関西経営コンサルタントの雄 藤原雄一郎の経営最前線シリーズ 日本型経営の研修に最適 大阪藤原雄一郎の時事通信 2005年1月号 |
日本海海戦と考える自己増殖組織 1/28NHK番組「その時歴史が動いた」は私のよく見る番組のひとつです。1月26日は日本海海戦におけるロシアのバルチック艦隊との決戦で起用された参謀、秋山真之の苦悩について放送していました。この番組でとても強く私の興味を引いたのが今から100年も前に立派に現在に通用する考え方を秋山真之が持っており、しかもその考え方の浸透が歴史に残る海戦でロシアに勝利した理由だということです。ここで詳しいことを説明することは致しませんが、ポイントは 「戦闘に参加するすべての人間が作戦の神髄を理解し、思わぬ事態の急変に対して、指揮官の命令と反してでもその時点で一番有効な行動を取る」ことでした。軍隊は上意下達が徹底した組織です。その組織において「指揮官の下した命令に従って行動すれば完全に勝機を逸してしまう、まさにその瞬間に現場の指揮官が命令とは反対の行動を取る」という一歩間違えば軍隊としての組織行動を破壊するような組織づくりを秋山真之が目指したということです。 これはまさに私が主張する「考える自己増殖組織」です。「各人が好き放題に統制のとれない行動をする」のではなく、組織としての目的を熟知し、その組織にとって一番的確な判断をすることが出来る情報を持つものが、全体の目的達成にとってその時点で最も有効な行動を現場の判断で実行することを意味します。 「一見バラバラの行動のように見えながら、全体として見れば一糸乱れず目的にそった行動となっている」このような組織こそが、状況が刻々と変化する現在、もっとも要求される組織形態です。このような行動を可能にするには「情報の重要性の認識と的確な情報に裏付けされた戦略の立案」が必要です。この考え方はアメリカ人の得意とするところですが、日本人は苦手だといわれて来ました。それを100年も前に現実に達成していたことが驚きでした。 大量生産、大量販売の高度成長が長く続いた結果、私たちはあまりにも「上からの命令」に忠実になりすぎ、自分の頭で考えて行動することから遠ざかってきました。市場の要求が多岐にわたり、しかも刻々と変化する現在では、その最前線に位置する皆さんが一番有利な位置にいます。しかし自分勝手な行動をとっていたのでは会社としては迷走します。 「素晴らしい頭脳を持ったセンサーに誘導されながら組織が軽やかに機動的に動く」このような「考える自己増殖組織」が今や時代の最先端です。この思想を100年も前に日本帝国海軍が持っていたにもかかわらず、第二次世界大戦では大艦巨砲主義にとらわれて、あえあなく航空機の餌食となって轟沈した戦艦大和や武蔵のようにならないためにも、考える自己増殖組織の重要性を改めて痛感しました。 来週はクルーズコンサルタント修行のために海外クルーズに行ってきますので藤原通信はお休みを頂きます。 おかしいぞ 朝日新聞 1/26NHKと朝日新聞のバトルはまだ続いていて全面戦争になりつつあります。マスコミの一方的で強引なやりかたに世間の目が集中することはとても良いことだと思っています。もっと徹底的に妥協することなく戦ってほしいものです。問題となった番組は「女性国際戦犯法廷」を取り上げたもので従軍慰安婦問題に対して「天皇裕仁を婦女暴行と性奴隷制についての責任で有罪と認定する」もので、しかも法廷の体裁を整えていない一方的なものだと報じられています。私自身は実物を見ていませんから何ともいえませんが、朝日新聞を猛烈に攻撃している産経新聞の報道によれば、左翼勢力による極めて偏向した報道であると断定しています。 正直言って公共放送であるNHKがこのような番組を取り上げたこと自体が「報道の中立・公正」の観点から極めて異常であると言わざるを得ません。そのような報道に対して当時の安部副官房長官が「中立・公正に」と言ったとしたら、きわめてまともな発言ではないでしょうか?この問題はそもそも「番組が中立・公正」であったか否かを最初に論ずるべきなのです。 それを朝日新聞は「番組が偏向しているか」と「NHKに対する政治的圧力」は切り離して考えるべきと宣言し、もっぱらNHKの幹部が「言った、言わない」という低次元での論議に逃げようとしています。このような水掛け論で論争の幕引きをするつもりでしょう。そして他のマスコミの一部も「中立・公正に」というのはまさに政治的圧力であるとの発言をしています。 安部副幹事長は「泥棒や殺人に対してこれは良いことだ」という番組があれば当然「中立・公正に」といっても問題にならないでしょう。報道とは常に「中立・公正」でなければならないとの一般論を言ったまでですと発言しています。この番組が「泥棒や殺人賞賛」のたぐいであるかの検証がまず第一です。 「番組偏向と政治圧力は別」といいながら、テレビ朝日はロッキード事件で有名になった堀田元検事を登場させ「ロッキード事件で政治家筋から公平・中立にといわれたが、これは明らかに厳しくするなという圧力であった」と言わせています。テレビ朝日は「今回の番組がロッキード事件と同列」との印象を与えることにより「番組の偏向」から目をそらせ、世間を納得させようとする世論誘導が見え見えです。 「この番組が偏向した異常なものである」のは誰の目にもあきらかですから、朝日新聞が「番組偏向と政治圧力は別」と言ってみたり、ロッキード事件を持ち出したりすることは、真実からの逃避で、とても報道人としての良心があるとも思えません。 朝日新聞とかテレビ朝日の報道には今までも目にあまるものがありました。今回の事件は中途半端な結果に終わらせることなく徹底的にマスコミの横暴と出鱈目を暴いて欲しいものです。 ブッシュ政権二期目のスタート 1/24ブッシュ政権の二期目がスタートしました。何と言っても注目は外交です。穏健派のパウエル長官に変わって、大統領腹心の切れ者ライス長官の登場で世界はどのように動くか注目されています。圧倒的な軍事力を背景に強硬な姿勢を取るブッシュ政権が穏健派パウエルの退場でいよいよ一国覇権主義が色濃く出てくるのではとのもっぱらの評判です。小泉政権はいよいよイラクから撤退出来なくなりそうです。織田信長に仕えた豊臣秀吉のように「撤退のしんがり」を見事に果たす優秀な人材が日本政府に強く要求されています。野党民主党でも「これは!と唸る見事な撤退論理」を考えだせば国民の人気を一挙に勝ち得るのですが、知恵者が出て欲しいものです。 私は泥沼イラクにアメリカとともに日本がどっぷりと引きずり込まれるのをとても心配しています。恐らく多くの皆さんも同じ気持ちではないでしょうか。 アメリカの一国覇権主義に劣らず注意しなければならないのは大国中国です。中国は弱いと見れば一挙に攻勢をかけてくるのは領土問題やら露骨な反日政策を見ればあきらかです。日本人は一般的に「強きに弱く。弱きに強い」国民性を持っています。特に戦後の日本にはアメリカべったり、中国ベッタリで外交はなかったと言えるでしょう。 将来必ず大きな脅威となって日本の前に立ちふさがるであろう中国に対して、また迫りくる北朝鮮の脅威にたいして、日本はどのようにして国を守るのかの覚悟が私たち国民にもそろそろ必要になってきました。 これらの脅威に対処するためにはアメリカの力が必要と、従来通りアメリカ追随で、英国と同じようにアメリカの要求には100%応じる道の選択、すなわちイラクではいかなる犠牲が出ても最後の最後までつきあうのか?アメリカがイランにまで手を伸ばした時も徹底的につきあうのか?それとも自分の国は自分で守るために憲法改正をして核兵器を含めた軍事力強化で自主独立の道を選ぶのか? そろそろ戦後教育の一番の問題点である、「平和憲法を盾に何もしないという実現不可能な平和への道(こちらが武器を持たなければ相手は良識があるから攻撃しない)」の幻想から目覚めて、冷静に現実を見つめて、現実的な選択をする時期に来ていると思います。 平和を守るには必ず犠牲が出ます。どの程度までの犠牲を覚悟して、平和への道を確保するのか?「平和と犠牲」にはまさに「権利と義務」と同じようなバランス感覚が求められています。最近の日本のように「義務には知らぬ顔で権利ばかり要求する」のは日本国内では通用しても、弱肉強食の掟が支配する世界政治には通用しません。「犠牲ゼロでの平和の確保」を叫ぶ左翼勢力の「平和ボケ」や「義務は無視した権利ばかりの要求」から脱却すべき時期をブッシュ政権は加速させそうです。 小泉退陣もいよいよ視野に 1/21小泉首相が「私の任期も遅くとも来年9月まで」と語ることによって「郵政民営化に政治生命をかけて全力投入することを改めて宣言したのでは」と報じられています。小泉首相が来年9月までの任期であることは誰もが承知していることですが、このように本人の口から聞くと、いよいよ退陣の時期がせまっているのだと感慨あらたなるものがあります。時代の大きな転換点に立って、小泉首相は財政再建のために小さな政府を目指し「民でできることは民で」「地方でできることは地方で」と叫んで来ました。この方向性は誠に正しいと思います。その方向性の正しさと「何かやってくれる」との期待感がこのような長期政権を実現させたのだと思います。 1000兆円もの借金をかかえた日本はもはや「無い袖は振れない」破綻状態で、具体的な地獄絵は描けなくても、将来に対して漠然とした不安を抱き、何かしなければならないと誰しもが思っていると思います。このような状況であるにもかかわらず、小泉構造改革は既得権益を死守する政・官・業の連合軍にことごとく撃退されて、官僚支配の高い壁は微動だにしていません。 小泉後は一体どのようになるのでしょうか?今までの反動で、バラマキへの逆戻りも十分に考えられます。小泉構造改革のかけ声の中で、存分に焼け太って逞しく生き延びた官僚による支配はこれからも当分続きそうです。そして社会保険庁に見るように公金のムダ使いは後を絶たないことでしょう。 公金のムダ使いはエリート官僚だけではありません。合理化反対の急先鋒である「自治労」という組合の存在も大きな問題です。自治労をかかえた民主党は、当然郵政公社の職員に対して公務員としての権益を死守しようとするでしょう。事実郵政民営化に対して民主党は責任政党としての案すら出せないでいます。組合を中心とする旧社会党や民社党の古い人材をかかえた民主党に国や地方の行政の合理化の旗をふることなど期待すべくもありません。 ここは若い人たちを中心とした政界再編でしがらみの無い斬新なアイディアの政党が誕生してくれないものかと固唾を飲んでこれからの一年を見守りたいと思います。 このままの放漫財政が推移すれば、国際的信用を失墜し、将来に目もくらむようなインフレか増税が待っています。なんとしても官僚支配から日本国を解き放ち、行政の大幅な合理化で公金使用の効率化を図らなければなりません。その意味でここ1〜2年の政治が孫子の代まで影響を及ぼす大切な時期だと思います。 「猿は木から落ちても猿だが政治家は落選すればただの人」ですから落選の恐怖はただならぬものがあります。いわゆる「無党派層」といわれる人たちはいまや過半数近くにものぼっています。私たちが真剣に国の将来と私たちの生活を考えて、政治に大きな関心を持って動けば必ずや大きな山が動きます。いや動かさなければなりません。 震災とダイエーと1月17日は阪神大震災から10年目にあたるために、多くのマスコミはこの10年を振り返っています。私自身は阪神間の出身であり、現在は神戸に住んでいながら、震災時点では阪神間に住んでいなかったために、悲惨な目にあうことはありませんでした。しかしこの10年間どれほど多くの人々が苦しみに耐えてきたことでしょう。この地震で亡くなられた数多くの人々のご冥福を心から祈っています。また経済的にも多くの弱者が追いつめられ、例えば年金生活者がマンションの全壊で立て直しのための資金もなく、すべてを失って仮設住宅から出られないまま人生を終えた事例も多く発生していると報道では語っています。公的資金での援助には限界があることは十分承知しています。しかしこのような震災での被害者の報道がなされるたびに、言いようのない怒りがこみ上げてくることがあります。 多くの人々が震災の犠牲者に対して黙祷を捧げている同じ時刻である17日正午に産業再生機構によるダイエーに対するスポンサーの入札が締め切られました。ダイエーは結局自主再建が出来ず産業再生機構に支援を求めることになりましたが、今回も含め金融支援を受ける額は総額で1兆円近くにもなります。 しかも過去何度と無く支援を受けながら再建を果たすことが出来ませんでした。そして近くのダイエーの店舗を訪問すると、店員には危機感が全く見られません。一方で近くにある過当競争にさらされて不利な立場にあるホームセンターでは店員が必死になって顧客サービスにかけまわり、その気持ちが私たちに伝わって来ます。 震災で被害を受けて自活のめども立たない人たちに対して気前よく未払いのローンを放棄する金融機関は皆無です。それが放漫経営のあげくに1兆円近い金融支援を受けるダイエー。なんという大きな差でしょうか。 もっと腹が立つのは本四公団の莫大な借財です。政治家と官僚がやりたい放題で大きな赤字を出しながら誰が責任を取るわけでもなく、これまた1兆円を大きく超える金額が税金から補填される・・・ 震災被害と、このような事例とを同じ土俵で話すこと自体が冷静さを失っていると大きな非難を受けるのは百も承知です。しかし何ともやりきれない気持ちがします。ダイエーなどは「助けを求めても住宅ローンに対する債権放棄をして貰えない」震災被害者と同じく扱われてしかるべきではないでしょうか?債務超過にならない前に破綻処理すれば、傷口はもっと小さかったのではと思います。 とてつもなく大きな弱者の場合はまわりがピリピリして、力のない小さな弱者は一顧だにされずに蹂躙される・・・そのような気持ちにさせられた一日でした。本当に私も冷静さを失っていますね。 NHK番組政治介入で産経対朝日の戦い 1/17朝日新聞がNHK番組に対して政治介入があったと、内部告発者の発言を取り上げたことに対して産経新聞が猛烈と朝日をたたいています。とても面白い現象で、このような新聞相互の論争は多いにやって欲しいものです。マスコミは何度も言ってますが視聴率至上主義というか「私たちの興味をひくことを第一に考える」傾向があると指摘してきました。したがってマスコミ全体が同じテーマを追い出したら、私たちは完全にマスコミに誘導され、垂れ流される報道を真実と思いこんでしまいます。 今回のNHK番組への政治介入は「新聞各社の利害関係が異なった」のでこのような面白い現象が出てきたのだと思います。朝日はスクープとして大々的に取り上げ、当事者のNHKは当然のことながら否定して抗議と謝罪要求をしています。このような事態で他の新聞社がどのような反応をするかと思っていましたら、産経新聞が「結論ありきの偏向番組でNHKが自主的に改変するのは至極妥当」「内部告発者の言い分は伝聞、風聞にもとずくもので空中分解」など手厳しく朝日を批判しています。 そして番組が取り上げた 「女性国際戦犯法廷」のひどく偏った結論ありきの内容について批判しています。一読の価値はあります。 http://www.sankei.co.jp/news/050115/morning/15pol002.htm 驚いたことに産経は系列のテレビ番組「報道2001」で、安部前幹事長から「この時期に4年も前の事柄を騒ぎ立てる朝日の意図は(特定勢力と結びついて)北朝鮮強硬派である安倍、中川をおとしめて、私たちから発言権を奪うためである。これは北朝鮮工作員まで加わった誹謗中傷事件である」とまで言わせています。また形勢不利と見た朝日はサンデープロジェクトで必死になって「悪いのはNHK」と論点をずらす戦法で攻め立てています。 今まで何度も言いましたように「傍若無人に権力を振り回すマスコミをやっつけるのはマスコミしかない」ということが現実に目の前で展開していることは嬉しいかぎりです。今回の場合、朝日にスクープされた産経が、朝日の報道の内容の脆弱性を察知して、スクープを逆転させて耳目を集めようとの動機不純もかいま見えますが、このようなことが日常的に行われれば真実が本当に見えてきて大歓迎です。これからの推移を楽しみにしています。 その一方で毎日新聞がしつこく大阪市の乱脈ぶりを告発しています。また朝日新聞も15日の社説で「社会保険庁―解体しか道はない」と訴えています。このような地味ではあるけれど国と地方の行政が税金を食い散らすことに対する怒りをかき立てる報道を大きな国民の怒りにまで発展するように報道し続けて欲しいものです。 そのためには、このような地道な報道に対して私たちが敏感に反応し、新聞の売り上げを増加させることしか方法はありません。マスコミも所詮営利企業ですから「儲からないことには力を入れない」という経済原理が働きます。それを逆手にとることが私たちの声を大きくする唯一の方法ではないか?そのように思いました。 特許裁判 一体何を信じれば良いのか 1/14日亜化学と中村氏が争っていた青色ダイオードの発明対価を巡る訴訟でこのほど和解が成立しました。一審では200億円の支払いを日亜化学に命じて大きな話題となり、その後続々と特許をめぐる企業と発明者の裁判で1億円を超える高額な判決が出るようになりました。今回は8億円で和解が成立していますが、二審では日亜化学側が一審の反省に立って徹底的に争った結果、裁判で争っている「404特許」の発明対価は何と200億円から1000万円まで下がりました。そのため和解金額8億円は中村氏の日亜化学時代の特許全てに対する発明対価となりました。 もともと一審で日亜化学側は中村氏が争っている「404特許」の価値はゼロであるとの主張を繰り返していました。一方中村氏側は青色ダイオードの利益の源泉は「404特許」の貢献が100%と真っ向から食い違い、200億円の対価を要求しました。しかし日亜化学側がその有力な証拠を出さなかったために200億円の判決が出たにすぎないと指摘する人もいます。そうであれば判決の根拠が希薄で、裁判官は適切な発明対価の決定根拠を持っていないことになります。 二審では日亜化学側が裁判を甘く見ていたと反省し、徹底的に証拠を出して裁判官を説得した結果このような大きな差となってあらわれたのだと思います。 ここで技術出身の私としては特許のような高度に専門知識を必要とする事項で裁判所が果たして正しい判断を下すことが出来るのだろうかということです。一審で日亜化学が決定的な証拠を出さないと200億円、二審で証拠を出すと1000万円!これで果たして裁判と言えるのでしょうか。 「404特許」が商品化される過程でどの程度貢献したかは、企業内部の人間なら十分に分かりますが、それを外部の人間が立証するのは極めて困難です。また企業と個人が争った場合、企業が悪意をもって膨大な資料で攻め立てた場合には、個人では到底太刀打ち出来るものではありません。 このように簡単に一審と二審が食い違う程度の裁判官の能力では裁判そのものの価値が疑われます。このような特許裁判といい、UFJと住友信託合併訴訟での一、二審逆転といい、裁判制度自体が時代の大きな流れに対応出来ていないのではという不安を感じました。 また最近はどうせ控訴段階で適当に修正されるからと思っているのかどうかしりませんが、一審で世間を騒がせる判決が良くなされています。そして高裁、最高裁で常識的な線に落ち着いています。これはまさしく裁判官の質の低下ではないでしょうか。 さて今年の政界は? 1/12経済界については「絶滅種」か「進化種」かの取捨選択が今年は決定的になり、多くの「進化種」が逞しくあらわれて生き延びる年だと言いました。さて政治はどうでしょうか。残念ながら与野党ともに完全に方向性を見失っています。少子高齢化で年金、医療、介護などの福祉に当然重点をおかなければならないのに、昨年の年金騒動もすっかり熱がさめて、大きな問題は置き去りのままです。さらに1000兆円を超える膨大な借金をかかえながら問題のあまりの大きさに誰もが不感症になっているのではとさえ思えます。行政の非効率の象徴である国と地方の関係も三位一体改革では問題は完全に先送りされました。 また自民党も来るべき選挙に備えて賞味期限が切れた小泉首相にかわるフレッシュな顔が必要な時期に来ているのに、一向に新しい顔が台頭してきません。そして、とても静かです。攻める民主党も精彩を欠いています。早くも「壊し屋小沢」が「岡田代表で選挙に勝てるのならいいがそうでなければ新しい顔を」と叫ぶくらい存在感がありません。政権奪取の気迫が見えないのです。 今年は大きな選挙がありませんからこのような状態でも問題はないのでしょうが、来年は一体どうする気かとても気がかりです。受験勉強と同じで試験(選挙)が近づかないと活性化しないのでしょうか。そろそろ今年の後半ぐらいから騒がしくならないと間に合わないのですが。 このような状態では日本も既成政党も大きな変化に身動きが出来ず、絶滅種への道をまっしぐらに驀進しているような不安を覚えます。そして気がついてみたら大きな被害を受ける私たち国民の嘆きの陰で、官僚だけがしぶとく生き残っているような悪い予感がします。 元経済企画庁長官の堺屋太一氏が叫んでいるように「平成官僚は日本を滅亡に導く。一日も早く官僚支配からの脱却を」を改めて認識し、私たちの合い言葉にしなければいけないと思います。そのためには私たちが絶えず官僚や族議員の動向を監視し、声をあげなければなりません。結局痛みを強いられるのはいつも私たち国民ですから。 政治家や官僚に負けないように、弱い立場の私たちが絶えず進化して生き延びなければなりません。さしずめ今年は郵政民営化で官僚の焼け太りを許さないように厳しく監視して行こうではありませんか。 考える自己増殖組織 1/10今年のキイワードは「進化して生き延びること」だと私自身は思っています。元経済企画庁長官の堺屋太一氏は早くから「知価社会」の到来を主張しています。また「二十一世紀は知恵で生き延びる時代」と私も藤原雄一郎経営最前線シリーズで訴えています。個人個人が知恵を出し、挑戦をして新しい自分自身へと進化することです。皆さん自身を振り返って見てください。あまりにも「上からの指示」に忠実でありすぎませんでしたか?高度成長期の美点とされたことは「上からの命令で一糸乱れず行動し成果を出す」ことではなかったでしょうか。ところが「上からの命令」が理不尽で実現不可能な精神論が多いために、結局「法令違反に走る組織としての規律違反」をひきおこし会社の存亡が危なくなる事例が多発しています。 これはすでに組織が上の命令とは別に、勝手に間違った方向に自己増殖しはじめた証拠です。テロ集団アルカイダの詳細は知りませんが、「イスラムの正義のためにアメリカを粉砕」という大きな目標のもとに、個々のテロでは組織の末端が勝手に殺人に走っているような印象を持っています。戦争なら国のトップの敗北宣言で終結しますが、テロのような自己増殖組織に対してはその掃討は容易なことでは実現しません。 時代の要求が多様化している現在では(戦争型である)経営トップの「鶴の一声」で走っていては組織が壊滅する恐れがあります。今の時代は(掃討が難しいテロ組織のように)最前線の人間が自分自身の判断で、考えて即実行に移す自己増殖組織でなければ対応出来ないのではないでしょうか。 「上からの不条理な命令を達成するため」に法令違反の自己増殖をするよりは「上の命令は大枠だけとらえて」細部は皆さん方が現実に即した「考える自己増殖で生き延びる時代」になっています。 思い出してください。日本の製造業が世界の檜舞台に踊りでることが出来たのは、アメリカの「人を信じないでマニュアルで人を動かす」方式に対して、小集団活動に代表される「現場の最前線が絶えず改善、改良を考える」日本式が打ち勝ったからではなかったでしょうか。これこそ「考える自己増殖組織」であったのです。 すでに全く形骸化してしまった小集団活動を新しい考え方で「考える自己増殖組織」に衣替えすることが時代を生き抜く方法です。「私には権限がない」と思っている名もない社員が、目の色を輝かせて挑戦する職場がもっとも必要なのです。上からの指示を待つことなく、自らの意志で積極的に身近なことの改善を積み重ね、山をも動かす大きな力になろうではありませんか。 今年は動く! 1/07経済界について言えば、今年は動くと思います。昨年末にダイエーとミサワに対する産業再生機構の支援が決定しました。おかげでUFJは不良債権問題の最大の山場を超えて、メガバンクを長年にわたって苦しめてきた不良債権問題はほぼその山を越したと判断して良いと思います。 古くは水島そごう元会長の追放からはじまって、中内ダイエー、西武堤王国崩壊やミサワ創業者の三沢千代治氏の最後の抵抗など、日本経済の高度成長を支えた「名経営者」と称えられた人々が、時代の大変革に耐えきれず絶滅した恐竜のごとく、「鞭打たれ」ながら時代の舞台から消え去ろうとしています。(功労と罪悪は明確に区別して評価されるべきと思いますが) このようにはかなく消え去る人々と不良債権問題にケリをつけつつあるメガバンクとの間には「日本経済失われた十年」を長引かせたという意味で重要な関係があります。 高度成長期には湯水のごとくお金を貸し出してバブルを煽り、水島元会長をして「お金を勝手に貸し付けたのは銀行ではないか」と怒らせたその銀行が、バブル崩壊では一転して抜本対策を先送りして「本来命運がつきた企業」を、(その企業との)共倒れを恐れた銀行が、さらに資金を注入し続け延命させ、傷口を拡大して大きな破滅にまでつき進みました。 日本経済の「失われた十年」の間は「経済原則が通用しない経済界」を銀行団が形成し、数多くの企業は経営の自主的判断を奪われて来ました。そしてメガバンクの不良債権処理が山場を超し、メガバンクの共倒れ回避が明確になった昨年中に、数多くの延命治療中の企業が名門カネボウを始めとしてバタバタと行き着くところへ行き着いたのです。 そしてあのプロ野球騒動に見るように、昨年は、はっきりと「絶滅種」と「進化して生き延びる種」との色分けが明確になってきた記念すべき年であったと思います。今年は「進化して生き延びる種」が数多く頭をもたげてくる年になると思います。日本経済は今年は確実に動くと思います。 同時に昨年の状況を見て「これはいけない!」と周回遅れでリストラを始め、再生か絶滅かの分岐点に立たされる企業も数多くあることでしょう。しかし全般的に見れば「知恵を出せば確実に進化して生き延びる」ことが可能な「やりがいのある一年」になると思います。 進化して生き延びる 1/04皆さん明けましておめでとうございます。本日が新しい年の初出勤の会社も多いことと思います。今年もどうかよろしくお願い致します。さて賞味期限の切れた小泉総理ですが、私自身はどうしてもまだ小泉総理に未練を持っています。それは小泉総理の就任挨拶で引用されたダーウインの進化論「この世に生き残る物は、最も強い者か。そうでもない。最も頭のいい者か。そうでもない。それは変化に対応出来る生き物だ」がいまだに頭からはなれないからです。 少なくともこの着眼点はきわめて素晴らしいと思っています。昨年末、NHKの番組で地球が生まれて46億年の間に幾多の大変化があったことを伝えていました。そしてこのような大変化に対して生き物たちは「絶滅種」と「進化して生き延びる種族」にくっきりと別れたといいます。おおむね権勢をを誇り我が世の春を謳歌していた生き物は恐竜の例えのように大変化に追随できずに絶滅してしまったといいます。 一方弱い生き物は、日頃から生存の可能性を脅かされているために、「何とかして生き延びよう」と進化をかさね大変革に対しても日頃の努力が実り、見事「進化することにより生き延びることができた」といいます。何回も死の淵をさまよいながら生き延びてきたのが、私たち人類の祖先であったそうです。 新しい年を迎えるにあたり、この言葉を噛みしめて実践してゆきたいと思います。「苦しみながらも『進化』して生き延びる」とても良い言葉です。読者の皆さん!ともに手をとりあって「進化」して行こうではありませんか。 今年もよろしくお願いします。 |