るすばん電話の声がすき





「角松さん、…今度の週末、デートしませんか?」

 草加が思い切って切り出したのは、食事を終えてのんびりと駅へ歩いている道すがらだった。
 草加が角松を誘うのはこれで二度目だ。一度目は草加のだまし討ちによる破局で終わることになった。
 ここから始めたい。草加は思った。もう一度、はじめから。ごく普通の恋人同士のようにはじまりたい。それがどういうものか知らない草加にとって、憧れのような恋愛を、彼としてみたかった。

「悪い。野球の試合だ」
「野球…の試合?応援ですか」
「選手だよ。草野球だけど、けっこー盛り上がるぜ」

 角松は好きなことを語る楽しさにあふれた表情になった。草野球にすぎないといわれればそうなのだが、リーグ戦であり、それなりに本格的だ。特にこれからの季節は野球をするにはもってこいで、それこそ毎週のように試合が行われる。そのぶん、練習の時間も増えてくる。
 草加はあまり野球に興味がなかった。セ・パ両リーグとメジャーくらいしかわからない。おおまかなルールとポジションくらいは知っているが、楽しさそのものがわからないのだ。球団によっては熱狂的なファンがいて、そのノリにもついていけない。どこの球団とはいわないが。

「………」
「試合が終わったら飲み会だしな!」

 角松としては楽しいこと目白押しの週末だ。どちらがメインなのだろう。

「………」

 むっつりと黙り込んだ草加の顔を、角松がのぞきこんできた。草加は野球に対する苛立ちを隠すことなくむくれている。
 駅へと近づくにつれて人が増えてきた。すぐ脇を見知らぬ人が行きすぎる。うかつなことが言えなくなり、草加はますます苛立った。駅に着けば別れの時間だというのに、こんな雰囲気のままだなんて。

「じゃ、またな」
「はい。…また明日」

 結局2人はそのまま別れた。上下線が逆になるため別々の電車だ。なんのフォローもできない失意のなか、草加は家路に着いた。
 暗くうす寒ささえ感じる部屋に、明かりがぽつんと点滅している。留守番電話の着信合図だった。
 一人暮らしに贅沢なとは思うが、草加の部屋には電話・ファックス・スキャナー・コピー機の機能が合体した複合機がある。仕事の関係上便利だから導入した。パソコンにも連結してあるので、役に立っている。
 再生ボタンを押した。

『草加、おかえり』
「っ!?」

 ネクタイを解いていた手を止めて振り返る。どこか笑いを含んだ角松の声が流れてきた。

『――さっき、言い忘れたけど。…雨天の場合、試合は中止だ』

 甘やかな、どこまでも許容するような声。機械越しに聞く彼の声はひどくやわらかく落ち着いている。

『……。週末、雨だったら――遊びに行くから』
「………角松、さん…」

 彼はどんな顔をして、電話をかけてきたのだろう。きっとひどく緊張し、勇気がいったに違いなかった。このたった1分足らずのメッセージを言うために、電車に乗る時間を必要としたのだ。
 巻き戻し、再生する。ついさっきまで肉声で聞いていた懐かしい声。早く会いたい。今すぐにでも。
 週末の天気予報は、きっと雨。