止めがかかりますが、お役人の場合は「税金と借金」という逃げ道がありますので、歯止めがかかりません。

大阪市の場合も「誤りを正す」行為に対して組合が猛然と反発し、大阪市は一時、組合の了承なしに実行を宣言しました。そして国民感情と組合幹部の意識の差を歴然と世間に知らしめることになりました。

さて地方公務員の「退職時特別昇給」制度なるお手盛り退職金について今日は話題にしたいと思います。この制度は、昭和27年に設定され、長年の功労に報いるために、功労のあった職員を退職時に特別昇給させ退職金の増額をはかるものです。ところがお役人の特性で、ほとんどの職員が特別昇給の対象となり、いわゆる「お手盛り退職金」となっています。

国民の非難に耐えかねて昨年5月にこの制度を国は廃止しました。その後の実情を産経新聞が調査したところ、ほとんどの地方自治体では「廃止」もしくは「廃止の方向」との解答を得ているのですが、なかなか即時廃止に足並みをそろえることが出来ないようです。

いずれも「既得権益」として労働組合が頑強に反発して廃止が難航しています。宮城県など5件は労組の抵抗で廃止がずれ込み、労働組合に配慮して廃止を段階的に行う県もあります。そして青森、秋田、岩手の北東北3県と千葉、徳島の計5県は組合側との合意がないまま実施に踏み切っています。

改革を進める横浜市と、職員厚遇の大阪市では、住民あたりの職員の数で大差があります。大阪市のように市役所内部の助役から市長になった場合の労使なれあいが財政破綻を加速させています。

今回の「お手盛り退職金制度廃止」で産経新聞は「見直しに向けた労使交渉の中では、制度の存続や廃止後の補填(ほてん)を要求するなど職員労組の『既得権』を死守しようとする抵抗がにじみ 出た。県側も段階的廃止や実施先延ばしなど労組に配慮して廃止にこぎつけており、長年続いた 労組との"蜜月"が『お手盛り』につながったことをうかがわせた。」とあります。

750兆円の借金で、まさに破綻しつつある財政の立て直しにはお役人の大改革と同時に労働組合にもメスを入れなければなりません。労働組合に支えられている民主党が財政改革や郵政民営化に消極的なのは「民主党は労働貴族の味方」だと考えざるを得ません。

JR脱線事故で思うマネーゲームの恐ろしさ 5/02

100人を超す犠牲者を出したJR脱線事故は、これからいよいよ原因追及の局面に入って来ます。経営陣の安全面に関する考え方を浮き彫りにして欲しいものです。

JRの前身は皆さん良くご存じの動労・国労で名をはせた国鉄です。「親方日の丸」で赤字を垂れ流し、20兆円もの放漫経営のツケを国民に押しつけた元凶です。それが民営化されて「親方日の丸」体質が一掃されたとも思えません。

「あれほど働かなかった過激な組合」に率いられた社員の体質改善に対する旧国鉄改革派と呼ばれる人々の焦りが、新聞紙上で報道されている、陰湿な日勤教育となったのかもわかりません。旧国鉄時代は動労などの組合が管理職をつるし上げにしていた、丁度その逆のようにみえます。

社会保険庁の自治労やエリート幹部の腐敗ぶりや、大阪市の労使一体となった厚遇問題を実際に知らされると、「腐った官公労(官の労働組合)の精神をたたき直したい」とのJR幹部の焦りもわからぬ訳ではありません。(JR幹部が実際にそのように思ったか不明ですが、日勤教育の実態からはそのように推測されます。)

もともと「親方日の丸」のお役人や自治労には税金をまかせるのが間違いです。しかしそのために100人を超す尊い人命が失われたとしたら本末転倒も著しいと言わざるを得ません。

ここで思い出すのは「ほりえもん」で有名になったマネーゲームです。村上世彰ひきいる「M&Aコンサルティング」では内部留保の潤沢な企業がねらい打ちにされ、せっかく営々と蓄積した利益を株主がかすめ取ろうとしています。村上世彰などは製造業の内情を理解しようともせず、単なるバランスシートで経営をしようとしています。

JRや製造業にとって、設備投資のための資金は「利益を蓄積した内部留保」から捻出したいと思うのが常識です。設備投資用に貯めていた資金を株主がかすめ取った場合どうなるのでしょう。新しい設備の投資のためなら銀行もお金を貸してくれるでしょう。しかし安全投資はその効果が目に見えて評価出来るものではありません。

安全投資こそ「利益を蓄積した内部留保」を充当すべきで、株主などがかすめ取って良いものではありません。頭の中でのみ経営するマネーゲームに歯止めをかけなければ、製造立国日本の将来は危うくなります。米国ハゲタカの手先、竹中大臣一派が日本経済を欧米の餌食にするようなことはやめて欲しいと思います。日本には日本流のルールがあって良いはずです。

100人を超す犠牲者の心の叫びが色々な問題を提起してくれています。「時間厳守よりスローライフを」(前々回)「過去の赤字路線が命を奪った」(前回)「マネーゲームは安全の敵」(今回)と犠牲者が叫んでいる声が聞こえてきてなりません。再発防止の考え方の思考範囲を広げるようにと!
 

ビジネス応援団藤原通信>藤原通信2005年5月号