炎と氷





 日曜下宿は三人で借りている。
 もっとたくさんの人数で借りている連中もいたが、人が多くなると面倒も増えると、三人は他の同期を寄せつけず三人だけで下宿先を決めた。
 学校から徒歩で五分くらいの、下宿、というにふさわしい古いアパートである。
 休日ともなるとここまで制服でやってきて、中で私服に着替え、街に出る。

 その日の夜は外泊を申し出て泊り込み、朝まで飲もうということになった。
 学生舎での飲酒は禁止されており、飲むともなればこっそり・・・になってしまう。今日は騒ぎたかった。
 開校式が終わり、ひと段落ついた最初の休日である。

 三年生は気楽だ。
 一年生の監督責任があるわけでもなく、上級生の呼び出しに怯えることもない。
 何の気兼ねもなく友達で集まって飲んで騒ぐ。それだけのことが一番の贅沢であり、価値のあることであり、幸せであった。
 すでにビール瓶が六本ほど空き、日本酒や焼酎、洋酒が空けられていた。
 学生とはいえ、男所帯のこの学校は酒を良く飲む学校である。三年になった彼らは、けっこう酒に強くなっていた。
 角松は飲んでも態度が変わることはないが、気が大きくなるらしい。「俺は酔っていない」とか「全部奢ってやる」など、頑固に言い始めて手に負えない。
 尾栗は飲むとものすごくテンションが上がる。面白いことをやろうと躍起になって騒ぎ、酒の場では特に人気者である。
 菊池はわりかし飲んでも顔色や表情が変わらない。そのためか「見た目によらずザルなんじゃないか」と周囲を蒼白にさせる。
 今宵、そんな三人の酒盛りの場は、開始当初からかなり乱れていた。若い男の集まりなのだから仕方ないかもしれないが・・・・。
 話題の中心は開校式であった。棒倒しで彼らの大隊は二位に終わったが、来年のリベンジを誓って三人は盛り上がった。
「二大隊に負けた原因は特攻の策が甘かったからだ」
 と角松が煽れば、尾栗は何度もうんうんと大げさにうなづき、
「来年はコノ三人でそつなく決めたいもんだな」
 と両脇の友人に肩をまわしてきた。
「その前にまた同じ大隊になれれば・・・の話だけどな」
 へべれけに酔って絡んでくる尾栗に、菊池はクールな顔で言った。

「なるさ」
 何の根拠もないのに角松は言う。
 尾栗と菊池は互いの顔を見合わせて、そして角松を見て笑った。
 そうなればいい。
 「クラス替え」ばっかりはどうにもならないが、少なくとも角松とは別れたくないものだ・・・と尾栗と菊池は思った。


 そうしたら菊池から、尾栗から、角松を奪い去られる心配をしなくてよい。

 
 菊池が、角松に想いを寄せていることを尾栗は知っている。きっと菊池は尾栗が察知しているなんて気づいてもいないだろう。
 彼はポーカーフェイスを貫いているつもりだが、見え見えであった。
 何が一番違うかというと、話し方である。
 菊池が角松に話しかけるとき、声のトーンが一段低くなる。注意深げに、気を使って話す、といった感じだ。
 こういった人間観察において、尾栗はとても長けていた。
 
 尾栗は、自分はどうなのかな・・・菊池に気づかれているのかな・・と思った。
 菊池の顔からは、その肝心な部分は窺い知れなかった。
 もっぱら、菊池は自分を制御することに精一杯で、尾栗の心中など察する気すら起きていないかもしれない・・・。
 

 もし俺が洋介を奪い去っちゃったら、どうなるんだろう?
 
 
 ふと、意地悪な気持ちが芽生えた。
 酒が入っていたせいもあるかもしれない。自分のちょっとした気持ちに悪乗りしたのである。

「なあ、雅行」
 尾栗は焼酎の空き瓶を掲げて言った。
「もうなくなった」
 菊池は呆れた。
「なんだよ?俺に買って来いって言ってるのか?」
「学生長付きの角松学生が言っております!」
 角松が目を見張る。
 そんな二人の様子を見て尾栗はにやりと笑ってしまった。

「三人で行けばいいじゃないか?」
 菊池は口を尖らせた。
「頼むよ〜・・雅行〜」
 尾栗はあくまで「へべれけ」の演技で甘え、歩けないもん、と言い張った。
 じろりと角松を見やれば、彼もなんと怠惰な様子で上目遣いに菊池をニヤニヤ見つめていた。ヤバイ、態度がでかくなっている・・・と菊池が思ったとたん、彼は笑って言った。
「寒いからなあ」
 
 なんてやつらだ、と思った。
 むかつくが、人に頼まれると嫌と言えないのが菊池である。
 なんとなく、二人の面倒をみてやるかというか、甘やかせてやるかというか、そういう気持ちが湧いていた。大人びた性格が災いしたのだ。
 
「じゃあ・・・・すぐ戻るから・・・」
 不満気ではあったが、菊池は立ち上がった。
「おお!ありがとう、雅行!」
 尾栗が大げさに喜んで、菊池に抱きついた。
「康平!お前、絶対後で借りを返せよ!」
 菊池は眉を寄せて、張り付いている親友をはがした。
「雅行、つまみもほしいな」
 目を輝かせて見上げてくる角松に絶句する。
「おまえら・・・・!」
 いつそんな甘え方を身に着けたんだ?!

 菊池は大きく溜息をついた。
 コートを引っ掛け、アパートを後にした。
 


 さて、二人になった。


 角松は焼酎をすすっている。
 尾栗が見つめているのに気づくと、「なんだ?」と言って笑顔を見せた。

「なあ、洋介」
 ずいっと腰を寄せて隣に座る。
 肩と肩が触れて、互いの体温がふんわりと伝わった。
「ん?」
「俺さあ、お前が好きなんだけど」
 尾栗はストレートだった。
「ん?・・・ん???」
 角松が二度見した。酒のせいか、反応が大げさになっている。
「お前、好きなやついるのか?」
 尾栗は意に介さず、顔を寄せる。
「え・・・?いや・・別に・・・・・・」
 たじろぐ角松を見ると愉快になった。ちょっとやそっとでは動揺を見せない男が、自分の言葉で揺れ動いている。面白かった。
「じゃあ、さ・・・・・・」
 尾栗はさらに顔を近づける。
 自分の心臓の音が、どくどくと頭の中に響き渡るようだった。ものすごいスリルだ。
「こ・・こう・・へい・・・・・・?」
 赤らむ角松の顔を見ていたら、尾栗のなかで駆け回っていた遊び心が、本気の気持ちへと変貌を遂げていった。
 角松と繋がりたい・・・・・・と思った。
 すうっ・・・と、尾栗の視線が鋭くなった。
 その変化に、角松が緊張で身を強張らせた。
「ちょっと・・・・・・」
 待ってくれと言う間もなく、尾栗の身体が射るように動いて口付けをしていた。
 驚いて身を引こうとする角松の肩を強く抱き、首筋に掌を回す。

 はじめは、ここで終わるつもりだった。
 そのはずだった。
 だが、一旦角松の甘さを味わいはじめた身体を引かせることは容易な事ではなかった。
 どうしよう・・・とわずかに焦りを感じていたときだった。
 ん・・・と、色っぽく角松が喉を鳴らすのが聞こえ、触れた掌にその振動が伝わってきた。
 ドキッとした。
 もう駄目だった。

 うっすらと目を開けると、ぎゅっと目を瞑った角松の顔があった。

 拒否なのか、考えているのか、受容なのか分からない。

 彼のくちびるを食んで舌で叩いても、その柔らかいくちびるは簡単には開かなかった。
 それはそうだろう・・・ならば・・・・・・。
 酔って理性が緩み、勢いのついた尾栗には恐れるものなどなかった。
 目の前にある欲しいものを奪うだけ、である。それも彼の場合、まったく邪心などないのだから始末が悪い。
 角松か愛しい、可愛い、抱きつきたい。
 今尾栗の胸中を支配しているのは、それだけなのである。
 菊池の存在など完全に消えていた。

 尾栗は角松のシャツのボタンに手をかけた。
 口付けは続けたまま、である。
 さすがに角松は焦りを露わにして、尾栗の手を掴んで口付けを引き剥がした。

「な・・・なにしやがる!」

 そういう目が潤んでいる。語気がわずかに震えている。キスが気持ち良かったのがあからさまだ。

「いいじゃん」
 軽いノリでそう言うと、ためらうことなく尾栗は再び手を動かしていく。
「よ・・・良くねえよ!・・・・・・雅行が帰ってくるぞ」
「だから何?」
 挑戦なら受けて立つ、と眉を上げる尾栗に、角松は絶句した。

 了解も得ていないのにこんなことするなんて、反則だ!と角松は思った。
 だが、身体が「拒絶」を嫌がっている。
 なんたることか、さっきの尾栗の口付けに参ってしまったのである。
 その先を、身体が期待している・・・・・・その事実に角松は赤面した。先ってなんだよ?と自問自答した。


 まじめに進学校で高校生活をしてきた角松は、はっきり言って初心であった。
 一方の尾栗は、遊びを存分にしてきたのである。もっと言うと、危険な遊びをたくさん学んできたのである。
 二人の「力量」に差があるのは一目瞭然であった。
 尾栗は上手かった。テクニックもだが、相手をその気にさせる術がなによりすごかった。
 余計な考えなどさせない。伸るか反るか、ではなく「行こう!」と言ったら有無を言わせないのである。


 
 頬に、首筋に、そして肩口に・・・・・と焦ることなく的確にくちびるを落としていきながら、改めて尾栗は角松の身体にうっとり酔いしれた。
 甘い肌の匂いがたまらなかった。ほんのり香る汗の香りが、妙に心を落ち着かせる。
 ちょっとした出来心のつもりが、歯止めの効かない行為に発展してしまった。しかし後悔などしない。彼はそういう男だった。
 そして夢中で擦り寄ってくる尾栗に、角松の方も身をゆだねてしまっていた。彼の掌が優しく身体をなぞり、そして時折強く掴んでくるのがたまらないのだった。尾栗の手があまりにも温かかった。
 人に愛撫されるのがこんなに気持ちが良いとは知らなかった。
 男としてベッドでリードする役は知っていたが、「リードされる役」のことなんて全然知らなかったし、想像すらしたことが無かった。ひとつずつ、自分の安全装置を外していくスリル感と開放感・・・・・・。

 こんな世界があるなんて・・・・・・!

 うぅーっと甘い吐息が次々と零れて・・・・角松は畳に倒れこんだ。
 角松の心を掌握した手ごたえを感じた尾栗は、自らのシャツをすばやく脱ぐと、角松のシャツも脱がし、トレーナーパンツに手をかける。
 一瞬、角松の身体が緊張したのが分かったが、ためらいを見せずに尾栗が脱がしにかかると、協力的に腰を浮かせた。
 角松の良心が疼かなかったわけではない。でも、勢いが加速していくように止まらず、彼の道義を押しやっていく。
 好奇心が、心地よさへの期待感が、心をどんどん多い尽くしていって・・・・。
「あっ!」
 すでに熱くなった角松を掌で包み込むと、角松は尾栗にしがみついてきた。
 尾栗がゆっくりと手を動かすと、目の前の男が顔を歪めて息を荒げる。
 拒否すらせず素直に反応していく親友に、尾栗の顔から笑みがこぼれた。いつもなら敵わないと思っている男を支配している高揚感。 
 彼を凌駕しているような錯覚に囚われて、尾栗は勝利に打ち震えた。一体何に勝ったのかピンと来なかったのだが、とにかく、尾栗は調子に乗った。
 

 

「なあ、すげえことしてあげようか?」


 へっ?とパチクリする角松を気にも留めず、尾栗はテーブルに手を伸ばす。
 アイスピッチャーから溶けかけた氷を手に取った。
 それを裸の角松の肌に滑らせる。
 ひっと角松は身をすくませた。
「やめろ・・・!うわ!」
 氷を胸や腹に滑らせると、その度に角松が身をくねらせ笑った。可愛かった。
 この寒い時期に何を考えてるんだ!と笑いながら抗議しようとするその口を、尾栗の口が塞いだ。
 開いた口の中に舌を滑り込ませてくる。くぐもった声がかき消される。
 氷のあてられた肌がひりひりと痛み、しかしその滑らかな氷の感触が奇妙な心地よさを生じさせる。
 冷たい氷が滑る身体と、温かく舌で愛撫される口元と、どちらに意識を向ければ良いのか分からなくて角松は混乱した。
 「うっ・・・ん・・ん・・・・・・!」
 翻弄される親友の表情を面白そうに見ながら、ことの試しに胸の小さな突起に氷を滑らすと、角松は大げさなほど仰け反って声を上げた。
 興奮して血の集まっている場所を急激に冷やせばどうなるか・・・。
 「あっ・・・つっ」
 胸への鋭い刺激に角松がなんとも色っぽく顔を歪ませた。とても反応がいい。期待がもてた。
 尾栗は突起の上を円を描くように滑らせた後、するすると下腹部にそって氷を移動させた。
 臍をなぞり、腰骨から鼠蹊部にむけて氷を走らせると、ついに角松が懇願した。
「ひっ・・あっ・・こう・・へい・・やめ・・・!やめて!」
 すべての刺激がひとつずつ積み重なって角松を興奮させた。外気と部屋の明かりに晒された肌が、羞恥と倒錯した快楽を感じて桃色に染まる。
 見事な程扇情的な親友の様子に、尾栗はすっかり心を奪われた。これまで、自分が抱いたどの女性よりも健康的な美しさを湛え、活き活きと逞しく、清らかな肉体だった。
「すげえな」
 口からこぼれた感嘆の言葉に我に返る。尾栗はさらに加速度を上げた。ついに目的地へとたどり着いた氷を見る。
 小さくなるかわりに丸く優しい滑らかさを勝ち得た氷を、いきり立った角松自身にあてがう。
「・・・っああっ!」
 たまらず、角松の身体が激しく跳ねた。
「もっ・・・うっ!・・康平っ!!」
「がまんしろって・・・・・・」
 氷をあてつつも優しく扱かれて、角松の雄は受けたこともない刺激に震えながら蜜をこぼした。
 そうして氷をあてたまま、尾栗はテーブルの上にまた手を伸ばす。
 手に取ったのは、好奇心で買ったテキーラであった。
 うっすらと目を開けた角松は、今度は一体何をする気かと目を見張った。
「康平!このヘンタイ!」
「悦んでるお前のほうがヘンタイだろ?」
 否定できない。角松の顔がかあっと赤らんだ。ぐっと奥歯をかみ締める。
 尾栗はテキーラを一口口に含むと、すっと身体をずり下げた。角松の腰もとにちいさく口づけする。
 そして・・。

「ひ・・・あっ・・・・つうっ!・・・・っ」 

 声が消え入る。角松はきゅうっと身を丸めた。テキーラを含んだままの尾栗の口が角松を飲み込んだのだ。
 かっと焼けるような刺激と疼きが走り抜ける。敏感な部分が一気に炎に包まれた。
 角松は声も出ない。ぎゅっと両手を握り締め、ぶるぶると戦慄で身を震わせた。
 尾栗はテキーラを少しずつ垂らし、角松の腰を濡らして行った。たらたらとテキーラが秘部を伝っていくと、そこかしこに火が燃え移ったようだった。
「はっ・・・あっ・・・・」
 意識と言う意識が腰に集中してしまう。
 さらに尾栗はすっかり小さくなったその氷を、角松の最奥にするりと押し込んだ。
 角松の眼が見開かれ、声にならない叫びを上げた。
「っ・・はっ・・・・・こう・・・・へいっ!!」
 声がつまり、息もできない。
「もう・・・やめろ・・・もう・・もうっ!・・・・」
 ついに半泣きになって喘ぎ喘ぎ懇願するが、尾栗は聞いていなかった。角松が言葉とは裏腹にひどく感じているのを見抜いていた。
 尾栗を突き放すどころかしっかりと腕を握り締めてくる。その必死さが可愛くて目を細めた。
「洋介、すんげえ色っぽいな・・・・・・」
 嬉しそうに言って、テキーラの滴る雄に舌を這わせた。
「あっあっ・・・・あああ!」
 尾栗の導きは完璧だった。もう角松は抗うことができないところまで来てしまった。
 尾栗の愛撫に角松は、はばかりもせず乱れに乱れて嬌声を上げた。それを煽って煽って、尾栗は楽しんだ。 
「あ・・・あ・・・ああっ!!い・・・いき・・そっ・・・・・・」
・・・・・と、つい・・・と尾栗が顔を上げ角松から身を起こした。
「・・やっ・・・・・・!」
 昇り詰める寸前、足場を失った。
 快楽の寸断と喪失。
「・・・ぁ・・・あ・・・・・・な・・なんで・・・・・・」
 悲しげに角松が虚ろな目を開いてつぶやき、離れた尾栗の身体を求めて両手が漂った。
「焦るなよ」
 尾栗は愛おしそうに手を取り、その甲にキスをする。角松が指を絡めてきて、尾栗の手を離そうとしなかったのがことのほか嬉しかった。
氷を新たに手に取ると、再度角松自身に這わせた。テキーラの沁みた皮膚に氷が這うと、更に焼けるような痛みと疼きが角松を襲った。
「ひっ・・あっ・・・・・」
 そうして再び丸く滑らかになった氷を角松の体内にもぐりこませる。
「・・うわっっ・・・・ああ!」
 身を仰け反らせる角松から離れて再びテキーラを一口含むと、尾栗は角松をうつ伏せに返した。
 何をどうする気だ、と訊ねる間もなく、尾栗は最奥に口付ける。
「やっ・・・やめっ!・・・・・・うあっ!!」
 細く開いたそこから口移しでテキーラを流し込む。角松の身体がひときわ大きく跳ねた。
「ああぁーーーーーっっ!!」
 氷で冷え切った体内の粘膜をテキーラの炎が舐めまわした。身を丸めて強張らせ必死になって強烈な刺激に耐えるが、全身が震えて歯が鳴り、眦からほろほろと涙が零れた。
 「免疫」のない角松には、尾栗の刺激はあまりにも強烈過ぎた。
 性行為で感じる部分の感度を、最高値まで引き上げられた身体は、欲求にむかって暴走を始めた。
 角松は理性を一切奪われたようだった。何もかもどうでも良くなり、すべてのことを忘れ去った。
 
 菊池がもうすぐ帰ってくるということも・・・・・・。

 わなわなと震え、身体に力が入らなくなっている角松を再び仰向けにすると、尾栗は彼の乱れた表情を目に焼き付けた。
 夢に見たそのときの顔だった。
 ちゅぷっと音を立てて角松の雄を口に含むと、彼は嫌々をするように頭を振りながら「いかせてくれ」と泣きついてきた。
 音を立てて咥える尾栗の頭を、角松は必死に掻き抱いた。尾栗の頭が動くたび、歯の根の合わぬ口から嬌声が漏れた。 
「ああっ・・・・ああっ・・・・も・・イク・・・あっ・・・・・・」
 燃え盛るような腰・・・・・恍惚としてぼやける視界・・。
 角松は夢中になって達した。



 菊池は、ドアの前で呆然と立ちすくんでいた。
 部屋からは、角松の「あの声」が漏れてくる。それも、かなり乱れた声だった。
 ドアを開ける勇気など微塵も湧かなかった。
 相手は?
 尾栗なのか?
 なぜ・・・・・・?

 愕然となる。
 尾栗も角松を好きだったのか?しかも角松はそれを受け入れたのか?

 分からない事だらけで混乱する中、ひとつだけ分かることがあった。。
 自分はまんまと出し抜かれたのだ。

 酔いが一気に醒めた。菊池は口をわななかせながら回れ右をしてドアの前から立ち去った。




「あ・・・・あつい・・・・・・」
 荒く息を吐きながら、角松は浮かされたようにつぶやいた。なにが熱いのか分からなかった。体中が火傷しているようだった。
「洋介、いいよな?」
 意識が朦朧としている角松は反射的に数回うなずいた。何がいいのか分からなかった。もはや何も考えられない。
 尾栗が自分の雄をあてがってきても、ぼんやりと上の空だった。
「・・・っ!」
 ゆっくりと入ってくる感覚に驚愕し、角松は咄嗟に身を起こした。想像もしない事態に巻き込まれて、助けを求めるように尾栗の身体にしがみつく。
「やっ・・・ま・・待ってくれっ・・・!」
「大丈夫だって・・力、抜きな」
「・・・ぁっ!頼・・・む!・・・まっ・・て・・・・・・イッたばっか・・で・・・・・・」
「力抜けって・・」
 尾栗は囁きながらゆっくりと角松を浸潤していった。
「ぁっ・・・!ぁあっ!」
「・・・うあっ・・・すげ・・・・・・!」 
 角松の締め付けに尾栗の頭が快楽でいっぱいになる。角松の体内に残るアルコールと氷の欠片、それに自分の熱が擦り合って、強烈な感覚が襲ってきた。
 二人の肌がぞわそわと粟立った。

 氷の惑星に太陽が落ちてきたらこんな感じなのかも知れない。
 互いを激しく奪う熱と熱。化学反応。融解と凝固。蒸発し、凍りついていく音。
 両極にあるはずのものが激しく混合していく中に身を投じると、そこはもう己の制御できる世界ではなかった。
 腰を揺らし始めるともう歯止めが利かず、壊し合うかのように激しくぶつかった。
 じゅぷっ、じゅぷっと卑猥な音が聞こえ、声なのか息遣いなのか分からぬものが二人の口からもれる。
 角松の口元から唾液がこぼれた。尾栗はそれを見つけて舐め上げると、そのまま夢中で口付けた。荒い息を紡ぎながら、角松も応じる。
 舌と舌、くちびるを絡めて唾液が糸を引いた。
「・・・はっ・・あぁっ!・・・こ・・こ・・へい!」
「・・・よぅ・・す・・・け・・・・ようすけっ!」
 名を呼び合いながら無我夢中で求め、駆け上がっていった。
 互いの存在が、何より欲しい。
 掻き抱いた互いの身体が、「もっともっと」と更なる接近を求める。
 愛するものとの行為が、こんなに悲しく切なく、たまらなく幸福であることを尾栗は発見した。自分の感ずるままに角松を必死に愛した。
 身体が繋がったことで、角松の中を自由奔放に走り抜けられる回路を得たかのようだった。
「好きだ・・・・好きだ」
 と、尾栗はうわ言のように言い続けながら激しく腰を打ち付ける。
 その激しい打ち付けに、角松は体内の最奥にあった未開の地を執拗に攻められ、噴き出してくる快感に嬌声を上げ続けた。自分の飲んできた酒とテキーラの酔いで痛みが薄れ、快感のほうがはるかに大きかった。さらに尾栗と自分の腹で挟まった自身が互いの動きで激しく擦られ、息も出来ぬほどの快楽が押し寄せる。尾栗の愛情が怒涛のように角松の身体に注ぎ込まれ、彼の生命を悦ばせた。
 途方もない大きさの快感、欲望、快楽、多幸感、愛情・・・・・・・・とても自分の身体に収まりきれない。
「死んでしまう・・・・・・!」
 と口走っていた。
 二人とも、この刹那の狂喜に無力なまま平伏し、完全に溺れた。
「っ・・・はっ・・・っ・・・・・・っ!」
 最期はもう二人とも声にならなかった。肉体の隔たりも分からず、身も心も融合したようになって一気に果てた。







 菊池は夜中の住宅街の三叉路で、立ち尽くしていた。
 知っている同期生の下宿先を訪ねたが、どいつもこいつも寝てるか外出しているで身を寄せる場がなかったのだ。
 ぽつんと一人。暗がりにいると、情けなくなった。寒々しい街灯の下で、視界が霞む。
 もたもたしてたお前が悪いんだぞ、と、もう一人の自分が言った。
 本当にそうだ。
 陰湿な妬みと孤独感がぐるぐると竜巻のように菊池を巻き込んできた。それを振り払うかのように頭を振る。
 自分の大事な親友が、自分の心まで奪った親友の手をとって、遠いところに走り去ってしまった。
 自分を置き去りにして・・・・。
 帰ってきてくれるのだろうか?
 
 人知れず、声を押し殺して菊池は泣いてしまった。
 






 すべてを手放すように崩れ落ち、 ぐったり横たわった角松が、時折ぴくり、ぴくりと余韻に身を震わせている。
 「・・・・・ンッ・・ンッ・・・・・」と震える都度上がる甘えた鼻声に微笑みながら、尾栗はタバコをふかしていた。
 『洋介を抱けた』と言う達成感が胸に押し寄せて、しばし感慨に浸る。とても素晴らしくて幸福だった。
 勢いに押し流されるように角松は尾栗を受け入れたが、驚くほど相性が良くて、一度達するだけでは足らなかった。二人ともびっしょり汗をかき、必死になって求め合った。 
 畳や互いの腹に二人が撒き散らした体液をティッシュで拭き取りながら、その量にあきれた。
「こう・・・へい・・・・・・」
 恨めしそうな、けだるそうな、小さな角松の声が上がった。上目遣いに睨んでくる目には、甘えてすねる子供のような色が宿っていた。
「てめ・・覚えてろ・・・・・・」
 尾栗は嬉しそうに顔を寄せた。
「ん?クセになりそうだろ?」
「ばっかやろ・・・・・・!」
 角松は赤面し、近くにあったクッションに顔をうずめた。押入れから毛布を出してかけてやると、裸のままくるくると身体に巻きつけて潜り込む。
「とんでも・・・ねえよ・・・こんな・・・・・・」
 こんな気持ち良さなんて知らなければよかったと角松は思った。
「・・・・・怒ったか?」
 飄々と言って尾栗が見やると、もうしゃべることすら限界だった角松は眠り始めていた。子供のように無垢な寝顔だった。
 もう一度角松を見下ろして、至福のひと時を共有できた奇跡に感謝する。
 角松の髪をなでるとさらさらと絹のような音がした。
「ありがとうな、洋介」

 まあ、しかし、こうしてひと時快楽の余韻に浸っていたが、徐々にその熱も冷めてきた。
 酔いも同時に醒めてきたが、もう飲みたい酒がない。テキーラは・・・・ふと見て笑ってしまった。初めて手にしたテキーラの思い出がこんなことなんて、角松も自分も良かったのだろうか、と。
 正気に返って逡巡していると、さすがの尾栗も後悔の念にかられた。
 ちょっとぶっ飛ばしすぎたな・・・・・・と、角松を見下ろして苦笑する。
 「まあ、いいか」
 酒の場でのことである。別になくなるもんでもないし・・・・・・と持ち前の明るさで頭を切り替えてタバコを吸う。

 と、その一息が尾栗を完全に醒ました。

「・・・・あ・・・・やべえ!!・・・・・・」
 ようやく尾栗は菊池を思い出した。
 あまりにも遅すぎるではないか・・・・・・。
 時計を見ると三時を回っていた。

 脱ぎ捨てた服を身に着けて、空き缶や菓子袋を蹴散らしながらドアに向かう。
 さすがに疲れていて膝が笑う。
 ドアを開け、尾栗はぎょっとした。
 ドアのすぐ脇で、菊池が座り込んでいたからだった。


「ま・・・まさゆき・・・・・・?」
 恐る恐る声をかける。
 絶対ぶん殴られる、と思って身構えた。が、菊池は一向に顔を上げない。
「雅行!」
 この寒空の下である。尾栗は驚いて菊池の身体をゆすった。
「・・・あ・・・・・・?」
 菊池はようやく目を醒ました。寝てたのか・・・と、慌てて身体を起こす。
「・・・い・・いつから・・・・・いたんだよ」
 決まり悪い。まこと、決まり悪い。歯切れ悪く、目を合わせにくく、尾栗は訊ねる。
「・・・ずっとだよ・・・・・・」
 そういう菊池の眼をちらりと見て尾栗はぎょっとした。菊池の双眦は真っ赤になっていた。
 その眼を伏せて、菊池は溜息をついた。
「他の同期んとこを訪ねたけど、どいつもこいつも起きやしない」
「うわ・・・・・・」
 マジで・・?という言葉を慌てて尾栗は飲み込んだ。
 菊池は情事に気づいて退散したのだと察した。
 なんてこった!
 もう深酒はすまい・・・・・・心から尾栗は猛烈に反省した。
 最初はほんの遊び心だったはずだ。いたずらのつもりだった。まさかこんな泥沼にはまってしまうなんて・・・・・・・。
 これは事故だ!
 そう、事故なのだ!
 たった一回、こっちが運よく先に手をだした、というだけの話だ。
 ものは考えよう。
 ジ・エンドではない。
 
 尾栗はとたんに自分の中でケリをつけた。
 男が一回や二回の勝負で一喜一憂してどうする?
 今回は自分に軍配が上がったかもしれないが、まだ分からない。勝負はまだついていないのだ。
 尾栗はにっかりと笑った。
「おい!酒、ありがとうな!!」
 尾栗は悪びれる風もなく、菊池の背中を叩いて菊池の買ってきた酒瓶を担ぎ上げた。
「もうすっかり酔いが醒めちまったぜ」
 あまりにあっけらかんとした尾栗の態度に、菊池のほうが拍子抜けしてしまう。
 なんでそんなに何事もなかったかのようにできるのだ?
 お前はなんて事をしてくれたのか自覚しているのか?
 唖然としていると、尾栗が顔を寄せてきた。

「なあ・・・・・・」
「・・・なんだよ・・・・・・?」
「まだまだ始まったばっかだぞ」
「だから何がだよ?」
 いぶかしがる菊池にニヤリと笑う。始末に終えない、いたずらな顔だ。


「洋介っていいよなあ」
「ぶっ!」
 おもわず噴出す菊池を置いてけぼりにして、尾栗は焼酎を高々を抱えて部屋に入っていった。


「洋介ー!雅行が戻ったぞー!」





     〜fin〜



飛鷹なぐもさんからキリ番でいただきました!
 『 菊池が角松に片想いしているのを気づいていながら、知らん振りしてかっさらっていく尾栗。尾栗が放っておけばそのままくっついたかもしれない菊池と角松なんだけど(この二人と親友という関係は変わらずに)、 親友の幸せよりも自分の幸せを選んだ尾栗。しかもそれを後ろめたいとは思っていない。菊池は尾栗が自分の思いに気づいていたなんて知らなくて、「え!?」という感じで、影でこっそりと泣いていただきたいですね。』
という、実に細かいリクエストに、見事に応えてくださいました!
こ、こんなエロい栗松になろうとは…!。なぐもさん、ありがとうございました!