如月克己は自分が好色であると思っている。
 若い男だからというのではなく、いささか後ろ暗い職務についている者の特性とでもいうように、そちらの道に関してはまったく自制していない。常に沈着冷静であることを求められ、こなしている。それが辛いと感じるようになったら特務としては失格だろう。だが塞き止め続けていれば決壊してしまう。感情は水のようなものだ。どこかで溜まったものを吐き出さなくては腐ってしまうだろう。せめてもの常識で素人娘に手を出していないが、誘われたら断らない。実際如月の容姿に惹かれる女は多かった。
 それが、それが、それが。この如月克己が。
 目の前の想い人相手に指一本触れられずにいるとは。
 パチン、と小気味良い音がして、盤上の駒が如月の予想通りに進められた。
 如月は今、なぜか米内邸で角松を相手に将棋を打っている。
 米内は朝からでかけていて、二人きりだった。如月の上司は部下に「がんばりなさいよ」と気楽に言って背を押した。気を利かせてくれたのだろうが、不甲斐ない息子を見るような目はやめて欲しかった。上司にそんな心配されている自分がひどく、情けない。
 俺だって好きで手を拱いているわけではないのだ。角松とはとっくに体を繋げた仲であるし、接吻だって嫌がられない。しかしその先に行こうとすると、角松ははぐらかすのだ。

「・・・如月?」
「ああ」

 パチン、と如月は駒を進めた。むう、とあからさまに角松がむくれる。如月にやる気がないのがわかったのだろう。負けてやる手だった。それがわかるだけでも角松の筋は良い。なんでも、今も生きている大叔父仕込みだという。

「なんだよ、飽きたのか」
「ああ、そうかもな」

 つっけんどんにうなずくと、はあと大きなため息。角松は立ち上がった。

「特にすることもないしなあ。茶でも淹れてくるよ」

 することはないかもしれないが、やりたいことならある。如月はぼんやりと、頑丈そうな踝を見つめた。美味そうだと思った。手を伸ばして、足首を掴んでいた。

「コラ」

 いきなり足を取られて転びそうになった角松が当然非難の声をあげて、振り払おうとした。如月は放さなかった。

「なんて顔してるんだ如月、欲求不満か?」
「そうだ」

 歩き出そうとしている角松に従って、上半身が崩れた。如月は角松を見つめた。借り物の着物からはふくらはぎがのぞいている。その先を知りたい。するすると指を走らせると、うわっと驚いた声が頭上でした。

「き、如月っ」

 角松は慌てて着物の裾を押さえた。欲求不満と言ったのは単なる諧謔で、つまらなそうな如月に対するいわば当て付けだ。

「誰のせいでこんなに欲求不満になったと思っている」
「え、ちょっと、おいっ?」

 冗談では済みそうにもない如月の雰囲気に、角松は慌てた。本当にそうだったのか?

「あんたのせいだ、角松。わかってるんだろう」

 裾を押さえていた手を捕まえて、強引に引く。角松は膝をついた。すかさず覆いかぶさる。

「それとも、焦らして楽しんでいたのか?」
「そんなことするか、莫迦!人の家で・・・するわけにはいかないだろうが。いろいろと・・・汚れるし」

 角松は言い訳をした。他人様の家で、しかも米内光政の私邸で、借り物の布団や着物で如月とそういった行為をするにはさすがに気が咎める。しかもこのご時勢に、楽しむわけにもいかないだろう。

「なんだ・・・そんなことか」
「そんなことって、・・・んっ・・・・・・」

 ちゅっと音を立てて接吻される。子供同士のようなものだったが、如月の浮かべた笑みは大人の男そのものだった。
 抗議をするより早く、再びくちびるが重なる。上唇に吸い付き、下唇を軽く噛む。くいと顎が引かれてくちびるが開いた。待つほどもなく舌が舌に舐められる。ちゅうと舌先を吸い付かれて、期待に肌がざわめいた。

「別に布団でしなくてはならないということもないだろう」
「莫迦、よせ・・・って」

 裾を割った手が太股を弄る。くすぐったさに角松は笑いながら身をすくめ、その手を押さえた。

「気持ちはわかるが・・・やっぱ駄目だ」
「何故?」
「・・・・・・・・・」

 口篭った角松に如月は行動で催促をした。押さえつけられた手の代わりに顔をそこへ潜り込ませたのだった。白い木綿の下帯を舌でなぞると、びくんと脚が跳ねた。

「如月!」

 下着が濡れてじっとりと張り付く感触に、本気で焦りが滲んできた。如月を蹴飛ばすか髪を引っ張ってぶん殴るか。流されるという選択だけは絶対に駄目だ。こんな――陽の差し込む庭の見渡せる、こんな部屋で。二人きりならまだいいが、見も知らぬ通行人にあられもない声や姿が垣間見えてしまうのだけは、どうしても受け入れられない。

「・・・あっ・・・ぁっ・・・・・・」

 悩んでいる間にも悪戯な舌は蠢いて、息を荒くさせる。思わず出てしまった喘ぎに、角松は意を固めた。とりあえず、蹴飛ばそう。肩ならダメージは少ないだろうし、如月も後方へ吹っ飛ぶ。腐っても特務中尉だ。怪我はすまい。せーの。
 さっと緊張した筋肉に角松が何をするつもりか察した如月は、ぱっと体を起こした。
 あまりのあっけなさに完全に肩透かしをくらった角松が物足りなさそうな表情をしているのに、笑う。

「不満そうだな?」
「莫迦」
「厭そうではなかったが」

 角松も体を起こした。自分の体に起こったことはもちろんわかっている。いつもより反応が早い。

「・・・抑えがきかなくなりそうで、厭なんだよ」
「今更だろう」
「溺れちまいそうで怖い・・・手放せなくなりそうだ」

 ここでの滞在は長くて数日だ。準備が整い次第、角松と如月はそれぞれ別の任務に向かわなければならない。

「可愛いことを言ってくれる」
「うるさい、言わせたのはそっちだろ」
「あんたが・・・・・・」

 望むのなら、そうしてもいい。角松を留めておくための手段として快楽を用いるのに如月はなんの躊躇いもなかった。角松を独占できるのならと何度も想像したことがある。しかしたとえ想像の中であってもかれはうなずかなかった。現実の角松は想像よりも甘くはない。肉欲に屈する精神の持ち主ではないことはわかりきっていた。言うだけ無駄だ。
 如月は言葉を変えた。

「あんたが頑固なのはわかった。だが俺にも我慢の限界というものがある」

 わかるだろう?と続けた。もちろん角松にもわかることだ。

「・・・閣下は今日、お帰りになられない」

 少なくとも今日明日で角松が出発する事態にだけはならない。そういう意味でも出かけていったのだと理解している。
 角松が迷い始めたのを見て、如月は袖を引いた。くちびるを啄ばみ、囁く。

「・・・このままここで犯してやってもいいが・・・どうする?」

 角松の目が驚きに見開かれる。このままここで、というのが信じられないらしい。二人が逢瀬を重ねる時はあまり時と場所を選んでいられないことが多いのだが、それでもまだ陽の高いうちに、屋外から覗けるという状況はなかった。しかもここは安宿などではなく、米内邸だ。

「せめて、夜まで・・・」
「待てん。今すぐ、だ」

 黒々とした瞳が霞みがかったように潤んだ。如月は快心の笑みを浮かべた。ならば奥の間へ、という角松の手をとって立たせ、先導した。どことなく悔しそうな角松に溺れていいぞと言えば、殺す気かと返ってきた。それもいいかもしれないと思ったことは、お互い胸にしまいこむ。







「あ・・・・・・っ」

 しばしの攻防の末、先に相手の下帯をとったのは如月だった。まるで勝利の旗のように高々と掲げてみせる。ぽいとそれを投げ捨て、顔を背けている角松の頬に接吻した。べろ、と舐めると剃り残した髭が舌を刺した。うわ、と笑い声があがる。
 あちこちに舌が這い回り、ちゅっと音を立てて吸い付かれる。指は脇や腹をくすぐって、角松は予想していたのと違う意味で身悶えた。くすぐったいむず痒さに笑いが漏れる。

「こ、こら、如月・・・っ。ひぁうっ」

 笑い声が裏返った。如月の舌とくちびるは脂肪の薄い腹筋を過ぎ、その更に下へと行き着いていた。からかうような仕草をそこにも施す。ただし、先ほどの意味合いとは逆転していた。
 たっぷりと唾液を乗せて舐め、啜り上げる。

「あ・・・・・・っ」

 くすぐられて敏感になっていた肢体が跳ねた。肌が目覚めていく感じだった。熱を持ち、汗ばんでいく。
 咄嗟にくちびるを噛んだ。
 尖らせた舌先が、一番感じやすい先端の割れ目を押し広げようとする。指が浮き出た血管を締めつけるように擦りあげる。強烈に訪れた快感に、背が反った。

「ん、ん――・・・っ、んぅ・・・ッ・・・・・・っぁっ」

 手が縋りつくものを求めたが、如月の体は下肢に覆いかぶさっていて届かない。角松は自分の下に敷かれた着物を掻いた。せめてもの気遣いというか、如月の着物は上質の絹だった。さらりとした感触がすぐに汗で湿りを帯びた。

「・・・こら」

 如月が顔をあげて咎めた。手の動きは止めない。すっかり硬く勃ちあがったものは、唾液だけではないもので濡れていた。

「声を殺すな。二人だけなんだから、遠慮することはない」
「や、だ・・・っ。そんな・・・みっともない声を、あげられるわけ・・・・・・っ」

 薄目を開けて睨みつけた角松が見たものは、如月の顔――獲物を追い詰めて嬲る野生動物のような、瞳。

「ひぁ・・・っ、き、きさらぎ・・・・・・・・・っ」
「なんだ。声を出さないんじゃなかったのか?」
「てめ・・・っあ・・・っやっ・・・・・・、バカ・・・・・・あっ」

 反論しようと口を開いている隙を突かれて、あっけなく声が溢れた。ぷくりと浮き上がった雫を爪先が押しつぶす。しだいに粘りを帯びてきたそれが、粘着質の音を奏でた。

「はっ・・・っあ・・・あぅ・・・・・・」

 角松の胸が大きく上下した。腰がうねり、太股が急かすように如月の顔を挟んだ。そこだけではなく下の二つの膨らみを揉まれ、擦りあわされた。如月、と震える声が呼んだ。太股が何度も痙攣する。もう少しで行きつけるのに、決定的な刺激を与えてくれない。ずるい、と角松は思った。

「きさら、ぎ・・・っ、は、・・・・・・っあ――・・・っ」

 浮いた腰の間から手が滑り込み、奥の蕾をなぞった。ぐに、と押される。くすぐったさに続く圧迫感を思い出し、大きく息を吸い込んだ。いつもここで如月が息を詰めるなと言う。耐えていると余計に痛いだけだということはまさしく身をもって学習済みだった。そのせいか、さしたる抵抗もなく指先が潜り込む。

「う・・・っ、っ、は、ああ・・・・・・」

 くくっと如月が咽喉を鳴らした。角松は苦痛だけではない表情をしている。

「だいぶ、慣れたな・・・」
「くっ、誰のっ、せい、だと・・・・・・っ」

 すーはーと口で呼吸しているせいで抗議は途切れ途切れだ。まったく効果がない。

「お褒めに与り、光栄だ」

 この反応が如月の齎した成果でなければ、如月はこんなに丁寧ではなかっただろう。気を使って手を拱いたりもしない。たとえば草加がかれを抱いていたら――まず2、3日はどこかに閉じ込めて、草加の痕を消すだろう。如月以外にこの悦楽を与えてくれる者はいないと、肢体に教え込む。草加の腕がどれほどのものか知らないし、試す気には勿論なれないが、性技に関しては自分のほうがまず上だ。場数が違う。なによりもそういった訓練を受けているのだから。

「や、やだ・・・っ如月・・・っ・・・・・・っ」

 角松の悲痛な声に如月はハッと我に返った。一瞬の想像だったのに頭が沸騰して、つい乱暴にしてしまった。だが頭を掠めた一瞬にすぎないその想像、草加に組み敷かれて泣く角松の図は消えなかった。これからもありえないことではないのだと思うと、胸がムカムカする。

「きさらぎ・・・・・・?あっ・・・?ぁ――・・・あ!」

 性急に内部に入りこんできた指が性急に引き抜かれた。圧迫が消え、すぐにまた襲ってくる。

「は・・・・・・っい、ぃ・・・っ」
「角松・・・」

 熱情の籠もった低い声が脚の間から呼びかける。
 二本の指が交互に出入りを繰り返し、肉壁を擦った。じん・・・と熱にも似た痺れ。無意識に腰が浮いた。如月の左手が角松の右足を抱え上げ、さらに右手を要求した。太股の裏を自ら支え、秘部を晒す。如月は満足気に目を細め、目の前で揺れる角松のものを銜え込んだ。

「ん・・・・・・」
「あっ・・・っんっ・・・・・・」

 まるで味を確かめるように舌全体で舐めあげられ、啜られる。同時に指を動かされると、痺れは甘い疼きになって背筋を駆け上がった。でも、違う。そこじゃない。もっと奥に欲しいのに。

「・・・・・・っあ・・・っ?」

 顔がそこから離れたと思ったら、二本の指が蕾を広げ、ぬるりとしたものが潜りこんできた。
 何を、と不安になって滲む視界で覗き込むと、まず自分の淫らに涙を溢しているものが見え、その後ろに如月の顔が見え隠れしていた。

「や・・・っやだ!」

 一瞬で如月が何をしているのか悟った角松は、止めさせようと身を捩った。

「如月!」

 がっちりと脚を抱え込まれて逃げることができない。如月は襞を舐め、尖らせた舌を指の間から滑り込ませた。ひくひくと収縮するのを楽しむようにそっと指が抜かれ、舌だけが残された。やわらかくてたよりないものが何度も入り口を行き来する。

「いやあ!やだ、如月ぃっ」

 完全に泣きの入った声で角松が叫んだ。そんなところを、と何度も首を振る。逃げられずに翻弄され、乱れていくのを自覚してヒヤリと恐れが湧いた。ああ、どうしよう。溺れる。

「き・・・っらぎ・・・っもう、だめ・・・・・・だ・・・っ」

 指と舌の愛撫だけで息も絶え絶えになっている角松に、咽喉の奥で狂暴な笑いが漏れた。求める相手を組み敷いた男の本能。乱しているという悦だけではなく、支配欲と征服欲が牙を剥く。たまらなくなった如月はようやくそこから顔をあげ、伸び上がって仰け反り晒された首筋に噛み付いた。甘く、高い声でかれの獲物は啼いた。

「角松」

 首を噛み、腕を噛み、如月は角松の手を取ってその一本一本に噛み付いた。そしてその手を自分のものへと導く。角松は一瞬怯み、次にはうっとりとした表情でそれをなぞった。かれの肢体と同じく太くて頑丈な指が、おずおずと不器用に如月を愛撫する。

「これが・・・欲しいのか」

 耳朶に噛み付いて荒い息を吹き込むと、角松は肢体を震わせた。素直にこくんとうなずく。如月、と両手を伸ばして縋りついてきた。

「も・・・う・・・。早く・・・ッ・・・っ」

 指とも舌とも違う、確かな熱と硬さをもったものが入り口に宛がわれる。どう頑張っても慣らしてもこの時の痛みと本能的な嫌悪感は消えてはくれない。呼吸を意識する。来る、と思うより早く、一気に挿入された。

「い・・・・・・っあぁ――っ」

 衝撃にビクンと撥ね上がった肢体を押さえつけて、如月は奥まで貫いた。いつもならここでかれの肢体から痛みがなくなるまで待つのだが、もうそんな余裕がなかった。ぎちぎちに窄まるそこから強引に引き抜いて、また強引に刺し入れる。腰が跳ねるたびに角松のそれも揺れて、白く粘った液体を腹に撒いた。挿入されただけで軽く行ったらしい。

「き、さらっぎ・・・っ。だめだ・・・っあ、ん・・・・・・っ」

 溺れているのだから掴まらなくてはと思うのに、うまくいかない。揺さぶられるたびに汗で滑ってしまうのだ。底知れないところまで落とされてしまうような不安な感覚と、こんなに感じているのにそこに辿り着けないもどかしさでどうにかなりそうだった。助けてほしくて両脚が如月の腰に擦り寄った。奥で脈打つものが一番欲しいところにくるように肢体を揺する。そこを如月の硬いもので擦られるとどれだけ気持ちが良いか、知っているから。
 おかしくなりそうだと、角松は途切れ途切れに訴えた。求めているのに焦らされて、角松はまさしくそんな状態なのだろう。だが、まだだなと頭の片隅で冷静な特務中尉は言う――溺れた人間の足掻きはこんなものではない。もっと必死だった。あまり証拠の残らない便利な殺人方法として用いたことがある。自分の心の痛みさえ征服できれば、あとは加虐に浸るだけだ。如月は意識してそうした。角松が溺れているのは水ではなく如月なのだから、どれだけ残酷になっても物理的に死ぬことはない。だが、死の縁に似たものを味わわせることができるだろう。その瞬間、角松はどんな表情をするだろうか?
 まさしく歪んでいる。だが――
 如月は意識して触れないようにしていた角松の右肩にそっとくちづけた。顔や手とは違って日焼けしていない肌にある、薄紅の醜い皮膚。指で触れてもやわらかな弾力はなく、ピンと引き攣れていた。草加の銃創。傷口はすっかり塞がり痛みなどないはずなのに、角松は痛そうに肩を震わせた。ここだけは草加のものだった。他の全てには如月を刻み付けても、この醜い痕だけは、絶対に草加を忘れない。それを思うと、たまらなかった。大切な大切なひとの体に一生残る傷跡がある。しかも自分の失敗がこれを招いたのだ。

「かど、まつ・・・っ」
「ふぁ・・・・・・っ」

 指で輪を作り角松のものを締め付け、さらに先端にある小さな穴を塞いだ。腹に力が籠もり、如月を締めつける。脳髄を駆け上がる強烈な快感。低く呻いて如月は達した。びくびくと震える媚肉に精を撒き散らす。押さえつけている指に力を込めてかれの快楽を塞き止めると、悲鳴があがった。

「ひど・・・っひど・・・いっ、ああ・・・・・・っ」

 どうして、と恨みがましい瞳で睨みつけられても優越感が湧くだけだ。角松の内壁は萎えたものに未練がましく纏わり付いた。出て行こうとすると蠢いて引きとめようとする。

「・・・っ、すごいな・・・・・・」

 先程より小さくなったものはそれでも容易く出て行くことができた。蕾と如月のものの間に白い糸がひく。とろりと溢れた精液が割れ目を伝い、絹に滴った。勢いをつけてまた貫くと、溢れたものと肌と肌とがぶつかって、やけに可愛らしい音が鳴った。

「あああっ、ん・・・っんぅ・・・っう、あ――・・・・・・っあっ」
「角松、角松・・・・・・っ」

 ぴり、とした痛みが背中に走った。必死にしがみついた角松が爪を立てたのだ。如月は笑った。加虐の悦びに満たされていく。

「角松・・・っ、気持ち、いいか・・・?」

 角松は答えなかった。体中ぐちゃぐちゃにされて思考も意識も飛んでしまったらしい。如月は指で締めつけていたものを解放したが、何度も焦らされ続けたものはそれだけではただ蜜を零しただけだった。絶頂を迎えられず、角松は大きく喘いだ。
 如月は噛み付くように接吻した。呼吸を塞がれた角松が逃げるのを許さずに追いかけて、口腔内を舐めまわした。

「うんっ、んっ、ン――っ・・・ッ」

 苦しそうな声が漏れる。かれの内奥にある性感を突くと、さらに腰が揺れた。もっと、というように脚が絡みつく。何度もそこを集中して責め立てると、がむしゃらに背中を引っ掻かれた。

「・・・っど、松・・・っいっしょに・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・っ」

 びくんっと一瞬硬直し、震えながら弛緩する。二人の腹の間にあった角松が勢いよく精を吐いた。同時に如月も絶頂を迎える。

「あ・・・っああ・・・・・・っ」

 中に吐き出されるだけでも感じるらしい。小さく痙攣しながら粘液を吐き続けた。我慢させ続けたせいだろう。いつもより量が多い。
 蠢く内壁からようやく肉を引き抜くと、ずるりと角松の手が床に落ちた。爪先に血が滲んでいる。
 角松は気絶していた。
 如月は、満足した。






 甘ったるい声が聞こえた。通常ならば赤面してしまうような声だ。誰だろうと思う間もなくまたそれは聞こえた。嘘みたいに掠れた自分の声だった。

「ふ・・・ぁん・・・・・・」

 濡れた布が肌を掠めているのだ。角松は目を開けた。
 なんだか頭がぼんやりしていて、状況がよく飲み込めない。

「・・・気がついたか」
「如、月・・・・・・?」

 如月は濡らした手ぬぐいで腹や太股を汚したものを拭っていく。ぞくっとしたものがまた背筋を走った。

「待て、まだ・・・・・・」

 熱が醒めていない。この状態ではたとえ後始末であっても感じてしまう。は、と息を吐いた。全身にまだ甘い痺れが残っていた。

「足りなかったか?」

 くすっと笑われて角松は赤くなった。あれで足りないなどと言えば今度は何をされるか。気を失うなど、とんでもない失態だ。よく覚えていないがよく覚えていないということはつまり、それだけ我を忘れていたのだろう。乱れた自分は一体何をしたのか、如月は上機嫌だ。

「・・・死ぬかと思った」

 素直に感想を述べると、如月の肩が揺れた。

「笑うな、この変態」
「それはどうも」

 桶に汲んだ水に手ぬぐいを浸し、それで角松を拭いていく。ぴくんと小さく跳ね、咎める視線を送ってきたが、如月は気にせず手を動かした。
 いかにも後始末といった手つきであっても感じてしまうのが居た堪れない。冷たい布の感触が肝心の部分を包み、すぐにあたたかくなった。ざらついた木綿に擦られる。

「・・・如月・・・・・・っ」
「ん・・・・・・?」
「こ、の・・・っ」

 何度かきつめに扱いてやっただけで、角松はあっさりと達した。如月はさりげない簡単さで、溢れたものを布地に拭い取る。

「ずいぶんと淫乱になったな?角松」

 くったりと荒い息の下で角松が睨みつけた。誰のせいだと思っているのだろう。
 如月は角松の上体を起こし、着物をかけてやった。けだるそうに呆けたくちびるに触れる。

「可愛いな。本気でこのまま囲ってやろうか」
「莫迦をぬかすな。そんなことができるか」
「・・・・・・残念」





 如月は甲斐甲斐しく角松の面倒を見た。もとよりかれを動けなくした張本人なのだからあたりまえなのだが、下心だと如月はきっぱり言い切った。つまりは夜のためだと。角松は卓上に突っ伏した。

「おまえ・・・加減ってものを知れよ」
「もうじき情人との涙の別れなんだ、そんなものは知ったことか」

 いつもの感情の読めない無表情でそう切り返された。なんてヤツだ。そんなことを言われたら拒めないことを充分わかっているに違いなかった無表情のもたらす効果も。
 それとも「ついてこい」とでも言わせるつもりだろうか。いくらなんでも米内にこれ以上甘えるわけにはいかないし、如月以上の適任者がいるとも思えなかった。別れは決定事項であり、それが一時的なものか、永遠になるかは互いの腕と運しだいという非情さだった。いつの時代も別れとはそうした可能性を含んでいるが、危機感がまるで違う。まさしく戦時下ゆえの恐怖だった。

「如月、未必の故意って知ってるか?」
「みひつのこい?」
「知らないんならいい」

 未必の故意――自分の行為がある結果をもたらすと「確信」しているわけではないが、もしかしたらという「可能性」を認識しつつ、それが起きても構わないと行為を行うことをいう。
 わかりやすくいえば飲酒して車を運転しようとした場合、事故を起こすかもしれないと思いつつ「まあいっか」ですませてしまい、運転してしまうことをいう。事故ればもちろん犯罪だ。
 わからないことを説明しない角松に、如月は不服そうだ。
 こいつはまったくそのとおりだ。未必の故意。

「この犯罪者」
「角松?」
「ああいうのを、殺し文句というんだ。――どうしてくれる」

 それとも、惚れた弱みか?まあどちらでも構わないだろう。二人の間のことなのだから、角松だって共犯者だ。

「おまえ、一体何回俺を殺せば気が済むんだ」

 如月は目を丸くした。次に口の端に残忍な笑みを刻んだ。抱いて欲しいという意味だった。如月は間違わずにかれの意を汲み、共犯者の首に手をかけた。決まっているだろう。如月は答えた。

「気が済むまで、何度でも、だ」

 角松は満足気に喉を鳴らし、未必の故意に溺れることにした。