年のはじめの
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
仕事はじめの挨拶回り。草加拓海、企画部第二企画室主任は各部署へと顔を出しては何度もその言葉を繰り返した。年の初めのけじめである。年末年始の休日を怠惰にというか淫らに過ごしていたとは露ほども感じさせない凛とした態度であった。有能な草加主任は今年も健在であることを周囲にアピールしていく。
社長に挨拶をした時はさすがに年の功というか、充実した休みだったようだねと軽口を叩かれてしまったが、はいと笑って肯定するにとどめる。見て分かるほど浮かれているのだろうか。
一回りして自分の机に戻る。部下たちもまだ正月気分が抜けないようで、第二企画室はさわがしい雰囲気に包まれていた。
昨日までのことが夢のようだ。草加はぼんやりと、角松との日々を思い出した。昨日の今頃の角松はやたらくっつきたがり時に度を越す草加に嫌がることなく(角松はいいかげんにしろ、もうやめろなどの抗議をおこなったが、草加は聞く耳もたなかった)2人きりを堪能していたのだった。なんて平和で幸福な日々であったことか。書類に目を落として、ため息。昨夜別れて以来一度も彼の声を聞いていない。これからそんな日々が続くというのに今からこんなにも切なさを覚えているようでは、今年はどうなることやら。
とりあえず明日は土曜日で、角松と会える。たっぷりと彼を補給させてもらおう。いやまてよ。草加は考える。いっそのこと、一緒に住むというのはどうだろう。私さえいればいいと思うようにしてしまうとか。それは監禁・調教とよばれ、れっきとした犯罪なのだが、実行さえしなければ考えるのは自由だろう。草加も本気でやるつもりはない。そんなことをしても角松が大人しくしているはずがないし、それこそもう二度と草加を許してくれないだろう。
主任が頭の中で妄想繰り広げているとは知らない部下たちは、真剣な顔つきの草加に気を引き締めた。日常はすでにはじまっているのだ。
「主任、この書類ですが…」
草加が補佐として育てている部下が声をかけてきた。ハッと我に返った草加は一瞬呆けたように彼を見つめ、ああと書類を受け取った。
「どうしましたか?」
「いや、正月気分が抜けないだけだ。すまない」
苦笑した草加に部下は驚いた。ずいぶん考え込んでいたようですがと言う。まあ考えていたことは考えていた。かなり真剣に。そう見えたのかと草加はため息まじりに返した。
「どのようにお過ごしだったのですか?」
「恋人とゴロゴロしていただけだ」
思いがけない答えに部下は目を見開いた。周囲で主任をうかがっていた者たちがわっとざわめく。草加はおかまいなしで書類に目を通した。どんな人なんですかと好奇心に満ちたぶしつけな質問が飛んでくる。ふつうの人だよと草加は答えた。角松洋介が男であることまで言う必要はない。年上で、しっかり者。角松を想いながら次々と来る質問に答えていく。草加は自分がどんな表情になっているのかまったくわかっていなかった。
「…悪くはない。が、もう少しデータを集めてくれ」
読んでいた書類から目をあげると、目の前の部下がなぜか失笑を噛み殺す顔になっていた。
「…どうした?」
「いえ、その、…良い方のようですね」
「当然だ」
エッヘンと胸を張るように即答した草加に、周りの部下たちは微笑ましさを覚え、くすくすと笑いあったのだった。