くじらのワルツ

ひとりとふたり


 玄関先で、如月は振り返った。彼にしては珍しくスーツを着ている。手には皮製の鞄を持ち、いつもと違う雰囲気を漂わせていた。

「…本当に、大丈夫か?」

 本日何度目かになる念押しに、うんざりするのも飽きてきた角松は苦笑した。

「大丈夫だって。昼には尾栗と菊池が来るし、近所の人たちも様子を見に来てくれるって言ってたんだろ?まったく、そんなに心配性だと思わなかったぜ」

 如月克己は本日より3日間、東京に出張する。ひとり留守番を仰せつかった角松は、期間限定とはいえはじめての一人暮らしに秘かに心躍らせていた。子供たちだけで過ごす一日は、とても貴重だ。

「くれぐれも火の始末には注意するように。…じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」

 ちいさな海辺の町は、角松が中学2年生になってもちいさなままだった。犯罪などもめったに起きず、これといった事故すらない。子供たちは成長するのに町全体はのんびりしたものだ。ここ一番の話題といえば如月が東京へ行くというもので、おかげで彼は東京で買ってきて欲しいものリストを現金と一緒にご町内の皆様に渡されていた。
 一応仕事で行く如月は、本来なら2日間で済んだ日程をわざわざ一日延長してそれを引き受けざるをえなかった。
 今回の仕事は彼の本業ではなく趣味のガラス細工だ。東京で開催される「アートフェスティバル」、それに如月の作品が出展される。
 角松が如月に引き取られる以前から作られていたガラスのランプやオブジェは、矢吹をはじめとする固定客がぼちぼちついていたが、いかんせん数が多く、場所もとる。いいかげん飾る場所がなくなり困っていた如月に、知り合いの新聞記者がアートフェスティバルの情報を教えてくれたのだ。地方新聞の記者である彼にしてみれば、なんにつけパッとしない地元でなにか楽しい話題をと考えたのである。展示だけでなく販売もできるので、金になるのならと如月も引き受けた。金ならばいくらあっても困らないのである。如月にしては珍しく乗り気で、東京に行くことはしぶっていたがいろんな作家の話を聞くいい機会でもある。かくしてちいさな町で噂が広まり、行くのは如月ひとりなのに一大イベント扱いになった。
 如月はこんなのは東京では珍しくもないだろうとたかをくくっていたが、角松はけっこう期待していた。くじらのランプは今でも大切な宝物だ。ひょっとしたら如月克己の名が全国区になるかもしれない。一回東京へ行く程度で大げさだが、とかく子供は夢見がちなものだ。

「さーて、と」

 如月が出かけたのを見送って、角松は伸びをした。これから3日間だけとはいえ自由だ。月曜日に如月が帰ってくるまで、角松はきっちり留守番を果たすつもりでいる。

「まずは掃除と、それから布団干しだな」

 中2男子にしてはどうも所帯臭いがこれも如月の賜物だろう。親のすることを見て子は育つ。いつも如月がやっていたことを、如月のやっているようにとまではいかなくともやらなくては。角松は濡れ雑巾で各部屋を磨き、自分と如月、それから親友のぶんの布団を干した。こういうとき、広い庭というのはまことにありがたい。
 午後になると親友二人がやってきた。手土産のほかにはスーパーのビニール袋いっぱいにお菓子が詰め込まれている。何を隠そう、これが三人の昼飯兼晩飯の予定だ。

「これこれ。いっぺんやってみたかったんだよなー」

 如月がいるときちんと栄養バランスのとれたメニューになる。不満はないが、そこは角松も子供だった。怠惰で不規則な生活というものに憧れがある。とはいえ如月の不在に近所の人々が心配して手に手に惣菜やら手作りのおやつやらを持ってきてくれるので、そうだらしなくはならなかった。
 バリッとポテトチップスの袋を開けて広げ、3人はくつろぎはじめた。

「いいなあ、東京。ネズミの国に行ってみてえ」
「あれは千葉だろ。如月はずいぶん面倒くさがってたぞ。人が多いところは苦手だって」
「東京限定グッズ頼んだけど、如月さん、行ってくれるかな」
「雅行って意外と限定物に弱いよな。俺はスカイツリーの写真頼んどいた。洋介は?」
「駅弁」

 だらだらと袋菓子を食べ続けているうちに、胃が重くなってきた。さすがに昼夜を菓子の類ですまそうなど甘かったのかもしれないと思い知る。ペットボトルの炭酸飲料を冷蔵庫にしまいこみ、角松は緑茶を淹れた。化学調味料でしびれた舌にやけに新鮮に感じる。



 夜8時、如月から電話があった。

「…如月、どうだった?」

 聞きなれた声が、まるで別人のように聞こえる。携帯電話を持っていない彼はホテルのロビーにある公衆電話からかけているのだろう、如月の声に被さるようにざわついた東京の雰囲気が伝わってきた。

『人が多くてうんざりしている。もう8時だというのに、まるで人間のつくだにだ。そちらは変わりないか?』
「ああ。今は康平と雅行が遊びに来てる」

 夜の8時ともなれば、ちいさな町では人通りが絶える。車の往来もぐんと減り、遠くから潮騒がかすかに聞こえてくるだけだ。

『売り上げはまあまあだ。…あなたのくじらが一番人気があって、困った』
「本当か?」

 くじらを出展することは、如月も最初は拒否をしたのだが3年がかりの大作となれば注目を集められる。話を持ってきた新聞記者にくじらの写真が載った記事を見せられてはしぶしぶ出展するしかなかった。ただし当然のことながら非売品だ。
 自分の宝物が人気だと聞いて、角松は誇らしい気分になった。

「売るなよ?」
『わかっている。じゃあ、おやすみ』
「…おやすみなさい」

 電話を切る。とたんに物足りなさが込み上げてきた。この広い家に主の姿がないことを再認識する。帰ってくるとわかっているが、やはり、さみしい。

「如月さん、なんだって?」
「人が多くてうんざりだってさ」
「如月さんらしいな」
「あの人、ここ好きだもんな」

 今回は尾栗もアダルトDVDなど持参せず、極めて健全な夜更かしだ。菓子類ばかりですぐに小腹が空くが、胃袋が重苦しくて何かを食べる気にはなれなかった。こういったものは少しあればいいんだなと大人の正しさを子供たちは学んだ。





 2日目、2人が帰ると角松はひとりになった。ちらかしまくった部屋を片付け、昨日と同じように各部屋を掃除していく。
 如月の仕事部屋にはデスクトップ型のパソコンが2台設置されていた。仕事の内容が難しいものだけに、このパソコンに角松が触ったことはない。新型を導入した際にお古を譲られたが、きれいに初期化されていた。

「…………」

 角松はオンラインゲームや動画サイトめぐり程度にしかパソコンを活用していないが、如月はどうなのだろうか。あのものぐさ男が日記やブログをやるとは思えないが、エロゲームのひとつくらいはあるかもしれなかった。矢吹とのことはともかく、あれで如月も男である。DVDを見ないとは言っていたが顔色ひとつかえないのは慣れているのか興味がないのかのどちらかだ。単なるDVDではなくゲームならば話が違うかもしれない。攻略するのは好きそうだ。
 好奇心を抑えきれず、角松はパソコンを起動させた。

「…パスワード?」

 いきなり現れたパスワード入力表示に困惑する。当然のことながら角松はパスワードなど知らなかった。仕事の性質を考えればロックをかけているのはあたりまえかもしれない。そんなことを考えもしなかったほうが迂闊なのだ。適当な数字や単語を入力してみるが、エラーになってしまう。ここで電源を落とせば勝手に使ったことが如月にばれるだろう。
 焦りにイラついてきた角松は、ためしに『パスワード』と入力してみた。

「開いた?」

 パスワードを入力してくださいと表示されているからって、『パスワード』で開いてしまうのもどうか。用心深いのか素直なのかアホなのか、育ての親ながら如月克己はよくわからない男だ。安堵と呆れで角松は乾いた笑みを浮かべた。
 仕事関係と思われる名前をさけて、フォルダを開いてみる。家計簿や料理レシピ、町内の行事カレンダーなどがあった。如月らしいといえばそうだが、どこの主婦だ。
 他のドキュメントを開いた角松は、『角松さん』という名前のフォルダを見つけた。

「なにもここまでこだわらなくても」

 如月はいつも彼を「角松さん」と呼んでいた。祖父とつきあいがあったから、そのほうが呼びやすいと言っていた。もどかしいと感じることもあるが、今更「洋介」と呼ばれるのも恥ずかしかった。
 一体何が収められているのか。わくわくしながら角松はフォルダを開けた。

「あ、……」

 写真だった。
 角松がこの家に来てからの写真がそこにはあった。ちゃんと現像してアルバムも作ってあるのに、データを保存しているのだ。
 多少拍子抜けしながら眺めていると、中には現像されていない写真があることに気づく。
 角松を引き取ってから、如月はデジタルカメラを購入した。海での試し撮りは何枚も撮影したし、角松もおもしろがって如月を写したこともある。それら如月の写真は角松のアルバムにはないものだ。おだやかな表情をして、角松を見ている。
 こんな顔をしていたのか。あの時は気にもとめなかったことが今更のように思い出される。小学校の入学式でちょっとおめかしして並んで撮った写真。運動会で一等になった写真。親友と3人して馬鹿なポーズをとっている写真。如月はいつも、いつでも、角松の幸福を一番に考えている。
 本当の親子だったらよかったのに。
 角松はそう思い、哀しくなった。本当の親ならば、あきらめもつくのだ。だが如月は、歳の離れた仲の良い他人にすぎなかった。血の繋がりはなくとも、20年は大きな障害だ。それは残酷なほど。
 角松はパソコンを終了させた。これ以上見ていたら、この想いを認めたくなってしまう。養父に対し、抱いてはいけない想いを。

「如月」

 部屋には如月のお気に入りの着物がかけられている。どこが良いのか角松にはさっぱりだが、如月はこの着物を好んでしょっちゅう着ていた。
 角松は着物を羽織ってみた。
 彼が着るのはせいぜい浴衣くらいだ。まだ幼い頃に和服の如月にあこがれて彼のお古を着せてもらったことがあるが、動きにくく遊ぶにも袖が邪魔で危なっかしい着物に辟易し、すぐに脱いでしまった。如月は少し残念そうだった。
 如月の着物はどこか線香臭かった。本人は香りを身にまとうことを厭うが、朝には仏壇に線香をあげるので染み付いてしまっているのだろう。つまりはこの家の匂いだ。懐かしい、安心する匂いだ。
 とくとくと鳴る心臓の音が、しだいに忙しなくなりはじめた。胸が苦しくなり角松はその場に座り込む。覚え始めたばかりの快感への衝動が突き上がり、体がそれに反応してきた。

「あ…」

 熱っぽいため息がもれる。角松は手を伸ばし、求めるままに膨らんだものを取り出した。乱雑な手つきで上下に扱く。技巧もなにもない自慰行為に、角松は夢中になっていった。
 若いそれは一度吐き出した程度ではおさまらず、またすぐに頭を擡げてきた。角松はとうとう全裸になり、その上から如月の着物を羽織った。硬い木綿の生地で肌が擦れ、快感を生む。ひんやりとした着物に体温を吸わせようとかき抱いた。

「如月、如月っ。ああ、どうしよう…っ」

 いつのまにか、こんなに好きになっている。ダメなのに。どんなに好きになったところで、こんな子供では如月は振り向いてくれないだろう。あと10年、歳が近かったら。女だったら。そうしたら如月は、好きになってくれただろうか?大切にされているのはわかっている。愛されていることも。でも、もう、それだけでは足りないのだ。こんなにも求めている。抱きしめて、キスをして、それからもっと、深いところに来て欲しい。

「きさ、らぎ…っ、俺のこと、好き、に、な…って…!」

 角松がくたびれ果てた頃には、如月の着物はとんでもないことになっていた。息を荒げて脱力した角松は、疲労に思考が働かず、そのまま眠り込んでしまった。ようやく我に返った時、汚れたと一口に言ってしまうのもためらわれる有様のそれを前に、呆然と青褪めた。

「……、どうしよ」

 裸で眠りこけていたせいで体が冷え切っている。ひとまず現実逃避に風呂に入ったが、それで問題が解決するわけもなかった。考え込む。
 洗うしかないのはわかっているのだが、着物を洗濯機にかけるわけにはいかななった。クリーニング店に出すとしても、原因となったものが何か勘付いてしまうかもしれない。狭い町内で、変な噂をたてられては一大事だ。
 仕方なく角松は手洗いすることにした。ぬるま湯に漬け、おしゃれ着用の洗剤でそっと洗っていく。如月の着物であんなことをしていたと彼に知られたらと思うと、怖ろしくてたまらなかった。こそこそとしている自分がひどくみじめで情けない。それ以上にあきらめなければとわかっていながら心のどこかに期待している自分がいるのがつらかった。せつなすぎた。
 恋愛はもっと楽しいものだと思っていたのに、絶望しかないなんて。




 如月が帰ってきたらどうしようと角松は身構えていたのだが、いつもと変わらない如月の顔を見たとたん、拍子抜けするほど気を取り直すことができた。

「ただいま。変わりはなかったか?」
「おかえり。別に、いつもどおりだったぜ」

 すごい荷物だなと、両手に計4つもの土産袋を持った如月を見て笑う。おそろしいことにこれで全部ではなく、宅配便で届けられるものもあるという。
 如月は家に入るなり、彼にしては珍しく愚痴をこぼした。

「…疲れた。東京はなぜああも人が多くて道が複雑なんだ」
「そんなにすごいのか?」
「こことは比べものにならないほどだ。ぶつからないように気をつけて歩くから、よけい疲れる」

 だらしなく座り込んだ如月は、紙袋の中から角松ご所望の駅弁をとりだした。

「ほら」
「やった!ありがと如月。あ、お茶いれてこようか?」
「ああ。頼む」

 如月は自宅用の東京みやげをテーブルに置いた。無造作にパッケージを破り、ひとつを放り込む。頼まれた有名菓子店のチョコレートだが、ついでに買っておいて正解だった。長距離の移動と慣れない人ごみで疲れた体にちょうどいい。
 静かな自宅に帰ってきて、ようやく息をすることができたように思える。東京は意外と森があって驚いたが、森もビルも密集しているため空が見えなかった。異次元に紛れ込んでしまったようで、まったくうんざりする。
 台所から角松の立ち働く気配がする。ふっと脱力して、如月は行儀悪く横になった。目を閉じる。他人のものではない匂いにほっとする。如月は安心した。
 角松の足音が近づいても、如月は目を開ける気にはならなかった。このまま休んでいたい。

「…如月?」

 角松は部屋に入って眼を瞠った。如月が着替えもせずに寝息を立てている。湯のみの乗った盆をテーブルに置き、久しぶりに見る男の顔をのぞきこんだ。
 写真の顔を思い浮かべてみると、変わらない男の顔は当然のことながら10年分の歳月を経ていた。頬に精悍さが増し、髪にも白いものがまじっている。けれど表情はおだやかになった。以前に比べると如月はよく笑うようになっている。

「…………、」

 声をかけて起こそうとして、角松はやめた。せめて何か上にかけてやろうとして、やめた。体が動く。ゆっくりと、如月に向かって流れるように。息を止める。頬にかすかな呼吸がかかった。
 そっと、キスをした。
 目を閉じて浸る。くちびるに触れているもの以外、今は何も感じていたくなかった。

「………」

 如月は、驚いていた。
 横になって目を閉じたものの、完全に眠っていたわけではなかった。角松が戻ってきたら起こすだろうと思っていたのだ。まさかこの養い子が、こんな行動を起こすとは考えもしていなかった。
 触れたくちびるがふるえているのが伝わる。
 如月は角松が幼い頃から幾度となくキスをしてきたが、くちびるにだけはしたことがなかった。そこは特別なところだと、教えなくてもわかっているだろう。そういう年頃だ。ならばこれは、どういうことなのだろう?
 目を開ける。

「ぁ……」

 キスを終えてからやっと目を開いた角松が、彼を見つめていた如月に脅えた声を漏らした。

「…どうした?」
「ご、ごめん…」
「謝ることをしたのか?」

 首を振る。悪いことをしたとは思っていなかった。だが罪悪感はあった。何も伝えずにキスをしてしまったこと。眠っている隙にしたこと。そして、如月に特別な感情を抱いていること。悪いことだとは思わない。だが、罪だ。
 瞳にせつなさを滲ませて黙り込んでしまった角松の頭を、如月は子供の頃と同じように撫でた。
 15歳というのは微妙な年頃の子供だ。思春期。繊細で傷つきやすく、突っ走りやすい。そして何より純粋だった。俺とは違うなと如月は思う。自分がとっくに割り切った問題に、角松はようやくぶつかっているのだ。

「角松さん、知っているか?くじらの交尾を見た人はいないらしい」
「え?」

 突然、何の話だと角松はきょとんとした。

「捕鯨の歴史は長いのに、その瞬間がどこで行われるのかは予測の域をでない。イルカやシャチなどは水族館で見られるが、くじらとなると話は別だ」
「はぁ」
「海の哺乳類は歌でコミュニケーションができる。つがう相手に愛の言葉も囁くのだろうな」

 こんなふうに。如月はわずかに上体を起こすと、ぽかんとしている角松の耳に甘く囁いた。とたん、バッと角松が飛びずさった。顔が真っ赤になっている。

「き、如月っ?」
「感情があるのなら、あれこれをしている場面を覗き見られるのがイヤだというのもうなずける話だな」

 如月はあいかわらずいつものおだやかな無表情のまま、やわらかい声で続ける。

「如月、…何の話?」

 それとこれとが結びつかない角松は、赤い顔のまま困惑している。疑問符を浮かべている彼を、座りなおした如月がじっと見つめた。

「自分に直接関係のある話でもない限り、人は他人のすることに興味など持たないということだ。角松さん、あなたの悩みはいずれ時間が解決する」

 びくりと角松の肩が緊張した。

「…いずれって、いつだ?」

 ふるえる声が潤みはじめる。如月の慰めも、角松の絶望を晴らしてはくれなかった。今でなければ意味が無い。今すぐ、ここで。

「いずれ、なんてそんなのごまかしだ。10年後も今と変わらないって誓えるのか?さっきのセリフを誰にも言わないって約束できるのか?」
「さあな」
「ほら、やっぱりそうじゃないか。俺は、今がいい。今、ここで、如月と……っ」

 その先の言葉を、角松はかろうじて飲み込むことができた。恐怖で身動きがとれない。それは養父に言っていい言葉ではない。
 凍りついた角松を如月は見つめていたが、やがてゆっくりと腕を伸ばした。抱きしめる。角松はまだこの腕の中で守ることができるのだと実感する。

「大丈夫。今、あなたがここで求めることを、誰も責めたりなどしない」
「でも…いけないことだ」
「そんなことは自分で決めろ。知りようもないことを、一体誰が咎めるというんだ」
「誰かに見つかったら」
「見つからない」

 如月は断言し、角松の頬を両手で包みこんだ。蕩けるような笑みを浮かべている。彼は言った。

「ひめごとは、海の底でするものだ」

 息もできない。深海の底まで引きずりこまれてしまうと角松は思った。光の届かない冷たい海。けれど浮かび上がることもできるのだ。2人で。

「俺…如月のこと、好きだ」

 如月は「そうか」と言い、幼いキスしか知らないくちびるにキスをした。俺もだ、とくちびるが続け、そしてまた囁いた。



 そしてこの夜、2人は。


ひとまずハッピーエンド。