そして喇叭が鳴り響く





 畳の上に頬を擦りつけるように横臥させられて、下になっているほうの腕が痺れてきていた。
 畳特有の草の匂いがこのような状況の自分をほんの少し、慰めてくれる。
 角松洋介は両手首をまとめて縛られながら、自分が尊敬し、愛情をかたむけて肌身を許したひとに身を任せているのだと思い込もうとした。無理な話だった。かれの最愛の人は床の上で角松を押し倒したりしなかったし、拘束などしなかった。そしてなによりも、もうこの世にはいないのだった。今日という日はそれを現実として受け止めなければならない日だった。かれは白い灰になり、小さな壷に入れられ綺麗な包みにくるまれて角松の腕に収まった。
 葬儀当日、角松は二人で暮らした家の中で別の男に抱かれている。

「もう、やめてくれ……」

 必要な部分だけ半端に脱がされた喪服を絡ませた、実にそそる姿をさらしている角松の小さな訴えを男は無視した。飽くことなく角松の男の部分を手中に収め、弄ぶ。すでに幾度かの吐精を迎えたそれや、腹から太股にかけてはぐっしょりと濡れている。男が手指をうごめかせるたびに、粘った卑猥な水音が空気を湿らせた。

「草加……もう、」

 涙すら浮かべて懇願する角松に、草加は口元をつりあげた。この秀麗な男がいやらしく微笑すると、ゾクリとするほど凄惨に、また美しく見える。
 草加は身を屈め、角松の頬にくちづけた。んん、と角松が呻く。すでにその身に埋め込まれた草加が、また凶暴さを増したのだ。草加はそっとささやいた。

「言ってください、角松さん」
「や………っあっ…んぅ――………っ」

 拒否をしようとした角松は、しかし最後まで言うことはできなかった。手の甲に噛み付いて、必死に草加の愛撫に乱れてしまわないようにする。

「ん、んっ、――……っくっ」

 どうしてこんなに、と思うほど気持ちいい。始めに一回抱いた――強姦した時に草加は角松の体を隅々まで把握してしまったのか、的確にすぎる責めを角松に与え続けた。脳髄まで甘く溶けてしまいそうだった。

「気持ちいいでしょう?ほら、また溢れてきましたよ」
「い、言うなっ……あ!やめ………」

 ささやいて、耳朶を噛み、舐め、舌を首から胸に這わす。角松は敏感に体を震わせ、草加のものを締めつけた。角松と違い、こちらはまだ一度も吐精していない。
 角松のくちびるは草加ではなく、かれの心を捕らえて放さない男の名を呼んだ。
 草加の顔から一瞬笑みが消え、しかしすぐにかれは愉しげに笑った。子供が昆虫の触覚をもぎとり、彷徨うのを愉しむかのような、残酷で純粋な笑みを。
 草加は角松の肩を掴むと仰向けに体勢を変えた。同時に体内でぐるりと肉が回った感触に、角松は涙に濡れた眼を見開き、くぐもった悲鳴をあげた。
 その顎を掴んで、つきつける。

「見ていますよ」
「あ………っ」

 遺影だった。
 生前、角松を甘やかす時にだけ見せていたひどく穏やかな表情が、そこにはあった。もうこれから永遠に変わることのないかれの姿。

「いいかげん、認めたらどうです?もうあのひとはあなたの元へと帰ってくることはない」
「いやだ……っ」

 助けて、というように角松は縛られた両手を伸ばした。ぱたりとすぐに両手は落ち、角松は腕の力でなんとか草加から逃れて這おうとした。深々と草加に貫かれている下肢はまったく使い物にならなかった。

「…あなたを助けてなどくれないし――こんなことも」
「――ヒァ………ッ」

 今まで角松のみを一方的に悦楽に追い込んでいた草加が、なかのものを動かした。たまらず、角松が背をそらす。草加は浮いた背に腕を絡め、角松の胸にむしゃぶりついた。ぴんとしこった艶やかな粒に舌を絡めては吸い、歯を立てる。もちろん角松自身を手の中で弄ぶのも忘れない。

「や、あ、あ――……っ」

 強烈にすぎる快楽を散らすように、角松は身をくねらせて悶えた。伸ばされた足の爪先がきゅうと丸まって、かれが悦んでいることを示している。草加は目を細めた。時間をかけて蕩かせた甲斐あって、角松の肉壁は草加にぴったりと吸い付きながらうごめいて、草加と自分自身をさらなる快楽に導こうとしている。
 もうすぐだ。草加は確信し、角松に接吻した。赤く充血した舌がとまどったようにわななく。もうすぐかれは私に愛を誓い、彼の男を忘れるだろう。

「角松さん」

 草加は全身でかれを追い詰めた。角松がかれのものであると知ってからずっと抱いていた敗北感はついに逆転し、草加の頭上に勝利の喇叭を鳴り響かせた。このために私がかれを死に追いやるよう仕向けたと知ったら、角松はどうするだろう?草加は勝者そのものの、やさしく傲慢な笑みを浮かべた。

「私のものになりなさい」