後払いのツケ





 後回しにしてきたもの、見ないフリをしてきたもののツケというのは、いざなんとかしようという時になると数倍に膨れ上がっていたりする。タンスの裏に溜まった埃のように。
 草加拓海は今、過去の遺物を清算しようとし、そのツケに頭を悩ませていた。
 彼の恋人である角松洋介は目下台所と格闘している。草加の部屋が終われば今度は角松の部屋を大掃除するのだ。男二人にかかればタンスやソファといった重たいものの移動も楽で、あっという間に片付く。さすがに寝室はプライベートが多々あるからと角松は遠慮したのだった。その心遣いに草加は心から感謝した。コレを角松に見られるわけにはいかなかった。
 草加の手元には、こういった物にはなぜかありがちな、ピンクや紫といったいささか奇抜すぎる色で作られた異物がある。遺物というか異物というか――なんせそれらは男性器を模ったものややたらでこぼこしたものやビーズが連なったものなどがあった。いわゆる性玩具というやつである。
 草加はこういった物を使って相手が喘ぐのを眺めて楽しむという、サディスティック以外のなんでもない嗜好の持ち主であった。お互いに楽しんでいるんだしいいじゃないかと思っていたが、今は違う。角松の嫌がることなどしたくもない。彼はおそらくこんな物を使うなど考えもしないだろう。角松は草加に出会うまでごくノーマルであったし、草加に抱かれるまで後ろを使ったセックスをしたことがなかった。いくらなんでも、酷であろう。
 捨てるか捨てないかといえば捨てるしかないのだが、しかしどうにも捨てにくい。指定の半透明ゴミ袋では、透けて見える上にこの色彩は異様に目立つ。そういった時と場所でならなんともないこれらが、この時になってこんなにも恥ずかしいものだったとは。大晦日に大反省する草加だったが、もっと早くに気づくべきだろう。

「草加、終わったか?」
「………っ!」

 不意に声をかけられて、手元からそれらが落ちた。角松がそんな草加に首を傾げつつ視線をそこに移し……そのまま固まった。

「あ……っ」
「え……」

 同時に戸惑いの声をあげ、2人は赤くなった。草加が慌ててそれらを拾う。

「す、すいません、捨てますっ」
「い、いや、いいぞ別に捨てなくてっ」

 角松はくるりと背を向けた。彼には自分が無遠慮に来たせいで草加の隠そうとしていたものを見てしまったという罪悪感があった。しかもそれがあんなモノ。いってみれば恋人が自慰行為に耽っているところを目撃してしまったような気まずさと恥ずかしさだ。

「え…しかし」

 草加は困惑した。いきなり軽蔑されなくて助かったが、どういう意味だろう。捨てなくてもいいということはつまり、使ってもいいということなのだろうか?ごくりと草加は喉を鳴らした。そこに玩具を挿入されよがり狂う角松を想像してしまう。

「お嫌いではないですか…?こういうのは」
「好き嫌いはともかく、興味はある」

 角松とて男である。それなりの経験もあるし、そういったものを使ったこともあった。もちろんその時の恋人は女性だったが。
 草加が同性愛者で、角松以前に男の恋人がいたことはわかっている。別に聞きたくもないが、角松が草加に抱かれたように草加も誰かに抱かれたことがあるのだろう。後ろで犯されるあの快感を思えば、草加がそういった玩具でなんとかしようというのも無理もないことだ。さすがにそこまでするようになったらイロイロとやばそうなので、角松はやってみたいと思わないが。

「そうなのですか…?」
「まあ、な」
「では今度…その、いいですか?」
「お、俺に聞くなっ。そんな…こ、と…」

 ここにいたってようやく角松は互いの齟齬に気づいた。と、同時に自分のセリフのまた別の意味にも気づいた。妙に会話が成立していたのが不幸である。
 角松は大慌てで否定した。

「ち、違うぞ草加!俺に使っていいという意味じゃないからなっ!」
「え?」

 2人はしばらく見つめあい、

「…捨てます」
「…そうしてくれ」

 奇妙な疲労感だけが、そこに残った。