藤原雄一郎の経営最前線
藤原雄一郎政治と経済を語る 2003年11月  ivy SOHOへ
変わるか自民党  11/30

皆さんご承知の通り、小泉首相は自民党内でも少数派で、党内基盤が弱体です。理論的には反主流派が団結して小泉排除に動けば、簡単に排除出来たはずでした。ところがドッコイ、自民党総裁選では小泉首相の作戦勝ちでしぶとく生き残っています。それが可能になったのも国民の高い支持率あってのことでした。

そして今回の総選挙で、反小泉勢力は橋本派、亀井派を中心として勢力を減少させ、同時に小泉首相のお膝元である森派は勢力を増大させました。しかし依然として各省庁と結びついた自民党の部会(総務省−総務部会、国交省−国交部会のように省と部会が一対一で対応しています)で力を発揮する族議員の力は強く、小泉首相の率いる政府の意向がなかなか通りません。そこで政府の力をより強くする目的で、11月22日の藤原通信に於いて「重要政策推進会議(仮称)」と称する新しい組織が誕生することをお知らせしました。

11月27日に名称も「重点政策推進委員 会」(委員長、額賀福志郎政調会長)と決定し、初の会合が開かれました。重点政策推進委員会は第一「経済成長・予算編成」、第二「社会保障改革」、第三「三位一体改革」の三部会で 構成され、従来の「部会−省庁」の枠を超えてトップダウンで論議する会議です。

狙いは族議員の勢力をそいで、従来の小泉首相に対する自民党の猛烈な反発を起こさせないことにあります。従来の自民党は族議員で構成される部会で実質的に物事を決めて、それを政府の方針とさせることが出来る仕組みのおかげで、族議員が大きな力を持つことが出来ました。

族議員の力とはズバリ鈴木宗男で代表されるように「予算を分捕る力」です。従来の自民党では政府の立案する法案も、自民党の事前審査がなければ成立しない仕組みが確立しており、族議員が部会を通じて大きな力を持つことが可能です。皆さんは外交部会や農林水産部会で鈴木宗男が大声で発言していたテレビ映像を覚えておられると思います。まさに自民党の部会こそが権力を象徴する大切な存在になっていました。

党内基盤の弱い小泉首相は、あの手、この手で政府すなわち小泉首相の意向がそのまま政策決定となる、大統領型政治を目指しています。そのようになると鈴木宗男のように仕事を選挙区に持ってくることが出来にくくなるわけですから自民党の反発が大きいのもわかります。まさにすさまじい権力闘争が行われているのです。

永らく田中角栄の後継者たちで政権を運営し、政権の旨味を存分に享受してきましたが、その中心である橋本派の既得権益が小泉首相の登場で崩れかかっています。問題は従来の権益構造を破壊した後に、どのような創造が行われるかということです。所詮、橋本派の既得権益が破壊され、森派などの主流派による新しい権益構造が確立されるのでは、猿山のボスの交代でしかありえず、日本は救われません。破壊の後に、政治と官僚の世界の非効率、放漫経営が是正される新しい政治の姿が創造されないといけないのです。

「重点政策推進委員会」が省庁間の壁を打破し、テーマに従って従来の部分最適から全体最適に移行できるような改革を成し遂げてくれることを切望しています。
「物で栄え心で滅ぶ 11/28

11月24日の「心にしみる塩爺の言葉」の中の「物で栄え心で滅ぶ」について共感を呼んだようです。何人かの人々から心温まる励ましのメールを頂戴いたしました。紙面を借りて御礼申し上げます。

世の中で多発する凶悪犯罪や、少年・少女の非行。視聴率至上主義からくる日本テレビの事件や、数字が全ての思想が招く数多くの企業不祥事等々、このような日本人の心が滅びつつある現象に事欠きません。日本人の心の中から最低限の倫理観まで失われたような気持ちになる事象が余りに多く見受けられ、暗澹たる気持ちになる人々が多いと思います。

だれもがこのような状況は良くないと感じているのに、なぜこのようになってしまったのでしょうか?家庭が悪い。教育が悪い。官僚が悪い。政治家が悪い。マスコミの興味本位の報道が悪い。などの言葉がつい口をついて出てきます。事実、私自身、藤原通信を初めとするメルマガでこのような言葉を吐いている自分自身を発見しハッとしています。しかし「あれが悪い、これが悪い」と言っていて果たして良くなるのであろうかと、時々頭をハンマーで殴られたような気持ちになります。

日産のゴーン社長が「多くの問題は社内にある。従って解決の方法も社内にある」と認識して社内改革を成し遂げ、華々しい成果をあげたことは皆さんご承知の通りです。「物で栄え心で滅ぶ」世の中を良くするには私たち一人一人が自分自身を見つめ、自分自身を改革し、その輪を次第に広げることだと、読者の皆さんからのメールを頂戴して気がつきました。

塩爺の言うように「家庭では母親が子供をしっかりと抱きしめる」ことを始めとして、「親も子供もお互いに相手の人格を認め、話し合い、接触の場を持つ」「ご近所で声をかけあい『向こう三軒両隣』の思想を復活させる」「挨拶をする」などなど。小さなことでふれ合いの場を持ち、お互いに、心の交流がなされる環境作りに毎日の小さな努力を積み重ねることがまずスタートではないでしょうか。そして必ず見つかる小さな問題に、逃げることなく真っ正面から取り組むことが大切だと思います。非行に走る少年・少女を見たら、優しく声をかけることが出来る世の中にして行きたいものです。(うっかり声をかけると殺される現状ですから長い時間と勇気が必要でしょうが)

職場では「自分の仕事に誇りを持つ」「毎日小さな達成に満足感を持つ」「お客様の要望に真剣に耳を傾け、お客様の要望を達成したことに感動を覚える」そして「仕事を通じて社会に貢献しているという確かな手応えを勝ち得る」このようなことに価値観を見いだし、実現に向けて努力することではないでしょうか?

現在のような厳しい時代に何を寝ぼけたことを言っているのか。数字が全てで数字が達成出来なければ滅亡が待っていることを知らない極楽とんぼのたわごとなど聞いている時間は無い!!とのお叱りの言葉が飛んで来そうです。しかし「それでいいのか?」と自分自身に問い返して下さい。良くないことは承知の上であなたはこのような言葉を吐いているのでしょう。しかし次第に良くないという認識すら無くなります。毎日「それで良いのか?」と問い返すことで、せめて「良いことと悪いこと」のけじめくらいは心の中で失いたくないものです。

一人の力は弱いものです。しかし弱い力が集まると強くなることも可能です。一人一人が「こころざし」を持ち、小さな感動の輪を広げることによって、理不尽な結果至上主義の壁に穴をあけることも可能になります。「物で栄え心で滅ぶ」ことに多くの人々が危機感を持っていることは間違いありません。この危機感を共有し、小さな力の結集で私たちの心が滅ぶことを阻止しましょう。それは本当に些細なことを私たち一人一人が実行することで可能になります。

繰り返しますが、マスコミの低俗さも政治家と官僚の堕落も私たち一人一人の心の鏡であると認識すれば世の中多少は変わらないでしょうか?青臭い論議でゴメンなさい。
中間決算に見る明るい兆し 11/26
2003年度前半の企業決算発表が山場を超え、ほとんどの企業の決算が明らかになりました。鮮やかなV字回復を達成した2002年度よりもさらに利益は上回っています。2002年度のV字回復に対して、多くのマスコミはこれらの企業業績向上はリストラのせいで本格的なものではないとの論調でなかなか回復そのものを認めようとはしませんでした。

しかし今回の中間決算の結果を見れば、相変わらず好調な自動車に加え、かつて天文学的な赤字を出した電機業界の回復が加わっています。このような大幅な赤字から脱却すべく懸命にリストラに取り組んだ電機業界は、リストラ効果に加えて、技術力で再びたくましく蘇りつつあります。それは薄型テレビ、DVDレコーダ等を中心とするデジタル家電です。かってVTRで世界を席巻した日本の技術の再来を思わせる力強い手応えがデジタル家電には感じられます。

新光総研が発表した資料を見ますとバブルが弾けた1989年の利益を100とするとそれからの十年間は80〜40%という低水準で苦しみました。この期間は世間で言われる「日本経済の失われた十年」です。特に2001年度は最悪でした。1989年の利益を100とすると2001年度は40にまで落ち込んでいます。ところが2001年度を底に、昨年度は1989年の利益水準まで回復し、今年度は114まで伸びる予想です。新光総研の言葉を借りれば「バブル後の『失われた十年を奪回』二年連続で最高益更新見込み」という頼もしい表現になっています。

小泉内閣になって「経済無策」と散々叩かれたにもかかわらず、力強い回復です。まさに「経済無策」で従来のような公共事業を中心とする財政出動が無くての回復だけに大きな意義があります。「民で出来ることは民で」の思想を貫徹すれば、このような自立回復が可能になって来ます。財政出動を声高に叫ぶマスコミとマクロ経済論者は猛反省して頂きたいものです。

このようなことを申し上げますと必ず「それは大企業のこと。地方は惨憺たるありさま」との答えが返って来ます。それはその通りでしょう。しかし従来のような公共事業による財政出動では「命をつなぐ」ことは出来ても自立することは出来ません。苦しいからこそ「やらねばならない」との気持ちが起こります。日本人は本来優秀な民族ですから、本当にその気になればヒントは沢山転がっています。「藁をもつかむ気持ち」で立ち上がらなければなりません。

大企業の景気回復が、そのうち地方や中小企業へも波及してくることでしょう。しかし大企業でそうであったように、努力が報われて躍進する企業と、旧態依然で没落を続ける企業と、大きく二極分化しています。どのようにすれば生き残れるのか、日々の私の強い思いが「藤原雄一郎経営最前線シリーズ」に詰まっています。是非活用して欲しいと思います。

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心にしみる塩爺の言葉 11/24
日経ビジネスに塩爺こと塩川正十郎さんの「物で栄え心で滅ぶ」と題する談話が掲載されていました。その中からいくつかの言葉を引用します。

田中角栄と福田赳夫のいわゆる角福戦争で福田赳夫が敗北した時、薬師寺の高田好胤管長から「塩川さん、こんなことになってきたら、物で栄え心で滅ぶ日本になる」と言われたそうです。福田赳夫は「資源有限、経済にもう少し倫理性を持たさなければだめだ」との主張であったのが、田中角栄の日本列島改造論に押し切られ、それ行けドンドンで物量が幅をきかせる時代になったと塩爺は主張しています。

また塩爺は次のようにも語っています。
「日本は物と心が歩調を合わせて経済成長したら良かったのに、物が先走って倫理観という心がついて行けなかったんだな。角福戦争から経済成長と金権政治が一体となって新しい時代を作って来た」

確かに現在の政官業の癒着は田中角栄の日本列島改造論に端緒を発しています。塩爺の言うように「戦後復興は民の力で勝ち得たのに、角栄以後官の力で経済性を無視した物量作戦でバブルを形成し、そして弾けた」と理解するのが正しい見方でしょう。現在話題に上っている道路公団による高速道路建設計画も田中角栄時代に策定された全国総合開発計画を現在も尚ゴリ押ししようとしている争いです。

「物で栄え心で滅ぶ」「物が先走って倫理観という心がついて行かない」まさに心にしみる塩爺の言葉ではありませんか。この間テレビを見ていたら、塩爺が登場し、少年による凶悪犯罪に話題が及んだ時、塩爺は「おかあさんがしっかりと子供を抱きしめるんだな」と言っていました。「心を大切にする」塩爺ならではの言葉だと胸にジンと来る物がありました。

いま日本国民全員が直面する問題に、これほど見事に回答を与える塩爺。そして「人生のロスタイムをこれから楽しむ」との言葉を残して去っていった「引き際の良さ」にあらためて心を打たれます。塩爺の志が小泉・安部といった福田赳夫の弟子に引き継がれています。小泉構造改革路線にはこのような背景があることを理解して、改めて応援しようではありませんか。
族議員よ変われ 11/22
すでに何回か述べていると思いますが官の世界の縦割り行政には困ったものです。「省益あって国益なし」とか同じ省内でも「局益あって省益なし」とか囁かれています。とにかく自分の属する部門の利益が最優先で、大きく全体を考えて、「自分の部門にとって不利でも、全体のためには譲歩しよう」などという考え方は全くありません。

馬鹿馬鹿しい例として、農林水産省と厚生労働省では全く同じ内容のものを、農林水産省は「品質保持期間」、厚生労働省は「賞味期限」と呼んでいました。さすがにこのようなおかしな縄張り意識は世論の批判に耐えきれず「賞味期限」に統一されることになりましたが、それも今年に入ってからというスローな行動です。このように名称の違いならまだしも、国土交通省の管轄と誰しも思う道路建設を農林水産省が林道と称して道路を建設し、スーパ林道まで出現すると「いいかげんにして欲しい」と思います。このような省庁間の縄張り争いで随分無駄なお金が使われていることは間違いありません。

このように全体を考えない縦割り行政に風穴を開けるべく、政府では竹中大臣の担当する「経済財政諮問会議」で省庁を横断する事項について論議されるようになりました。しかし三位一体改革のように「地方交付税」の総務省、「補助金」の各省庁、「税源」の財務省が角突き合わせて一向に収斂する気配がありませんが、このような激しい議論が経済財政諮問会議で行われ、一般に公開されるだけでも従来よりは一歩前進です。

一方与党の自民党では相変わらず省庁に直結する部会で物事が論議され、そこに役人と政治家が結んだ「族議員」が生まれ、その弊害について長い間非難されてきました。ここにきて自民党もさすがにこれでは政府に対抗できないと、このほど「重要政策推進会議(仮称)」が新設されました。ここでは例えば「三位一体改革」とか「年金・医療改革」といった政策課題ごとに分科会を設置して、省庁間にまたがる政策課題を一元的に討論しようとする動きです。

従来の族議員が全て悪い訳ではありませんが、政治家も官僚も組織の壁を越えて物事を見る習慣をつけて貰わないと、いつまでたっても政治と官僚が支配する世界の無駄は排除されません。自民党の新しい仕組みが「縦割り行政」に風穴をあける「蟻の一穴」となって欲しいものです。
年金問題いよいよ俎上に 11/20

11月18日の経済財政諮問会議でいよいよ年金問題の議論が始まりました。厚労省の原案が提示され、負担の増加と給付の減少にいよいよメスが入れられることになりました。今までのように年金を受ける人口が、年金の費用を負担する人口に比較して絶対的に多い場合は問題にならなかったことが、少子高齢化で日本の人口構成が「老人の多い」社会に移行して吹き出してきた問題です。

一般家計に例えれば、いままで収入が多く、不自由のない生活を送ることが出来たのに、不況のために収入が激減した状況と同じです。しかし生活水準はおいそれとは下げることが出来ません。貯金の取り崩しや借金で生活費をまかなう、まさにそのような状況に日本が置かれています。

リストラで苦しむ一般家庭、リストラに邁進して再建を目指す企業が数多く存在する現状で、日本国だけが従来通りでいることが出来るはずがありません。一般家庭や企業と同じ苦しみに日本国があるわけです。そのような場合、一般的に収入に見合った支出を心がけるのが常識です。ところが官僚の世界にはその動きが見られません

小泉首相が叫んでいるように、この苦しい時こそ、国家公務員や地方公務員の大幅な業務効率化や人員削減を実施してもらわなければなりません。国と地方の業務の非効率、今まで何度も述べてきた官業のコスト感覚無しの放漫経営が小泉首相のかけ声とは裏腹に一向に是正される兆しがありません。

「地方でできることは地方へ」を本気になって改革することで中央官僚の数を減少させることが可能になりますし、全国一律の過剰な公共工事規格による無駄も大幅に削減出来ます。また国も地方も省庁縦割り行政のセクショナリズムを日産のゴーン社長のようなクロス・ファンクショナル・チーム思想を導入することにより、いくらでも費用の削減が出来ます。

中部国際空港ではトヨタ方式で当初の建設費約8000億円が1000億円も削減出来たことで有名です。それはトヨタの元取締役である平野社長の強いリーダシップのおかげですが、削減の内容を詳細に検討すると、何もわざわざ「トヨタ式」と呼ばなくても、ごく普通の民間思想が数多く含まれています。要するに「民で出来ることは民に」すればトヨタのような卓越した費用削減手法を使わなくても、官の工事は大幅削減が可能であると言うことです。

競争入札で単価を叩くばかりが能ではありません。基本設計の段階で、官特有の贅沢設計(藤井総裁のように、警察が認めてもいない最高速度140キロの第二東名道路の設計など)を排除すればたちまち費用は大幅に削減出来ます。

話が横道にそれましたが、年金問題のように「給付と負担」ばかり討議して、あげくの果てに増税に持ち込む前に、「地方で出来ることは地方で」「民で出来ることは民で」の改革で行政コストを大幅に下げることを私たち国民は大きな声で要求しなければなりません。
長い間の不況で、家庭の主婦が「少しでも収入を」との気持ちが強いためか「パソコンについて多少知見があります、頑張りますので何でも仕事を」の要求が根強くあります。その点を見透かして「パソコン初心者でもOK。お仕事紹介します。」との迷惑メールが私の所にも数多く到来し、文字通り誠に迷惑しています。このような迷惑メールは「登録料を支払ってくれれば、お仕事をドンドン紹介します。」とか「まず教材をお買いあげ下さい。技術が上がれば仕事はいくらでもあります」などの悪徳商法で家庭の主婦を食い物にする事例も数限りなくあります。

パソコンの入力作業とかホームページ作成作業等、様々のITを活用した仕事を自宅や、小さなオフィスで行う小規模事業を一般にSOHOと読んでいます。SOHO人口の統計はまだ整備されていないのでよく分かりませんが、社団法人日本テレワーク協会の推計では現時点で在宅勤務は全労働人口の約5%で300万人という数字が出されていますが、今後ますます増加の一途をたどりSOHO人口が1000万人を超すのもそう遠くないと言われています。

SOHOの世界はまさに玉石混淆で、仕事を依頼する側と仕事を受ける側との出会いが重要ですから、必然的にSOHOを支援するサイトも数多く存在しています。
そんな一つとして Ivy SOHO http://www.ivysoho.net/ を偶然知りました。 Ivy SOHO がセミナーを開催していましたので、これまで三回参加して、セミナーの後のオフ会(懇親会)に出席し、実際にSOHOを営んでいる人々と話す機会を持つことが出来ました。

家庭の主婦や、独立して事業を行っている男性や女性、これから独立しようとしている人や、仕事の内容も様々な人々の集いでしたが、共通していることは皆さん大変意欲に溢れ、皆さんから前向きな熱気が感じられたことです。もし大企業の従業員にこのような「やる気と熱気」があれば、事業は躍進するのにと思いました。意欲を待った人間なら、自分自身の一挙手一投足に全責任がかかるような環境におかれた場合、それこそ死にものぐるいで仕事に没入します。その実例を目の前で見せて貰らいました。大きな組織の中で、全ての従業員がこのように活性化すれば日本はまだまだ有望なのですが、多くの場合、大企業では人材を無駄に使っているのは残念なことです。

Ivy SOHO の主催者の意欲と人柄のせいでしょうか、弁理士、税理士、社労士、弁護士など、通常なら私たちには手の届かないような立派な人々が、それこそ手弁当で講師を請け負ってくれて、懇親会の席上ではSOHO従事者にとって必要な事業運営の基礎知識を教えたり、またお互いに仕事の上での経験を話し合ったり、熱気ムンムンです。このような良い人脈を得る場を提供するのが卓越したSOHO支援サイトだと思います。Ivy SOHOの場合は主催者が自らの身を削る努力で、支援サイトの充実に日夜奮闘されていますが、SOHO支援サイトもまた玉石混淆で Ivy SOHO のような素晴らしいSOHO支援サイトに出会えたことは幸運以外の何物でもありませんでした。

別な目で見れば、SOHOは起業家の塊でもあります。経済が活性化するためには企業の自然淘汰が絶対に必要です。「退場すべき企業は市場から退場し、新しい企業がドンドン生まれ出る」新陳代謝の激しい市場を持つ国こそが二十一世紀に生き残ることが出来ます。その意味でSOHOにもっと光を当て、そしてSOHOがもっと力を持てるような、そのような世界にするために、何か力になれないものかと痛感しました。

また本物のSOHOワーカやSOHO支援サイトが自らの力で上昇気流を創造し、大きく羽ばたく夢を Ivy SOHOに託しています。

道路公団総裁内定 11/16
小泉総理のビックリ人事は道路公団総裁の人選でも発揮されました。参議院議員の近藤剛氏と聞いた時、この人事を予測した人は恐らく誰もいなかったでしょう。私も近藤剛氏とは一体何者かと思いました。そしてあの有名な瀬島龍三さんの秘書をしていて、伊藤忠商事で常務を経て、産業界の代表としてこの前の参議院選挙で当選した人であることを新聞で知り、「そう言えばそのような人がいたなあ〜」と思い出した程度です。

このような次第ですので、近藤剛氏の力量は知りませんが、特殊法人のトップに民間人が就任するのは良いことです。官と民では常識が全く異なります。一番異なるのは「お金」と「時間」に対する考え方です。

例えば予算について説明しますと、民の予算「必ず守る。そして少しでも予算を余らす努力をしたものが評価される」性格のものです。なぜなら民の予算は、厳しい競争の中から勝抜いて手に入れるものですから、守ることが難しいほど厳しいものですが、予算を守ることが出来なければ会社は倒産します。また赤字垂れ流しの経営陣はダイエーの中内社長の例を見るように責任を取って退陣させれれます。

一方官の世界では「予算は出来るだけ多く獲得するもの。一旦獲得した予算は絶対に余らせないこと」という常識です。獲得した予算は競争原理が働いていませんから、数々の無駄使いの源泉となります。その上、本四公団のように赤字垂れ流しで、一兆円を超える税金を注入することになっても誰も責任をとりません。
これほど官と民ではお金に関する感覚が異なります。

特に道路公団では「一円でも借金の元本を返済すれば黒字」の思想になっています。その結果藤井総裁が散々もめた「幻の財務諸表」などが論議の種になるのです。民間であれば毎年二回、最近では四回も決算が実施され、誰もが明確に財務諸表を見ることが出来ますから、粉飾決算でもしていないかぎり「幻の財務諸表」などは存在しません。石原国交相の言うようにもし「幻の財務諸表」などが論議されたなら民間の社長は即刻首です。

官と民での決算の違いを阪神高速道路公団の実例で紹介しましょう。平成十四年度決算では収入1818億円に対し費用は1288億円で差し引き530億円が借金の返済に充てられます。従って立派に黒字です。ところが民間会社の会計基準で計算すれば約400億円の赤字になります。このように民間の会計基準での試算が行われるようになったのはつい最近のことですから、それまでは赤字であることすら気がつかなかったことになります。

さて阪神高速道路公団の場合、借金総額は3兆9,948億円になり、今までに返済したのは約10%の4,288億円しかありません。残りは3兆5,660億円もあります。毎年の返却額が14年度と同じ500億円であるとすれば、単純計算でも71年必要です。しかし実際には金利が増加してきますので70年での返済はムリです。

高速道路は30年で返却完了の約束になっていました。それなのに今後70年経過しても返却は終了しません。官の世界では時間の観念が全くありません。民の世界なら「30年で完済」が常に頭にあるはずです。民の世界では、阪神高速道路公団のような状態を放置している経営陣は退陣しなければなりません。しかし官の世界では絶対に責任は取らないのです。私たち個人の住宅ローンだってこのような勝手な延長は許されません。

このように民の世界とかけ離れた考えの持ち主が道路公団のトップでは改革は出来ません。その意味で今回の近藤剛氏は少なくとも民の論理が遺伝子に入っている人物ですから、官僚のOBが就任するよりは遙かに良かったと思います。

郵政公社は生田総裁という民間出身の素晴らしい経営者を得ました。(私の現役時代お会いしたことがありますが、尊敬できる経営者であると断定出来ます)そしてトヨタ方式の導入を試みたりして、郵政公社は素晴らしく改革されると私は思っています。郵政公社が民営化されようがされまいが、赤字垂れ流し状態にはならないと確信しています。道路公団もトップに民間人を迎えることになりました。一日も早い改革を期待したいものです。車の運転もしない人が税金で道路公団の尻ぬぐいをするのは真っ平ごめんですから。
社民党没落に学ぶ 11/14
社民党は今回の選挙で土井党首が選挙区で落選、比例区でかろうじて当選するという惨状で、改選前の議席18から6議席への激減の結果を招き、遂に土井党首は辞任するに至りました。社民党の没落はまさに「失われた10年」の日本経済と二重写しになるほど類似点があります。私たちは社民党の没落から多くを学ばなければなりません。

秘書給与不正流用事件と北朝鮮拉致問題で社民党は大きな打撃を受けました。これを企業に例えると、日本ハムや雪印のような企業不祥事にあたります。このような不祥事に直面した時には、逃げないで事態と真っ正面から取り組むことが鉄則です。その鉄則を間違えたばかりに雪印食品は会社解散にまで追い込まれました。

社民党はどうでしたか?土井党首が真正面からこれらの問題に取り組んだとはとても思えません。まさに逃げの一手で、成り行きまかせでした。企業なら直ちに不買運動などが発生して、雪印食品のように直ちに企業に打撃を与えますが、政治の場合、総選挙での国民の審判でしか結果は現れてきません。考え方によっては、不祥事発生から総選挙まで一年以上もの猶予が与えられていたにもかかわらず、この貴重な時間を社民党は空費し、人々の脳裏から不祥事を忘れてもらう作戦に出たとしか思えません。しかし世の中は甘くありません。選挙区では拉致問題を真っ正面から取り上げて攻撃する自民候補に敗北しました。

不祥事発生時点で、土井さんらしく「悪い物は悪い」と、例えば拉致問題に対する過去の社会党の取り組みを断罪し、これからは拉致家族問題の解決に、先頭に立って、真っ正面から取むと宣言し、一生懸命社民党ならではの北朝鮮への働きかけをしておれば、結果は大きく変わっていたでしょう。厳しい世論に追い込まれて「通り一遍の謝罪で終わり」で済むほど世の中は甘くありません。

また今回の選挙で社民党は「平和憲法を守る」ことを最重点に取り上げました。確かに平和憲法は大切です。しかし世の中にはイラク、北朝鮮のような無頼漢国家が跋扈し、話し合いが通じない世界になっています。このような時代の大きな変化の中で、国民は「このまま平和憲法を遵守していたのでは無頼漢北朝鮮に国土を蹂躙される」との漠然たる不安を持っています。その不安に真っ正面から答えることなく、ただ「平和憲法を守るのは社民党」だけの訴えでは国民の不安は解消されません。このような不安な時代こそ平和憲法が大切であるとの、国民が納得する説明が必要です。この大切な点に社民党は応えませんでした。

もし「おたかさん」が得意の歯切れの良さで、「日本はあくまで平和憲法を守るべきである。その上で無頼漢国家に対しては、世界第二の経済力を存分に生かして、無頼漢国家に経済制裁を加え、法と秩序を守るべきことを知らしめるべきである。そのためには日本が率先して国連に働きかけ、無頼漢国家に対して兵糧責めにしようではないか。日本は日本の方法で世界における法と秩序の確立に貢献するが、軍事力は絶対に使ってはならない。平和憲法は死守するべきである」とでも訴えれば大きな賛同を得たことでしょう。

丁度高度成長期に大ヒットした商品を、時代が全く変わった現在に、いまだに「良い者は良いのだ。買わない消費者が間違っている」と叫んでいる企業のようなものです。長い間たくましく生き延びている老舗のお菓子などは、時代の流れを超越して「素晴らしい味」を維持することに全力を注ぎ、人々の味覚をとらえて離しません。平和憲法はまさに大切なヒット商品です。その良さが無頼漢時代の現代にどのように素晴らしいのか具体的事例をあげて、特に女性層に訴えるべき努力を社民党は放棄しました。

まさに今、社民党は思考停止の「裸の王様」状態です。「失われた十年」の日本企業と全く同じです。多くの企業はこのような思考停止状況から見事に脱出しつつあります。あなたやあなたの会社が社民党と同じ状態にならないように、「藤原雄一郎経営最前線シリーズ」を是非お読み下さい。

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特に「重役は裸の王様」と「目指せ乱世のリーダ」は必読です。
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小政党の埋没 11/12
総選挙での敗北で保守新党は解党し、自民党に合流することになりました。また共産・社民の両党も議席を大幅に減らしました。前回「賞味期限切れに気づかない自民党の『裸の王様』ぶりはあなたの会社も同じではないか」と問題提起をしました。他人のことは良く見えても自分のことは見えないもの。今回の総選挙における小政党の没落を皆さんの会社に例えて見ましょう。

皆さんは保守新党の存在の意味が良く分かっていましたか?与党の中にあって、必然的に政策は自民と同じである保守新党の一体何が存在意義か?私もさっぱり分かりません。熱烈な保守新党ファンならマニフェストから保守新党の政策の特徴を説明してくれるのでしょうが、一般の人間には全くわかりません。丁度、巨大スーパの門前に店を開いている個人商店のようなもので、スーパにない、人々を驚かすようなものを売っていなければ、誰も見向きもしません。逆にこの小さな店でなければ買えないような魅力的な品物があれば、巨大スーパの門前ですから人通りも多く商売繁盛間違いなしです。

例えば自家生産の「その日の朝に収穫した新鮮な野菜」を直接販売による「安価な値段」で販売すれば、たちまち売り切れることでしょう。巨大スーパの苦手な「新鮮さ」という時間要素と中間流通を省いた「安価な価格」という二つの特徴を持っているからです。しかしこのような形態を可能にするには「生産」と「販売」の両方を継続的に可能にする仕組みが必要です。日曜朝市などが各地で開かれて結構盛況ですが、日曜日の朝に限定されているのは「生産」と「販売」の両方を継続的に可能にする仕組みがないからです。

規模の大小を問わず「競争相手を徹底的に分析」し「あなたの会社にしか出来ない」商品を世の中に送り出せば生存が可能ですが、従来通りの商売を続けていたならば、保守新党のように解散の悲哀を味わうことになるという教訓を今回の選挙は与えてくれました。

日本経済も長い低迷を抜けて明るさが見えて来ていますが、その明るさは世の中の変化に真剣に対応しようとする人々にのみ見える明るさです。人に一歩でも先駆けて前進すれば、多くの人々が気づいていないだけにチャンスです。我田引水で申し訳ありませんが、是非「藤原雄一郎経営最前線シリーズ」をご購入頂き時代に備えて下さい。メルマガも発行しております。
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次回は社民党について述べます。
さあどうする 自民党 11/10
衆議院選挙で国民の審判が下りました。小選挙区制度での選挙も三度目を迎え、自民やや退潮、民主躍進の影で、共産、社民、新保守は大幅に議席を減少させ、文字通り二大政党に一歩近づきました。今後は政権運営可能な二大政党で大いに現実的な政策論争を仕掛け、日本を良くして欲しいものです。
さて問題は自民党です。目標の単独過半数の獲得に失敗し、「小泉・安部の二大看板が威力を発揮しなかった」との受け止め方で、総裁選で敗れた抵抗勢力が頭をもたげて、「やはり従来通りの自民路線でないと勝利できない」との考え方が党内に浸透するのではないかと恐れています。
はっきり言って自民党は賞味期限切れです。本来なら大幅退潮でなければならないのに、小泉人気が自民党を延命させて来ました。しかし自民党の主流を占める抵抗勢力は、全くその事実を受け入れようとしません。今回の国民の審判を「小泉・安部だからこそ、この程度で済んだ。自民党をさらに改革しなければ」と受け止めるか「やはり従来の自民路線に戻らなければいけない」と受け止めるかで自民党の将来は大きく変わります。
「自民党の賞味期限切れ」という世間の常識が通用しないのが永田町や霞ヶ関です。もし自民党が昔の路線へと回帰するようなら、日本の破滅は決定的になります。時計の針は元へ戻せないのです。11/10日に述べた「小泉圧勝か民主政権」でなければ日本は救われないのに中途半端な結果が出ました。今後の自民党の出方を注意深く見守らなければなりません。
一方「自民党の賞味期限切れ」に気づかない「裸の王様」ぶりは、あなた自身、あるいはあなたの会社そのものの姿であるとの前提で、この際、冷静に自らを振り返ってみてはいかがでしょうか?
今回の報道で冷静さを失っていたのはテレビ朝日です。選挙直前にニュースステーションで民主党閣僚候補に30分の時間を割き、報道の公正さを欠くとして自民党から抗議を受け、番組への幹部出演を自民党から拒否されました。その腹いせかどうか知りませんが、入り口調査の結果を全面に出して「自民敗北・民主勝利」で番組を構成し、番組の後半、自民がジリジリと議席を増加させているにもかかわらず、それを無視し、自民敗北を印象つける報道に終始しました。テレビタックルでの映像偽造事件といい、視聴率至上主義での番組構成には報道の公正さを疑うものがあります。テレビ朝日もまた自分自身の姿が見えない裸の王様になっているのでしょうか。
小泉圧勝か民主政権誕生でないと日本は変わらない 11/8
戦後日本は、見事なまでに「大量生産・大量販売」方式を成功させ、世界中に日本製品を浸透させることで、戦後の貧しい三流国日本が世界第二の経済大国にまで成長しました。このような産業界の努力の結果、大量のお金が日本に集まるようになりました。この豊富な資金を活用して、日本列島改造論を始めとして政治と官僚が支配する世界では、日本全国に大いなるバラマキをしました。

しかし日本に集まるお金を株や土地に投資してバブルを形成した日本経済はその崩壊で一挙に1400兆円もの財産を失いました。その時点でもはや従来のように全国へのバラマキは出来なくなったのですが、一旦その旨味を経験した政治と官僚の支配する世界では、おいそれと既得権益を放棄するわけには行きません。今度はドンドン借金をして相変わらずのバラマキを続け、郵貯の借金も加えると1000兆円近い借金の山となったことはすでに紹介しました。

あきらかに大量生産・大量販売時代は終了し、世の中は「設備の過大」「人員の過大」「借金の過大」で苦しむことになりました。産業界は「大きくなった胃袋を自ら切り裂く」塗炭の苦しみからようやく脱却して、経済にもかすかな明るさが見えだして来ました。ところが政治と官僚の支配する世界では、あらゆるところで強固な「無駄使いの構造」がはりめぐらされ、容易なことでは既得権益死守の壁を壊すことが出来ません。借金をドンドン増加させ、日本を破綻に突き落とす道を突き進んでいます。

そのような悪循環から脱却するために「民で出来ることは民で」「地方でできることは地方で」のキャッチフレーズで小泉総理が登場しました。国民の漠然たる不安が、小泉改革に希望を見いだし、根強い支持を小泉政権に与えています。しかし党内基盤の弱い小泉改革は、従来の既得権益を必至で守ろうとする抵抗勢力の前には次々と骨抜きにされています。

明日の選挙で「小泉圧勝」の結果が出れば「民意を背景に」さらに強く小泉総理は出ることが可能になります。しかし「小泉圧勝」の結果が出なければ、たちまち小泉神通力は消え去り、旧態依然の自民党政治に逆戻りです。

もし中途半端に自民党が勝利するくらいなら、むしろ民主政権が誕生したほうがましです。民主党も組合を中心とする抵抗勢力が残っていますが、政治と官僚の従来の利権構造は一旦崩れて、民主政権下での新しい利権構造が構築されるでしょうが、いま日本に要求されていることは一旦戦後強固に築かれた利権構造を徹底的に破壊することです。

その意味でも明日の選挙は重大です。「小泉圧勝」か「民主政権誕生」かどちらかの結果を出さなければ、日本は沈没すると思います。どうか清き一票を日本を変えるために使用して下さい。
国連中心主義の幻想 11/6
民主党のアキレス腱は安全保障問題です。党内に旧自由党の右派と旧社民党の左派が存在し、なかなか意見がまとまりません。イラク問題を契機に日米同盟か国連中心主義かの選択がマスコミの俎上に乗っています。民主党は(特に小沢さんは)国連中心主義を唱え、日米ベッタリの小泉首相を非難しています。日本人一般の心、またマスコミの一部には「国連は正義の味方」みたいな誤った考えがあり、自分自身で何事も決められない日本人が「国連の決定」をあたかも「錦の御旗」のように受け取っている向きもあります。
皆さんは国連憲章第107条に「旧敵国条項」があるのをご存じですか?第二次世界大戦で敵国だった日本やドイツに対しては「国連決議が無くても軍事制裁を科すことが出来る」ように定められています。「日本やドイツは敵国である」と明確に国連憲章に規定されている国連をどうして正義の味方と日本人は思っているのでしょう。このようなおかしな条項の国連憲章からの削除が1995年に決議されていますが、未だに実行されていません。
お人好しの日本は国連の費用の2割を拠出して国連の財布になっています。米国は議会が国連への支出を認めないため滞納常習犯です。9・11テロで国連のアフガン出兵決議が必要となると慌てて費用を支払っています。また欧米諸国は自国の権益が守られる観点からのみ国連で行動し、しかも第二次世界大戦の戦勝国は拒否権を持っていますから、自国に不利なことに賛成するはずがありません。正義の味方とはほど遠いものがあります。
私は過去、外国との色々な契約で弁護士を交え激しい交渉をした経験を数多く持っています。有利な契約条件を獲得するには「有利な武器を相手よりいくつ多く持つか」が勝負を決します。外交も同じです。「平和憲法があるから他国は侵略してこない」などと平和ボケをしている国民は日本人くらいのもので、国益をかけた戦いには平和憲法は全く役に立ちません。「拉致問題で北朝鮮に非難決議の一つも出せない国連なら分担金は出さない」と日本の唯一の武器である金の力をちらつかせるくらいの度胸を日本政府は持って欲しいものです。
戦後日本の繁栄は平和憲法のおかげという人々がいますが、戦後、米国が冷戦に勝つために日本を必要としたから(これが日本にとって有力な武器であった)、日米安保で米国は日本を守り、日本は莫大な金額を必要とする本格的軍事力が無くても平和でいることが出来たのです。平和憲法のおかげで平和を享受できたわけでは全くありません。米・ソの激しい覇権争いのおかげで日本はアメリカの庇護を受けたにすぎません。今後は米国にとって利益がなければ米国は日本を本気で守ったりしてくれません。
冷戦も終了し、世界秩序は大きく変化しています。ならずもの国家北朝鮮に「平和憲法がある日本に攻撃してはならない」と社民党の土井党首が説得して初めて護憲の主張に迫力が出てきます。織田・豊臣・徳川と激しい権力闘争の中で、見事に勝ち馬に乗って生き延びた加賀百万石の前田家を私たち日本人は見習わなければなりません。
米国服従の小泉と非難する人々に、一体他にどのような選択肢があるのか真面目に聞いて見たいものです。
さすが読売新聞 「西安日本人留学生騒動 11/4
中国西安の西安大学における文化祭で日本人留学生三人が卑猥な踊りで中国人を侮辱したと、騒ぎになり、大規模なデモにまで発展しました。この事件に対して読売新聞は社説で「日本人留学生の側に、中国人が寸劇をどう受けとめるかに関して、思慮に欠けた点があったことは否定できない。しかし、寸劇への反発が、大規模なデモにまで発展したことには、強い違和感を覚える。」と述べています。
さらに「共産党一党独裁体制の下で、中国は、国定の教科書によって、国家・党公認によるただ一つの歴史観を国民に浸透させている。ささいなとも言える寸劇をきっかけに民族感情が噴出した今回の集団デモの背景には、こうした「反日」教育の影響もある。」「だが、「反日」教育によって醸成された反日感情は、日中関係を改善、発展させるうえで大きな障害となっている。 」とも述べています。詳細は次のURKLを読んで下さい。http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20031101ig90.htm
読売新聞は私たちの気持ちを良くぞ、キチンと社説に述べてくれたと思います。中国ににしろ韓国にしろ、猛烈な「反日教育」を実施した時期がありました。一方朝日新聞を始め日本の大新聞は自虐主義で、そのような中国、韓国の反日主義を正当なことと取り上げることが多いように私にはどうしても思えてなりません。このような私の偏見?を持っているところに、読売の社説を目にして、「さすが読売新聞」と思いました。
中国、韓国、日本はお互いに「正しい歴史認識」を持つべきだと思います。中国・韓国両国がことあるごとに、日本に対して「正しい歴史認識」を強く要求しますが、日本も中国・韓国に対して「正しい歴史認識」を要求すべきであると思います。
また日本の治安の悪化には中国人を中心とする外国人による犯罪も一つの原因となっています。現在の日本における中国人の犯罪の実態を、正しく中国の人々に認識して貰う努力もすべきであると思います。インターネットで見つけた川柳に託した庶民の気持ちの一句を!
悪ふざけ凶悪犯よりマシでしょう」 まったく同感です。
国家財政破綻を各党はどうする? 11/1
選挙戦の真っ最中で政策論争もたけなわです。年金問題について特に野党は口角泡を飛ばして盛んに自民党を攻め立てています。しかし一向に議論に入ってこようとしないのは国家財政の破綻です。今年度の予算は約八十兆円でその四割以上が借金に依存しています。そして借金の利息の支払いだけで九兆円、何と一時間あたり十億円という気の遠くなるような利息の支払いです。
国と地方をあわせた借金の総額は、いまや七百兆円にも達しています。その他に放漫経営で有名な特殊法人が郵貯・簡保から借りている借金を加えると千兆円にもなってしまいます。月収税込み30万円の家庭が手取り25万円では生活が出来ないからと、毎月20万円もの借金を重ね、気がついたら一億円の借金を抱え込み、返却の目処が全く立たない家庭と同じです。問題はそのような破綻状態にありながら借金を減らす努力をしないことです。
個人の場合は、このような状態では誰もお金を貸してくれませんが、国の場合は国債という「打ち出の小槌」をヒョイとふれば借金は思いのままです。そのため、ついこの前の自民党総裁選挙では小泉候補以外の候補は、もっと借金をせよとの大合唱でした。
1990年代の十年間に景気対策と称する財政出動に百兆円ものお金が投入されました。なかでも橋本政権は小泉政権と同じく財政再建を目標とする緊縮財政に舵を切りましたが、小泉政権と同じく、たちまち不景気に襲われて政策転換し、以後、橋本、小渕、森政権と財政投入の大判振る舞いで約五十兆円もの借金を重ね、現在の財政破綻を来す原因を作りました。しかも財政出動の甲斐もなく景気は一向に回復しませんでした。
その点、頑固な小泉さんは、政策転換とか財政出動の大合唱にもかかわらず、頑として要求をはねつけました。しかし経済失政と散々言われた小泉政権のもと、一時は株価も7000円と危機的状況でありましたが、現在は、財政出動なしに経済は回復基調にあります。「経済無策」「経済失政」「何もしない」小泉政権は結局「何もしない」からこそ良かったのです。経済は民間に任せれば良いのです。政府が変に手出しをしても、お金を無駄に使うだけです。政府は医療や年金などの福祉に重点を置いて、その他は「民で出来ることは民で」「地方で出来ることは地方で」の鉄則に徹して小さな政府を目指すべきです。
今回の各党による論戦の中で、破綻に向かって疾走する国家財政の再建に関して、どの党も「これは」という策を訴えていません。無責任とは思いませんか?その点「何もしない」小泉さんは偉いと思います。「何かしよう」という政治家と官僚には要注意です。彼らが「何とかしよう」というのは「既得権益を守るために何とかして無駄金を使おう」という意味です。官僚は前例・凡例主義ですから、創造的な新しい発想など出てきません。今は下手に動かず、何もするなと叫びたい気持ちです。それより徹底的に官僚の無駄使いを追放し、「官僚の半減」を目指して欲しいと思います。官僚支配からの脱却では民主党の主張が光っています。