シフト





 マレーは蒸し暑い。
 暑いな、とは口にするものの、それ以上の連発はしない。 角松は茫洋とした表情で車窓から流れ去る景色を見ていた。
 折り目正しく畳まれたままの白いハンカチを取り出す。
 拭ってもいつの間にかうっすらと浮き上がる汗には辟易する。慣れてしまうまでにはまだいくらかの時間を要しそうだった。
 この暑さのことはもうあまり考えないようにした方が良いだろう。
 代わりに、この過去の世界のことを思った。
 列車の音が大きいが、これにはもう慣れた。揺れにももう慣れた。 車両には昔風の服装をした人間たちが乗り合わせている。いや、昔風ではない。これが現実なのだ。
 テレビでぼんやりと見ていた戦時中の映像を目の当たりにしていた。あまりにも非現実的でにわかには現実感が持てない。しかしこれは紛れもない 現実なのだと、あらためて自分に言い聞かせねばならなかった。
 目的地にはまだ当分の間着きそうにない。
 周りの人をじろじろと見てしまいそうなので極力外を見ていた。
 斜向かいの席に座っている者はうつらうつらとしていたので、時折そちらの人物を見ては、彼はこの時代を生きている者だと確認し、また外に目を移した。
 膝を突き合わせている草加にも色々と聞きたいことはあるが、この車両内で問えることといえばごく僅かなことしかなかった。
 草加は押し黙っている角松を前に涼やかな顔をして、背筋を正して座っていた。
 角松は何度となく汗を拭く。暑いのだろう。
 “みらい”の好環境の中にあったその身体にはこの蒸し暑さは酷なように見える。
 草加とて艦内の空調の中に数日いただけで身体を順応させるのに少しばかりの辛さを感じたのだから当然だ。
 角松の視線の先に映っているものは物理的には草加と同じ。
 しかし同じものを見ていても、その思考していることは全く異なるに違いなかった。



目的地にはまだ着かない。



 洋上での立場は微妙なものだった。
 “みらい”という船の中においては、草加がまさに圧倒的な“異物”だった。しかしそこから出たとあれば話は違う。
 角松たちの方が、この世界において、圧倒的で絶対的な異物だった。それは紛れもない事実だった。この白い軍服と、この草加拓海という名前がこの時代をコントロールする。
 角松たちには何の力もない。あの船は補給さえ絶たれれば単なる屑鉄に過ぎない。みらいのクルーの中には草加に警戒心を露にする者も少なくなかった。
 その中でも角松は草加に対してとりわけ冷静で厳しい視線を注いでいたが、草加にとってそれは苦痛ではなかった。角松は無視せず、誰よりも草加とともに時間を共有してくれた。 たとえそれが監視目的であったとしても親近感が湧くには十分だった。
 またそのおかげで角松たちがどんな風に何を考えているのか、大体把握することができた。この上陸に対してはさぞかし勇気の要る決断だったろう。それは想像に難くない。もし自分が角松と同じ環境で生を受け、同じ立場だったとして、仲間と一人離れて上陸することができただろうか。それは草加にも分からなかった。外交や工作目的ではないうえ、彼らの考え方のベースは、同じ日本人というカテゴリーであっても相当に違うもののようだった。年齢は自分よりやや上であろうが、未来の日本人の生きる環境は、今の自分たちの苛酷な状況よりずっと緩やかな時代で生ぬるい。
 世界的な視野で平和を愛せ、ということを角松に今叫ばれてもそれは夢想に過ぎなかった。その夢想が大切なものだということも草加には理解できる。そう、真に理解できた。理解はできるが、認められるものではなかった。

***

 先ほど三等車にまでバナナを買いに行ったが、結果的には角松に激怒されることになってしまった。
 今、草加は「もしも」について考えていた。
 あのまま草加が名乗り出なかったらという「もしも」について。
 “もしも”本当に憲兵に連行されてしまったら角松はどうしたろうか。そうなっていたとしたら、角松の息の根は確実に止まっていただろう。
 また想像を絶する拷問にあって、この日本と草加を呪っただろう。
 “もしも”これから先ほどの憲兵とは違う憲兵にこれから改めて突き出したとしたら。
 角松と言う人間は、自分が信用すれば相手も信用で返してくれる、と信じて疑わないようである。
 無論本当に突き出すつもりはないが、想像するのだけは自由だ。
 ――――――もう少し自分が出て行かなくても良かったか。
 草加は少し残念に思った。小さな暇つぶしを自分でなくしてしまったことが勿体無かった。
 角松がはどのように血相を変えただろうか。それを見たかった。彼の必死な形相が見たかった。
 ただのその一点に、とても興味が湧いた。
 そんなことを言ったら角松は今度こそ草加の首をへし折らんばかりに激昂するのではないか。
 血管が切れるほど怒鳴って自分に刃向かってくるのではないだろうか。想像は、無限に楽しかった。

***

 マレーの月明かりはきれいだ。
 星の瞬きが見える。静かな闇を月明かりが照らす。
 昨日、草加と角松は昼間は別行動をとっていた。
 合流地点の宿泊先で横になっていると角松は夜遅くそこに辿りついた。捕らえられたのかとの懸念もあったが、草加にはすべきことがあり、角松の行動力を信じるしかなかった。全身に倦怠感をまとう角松の姿を見て草加は唖然とした。
 文字通り、前身のあちこちが泥まみれである。相当疲れており、スーツを脱ぎ捨てるとすぐに泥のように眠ってしまったのでそれ以上の追求はできなかった。ざっと見て怪我はないようだった。
 とにかくくたくたになっているが、その寝顔は満足げなものに見えた。
スーツを見るとそれもまた泥で汚れていた。頬の泥汚れを草加はタオルを濡らしてきて拭いてやった。
 上のボタンから3つほど開襟して顔全体から胸あたりまでを柔らかいタオルできれいにしてやると角松はきもち良さそうに喉を鳴らした。
 指先で、なんとなく唇に触れるとやはり柔らかかった。
 月明かりの下で角松も青白い。
 目を開ければ引き結ばれる角松のそれは、今やうっすらと開いている。順調で静かな呼吸音に合わせて鎖骨が上下する。
 草加は吸い寄せられるようにためらいなく角松の唇に自分の唇を重ねた。
 少しだけ、割れ目から舌を吸うと誰と勘違いしたのか角松の手が草加の背中に回りかけた。
 そこまでとして草加は角松から離れた。
 続きは正気の時にしなければ面白くない。
 そう思った。

***

 東信丸は無事、出航した。
 草加はあらためて、

「昨夜は何をしていたのか」

と問いただした。角松は平然と、

「爆弾処理を子どもとしてきた」

 という。まったく、危険を顧みないというか、ここで自分が爆弾で吹っ飛ばされてしまったらどうしたというのか。

「俺は、死なないから大丈夫」

 何を根拠にそんなことを言えるのか全く理解不能であるが、角松はくったくのない笑顔で草加に笑った。対して草加は全く笑えなかった。
 目の前の男はなんと甘い考えをしているのだろうか。
 人はいとも簡単に生命を失えるのだということが分かっていないのだろうか。
 生命を失うという機会が彼らのいた時代にはあまりにも失われているのだろうか。
 草加はわざと大仰なため息をついて見せた。
 ―――本当に、馬鹿じゃないのか。
 この角松という人間は自分が何をしているのか分かっているのだろうか。
 人のために身を捨てて尽くす、ということは美徳である。確かに美徳であるものの、途轍もない苛立ちを感じる。
 とても気に食わなかった。
 ついさっき、目の前で鳥が通りすぎていった。角松は眉根を寄せた。

「鳩だ」

 角松はよどみなく鳩だと言った。夜に飛ぶはずもないのだが。
 不吉の象徴との言い伝えを鵜呑みにするわけではないが、鳩を見てとっさに冬馬のことを思い浮かべた。かよわい少年の身に何かあったのではないか。そう心配せずにいられない。
 何もなく生き抜いてほしい。心配はするものの、願うことしかできない今の自分が歯がゆい。

「そんなに感傷的になることはない」

 少年のことを気にかけているのだろう。草加は見透かすように言った。

「感傷的になんか、なっていない」

 草加は“もしも”をまた抱いた。
 そして今度こそ実行してみることにした。
 もしも、角松洋介を抱いたらどんな反応をするだろうか。
 今夜はずっとこの艦内に一緒に違いないが、この先どうかるか分からない。
 ならばいっそのことやりたいようにやってしまえばどうだろう。
 喉が渇いてきた。行動の前の覚悟をする。
 選択肢は2種類ある。
 決して行えない“もしも”とやってしまっても良い“もしも”。
 この急激に湧き上がってくる衝動は、自分の中で後者に分類した。
 たまにはこの一興に身を投じよう。それも良いかもしれない。
 ――――いや。そうしたい。
 草加は、類を見ない正直者だ。良い思いつきがあったらさっそく実行に移さなければならない。


 巻き込まれる角松は気の毒だな、と冷静に思ったが、抵抗する姿さえ見てみたい。

「あなたは無謀にもその子と不発弾の処理をしてきた訳ですよね。その子から不発弾を取り去ることができたこと、それで良しとしましょう。あとは彼と彼の母に任せるしかない」
「分かっている」
「分かっていたらあまり囚われないように」

 分かっている、と自分自身に言い聞かせるように言葉にした角松の腕を掴み、有無を言わさずすぐ近くの自室へと連れ込んだ。
 草加にあてがわれた部屋には狭いながらもベッドがあり、そこになだれ込むように角松は押さえつけられた。
 何をされるのか一瞬怯んだが、何をするのかはその動転のなかでも分かった。
 しかしあまりのもの急展開に、角松は焦った。突き飛ばそうとするが、襟首を掴んでいた草加の手は抜かりなかった。
 角松の両腕をその腕で拘束した。
 手の甲側から上手に掴まれると動かすだけで痛みが走り、自由に動かすことはままならなかった。
 スプリングの不十分な硬いベッドが背中に痛い。



 角松の非難の抵抗はあったが、草加の方が狡猾だった。
 考えさせる前に先手を打ってしまえば良い。

「きさまっ、・・ふざけるのも大概にしろ!」

 両手の自由を奪い上手に拘束され、角松はできうる限りの形相で草加を睨みつけた。
 草加は優男風であるが、自分よりも本物の軍人なのだ。
 たとえ通信将校といえども、その風貌がどうであろうとも、外見上は自分の方が屈強に見えるものの、本気を出せば草加とどちらの方が強いのかどうか角松にも分からなかった。

「貴方は色々と気にする割に無防備過ぎるな」

 お前が、無神経で唐突なんだ。
 そう言ってやりたかった。また、何を考えているのか白状しろ。そうも言いたかった。角松は睨み上げる。

「一人の子どものためだけにその身を奉げられるくらいなら、貴方自身のためにこの身をもっと使いませんか・・?」
「・・・?」

 冬馬を助けたことを批判されているわけではない。そして草加自身が何かで感傷的になっているというのでもない。草加は至って平静な表情で角松を見下ろしている。その目は角松の目をまっすぐに捉えた。



「ほんとうに、自分を粗末にするのは良くない・・」

 草加は徐に角松の両方の襟首を掴むと角松の唇を奪った。唇を蹂躙され、角度を変えて口づけられる。合わせ目から荒い息が漏れ角松の顎に唾液が伝った。 噛まれなかったが、視線で威嚇される。
 角松の腕から力が抜け落ちたので、草加も拘束していた手を離した。このまま殴られてもおかしくない。しかしそうされたらそうされたまでのこと。 しかし、角松が拳に力を込めることはなかった。



 強固に抵抗しないのは、焦っている自分をあざ笑い、哀れに思っているからだろうか。
 憐憫ゆえに角松は自分を殴り飛ばさないのだろうか。どちらでも良い。 草加の中の感情で芽生えた感情は暗い色をしていた。 唇が離れた隙ついて角松は言った。 草加を睨みつけ、鎖骨を上下させながら。

「俺は、自分を粗末になんかしていない」

 角松の口から発せられたのはそれであり、この行為自体の批判ではなかった。

「そうですか」

 なんだか笑えた。人のために自分を差し出す。そんな行為をする角松に苛立ちを覚えたさっきのことを思う。今まさに、角松は草加のために自分を差し出している。
 どうやら、彼の基準に引っかかったらしい。
 手助けする基準、に。
 手助けしてもらおうではないか。最後まで、とことんお付き合い願おう。それを利用しない手はなかった。



 胸のボタンを外すと角松の胸が露になった。
 草加は角松の胸の右のものだけ指で摘みあげ、左手は下半身にそろりと伸ばした。
 草加の手は淀みなくベルトを外し、下着の上から角松の分身をなぞるように、形を確かめるように掴み取った。立派な質量のそれに草加はほくそ笑んだ。

「あっ・・・触るなっ」
「いやだと言っても、止めませんよ」

 みるみる硬くなっていくそれは、草加の手の中で湿り気を帯びていく。角松は腰を引きそうになるが、草加はさらに自分の体重をかけるようにして逃がさない。

「いやだという割には、ずいぶんですね。ほら、どんどん硬くなっていってますよ」

 ご自分では気づきませんか。おかしいですねぇ、と草加は続けた。
 草加は口の端をにやりと吊り上げた。しかしその目は笑っていなかった。

「やっぱりいやだ。それに何でこんなこと!」
「・・・さぁ。したい、それだけですけれど」

 それ以上の理由が必要ですか。女のように。そう言われた気がした。
したいだけ、と言われて頭に血が上った。
 付き合いきれない遊びに付き合ってやる必要はない。

「俺はしたくない!」
「そうですか?貴方も相当愉しんでいるみたいですけど・・?」

 詰まらないですか、と胸を摘まれ転がされる。
 普段なんとも思っていなかったそこから、甘い痺れが腰に伝わってきた。初めての感覚に角松は戸惑い慌てた。
 どうしてしまったのか。自分の身体なのに把握しきれない。

「どけ!」
「そうですか?それにしてはさっきからずっと、貴方のココは愉しそうですがね」

 正直におっしゃいなさい、と下着の上から揉み解され角松のそれには血管が浮かび上がっていく。先端の蜜は少しずつ漏れていってしまう。

「この染みは、なんでしょかねぇ、角松さん」

 グレーのボクサーパンツの中身は張り詰め先端は反り返りつつあった。

「もう少しでほら、貴方のものが見えそうですよ・・」

 耳元で囁く。わざと脳内に響くように草加は丁寧な口調で角松の耳元で囁く。

「う・・・、いうなっ・・」

 頭が出始めると素手で先端をこりこりと擦られ摘まれる。引っかかれると思わず息を呑んだ。 「ああっ・・、ダメ・・っ、見るなぁ・・」

 無骨な角松の頬が上気し、うつろなめで草加を睨む。角松の胸を全て開くと両方の乳首が立っていた。胸が上下し、腹の腹筋は硬く張り詰めている。

「まだまだ、こんなことじゃ根を上げないで下さいよ」

 草加の冷たい囁きに背筋がぞっとしたものの、下半身の欲望は更に質量を増した。

「おやおや、どうしようもないですねぇ」

 口ほどにもない、と角松は子どものように頭を撫でられる。開いた唇から覗く舌を甘噛みされると唾液がまた角松の喉を伝い落ちていった。

「そう盛らず。もっと待てませんか」

 下半身を一気に剥かれ、角松のものは一気に外気に晒された。草加は角松のものを見て、意地悪そうに嗤った。



 足を開かされ尻の窪みを探られる。その違和感に角松は絶句した。そこはそのように使い物ではない。頭を振って抵抗するが、草加にはそれは面白いと取られただけであった。

「さぁ、もっと開いてください。そんなんじゃ見えませんよ」

 ほら、もっと。
 そう強引に足を開かれると、草加の指が一本入り口に侵入してきた。
 息を、呑むしかできない。
 吐かなくては、と頭では分かっても身体が言うことを素直に聞かなかった。
 腿の内側をぴしゃりとたたかれ、角松は何度も小さくうなずいた。分かっている、力を抜けと言うのだろう。努力して少しずつ弛緩させていくと、指は更に中に侵入してきた。
 中で蠢かれると気色が悪い。前も萎えそうになるが、前と後ろを同時に丁寧に解されるとどちらからも感覚が蘇ってきた。

「あ・・・っ」
「・・・ここですね」

 分かった位置を突きながらその反応を楽しむ。前も反応し、身体全体が汗ばんでいる。
 眉根を寄せる額と喘ぎ声を上げる喉の動き。草加自身も硬くなって行く。3本まで指を入れて慣らすと、草加自身を埋め込んだ。
 あまりの圧迫に声も出ず、角松は酸素を得るために全身の緊張を解こうとするがなかなかうまく行かない。その努力が分かり、草加も急かしはしなかった。深呼吸をしながら息を整えていく。徐々に普通に戻ってきたところで草加の顔が迫り角松に深く口付けてきた。
 角度を変えては深く吸ったり軽く啄ばんだりしながら舌を絡ませられると脳が痺れ角松の前にも後ろにもそれは伝わり、草加は笑んだ。それを開放すると、ゆっくりと入れたり出したりを繰り返していく。
 いい所は分かっている。そこをどう攻め立てて行こうか。
 今まさに反応を見れることは至福の喜びに違いない。


***


 一度目が解き放たれると一度角松から草加のものは引き抜かれた。
 ずるりと肉棒が擦れながら出て行く感触はあまり良くなかったが、惜しいような気もした。
 狭いベッドだが、なんとか2人で使う。草加は肩肘を立てて仰向けになっている角松を見ていた。

「あなたは同情すれば、だれにでも優しいのですね」

 角松は何も言訳をしなかった。それが抵抗めいており、揶揄すれば気が晴れるのか、と問いかけられているかのようで草加の胸はどうしようもない焦燥感に駆られた。

「あなたは、どうして・・」

  草加は自分を責めた。どうしてこのようなことになってしまったのか。そして角松のことがやはり分からなかった。その目には悲しみさえ湛えられている、そう見えた。 「どうして抵抗しなかったのですか」

 被害者は自分であるにもかかわらず、まるで角松が加害者のように見据えられ、角松は面食らった。抵抗ならしたつもりだが、草加にその抵抗が通じなかっただけの話しだ。

「嫌だって、言っただろう」
「・・・言った?それで分かってもらえるとでも?」
 そんなことで分かってもらえると言いたいのか。この男はそれを本気で言っているのだろうか。
 草加は漠然とした苛立ちを覚える。澱のように少しずつ溜まるそれの正体が何なのか、草加には分からなかった。

「だれにでも、それで全て通じると思ったら大間違いですよ」

 そんなことは角松にも十分に分かっていた。大人の世界はきれいごとだけではない。
 副艦長という立場にもなれば清濁合わせ飲むことも無論必要となる。

「あんまり馬鹿にするな」

 怒ったように角松に言う草加に、角松は笑った。それは草加なりの心配の表し方だと角松には分かった。

「だれにでも、こんなこさせて・・・まったく馬鹿じゃないでしょうか」 l
「・・・・」

 角松は面食らった。どうやらとんでもない誤解をされているらしい。
 だれにでもこんなことをさせている訳はない。
 かといって、男で最後までやったのはお前が初めてだとは到底自分からは口が裂けても言えなかった。
 親切に言ってやる義理もつもりもなかった。

「・・・きさま、ていうかお前以外に俺にこんなことしたがる奴はいねぇよ」

ほんと、分からない。と角松は自分の頭を掻いた。こんなに可愛くないやつを抱いてなにが愉しいというのだろうか。

「・・・あなたは、本当に分かってないですねぇ」
「何をだよ」

 ――――――あなたはそうやって、征服欲を煽るんですよ。
と教えてやろうかと思ったが止めた。
それでは親切すぎるし、第一これから一層角松を追い詰めるのに面白くない。
 これからも自分を煽り続けてくれるのならば、本物の男だと思う。
 今からが、更に見ものだ。この男の魅力に誰があと気づくだろうか。
 “みらい”の中ではだれかこの男の魅力を発掘しえた者はいたであろうか。
 誰が今までこの下半身をまさぐってきたのだろうか。
 草加は想像すると、また自分の半身が誇張し始めるのを感じた。
 もっともっとむさぼらなければ勿体無い。
 角松の濡れた下半身をくつろげ、自分のもので濡れたものを再びあてがうと、先端が当たった所で腰を引かれた。
 逃がさず頭を入れ込むと、角松の身体はずいぶんスムーズに受け入れた。

「まだ、するのか」
「さっきのだけで満足ですか。まだ、でしょう」

 半分ほど入れられ、前を弄られると角松のものも震えながら軽く立ち上がった。硬くなってきたことを確認し、草加は根元をやんわりと締め付けながら、角松の筋裏に沿って扱き、先端の男の象りを三本の指の腹でこりこりと弄った。 先端から粘りあるものが滲み、それを擦り付けてさらに弄ぶ。
 先端自体を塞ぐように親指の腹でこねると、立てられていた角松のひざがくず折れた。力が入らなくなったらしい。

「だめですよ、ほら。もっと腰を上げてください」

 尻の側面を叩かれおずおずと角松はうなずいた。ようやく腰を突き出す形を取ると、草加のものが奥まで入り、少しずつ動かされる。圧迫感が喉までせり上がる。
 しかし最初の行為で分かっていた。 これから気持ちよくなるのだと、頭より身体が覚えていて下半身はすでに草加の言うとおりに蠢いた。
 吸い付くように草加にぴたりと寄り添い、内股は草加が動きやすいようにあられもなく開脚している。
 “みらい”のみんなには絶対に見せられない。そんな考えがふと脳裏を過ぎると、角松の前は更に反応した。
 秘密、という罪悪感と隠微さに、これほどまで反応してしまう自分の分身がいることを角松は知らなかった。
 この狂気のような男が自分を貪りたいというからやらして良いのだ。それは言い分けだということは角松にも分かっていた。

「あぁっ・・あっ・・・」

 小刻みに揺すられると、角松は自分から草加の動きに合わせて腰を振るようになってきた。
 草加が角松の袋をぎゅっと掴むと角松は喉を引きつらせた。

「い・・っ、痛い」
「もっと我慢しなければいけませんよ」

 角松は喉を鳴らし、草加に分かるようにゆっくりとうなずいた。草加は動きを加速させ、抜き差しを激しいものとして行った。

「だめですよ、貴方の手はこっちです」

 自分自身の前を触ろうとしていた角松の手を草加の肩に導く。
 草加の肩に縋りつき、角松は腹に付きそうなくらい反り返っている自分自身をみて目じりに涙を滲ませた。
 惨めさと倒錯的な官能が入り混じる。

「・・・ふ・・あっ」

 良いところに当たり、角松の指に力が入ったのを草加は見逃さなかった。
 さらにそこを攻め立てると角松はいよいよたまらず自分から正直に腰を草加に打ちつけ始める。

「そうです、そう。貴方の好きなようにしたらいい」
「・・・お、俺の好きに・・・?」

 この姿は自分の望んだ自分だと言うのか。草加の言い分に違和感を感じ、角松はかぶりを振った。

「そうですよ。貴方の好きなように、したらいい」

 前をせき止めていた手を開放され、両手で腰をしっかりと掴まれると草加の楔の打ちつけが激しくなる。やもたても溜まらず角松もさらに貪ろうと奥まで草加を導き寄せた。

「貴方の望むように。素直に」

 草加の頬も上気している。
 自分の望むように、素直に。素直に開放したらいい。これも紛れもなく貴方自身の一面ですよ。と突きつけられている気がした。
 それは本当に消え入りたくなりそうなくらいの惨めさであるものの、どうしようもなく官能的で抗いがたい欲求であった。 このような塊が自らの中に潜んでいようとは思いもしなかった。
 激しく蠢きながらも真摯に目を覗き込まれ、草加が中で白濁を吐き出すと同時に角松も自らの腹に白濁を撒き散らした。

***

 角松に出会い、草加は思うようになった。
 ――――――もっと生きなければならない。
 そう強く思うようになった。
 角松の否定する方法で、角松の理想を達成したら角松はどのように血相を変えて自分を否定しにくるだろうか。それを見るのもまた一興だな、と草加はほくそ笑んだ。
 どちらにせよ角松を翻弄しなくては面白くない。
 死なずに最後まで着いてこれるか、角松さん。
 時代を変えることを神が許すならば、二人は生かされるだろう。
 角松も自分も果てたなら、それは神の悪戯であろう。
 時代を作るのにどちらが欠けても不完全だ。
 こんなところに来なければ良かったのに。
 そうすれば要らぬ苦労も背負わずに済んだろう。
 草加は角松の悲運に対し、喝采を送った。
 自分にとっては最大のチャンスをもたらしてくれたのだから。
 明るい真昼の下で星を見つけた。
 直視しているときらきらと眩しく、目がくらむ。
 何光年も遥かかなたから生まれた光たちが大気を照らしている。
 貴方のことが、どうしようもなく、気にかかる。
 生きて、なすべきことをしてほしい。
 貴方は私の期待どおり、私についてくることができるだろうか。











スプー99さんよりいただきました!
草松でできればエロ入れてダーク気味という、ある意味王道ともいえるリクエストだったのですが、もう見事に応えて下さいました。黒い王子様な草加…!!
どうもありがとうございました!