関西経営コンサルタントの雄 藤原雄一郎の経営最前線シリーズ 日本型経営の研修に最適 大阪藤原雄一郎の時事通信 2004年1月号 |
古賀代議士と危機管理 1/30ついに民主党は古賀代議士の除名を決断しました。古賀代議士の学歴詐称事件については、危機管理の初歩的対応すらなされていないことを痛切に感じます。過去発生した雪印、日本ハムなどの企業不祥事と同じく、何事か不都合が発生した時の危機管理は、最初が肝心です。最初の対応を誤ると、取り返しがつかないことになることを、今回もはっきりと示してくれました。何か事件が発生し、多くのマスコミが殺到した時の最初の会見における言葉の重みを、良く認識しなければなりません。危機管理の第一歩は「最初に発した言葉はその後『誰もがなるほどと思う』理由が無い限り、決して安易に変わってはいけないことを肝に銘じること」です。そのためには最初の会見の時に、最悪事態を頭にたたき込んで、それなりの覚悟をした上で会見に臨まなければなりません。 皆さん思い出して下さい。社民党の辻元清美元代議士を。一番最初のぶら下がり取材の時に、きっぱりと疑惑を否定しました。その結果辻元清美元代議士は「嘘つき」の印象を最後までぬぐうことが出来ませんでした。 その点危機管理がしっかりしていたのは、石原プロの西部警察ロケにおける事故対策でした。社長の渡哲也が被害者に真っ先に詫びを入れ、記者会見では西部警察の撮影中止と放映中止も発言し、その通り実行しています。そして記者会見の席上の内緒話で「被害者に土下座したことを話していいでしょうか」と小さな声で尋ね「そこまでは必要ないでしょう」とのやりとりがありました。しかしこの会話はマイクを通して筒抜けに報道陣に伝わりました。 「あの渡哲也が土下座!!」その情報はその種大衆紙に大きく取り上げられました。「いやらしい」と批判する人もいますが、多くの大衆の怒りは収まり、渡哲也を励ます声が大きくなりました。石原プロには誰か卓越した危機管理のプロがついていたのではと思えるくらいです。 それに引き替え古賀代議士は、当初、卒業していないことが判明すれば議員辞職することを仄めかしながら、結局のところ居座りを表明しています。またその他の学歴についても二転三転し、現在のところ何が真実か明確ではありませんが、印象として「嘘つき古賀」のイメージをばらまいてしまいました。 弁護士を通じて卒業証書を貰ったとの発言は、たとえそれが真実としても一般常識とはかけはなれ(弁護士を通じて卒業証書を貰う人は極めて希だと誰しも思います)最初から疑惑の雰囲気を醸し出しています。危機管理の典型的な失敗例でしょう。 皆さんもこの辺で危機管理の重要性に今一度目を向けて下さい。危機管理のまずさで企業が吹っ飛んでしまうことは、最近の多くの事例が、証明しています。 派遣より撤退の方が難しい イラク自衛隊派遣 1/28いよいよ陸上自衛隊のイラク派遣が正式に決定し、航空自衛隊、海上自衛隊そろい踏みとなりました。イラク派遣は長丁場になると思います。その間、治安の悪いイラクで不測の事態が発生する可能性は大いにあります。その時、私たち国民の一人一人が見識を問われることになることを今から覚悟しなければなりません。「日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識」と良く言われます。特に不測の事態発生となれば、視聴率至上主義のマスコミはこぞって騒ぎ立てます。その時に、マスコミは視聴者である私たちがより注目する方向で、狂想曲を奏でます。マスコミの常套手段として、まずアドバルーンをいくつか上げて、その中で視聴者の興味を引いた項目について、各社一斉に殺到し大事件に仕立て上げます。それが常軌を逸していても、興味さえ引けば良いのがマスコミの習性です。 現実に陸上自衛隊が派遣されているサマワにマスコミが殺到し、現地の人々との会話の中で、「自衛隊が仕事をくれる」との幻想を掻きたて「期待と現実のギャップが生じたとき騒動が起こる」ことを煽っているように見えるのは私の妄想でしょうか? 国内報道と海外報道は文化も文明も歴史も違いますから、軽々に国内での報道姿勢を海外に持ち込むのは問題であり、また危険です。イラクに精通した記者が(各社ともそのような人材を豊富に持っているとは思えませんが)もっと静かに、そして正確に報道するべきなのです。日本からイラクに対して素人の人間が大挙して押し寄せて、ワイドショウ的感覚で、限られた局面の接触で軽々に報道するのは極めて無責任だと思いますし、場合によっては自衛隊員の命にかかわることになります。 さて古来、戦争において、攻撃するより数倍難しいのが撤退だと言われています。何も戦争だけでなく、最近の事例では、政治家と官僚の支配する世界に於いて、高速道路の建設の事例に見るように、一旦決定したことは事態がどのように変わろうと頑として変更しない思考停止状態があります。また不良債権処理など、問題を先送りして、どうにもならない状態に追い込まれないと苦い決断をしない事例には事欠きません。それほど日本人は撤退が苦手です。 不測の事態が発生した場合には物事の本質を冷静に見極めて、感情に流されることなく、判断しなければなりません。日本人の特性として、「一旦前に進めば死すとも退かず」「一億玉砕」の思想があります。第二次世界大戦において、現実を冷徹に見つめるよりは、絶望的な形勢の不利を人間の力を超えた超人的な精神力で補おうとした苦い経験を生かさなければなりません。 何も安易な撤退をせよと言っているのではありません。過去の豊富な事例から、日本人の習性として、安易に撤退するか、頑として撤退を拒むか、両極端の場合が多いと言っているのです。そしてかなりの比率で愚かなマスコミによる狂想曲によって冷静な判断を失わされることが多いものです。このような前提に立って、日頃の報道を冷静に見つめることが、何よりも大切であると思います。 借金平気のアメリカを支える日本 01/26米国経済の「双子の赤字」という言葉を良く聞きますが、どういうことでしょうか?米国の国家財政赤字と、国としての収支である経常収支の赤字の二つの赤字を称して双子の赤字と言います。ご承知のように、国家財政は日本も国家予算約82兆円のうち、40兆弱の赤字ですが、米国の赤字は4500億ドル(約50兆円)です。米国の国家予算は約250兆円くらいありますから、いかに日本の財政赤字が深刻かおわかりでしょう。 一方経常収支は日本の場合13兆円の黒字ですが、米国は5000億ドル(約55兆円)の赤字です。日本は国家財政は破綻していますが、民間企業などの頑張りで国としては世界有数の黒字国です。米国は国家財政も赤字、国としての経常収支も大幅赤字です。 米国以外の国であれば、東南アジア諸国を襲った通貨ショックの時のように、国家財政も赤字、国としても赤字ならば、経済が成り立たないために、誰もお金を貸さず、屈辱的に厳しい要求をつきつけるIMFに泣きつかなければならないのに、不思議なことに日本や中国が必死になって米国に莫大なお金を貸し付けています。 米国の双子の赤字はクリントン政権時代の経済絶頂期にかなり改善されました。ところがブッシュ政権になって、米国のITバブルが弾けたための景気対策として、大胆な減税を実施したり、イラク戦争などで莫大な財政支出が行われ、国家財政は大幅赤字に追い込まれました。(それでも日本の財政赤字に比較すれば比率は少ないのですが) このような状況なのに、米国経済は日本のように落ち込んでいません。それは米国経済には個人消費という強力なエンジンがあるからです。米国のITバブルが弾けて個人所得は落ち込みました。バブル時代には8%程度伸びていた個人所得は2.8%程度の伸び(それでも増加しています)に落ちました。ところが個人消費は4.6%も増加しています。つまり入ってくるお金以上に消費するお金が多いのです。 その原因の一つには減税があります。日本人なら、景気が悪くなると、減税があっても貯蓄に向かいますが、アメリカ人はそれをそのまま消費に向けます。もう一つの原因は住宅の価格が高騰していることです。日本人には信じられないことですが、ローンで住宅を購入したアメリカ人は、自宅の住宅価格が借りた時より高くなると、早速銀行にかけこんで、「住宅の担保価値が上昇したから、もっとお金を貸しなさい」と要求します。そして借りたお金で自動車を買ったり、家具を買ったりと個人消費にまわします。 国も、国民も借金漬けで平気です。本来ならばこのようなデタラメ?な国も国民も破綻します。ところが彼らの借金生活を必死で支えているのが日本や中国だから誠に理不尽だと思います。このままの状態を放置すれば当然ドルは安くなります。そうすると困るので日本は昨年度20兆円もドルを購入し、円高になるのを必死になって阻止しようとしました。そして購入したドルは結局米国の国債を購入することになり、米国の赤字を埋めてやっています。 日本が過去必死になって蓄えた外貨は4000億ドル(44兆円)にものぼりますが、この大部分はドルですから、この先、ドルの価値が下落すると財産価値が下がります。だからと言って外貨を他国の通貨に換えるとますますドルは下がります。まさに悪女の深情け状態です。 その上、安全保障の面で米国依存から逃げられず、米国の要求のままにイラクに自衛隊を派遣せざるを得なくなる。米国が借金で贅沢しているのを必死になって日本が支えるだけでなく、日本国民が嫌っている自衛隊の海外派遣で米国の不始末の尻ぬぐいまでする。こんなことにどうしてなるのでしょう。 これも政治家と官僚が自分たちの保身ばかり考えて、堕落している間に、事態はどんどん悪化して行った結果です。もっと天下国家を考える政治家を育てなければなりません。愚かなマスコミも、堕落した政治家や官僚も、結局は私たち国民の鏡に映った自分の姿だと認識しなければなりません。この状態から脱却するには、私たち国民の一人一人が危機感を共有して、もっと見識を磨かなければなりません。 日本経済三極分化 01/23テレビでお馴染みの日本総研の高橋進部長の講演を聴きました。その中で経済を飛行機に例え、推進する四つのエンジンについての説明がとてもわかりやすかったので皆さんにご紹介します。日本経済の場合、大きなエンジンが個人消費と設備投資の二つで補助エンジンとして公共投資と輸出の二つ、合計四つのエンジンで日本経済を支えています。四つのエンジンのパワーが極端に落ちて、飛行機が墜落寸前でしたがここに来て、設備投資が動き出しました。 また唯一好調であった輸出については、従来の対米輸出から、中国を中心とするアジア向け輸出に比重が移りつつあります。当面中国はオリンピックまでは経済が成長しますので、日本経済の二つのエンジンである設備投資と輸出の好調で、今年は日本経済も何とか明るい方向に向くでしょう。との説明でした。 とても説得性があります。さらにここ十年の間に三回、景気の回復が見られましたが、今回は過去二回とは歴然と違います。過去二回の回復はは官公需の寄与が大きく、官公需のお金を出す政府の財政出動が息切れすると経済全体が沈んでしまいました。(この時の財政出動が巨額の借金を後生に残すことになりました) しかし今回は官公需はむしろマイナスで、民間の自立的反転が回復の全てであることを具体的数値をもとに説明がありました。大企業がまず回復し、次に中小企業と地方経済が活発になって来ているそうです。そして地方も極めて活発なところと、非常に暗いところとの差が顕著であるそうです。 日本経済は三極分化しています。「政府はあてにならない」と大企業を中心に自助努力で自分自身の道を切り開く企業群をトップ階層とすれば、その波及効果が次第に中小企業や地方にまで広がって、自分自身の生きる道を見つけた中間階層と、旧態依然の体制から全く抜けきれず落後する階層の三つです。 高橋部長の講演は、日頃の私の思想と一致するところが多く、大いに気を強くしました。自ら求めて厳しい競争の場に出て行くことが結局自分自身を強くすることにつながります。政府の失業対策的公共事業は「元気な老人をベッドに無理矢理寝かしつけ、寝たきり老人にしてしまう」ことになります。 また規制緩和に強く反対して、競争の少ない状況のもとで、既得権益を死守したとしても、徳川時代のように鎖国していれば問題はありませんが、黒船が襲来し、外国と戦うことになれば、規制緩和で守られる期間が長いほど、競争力が身に付いていないため壊滅的打撃を受けます。 年齢を重ねるほどに訪れる体力の衰えも、それを厳然たる事実として受け止め、懸命に日頃から筋肉トレーニングに励めば、より楽しい元気な老後が待っています。諺にあるとおり「艱難汝を玉にす」の状況が日本経済に実際にあらわれて来ていると考えれば全ての事象は説明がつきます。 「(政府が)居ると思うと腹が立つ、居らぬと思えば腹立たぬ」と呪文を唱えながら厳しい競争に耐え抜きましょう。その気になれば日本人は本来競争に強い人種ですから、必ず良い結果に恵まれます。 自衛隊イラク派遣が始まった 01/21通常国会が始まり、政治も本格的に始動し始めました。また自衛隊先遣隊がイラクに足を踏み入れ、連日報道は過熱しています。サモアには先遣隊の三倍もの約100人のメディアが押しかけ、まさに常軌を逸しています。テレビ画面に登場する、「自衛隊の車両の新しいのが目につきます」と言ったくだらない報告や、「明日はどうします?今日はどうしました?」の単純質問の大合唱には正直、うんざりします。最近のメディアは程度が低いので、自衛隊の隊員の安全に危害が及ばないか心配です。19日のテレビタックルで政治評論家の三宅氏が、カンボジアPKOの時の話をしていました。「治安が悪くなったので、巡回の車両に軽機関銃を乗せて巡回したところ、実に効果があった。軽機関銃が相当な抑止力になったのだ。ところが馬鹿な報道陣がスクープと称して『軽機関銃には弾丸が込められていない』と報道した。これで抑止力は一辺に無くなってしまった。記者もボンクラだが、これを取り上げるデスクはもっとボンクラだ」と叫んでいました。 まさにこのような観点から、今回政府が報道自粛を求めると、報道関係から大反対の嵐です。このような常軌を逸した、ワイドショウ的、報道陣の殺到ぶりに、カンボジアの二の舞を、いやもっと悪い状況を予感します。報道モラルは当時より確実に落ちていますから何か大事件が発生しなければこの馬鹿げた傾向は止まらないのでは、と心配しています。杞憂に終われば良いのですが。 昨年末、あれほど不評な意志決定をした小泉内閣に対して、年があければ国民の心も離れ、今度こそ奈落の底に落ちるように支持率の急落を招くのではないかと心配していましたが、しぶとく持ち直しています。また人気のあった民主党の支持率が落ち始めました。国民には良識が残っていると思います。それは民主党のイラク問題に対する対応が極めておかしいことを国民が肌で感じたからでしょう。 先遣隊がイラクに到着して現在に至ってもなお、「イラク派遣反対、即時撤退」と代表が叫んでいます。社民党なら護憲勢力の権化ですから、いつまでも叫び続けていないと信用を失墜します。しかしいやしくも政権を担当することを標榜する政党なら、このような反対一辺倒の態度で果たして良いでしょうか? その一方で国連待機部隊などという訳の分からない屋上屋をかさねることを提案しています。自衛隊のイラク派遣が憲法違反で、名前を変えた国連待機部隊ならどうしてイラクに派遣して良いのでしょう。また口を開けば「国連主導」を標榜する民主党が、昨年国連が各国に対してイラク派遣を要請した事実に対して明確な対応を示していません。民主党がそこまで国連を大切に思っているなら、「国連が要請している現時点では状況が変わり、民主党の主張する通りとなったので、仏・独に先駆けて、イラク派遣を実施すべき」とどうして言えないのでしょうか。 「自民党のイラク派遣は間違いで絶対反対であるが、民主党のイラク派遣は正しい」という複雑さに対して、国民の納得する説明がありません。社民党の集会で、岡田幹事長が「イラク即時撤退」と叫んで拍手喝采を貰ったその後で「しかし民主党は絶対にイラクに派遣しないと言っているのではありません・・・(記憶が定かでありませんがこのような意味の発言をしていたと思います)」と叫んで大ブウーイングを受けていました。本当に良くわかりません。 「一旦決定してことだから、反対するのは良くない」などと愚かなことを言うべきではありませんし、本当に国益を損ねるようであるならば、徹底して反対すべきです。しかし社民党と比較して民主党の反対は腰が据わっていない上に、その論拠に論理矛盾があります。一旦イラクに自衛隊を派遣したからには、ことイラク問題に限っては、参議院選目当ての党利党略を排除し、真に国益をのみ考えることに姿勢を転換してこそ政権を担う政党ではないでしょうか? 私たち国民も程度の低いメディアに踊らされることなく、国益を見据えて行動しなければならない重大な段階にさしかかったと思います。それを敏感に感じたからこそ、民主党の支持率が下がりはじめたのではないでしょうか?私たち一人一人は案外、まともな行動を取っている。そんな気持ちがする昨今です。 ルールは守る」習慣を! 01/19前回の藤原通信で憲法改正について述べました。その中で「国家の基本中の基本である憲法が制度疲労を起こし、拡大解釈の積み重ねでなし崩しになってきつつある。このような大切な精神をないがしろにする風潮が最低限の倫理観を失うこととの遠因になっているのではないか」と言った意味のことを申し上げました。ここでルールというものについて、皆さんにもう一度真剣に考えて貰いたいと思います。 ルールとか制度には必ず上位制度と下位制度の二つがあります。上位制度とは、たとえば「人の物を盗んではならない」と言った、国で定めた法律です。これは勝手に個人が変えてはならないものです。 下位制度とは企業だとか町内会の規約など、組織の内部で定めたルールです。皆さんになじみの深い会社のルールを例にとれば、社のルール、部のルール、課のルール等々です。それも社報で決められたもの、部標準・課標準のように明文化され関係者に周知徹底されているものから、明文化されていない口頭内規にいたるまで、さまざまです。 これらの下位制度は会社が、あるいは部が業務を効率よく実施するために取り決めたルールなのです。従って外部ならびに内部環境は絶えず変化するものですから、本来はこれらの下位制度は時限立法(期限を決めて定める規則。期限が来たらその時点で見直して、改訂するか、止めるかを決めるべき性質のもの)でないと旨く機能しないのです。ところが現実は、特に社のルールなどは、あたかも上位制度のごとく決して変えてはいけないものと信じ込んでいる従業員が多いのです。 そのためにルールと実際のギャップに悩むことになりますが、目先の利いた人は公然とルールを無視して成果をあげ、正直な人はルールをキッチリと守ったために、成果が上がらず疎んじられ、正直者が馬鹿を見る現実となっていることが多いものです。これは「下位制度は全て時限立法であり、時代の流れに応じて機敏に変更して行かなければなならい」ことを理解しない、経営陣あるいは上級管理職の怠慢の結果、組織全体に大きな損失を与えていることになります。 このことは「個人では勝手に変えることが出来ない」上位制度にも当てはまります。政治と官僚の支配する世界では、多くの法律が毎日のように制定され、その中には時限立法も多数存在します。しかし多くの時限立法はその役割を実質的に終了しても、官僚と政治家の保身のために延長に延長を重ね、壮大な無駄を築いています。また時限立法でない法律も、すでに時代に合わないどころか、時代に逆行する法律になっている事例にことかきません。時限立法ではありませんが、高速道路が一旦決定したからと、無駄を承知で作り続けるのも同じ思想です。 この際、上位規則も下位規則もその意義について厳格に見直し、現実に即した制度に変更しなければ、憲法違反が論議される自衛隊のイラク派遣のような結果を招きます。それ以上に恐ろしいのは「本来守るべきルールを守らない」事例が世の中に溢れることによって、日本国中に倫理観の欠如が蔓延していることです。このような現実に合わない規則を放置することで、上位規則の内、絶対に守らなければならない「人を殺してはいけない」「人の物を盗んではいけない」ことまで簡単に破ってしまう実例が日常多発している遠因になっているのではないかと私は思っています。 時代の流れと共に、常に規則を厳格にスピーディに見直し、「守るべきルール」は国民全員が、どのように些細なルールでも厳格に守る習慣を取り戻さないと国は滅びます。皆さんの心の中で今一度、上位制度と下位制度の意味をかみしめて貰いたいと思います。 憲法改正論議解禁!! 01/16日本国憲法については、第二次世界大戦での侵略戦争の反省に立って、憲法第九条による「不戦国ニッポン」が日本国民の間に定着して来ました。そして「安全と水」はタダという日本国民固有の価値観によって(本当は日米安保があったからこそ日本の安全が確保されたのですが、そこは無視して)「丸腰に襲いかかる無頼漢はいない」との前提で、旧社会党を中心とする護憲勢力が根強く力を発揮してきました。少し前なら、内閣が「憲法改正」を口にすると大きな問題になり、場合によっては内閣が潰れるほど、憲法問題は聖域視されてきました。しかしその間にも、自衛のための戦力としての自衛隊は着々と軍隊としての地位を堅め、ついには今回の「イラク派遣」にまで至り、誰の目にも憲法との整合性が疑問視される事態になってきました。 そのような中、野党第一党である民主党も1月13日に開催された定例党大会で、管代表が「民主党は日本のあるべき 姿を示す新たな憲法を創る『創憲』を主導し、2006年までに新たな憲法のあり方を国民に示したい。」とはっきりと憲法改正に言及したことから、ここに来て、改憲論議がにわかに華々しくなり始めました。 そして小泉首相は14日、内閣記者会のインタビューに応じ、憲法改正問題について「自民、民主両党が協力して現実のものにしていきたい」と前向きの発言をして、ここに戦後永らくタブー視されてきた憲法改正問題が、聖域から脱却し始めました。もちろん、直ちに憲法改正にむけて走り出すわけではなく、内容が具体化するまでには4〜5年はかかると思いますが、与党と野党第一党の民主党が、改憲論議に一歩踏み出したことは誠に画期的なことだと思います。 日本国憲法もそろそろ還暦を迎え、特に安全保障の面では完全に制度疲労を起こしています。日本国憲法といえば、日本の根幹を律する大切なもので、当然、全ての国民が大切にし、守らねばならない一番大切なものです。このように大切なものが時代の変化と共に、実情と合わなくなり、あまりにもかけ離れた拡大解釈を続けることは極めて重大で、かつ、危険な問題です。 国の根幹にかかわる大切なものを、このように拡大解釈を続けるということは、「全ての面で日本国民は規則を守らなくて良い」ことにつながります。ルールというものは絶えず実情に即して、きめ細やかに改正を加え「守ることが可能なルール」にしなければなりません。その上で「決められたことは厳格に守る」習慣を確立することが大切です。 前回の藤原通信で述べた「最低限の倫理観の確立」が必要になって来ているのも、案外、国の根幹である憲法をないがしろにする態度に起因しているかもわかりません。「守ることが可能なルール」を確立し「ルールはキチンと守る」ことがとても重要なことだと皆さんは思いませんか?そして日本国憲法を守ることが可能な、そして日本人の「こころざし」を世界に明快に訴えるようなものに私たちの手で育て上げなければと思います。 最低の倫理観を取り戻そう 01/14今年も成人式で暴れる若者を民放テレビは興味本位に、しかも執拗に取り上げています。恐らく、比率的に見ればごく僅かの若者の暴走でしょうが、テレビとは恐ろしいもので、全国のそこかしこで若者が暴れ回っているような印象を受けます。また「えべっさん」で有名な西宮神社の新年恒例の一番福(開門と同時に境内を一番で駆け抜けた人を一番福として認定する行事)で見事一番福を射止めた消防士は、仲間の消防士が、他の信者をブロックするという妨害により一番福を勝ち得ていることが判明しました。 神社では「もともと信仰に基づいて走る神事であって、レースではない」と話しています。誰が神事をレースにしてしまったのでしょうか。毎年、ある程度の時間を割いて報道するテレビに、その原因が全く無いとは言い切れない思います。この両者に共通することは「社会的倫理観の欠如」があることは言うまでもありませんが、「若者の目立ちたい」との欲求を民放テレビの興味本位の報道がさらに煽ることになっていることです。 昨年の「阪神優勝」の時の道頓堀川への飛び込みなども全く同じです。せっかく「無法者を煽ることになるから報道自粛」を申し合わせていながら、執拗に「飛び込む場面」を報道したのは記憶に新しいところです。「目立ちたい若者」には「無視」が一番です。報道陣も、そこに居合わせた人々も冷たい視線で無視して、官憲が冷静に違法行為を厳格に取り締まることに徹すれば、このような馬鹿馬鹿しいことは自然消滅します。 同時に、このような興味本位の報道は自粛して貰わなくてはなりません。何かと言うと「国民の知る権利」を振りかざし、あげくの果てに暴走族の暴走場面を「やらせ」たテレビ局もありました。視聴率至上主義の醜い現実を、「国民の知る権利」という美名でごまかして、興味本位の報道に走る姿勢は何とかならないものかと思います。 このような自分たちの体質に対しては知らぬ顔で、例えば「自衛隊のイラク派遣に関する報道自粛」に対して猛烈に反対しています。報道各社の抗議は自らの報道人としての姿勢を正してから申し述べて貰いたいものです。なぜなら報道人を批判することの出来るのは報道でしかない現実があるからです。それだけに自浄能力を厳しく持たなければなりません。自浄能力が無いのであれば、法律で厳しく規制するしかありません。報道以外の世界ではそのようになっているではありませんか。 もちろんこのような社会的倫理観の欠如はマスコミだけの責任ではありません。マスコミは私たち視聴者が要求するから報道するのです。「社会の基本的なルールを守る」この基本中の基本が現在の日本には欠けています。「教育が悪い。社会が悪い。」と愚痴をこぼす前に(私自身良くこぼしていますが)、私たち一人一人が立ち上がって、学校で、家庭で、職場で、社会の隅々で、今一度「どんな小さなことでも他人に迷惑をかけない」ことをお互いの連帯で徹底して行くことが、日本を立ちなおさせる第一歩であると思います。 何事も「平凡なことを積み重ねて非凡な結果を出す」ことだと、新年にあたり私たち一人一人の心の中に刻み込んで、小さな一歩を踏み出そうではありませんか。 液晶に社運を賭けるシャープ 01/12お正月早々のニュースとしてシャープが新設の亀山工場で世界最大のガラス基板による液晶の生産を開始したことが一斉に報道されました。液晶に社運をかけるシャープが世界に問う技術のチャレンジです。技術の結晶がぎっしり詰まった、縦1.5メートル、横1.8メートルで厚み0.7ミリの第六世代液晶の誕生です。一時世界を席巻した日本の半導体(DRAM)が韓国の猛烈な追い上げにあって、凋落していったことを考えると、同じ系列上の技術である液晶がどの程度まで、韓国、台湾の猛追に耐えられるか、世界中が注目していると言っても過言ではありません。現在韓国のサムソンが液晶分野でも大きな力を持っています。 シャープの狙いは、目の肥えた日本人の鑑賞に堪える、薄型テレビ分野での世界シェア50%を目指しています。シャープでは液晶技術では一歩も二歩も先行していると自負しています。 半導体や液晶分野で韓国がどうして急速に世界の覇者に近づいたか?その秘密は装置メーカにあります。日本の半導体メーカと一心同体で技術を磨いて来た装置メーカは半導体製造に対して大きな影響をもたらしました。なぜなら技術的に遅れている会社も資本力に物を言わせて最新の半導体装置を購入すれば、一気にトップに躍り出ることが可能になるからです。 もちろん、装置を購入してもある程度の技術力が無ければ半導体を効率よく製造することは出来ませんが、一時期、日本の技術者が土・日のアルバイトで韓国詣でをしたことが週刊誌を賑わせました。しかしこの程度で、韓国は半導体のトップのなれたのです。 積極果敢な設備投資を敢行してたちまち半導体の覇権を握った韓国メーカに対して、日本の各社は莫大な設備投資の判断に逡巡している間に、投資の機会を逸してしまいました。そして極めて短期間の間に、日本のメーカにとって、半導体は事業の足を引っ張るお荷物になってしまったのです。日・韓半導体戦争は経営トップの意志決定のスピードで雌雄を決したと言われています。 シャープが薄型テレビの液晶分野でトップを維持し続けるためには、装置メーカに重要な製造知識を開示しないで、他社が同じ装置を購入しても、一向に高品質で歩留まりの良い液晶が製造できないようにしなければなりません。一時製鉄会社は装置を購入すると、装置メーカを工場から閉め出して、装置メーカが一切運転ノウハウを持つことが出来ないようにして、世界一の製鉄技術の確立に成功したことがありました。 日本が世界一の技術を維持し続けるためには、このようなブラックボックスを多数持たなければ、瞬時にその優位性を失ってしまいます。シャープは十分にこの点を心得て技術的優位を保とうとしていますが、是非成功して貰いたいと本当に心の底から願っています。ガンバレ ニッポン! 円高襲来 01/09今年こそはの期待と共にあけた平成十六年、株価は現在のところ順調に推移しています。ところが年明けとともに、一時沈静化していた為替が円高にふれ出しました。1ドル105円というレベルは輸出企業にとっては大きな痛手です。日本経済の実力は1ドル120円が精々というところでしょうか?(逆に輸入企業にとっては有り難いことですが、日本は貿易立国で輸入より輸出が多いので、円高になると騒ぐのでしょう)今回の円高は円高というよりドル安です。その証拠に、ヨーロッパの通貨であるユーロもドルに対しては強く、円はユーロに対してはそれほど強くなっていません。しかし輸出する側にとってみれば決済通貨にドルが採用されているために円高は採算に直結します。原価120円の商品を今まで、130円で売って来たのに、いざ代金が入る段になって105円に下がるわけですからたまったものではありません。(私自身は過去240円が120円になって「のたうち回って」苦労をした経験があります) 長期的な円高を過去に経験した日本企業は(このような為替変動を受けないように)円での決済に力を入れて来ましたがそれでも、昨年の実績ではアジア向けが53%、全体では38%しか円での決済は進んでおらず、全世界への輸出の6割は依然としてドル建てです。また昨年の経済回復も自動車産業を中心とする米国における収益が大きく寄与していることはまぎれもない事実です。従って稼ぎかしらである輸出産業にとって円高は死活問題です。 せっかくの回復基調に水をさす円高を阻止すべく政府も必死になっています。昨年度に政府・日銀が介入した金額は約20兆円で、過去最大だった平成11年の7兆6千億円の何と2.6倍にも達しています。このような為替介入に使うための円資金の残高は国会で79兆円と定められているのですが、その枠も残り数兆円となり、あわてて枠を140兆円まで広げる予定です。 本来為替介入は円高でドルを買い、円安でドルを売るわけですから(例えば105円でドルを買い、140円でドルを売ると35円儲かる)、相場の逆を行くことになり、差益が稼げるのですが、長い間の円高傾向で、ドルを買うことはあっても、円安にふれすぎたことを阻止するためにドルを売る事態になりません。そのために、為替差損が発生し、只でさえ苦しい、国の懐を痛める結果になっています。 米国はドルが基軸通貨であることを良いことに(ドルが決済通貨であるために、外貨を保有しなくても困らない。これが東南アジアの国ならついこの間の通貨ショックのように大変なことになります)、政府は日本と同じく、借金をして国家財政は大幅赤字、国は国で世界中から借金をして、莫大な経常収支の赤字を抱えて平然としています。(日本は6400億ドルと世界最大の外貨保有国でその大部分をドルで保有しています) 「米国のドルが紙くず同然になろうとしている時に必死になってドルを買って支える日本」それが現状です。内憂外患とはまさにこのことを言うのでしょう。せめて日本の財政赤字だけでも阻止しなければなりません。 (本日の藤原通信は解説的記事となり申し訳ありません) お正月の挨拶回りの重要性 01/07御用始めも終わり、いよいよ本年度の実戦の場に出動です。その手始めが、数多くの正月の挨拶回りではないでしょうか?お正月挨拶回りを前向きにとらえるか、後ろ向きにとらえるかであなたの新年度第一歩が大きく異なります。特に経営幹部の「鞄持ち」としてお客様とのスケジュール調整をしている人々に「やれやれ」という気持ちがあることは否めません。もしあなたが、そのような気持ちを抱いているまらば、絶好のチャンスを逃しています。私は「正月挨拶回りから出来るだけ多くのものを勝ち取ろうとする姿勢」が必要だと思います。正月挨拶回りがなぜ絶好のチャンスかといいますと、普段会うことが難しいお客様にも、「特段の用事もなく、堂々と会うことが出来る」のが正月の挨拶回り」だからです。 全国企業アンケート調査である日銀短観の景気予測も大切ですが、正月の挨拶回りで訪問したり、されたりする企業はまさに、あなたの企業にとって一番身近な人々ですから、このような人々との話しあいは日銀短観よりよほど、あなたの事業にとって有効な情報が得られる場であるはずです。 普通正月の挨拶回りといえば、天候の話とかゴルフの話が多いのですが、事前に十分に作戦を立て、「このお客様には、このような話題に誘導しよう」と、複数の案を準備しておくことです。そして和やかな天候や時候の話題から、ごく自然に、お客様の今年の狙いとか事業動向とか、あなたの会社に対する不平不満など、日頃、そのお客様に対して課題になっていることを旨く聞き出して、本当の意味でのCS(お客様満足)活動に生かさなければなりません。 また経営幹部の「鞄持ち」として同行する場合は、通常なら会うことが許されないお客様の幹部と会うチャンスが、あなたに巡って来たわけですから、それこそ全身を目とし、耳として、お客様の幹部の一挙手一投足に注目し、どん欲に吸収しなければなりません。あなたとはうんと違うランクの人たちがどのような話をしているのか、その雰囲気を確かめる、一年に何度とないチャンスです。 あらかじめ、あなたの上司に適切な情報をインプットしておけば、話題が弾み、思いもかけない本音が飛び出したり、有益な会談になることもあります。あなたの上司と、お客様の幹部との会談の成否はあなたが握っていると自覚して下さい。 昨年から今年にかけて元気が出てきた企業の多くは「経営判断と意志決定の早さ」ならびに「お客様の声にいち早く適応する機動性」を持ち合わせているのが共通点です。その意味ではお正月の挨拶回りこそ、一年のスタートにあたり一番大切なことだと認識して行動して下さい。「こんな虚礼などつまらん。しかしお客様は神様だから仕方がない。出来るだけ早く義務をすませてしまおう。」などと考えていたならば、即刻その考えを改めて下さい。 それでは新しい年を挨拶回りと共に順調に滑り出して下さい。 宮沢元総理の言葉 01/05お正月気分は抜けましたか?大部分の企業では今日から新しい年の業務が始まると思います。今年一年、気持ちを引き締めて頑張りましょう。さて仕事始めにあたって、日経ビジネスに掲載された宮沢元総理の言葉を噛みしめたいと思います。政界を引退されて、現役時代とは一味違ったコメントを日経ビジネスは引き出しています。 「現状の日本経済を明治維新のような大転換期とする意見もある」との問いに対して、宮沢元総理は「私はそう思いませんね。企業が苦しくなって、生き残るためにはリスクを取らざるを得ないところまで陥ったということでしょう。ビジネスマインドを取り戻したのだと思いますよ。」と答えています。要するに「企業がやっと本気になって、真剣に取り組むようになった」との宮沢判断です。 状況はとっくに変わっているのに、企業が目をさますまで十年もかかったのは、戦後蓄積した豊かな蓄えがあったので一向に本気にならなかったためで、いよいよ蓄えを食いつぶして、どん底まで落ちて、やっと目が覚めたとの判断です。 宮沢元総理の注目すべき発言は「英国のサッチャーイズムや米国のレーガノミックス(経済自由主義に基づいて民間活力による経済再生を目指そうとした経済政策体系のこと:小泉構造改革路線の目指す道)は積極的な経済再生政策の成功例では」との質問に対して「実際に何をやりましたか?政策として意味のあるのは金利と減税くらい」とケインジアン宮沢としては厳しい発言ですが、一方では「今は政府を頼りたくても頼れない。政府は何もしていないし、政策は当てにならない。政府は余計なことをするより、何もしないほうが良い」と発言していることです。「政府は応援団であってランナー(企業)が本気になって走ってもらわないと」とも言っています。 平成の高橋是清ともてはやされて、積極財政に邁進した森内閣時代の宮沢大蔵大臣が、もはや財政出動はやりたくてもやれないし、また効果も薄い。これ以上政府を頼るべきでないと力説しています。 年の初めにあたって、この宮沢発言を肝に銘じる必要があると思います。すなわち 1 誰も助けてくれない。政府に期待するのはやめよう。 2 頼りになるのは自分だけ。本気になれば活路は開く。 3 大胆にリスクを取らなければ勝者にはなれない。 今年の終わりには勝利の美酒を味わえるように、今日から全力疾走しようではありませんか。 今年を飛躍の年に 01/01あけましておめでとうございます。今年も気合いを入れて頑張りますのでよろしくお願いいたします。さて今年は皆さんのビジネスにどのような風が吹くでしょうか?ズバリ「一生懸命、自分の頭で考えて考え抜く人」「柔軟な頭で、時代の要請に強い意志で対応する気持ちの旺盛な人」は必ず報われる年になります。 「時代の流れに目をつむり、ひたすら過去の栄光を求め、『長い間の異常状態もまもなく終わる。今年こそ我々のビジネスも平常状態にもどる』と信じている人」「既得権益にすがりつく人」はビジネス人生の終わりの年となるでしょう。 日経産業新聞のコラムに面白い記述がありました。 「構造改革なくして回復あり」 この意味がおわかりになるでしょうか。 「構造改革が進まず、厳しい市場原理による競争がやってこないために、旧来の価値観にどっぷり浸かって目覚めない」このような人々が多いほど、新しい時代にいち早く対応して開拓者利益を得るのがたやすくなるという意味です。 もっとわかりやすく言えば、「ウサギが眠っている間に亀でもたやすく抜き去るチャンスが到来した」と新しい時代の風に目覚めた人々が喜んでいることを意味しています。 民間企業では真っ先にリストラで身軽になった企業を筆頭に、デジタル家電という金脈を引き当てた電機業界、さらに鉄鋼業界も長い間のトンネルを抜け出して活況を呈しています。そしてメガバンクの不良債権問題もやっと山を越しつつあります。それだけに正しい方向に、正しく経営の舵を切れば必ず報われる環境が整備されたということです。 しかも三年連続の小泉緊縮財政のもと、景気対策としての財政出動無くして、経済はどん底から脱しつつあることに意義があります。「誰にたよるわけでなく自力でどん底から立ち上がる」人々や企業の数が増加してきたことを意味しています。 今年はさらに勝者と敗者の差が拡大することは確実だと考えなければなりません。勝者となるために、気持ちを引き締めて新年からスタートダッシュをかけましょう。 藤原雄一郎の経営最前線シリーズが今こそ役に立ちます。この機会に是非ご購入下さい。 http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0004HP.htm |