夢に楽土(サンプル)





 来ると言ったからには来るのだろうが、果たしてどうやって来るつもりなのだろうか。
 そもそも夜間の面会は禁止されているはずである。不法侵入か。如月なら簡単そうだ。待っている時間はじれったくなるほど長かった。
 窓の外は完全な闇夜だった。月が新しく生まれ変わろうとしている。
夜に来るという言葉の意味を角松は誤解していない。自分が言わせたようなものだ。つまり、そういうことなのだろう。
 ただ問題はある。角松にはその手の経験が皆無であることだ。想像したことすらない。既婚者であるしどうすればいいのかはわかる。だが頭でわかっていることでも、実際にやるとなれば話は別だ。そして、いったいどちらが――所謂女役になるのだろうか。
 思春期の少年じゃあるまいし。今更こんなことで悶々と悩むなんて。角松はついため息をついた。

……何を考えている?」

 突然の声。
 音もなく、如月が立っていた。
 気配はおろか空気の揺らぎさえ感じなかった。思わず飛び起きた角松は傷口の痛みに呻いた。

「い、いつのまに…?」
「今、だ」


 闇に溶け込んだ男は角松の様子に呆れたように言って、寝台の端に腰を下ろした。確かな肉体を証明するように、キシリと寝台が揺れた。

「大丈夫か」
「・・・ああ」

 角松はしばらく躊躇った後、本気かと如月に訊いた。この期に及んでとは思うが、躊躇いは消えない。不安というよりは罪悪感だ。米内は角松たちを称して超越者と言った。未来から来た者が過去の人間と交わるなどと、許されるのだろうか。誰に対してというわけではない。あえていうなら自分たちを呼び寄せた存在(そんなものが本当にいるのかどうか怪しいが)――神、に。

「今更だな。怖いのか」
「怖い?怖いかといえば・・・そうだな。そうかもしれない」

 シュッと衣擦れの音をさせて、如月は支那服を脱いだ。見せ付けるようにカフスボタンを外し、ベストも放った。

「如月は・・・俺がこの世のものではなくても平気か」
「何を言っている」

 接吻しようとしていた如月は少し腹を立てた。角松が何を畏れているのか知らないが、見くびって欲しくない。

「俺にとって重要なのは、あんたがあんたであることだ。ただそれだけだ」

 わかったか。どことなくふてぶてしい態度で如月は言い切った。角松は眼を細めた。

・・・辛いぞ」
「望むところだ」