やつあたり
西日のまぶしさで角松洋介は目を覚ました。穏やかとはいいがたい眠りの間、悪夢でも見ていたのか、ひどく身体が重たかった。
寝台の上で仰臥している自分の姿を確認し、がくりと脱力する。悪夢が現実であった証拠が体中に生々しく残されていた。
今は何時なのだろうと角松は窓から見える夕陽を眺めた。草加がやってきた時、まだ日は高かったはずである。そんな時間に、角松は草加に犯されたのだった。
体中には草加の蹂躙の痕がべったりと付着している。下肢だけではなく腹や胸、ややこけた頬にまでそれは飛び散っていた。粘液が皮膚の上で乾いてこそばゆい。あまりにもみじめな自分に角松は枕に顔を埋めた。身じろいだ拍子に蕾から溢れた草加の精に、一体どれだけの時間貪られていたのか羞恥に駆られた。
草加に何かあったのだろうか。
草加は角松に無体を強いているが、どこかで純情なところがあった。昼日中に抱くなどと、今までなかったことである。後始末をすることなく放置されたこともなかった。かれは必ず角松を清め、免罪符のような愛を囁いてから寝室を出て行く。それが毎晩続く非現実的な日常であった。
目覚めてしまえば身体の不快感が増していくもので、角松はひとまず部屋を出て身奇麗にしようとそろりと足を動かしてみた。折られた足はギプスが取れていたが、体毛が薄くなり筋肉の衰えが目に見えてわかるほどだ。角松の熱が下がった頃から医者は診察に来なくなっていた。経過をかれに知られ、逃亡を防ぐ為なのだろう。
「………っ」
足を床に乗せ体重がかかった途端痛みが走った。反射的にベッドに戻り、足首をおさえる。まったく鍛えることのできない体から体力が落ちてきているのを自覚した。角松は部屋を見回した。杖か何かなければまともに歩くこともできない。とにかくこのままではいたくなかった。全裸なのだ。
狭い部屋には角松の座すベッドのほかは丸テーブルと椅子が一つあるだけで、かれの服どころか下着すらなかった。草加が来るまでは着ていたのだから草加が持っていったのだろう。羞恥に身体が火照った。角松同様精液のついた敷布でせめて下半身だけでも隠す。パレオのようだ。心もとないが、ないよりはましだろう。
足がダメなら腕がある。ようは足首が床につかなければいいのだから腕と膝で匍匐前進すればいいのだ。幸いそれには慣れている。
しかし角松は実行する前に体を強張らせた。こちらに向かって近づいてくる足音を、拉致されて以来鋭敏ななった聴覚がとらえたのである。
角松は無意識に逃げ場を求め、身を隠そうとした。隠れる場所などどこにもないベッドの上で青褪め、緊張している想い人に、草加はにっこりと笑いかけた。
「おや、これは…またかわいらしいお姿ですね」
「……!」
つかつかと歩み寄った草加は絶句している角松の顎を掴み、嫌がるのを力ずくで押さえつけてくちびるを奪った。顎から咽喉へと手をすべらせて、力を込める。
角松が手を引き剥がそうと爪を立てた。構わずに舌を吸い、歯列をなぞる。
「…くっ、ふぅ…っ」
敷布に隠された角松の股間を、草加の膝が押した。ビクッと角松が跳ねる。
「あ…!」
ようやく解放された角松が草加の胸に手をついた。草加はまったく無遠慮に布の上からそれを攻め立てる。すでになんども極めていた身体は、あっけないほどたやすく熱を帯びていく。
「やめ…、草加!」
「ああ、そうだ。角松さん、風呂に入りましょう?」
「ぁ…っ、風呂…?」
「ええ。このままでいたいというのであれば、かまいませんが」
「やぁ……」
くちっと音が立って、敷布が濡れてきたことがわかった。草加がこれみよがしに濡れた指先をかざす。とろりとした液体が糸を引いていた。
「…どうします?」
耳元に息を吹き込んで笑う草加がただ入浴するだけですませてくれるとは到底思えなかったが、拒否すれば確実にこのまま放置されるだろうと理解した。清拭もせず、互いの精液に汚れた角松をそのままにしておいて、草加は笑いながら変わらぬ日々を過ごそうとするだろう。
「い、行く…」
角松がうなずくと草加はさっと体を離し、かれを背負い上げた。突然のことに慌てると、草加がよろめいた。
「角松さん、暴れないでください。…重いです」
「あたりまえだ…!」
背負うというよりはひきずって、草加は角松を浴室へと運んだ。密着した身体の一部が擦れ、時折かれの口からは切なげな吐息が漏れている。草加の笑みが深くなった。
卑怯な手段だとはわかっているのだ。下劣な、最低の手段だと。
けれど他にどうすればいい。草加はこれ以上自分で角松の肉体を傷つけるのを恐れた。かれの怪我が治りつつあるのにおびえている。いつかこの腕の中から、角松が消え去ってしまうことを。そのためにならどんな方法も厭わない。自分なしではいられなくなるように――身体に教え込むのだ。
ちいさな風呂用の椅子に座らせると、角松の下半身を隠していた敷布を剥ぎ取る。すでに顕著な反応を示すそこから目をそらすように、角松はくちびるを噛み締め、そっぽをむいた。今更だとは思わないらしい。
少し待っていてくださいねと言って草加は脱衣所に取って返した。戸が全開のままだったので角松の目が自分を追いかけ、躊躇なく服を脱いでいくのに慌てて目をそらし…真正面に飾られた鏡にぎくりと瞠ったのまで草加はあまさず見ることができた。
「お待たせしました」
「………」
桶で湯を汲み、そっと角松にかけていく。かれは顔を顰めたままだ。石鹸を泡立てた手で全身を撫で回すと、ぎゅっと瞼が閉じてしまった。頬や耳やうなじに吸い付いた。
「……あ……」
すでに硬くなっていた胸の双果をなぞり、腹筋にそって手をすべらせる。天を突いているものにまんべんなく泡をすりつけ、奥の蕾を広げた。
「…っ、く…っ、」
「ここは、特に念入りにしませんと」
「あっ」
泡まみれの指がなんなく潜り込む。角松の手が草加の膝に縋りついた。自分で洗えると訴えてみたが、あたりまえのように却下された。
ゆっくりと内側を進む指が、なにかを探すように蠢いている。何度も出入りを繰り返し、湯で洗い流し、そして指を増やしていった。
「はぁ…っ、あぁ……ンッ」
目を閉じているぶん、触れられているところを余計にはっきり意識した。草加によって慣らされた身体はたやすく快感に追い込まれてしまう。草加も角松のどこが感じるところなのか、すみずみまで把握しているだろう。
双丘の合間に、ひたりと熱い塊があてがわれた。脈打つそれがなんなのか見なくてもわかる。草加のそれだ。
「角松さん…っ」
「イ、やぁ……ッ」
のけぞった角松の腰を捕まえ、草加はすべてを飲み込ませた。きつく閉ざされた目じりからつぅっと涙が溢れた。べろりと舐めとり、草加は感嘆のため息をついた。草加の形を覚えているそこは、あつらえたようにぴったりとかれに吸い付いていた。草加は言った。
「目を開けてごらんなさい…あなたは素敵だ」
「やめろっ、言うな…。あァッ」
椅子をずらすと自分の体重でより深く草加を受け入れてしまった角松が、高い声をあげた。浴室に響いている。角松は息を詰め、声をおさえた。
草加はそれにかまうことなくかれの太股を持ち上げた。鏡に映る角松はどう見ても嫌がっていない。この表情を見て言葉通りにうけとれる男は男ではないだろう。そろりと片方だけ細くなってしまった足首を撫でた。反射的に逃げを打つのを捕まえ、痛みを感じない程度で力をいれる。
「………っ、草、加…っ!?」
「ほら、目を開けるんです。あなたがどれだけいやらしくわたしに抱かれるのか、しっかりその目でご覧なさい」
さもないと、というように草加はさらに力を込めた。角松の顔が痛みに歪む。かれはとっくに目を開けてしまっていたが、正面だけは見れずにいた。背後の男を窺えば、笑みさえうかべてさあと促してきた。緊張で草加のいるそこが閉まり、苦しさが増していた。
そろそろと角松は鏡を見た。
そこにいたのは快感を持て余すように全身を紅潮させ、涙に滲んだ瞳を潤ませて身体を揺らしている男だった。大きく開かれた足の間、そそりたつものには背後の男の手が絡みつき、さらに奥にはその男が埋め込まれているのがちらりと見えた。
「あ……あ…」
「どうです?」
「……ッ、アッ!」
突き上げられる。絡まった指が器用にその部分を擦りあげ、吹き零れた雫に濡れていくのが鏡に見えていた。
「や、やあァ……ッ。くさ、か…、アァ…ッ」
鏡の向こうで草加が笑っている。どこか遠いのに、鮮明な声は耳元から聞こえた。
「ふふ…思ったとおりでした」
熱い息。見せ付けるかのように繋がっている部分をさらされる。
「きっと、あなたはこういう趣向がお好きだと思ったのです」
「……!そんな…っ、そんな、こと……っ」
ない、と否定する前に動きが激しくなった。足首が時々浴槽や床にぶつかって容赦のない痛みが走ったが、それすらも気持ちよさになっていく。鏡に映る男が悶え喘ぎながらそこから逃げようともがいている。逃げるのは無理だろうと角松は思った。あんなにも深く繋がっているのだ。
それが――それが、自分なのだ。今の自分がどういう存在であるのかをまざまざと見せ付けられ、角松は首を振った。認めたくなかった。認めてしまえば草加の執着に絡めとられて逃げることを忘れてしまう。
「く、ああ……。はっ、ぃやだ……ッ」
「ぅ、あ…っ」
急な締め付けに草加が呻いた。びくんと痙攣しながら角松が精を吐くのを嬉しげに覗きこみ、笑う。
「ほら、ね。やっぱり」
「草加……っ、も、もう…」
まだ行っていない草加が極めたばかりで敏感になっている身体をさらに抉った。ふらりとよろめき、前に手をついた角松がそのまま床に突っ伏した。まったく力が入らない手がぶるぶるとふるえていた。腰だけを高く掲げた体勢にいつかの恐怖が蘇る。
「も……、許して、くれ…」
「………」
草加は角松の懇願を無視し、双丘を撫でた。絡みつき蠢くようにうねるそこを突き崩すように腰を動かす。角松の背中が美しく隆起した。
「ふぁ…っ、やぁっ、ん、ン……!」
「角松さん、…角松さんっ」
「や、たすけ…、草加ぁ…っ」
本当にもう許して欲しかった。悦すぎて、怖い。自分の体が作り変えられていく恐怖に、角松は懇願した。
「あ、――……ッ!」
草加がため息をついた。それにあわせるように熱いものが体内を叩き、どろりと中を浸していく。あれほど硬く大きかったものの感触が、別の生き物のように変わっていった。
引き抜かれる。ああ汚してしまいましたねと幼い子供を叱るように笑って言われた。おまえのせいだろうと言いたかったが、反論できる余裕はすでになかった。昼間から数えて一体何回いかされたのだろう。もうこれ以上は苦痛でしかない。
「角松さん、ココ、綺麗にしてあげますね」
「………ッ」
蕾を広げられ、舌先がねっとりと舐め上げる。再度の予感に、角松は叫んだ。
「やめてくれ、もう厭だ……っ!」
「イヤ、じゃないでしょう…?」
音を立てて草加が吸い付いた。
「ひぁ……ン……」
途端、聞くに堪えない甘い声が角松の口から漏れた。ダメだ、怖い。角松は冷たい床に頬をすりつけ、草加を見上げた。
「も…う、無理……」
「…わかりました。なら、こちらはやめてあげます」
草加は角松を仰向けに返し、くたりと脱力した身体を抱きしめた。ほっとしたかれの手を掴み、すでに兆していた自分のものを握らせる。角松は呆然と、草加を見つめた。
視線で促せばおずおずと扱きあげてきた。赤く充血したものがたちまち脈打ち、かれの手を濡らすほどに成長する。
草加は両手で角松の頬を包み込むと、そろりとくすぐった。耳穴に舌を入れて舐める。角松がちいさく反応した。気を良くした草加はかれの顔を下へと向ける。当然、そこにはそれがあった。
「……っ」
草加の意図を察した角松は肩を強張らせた。くす、と草加は笑う。
「どうしました角松さん。…さあ」
ゆっくりと後頭部や髪、うなじを撫で上げる。誘われるままに角松の顔が下がっていった。両手に包まれた起立に熱い息がかかり、そろりと指が確かめるように撫でた後でとうとう角松の舌がたどりついた。
「…く……っ」
初めて味わう男の、味や匂いに驚いたように唾液が溢れた。舌に溜まったものをこくんと飲み込む。吐き出されたばかりでまだ生温かい精液にまみれたそれを、角松は信じられない思いで舐めまわした。あらためて目の前で見てみればそれはひどくたくましい凝塊で、これが何度も自分を貫いていたのだと思うとおぞましさにふるえが込み上げた。
それを見抜いたように草加の命令が飛んだ。
「もっとしっかり…味わってください。口の奥で。いつもあなたの身体がそうしているように」
快感に潜められた草加の容赦ない命令に、角松は目を瞑った。大きく口を開けて飲み込む。歯を立てないようにゆっくりと上下し、しゃぶった。これだけに集中するように努めた。
くすり、とため息混じりに笑う気配。
「角松さん、あなた今どんな格好をしているのかわかっていますか?…丸見えですよ」
草加は鏡に映る自分たちの姿に目を細めた。咄嗟に顔を上げようとした角松の頭を押さえつける。草加は続けた。
「あなたのそこからわたしの精が溢れてきている…まるで、粗相をしているようですね」
「……ッ、んぅ……ッ」
きゅう、と反射的にそこが閉じた。愉快そうに草加が笑う。
「ああ…ダメですよ。ちゃんと、出してしまわないと」
声が途切れ途切れになり、口の中のものがさらに大きくなった。息苦しくなる。早く終わらせてしまいたいと、手指で口に入りきらない部分を愛撫した。
「ン、んん……っ。んふ……っ」
「心配しなくても…たっぷり飲ませてあげますからね…」
どういう意味か、確かめる間もなかった。草加が低く呻き、角松の頭をさらに押し付けたのだ。
「ッ!――ッ、…ッ」
口の中いっぱいに吐きだされたものをどうすることもできなかった。角松の咽喉が動き舌が残骸を舐め取る仕草をみせるまで、草加は押さえつけたままかれを解放しなかった。
角松が再び寝台に横たわることができたのは、窓から月明かりが差し込む時刻になってからだった。時間の概念はここにはない。朝になって角松は一日の始まりを知り、夜になって一日の終わりを知ることができるだけだ。
隣には草加が座り、髪を撫でている。結局あれから舌と手で『清められて』しまった。食欲を無くすほど疲れ果てた角松はただぐったりとその手にされるがままになっている。草加は満足したのか幸福そうだ。
「このぶんならもうすぐ歩けるようになりますね。…この国をでます」
「………」
2人は何度かホテルを変えていた。草加にとっての追っ手は角松にとっては唯一ともいえる希望である。縋りつくように瞳を輝かせた角松に気づかないふりをして、草加は遠い異国の名を告げた。
「……え?」
瞬間、絶望と郷愁の入り混じった痛切なものが角松を貫いた。ただ呆然と、目の前の奪略者を見つめる。
――日本から遠ざかる。
それはすなわち、角松洋介の居場所から遠ざかることでもあった。上官の、親友の、部下たちの、そして家族の、懐かしい人々の笑顔が遠ざかっていく。
「――…帰りたい」
「どこへ?「みらい」ですかそれとも未来へですか。いずれにしても、わたしたちが帰るのは、ただ一つの新しい故郷ですよ」
わたしはあなたを逃がさない。蕩けるほど甘い声で草加はきっぱりと宣言した。
帰りたい、と角松は繰り返した。草加はどこを見ているのかわからないかれの目を塞ぎ、わなないているくちびるを奪った。
「ええ、帰りましょう角松さん。…わたしたちの国へ」