重なった道
ちょうど帰宅時間の駅構内は、そうでなくても人が多かった。尾栗は言った手前か好奇心か、いつもの見慣れた人の波をきょろきょろと見回している。酔いが回っているせいかやけに楽しそうだ。むきになって探し始めるまえに帰るに限ると、角松は子供を迷子にしない親の気分で尾栗の腕をとった。
「ホラ康平、あっちこっち行くな」
間違っても35の男友達に言うセリフではない。尾栗はケラケラ笑ってオーケー、ママ、と言った。悪戯っ子の顔をして、腕を絡めてくる。
「誰がママだ」
それでも引き剥がさないのは長年培ってきた気安さというやつだろう。苦笑した角松は、ふいに眼の端に何か気になるものを見つけてつい振り返った。
「………っ!」
足を止めずにすんだのは隣の親友のおかげだ。さりげなく頭を戻し、角松は驚愕に痛む心臓を宥めながら歩いた。
射るような草加の視線がついてくる。
電車に乗り込み、他愛ない会話を続ける間もその視線は角松から離れなかった。吊り広告を眺めるフリをしてそちらに目を向けると、思いつめた表情の草加拓海がそこにいた。
再会するとは思わなかったが、予感がまったくなかったとはいえない。草加がした行為をのぞけば、彼はおおむね好意という枠に収まる男だった。まるで昔からの友人のように気があった。そうでなければほとんど初対面の相手の部屋に、招かれたとはいえのこのこ行ったりしなかっただろう。確かに草加はこれ以上ないという方法で角松を貶めた。だが、だからといって角松が草加に暴言を吐いてもいいというわけではない。少なくとも角松はあの夜草加を傷つけたことを後悔していた。罪悪感があった。
電子音がメロディーを奏で、女性の機械的な声が駅名を告げた。吊革に掴まっている尾栗はゆらゆらと揺れて、夢の世界へと導かれているようだ。
「康平、起きてるか?」
角松はここで下車する。尾栗はぱちぱちと瞬きをして、なんとか眠気を飛ばそうとした。ああと眠たそうに答えたのにため息をひとつついて、ちゃんと帰れよと念を押す。人の波にあわせてホームにおりると、さすがにほっとした。
人々は足早に出口へと流れていくが、角松は立ち止まったままだった。発車した電車が暗闇へと吸い込まれていくのを見るともなしに見送り、角松はようやくそちらへと顔を向けた。ただひたすらに、自分を見つめている瞳に。
2人は見つめあい、やがて角松は出口へと歩いていった。当然のように草加が彼に続いた。
あの日、重なった2人の道。そこに罠をしかけたのは草加、そして封鎖したのが角松だった。この道は、本当に正しいのだろうかと思いながら角松は歩いた。何が2人にとって正しいことなのかもわからないままだった。