月へと続く道(サンプル)
「どんな奴?」
「え?」
「如月中尉。ずいぶん信頼しているようだけど」
「ああ……」
思い浮かぶのは冷静そのものの無表情だ。一見して無愛想で素っ気無く、無造作。何を考えているのか読めない男だ。必要とあれば躊躇いなく人を殺す男。
しかしその実、やさしい男でもある。如月が彼の心の内側に入れるのには如月なりの厳しい選別基準があるようだが、認められればその細やかな情に触れることを許される。
「…複雑な性格だが、いい奴には違いない。信頼に足る男だ」
「ずいぶん惚れてるな?」
「まあな……」
角松は苦笑した。
尾栗はからかうように眉を上げ、大きくうなずいてみせた。
「つまり、一筋縄ではいかない奴ってわけだ」
「なんだそれは」
「おまえ、女に比べて男を見る目は厳しいじゃん」
「…………」
反論できなかった。
昼行灯と渾名された艦長を筆頭に、親友2人や只今壮絶な喧嘩中の男に至るまで、どこか一風変わっていて骨のあるやつばかりだ。
先程まであった真面目な空気はどこへ行ったのだろうと角松は思った。そしてこの空気の切り替えの巧さこそが尾栗を親友の位置に据えている理由なのだということもわかっていた。いい具合に肩から力が抜ける。角松は笑って言った。
「康平、それだと自分で自分を褒めているようにしか聞こえんぞ」
「ン?うん、まあそういうことになるな」
監視員に咎められないように声を潜めて笑いあう。そろそろ寝るかと尾栗が言った。どうやら部下たちは眠ったらしく、部屋はいつのまにか静かになっていた。俺はもう少しいるよと角松は応じた。そうか、おやすみ。尾栗は部屋に戻っていき、角松は独り残された。
気を使わせたか。尾栗が部屋に入るのを見届けてから角松は呟いた。全身疲れきっていたが、不思議なほど頭が冴えていた。ひとつだけ置かれた椅子に座り、夜空を見上げる。月は随分西へと傾いていたが、辺りはまだ暗かった。
ずいぶん惚れていると言われた時、よくぞ動揺が態度に現れなかったものだ。おかしな意味ではなさそうだったが角松が少しでも素振りを見せたら尾栗のことだ、容赦なくそこを突いてきただろう。今更のように汗が出てきた。そんなにわかりやすいだろうか。
梅津にも言われたことがある言葉だった。