海を見ている想い
その男の回答は如月の気に入るものだった。
今でこそ陸での任務に就いているが海軍中尉の肩書きどおり、如月は海の人間なのだ。海ではまず生命の拠り所となる船と乗員―――仲間をなにより大切にする。家族というより手足のように。
角松洋介という男について如月は任務に必要なことしか知らなかった。それで充分だと思っていた。単なる仕事だ。そう割り切った。
潮気が抜けて一人前。不貞腐れたような自分の言葉に内心苦笑する。本当は海が恋しいのだと言っているようなものではないか。意に染まぬ陸での任務。心の奥底に閉じ込めて、ずっとないフリをしてきていた。いつしかそれが如月にとって当たり前になっていたのに、この男が海を連れてきた。
「あんたの名前は誰がつけたんだ?」
唐突な問いに、角松はぽかんとした。
「父だ」
「ぴったりだな」
「そうか?小さい頃は手抜きだと思って好きではなかった。父も祖父も洋の字がつく」
「どんな人物なのか、想像がつく」
「ほう?」
面白そうに、角松の表情が緩む。言葉の通じない病院で、会話に飢え、退屈しきっていたのだろう。
「がんこでわがままで意地っ張りで、その上馬鹿正直。ついでに融通がきかない」
くっと角松が肩を揺らした。傷口が傷むらしく右肩を押さえたが、それでも笑っている。否定はできないな。そう言って、笑う。如月がくそまじめな顔なのも笑える一端になっているようだ。
乗りこなせるだろうか。笑い転げる角松をぼんやり見つめ、如月は考える。この男は海だ。深みにはまったら生きてはいられない予感があった。一見穏やかで頼もしく優しそうだが、油断していると荒れ狂う。
舵を取れ。逆らわず、流されず、意志を持ち、前を向け。
そして道を見出すのだ。海でそうしてきたように。
如月は言った。如月克己の角松洋介に対する感想はこの一言に尽きた。
「海にそっくりだ」