さぐり合いはもうおしまい
なんのためらいもなく、正面に座られる。
それはまぁ、そうだろう。食事に入った店で隣に座ることはまずない。カウンター席なら別だが。
だから草加が正面に座ってメニューを取り、何にしますかと訊いてきたところでなんらおかしなことではないのだ。
だがなんとなく、気に食わない。身勝手といわれるかもしれないが、そこまでリラックスすんなと文句のひとつも出てきそうだ。角松は頭を悩ませた。もしかして草加拓海という男は、今までつきあってきた相手と食事をしたこともないのではなかろうか。
この目でしたくもない確認をしてしまったのだから今さら疑いようがないが、草加にはつい最近まで恋人がいた。いくらなんでも、恋人にベッドしか見せていないようでは最低だろう。
まさかそこまで?角松は思うが実は大正解である。草加の『恋人』とはイコール体の関係であり、彼は恋愛などすっぽかしてもっぱら本能というか下半身に忠実に生きてきた。社会的には真面目にやっているのだからそれが問題となることはなにもなかったのだ。
「角松さん?」
「あー。うん」
草加は何を食べるのか決めたらしく、はいと言ってメニューを角松に渡した。受け取って、ひとまずメニューに集中する。
しかし、会話が弾まないというのはけっこう辛いものがある。
友人とだって初めての店に来た時はどんなものがあるのかで盛り上がる。その気がある相手とならなおさらだ。向かい合わせに座っていても視線をあわせたりさりげなく指先に触れたりなどをして、相手との距離感を確かめる。メニューを渡す際の仕草は絶好のチャンスだろう。
相手にその気がないとわかっても、好みを知るにはいい機会だ。誰だっておいしい食事には弱い。自分と行く店が当たりだとわかってくれば、たいてい断らなくなるし、そのあたりで好意に気づいてもくれる。
草加が好意以上のものを抱いていることを、角松は知っている。そのことを草加も心得ているはずだ。今夜のうちにホテルへ直行などはできるわけがないが、こうまで無防備な天然ぶりだと呆れるより怒りがわいてきそうになる。そもそもあの夜あれだけのことをしておいて、今さらカマトトぶるな。
やって来た店員に注文を告げ、角松はお冷を飲んだ。さて、どうしてくれようか。
「念のため言っておくが、携帯の電源は切れよ」
「え?」
間の持たなさに居たたまれず、ポケットに手を入れた草加に先んじて制止する。角松はこっそりと靴を脱いだ。
「俺といるのに携帯かまってどうすんだよ。何しに来たんだ」
ほら切れって。困り顔の草加にイラついたように指を刺す。同時に足を伸ばし、テーブルの下から草加に触れる。スラックスの裾から爪先を忍ばせて靴下をずり下ろせば、ぱっと上がった顔が赤くなった。
「か、角松さ…」
すっと足を撤退させる。赤く染まり情欲を滲ませた顔が困惑する。
「続きは自分で考えろ。草加、恋愛ってのは脳味噌で楽しむもんだ」
高速でフル回転させたところで現実はいつだって裏切ってくれる。かけひきは終わらない。